死神と幸運の話 ②
ベン達がやってきたころのトーヴァの街はいまよりもっとガラの悪い街だった。ただ、街の中には秩序の様なものが生まれ始めていて、それをつくっているのは探窟家やそれに関連する産業の人間が繋がってできたカルテルと呼ばれる組織だった。カルテルは複数存在して、既にこの頃には探窟家はいずれかのカルテルの参加に入るのが普通になりつつあった。しかし、ベン達はそれを選ばなかった。大人たちに再び支配されるなどまっぴらごめんだったのだ。
最初の探窟で3人死んだ。きちんとした知識があれば避けられる危険だった。仲間の命と引き換えに持って帰ってきたオーパーツはそれなりの値になって、ベンたちは見たことのないほど豪華な食事をたらふく食って仲間の死を笑い飛ばした。
ベンのチームの潜り方は苛烈だった。無謀だったとも言えるかもしれない。なんの準備も知識もないまま、潜れるだけ深く潜って、毎回血反吐と仲間の死体を持って帰ってきた。この頃のど素人だったベンたちがその対価に得たものは、犠牲にしたものに比べれば割りに合わないものばかりだったに違いない。それでもベンたちはどのカルテルにも属さなかった。ベンたちにとって大事だったのは大人たちに頭をたれず、自分たちの力だけで生きることだった。
探窟のたびに仲間が死んだ。でも、死んだ先から新しい仲間ができたからベンたちの人数は一向に減らなかった。この頃のトーヴァにはベンの様な子供が山ほどあふれていたのだ。ベンたちはどんな過去を持っていようが、デミであろうが入りたいと言うやつは誰だろうと断りはしなかった。彼らにとって大事だったのは大人たちに支配されないと言うことだけだった。
仲間が滅多に死ななくなるまでに2年掛かった。大人たちに頭を垂れて教わる代わりに、仲間の命を犠牲にすることで、ベンたちは探窟家としての経験と知識を蓄えていった。安定して発掘品を持ち帰れる様になる頃にはベンは死神と呼ばれる様になっていた。莫大な利益と一緒に仲間の死体を連れて帰る『死神』ベンと。アリスターと知り合ったのはこの頃だ。
アリスター・ピットマンは不思議な男だった。どこの組織にも決して属さず、だが何処の誰からも愛されていた。この頃のアリスターは既に最高の探窟家として街中に知られていた。持って帰ってくる戦利品ならベンのチームだって負けてはいなかったが、彼はそれを一人の犠牲も出さずにやってのけるのだ。毎回の無傷で帰ってくる彼のチームを見て、人々は彼のことを『幸運』のアリスターと呼んでいた。
アリスターと初めてあったのはギリアンの店でだ。街中の業者を幅広く使うアリスターは当然ギリアンの店の顧客でもあった。
「おお、お前がベン・ベラか。知ってるぞ、ガキだけのくせに俺たちと変わらないほど利益をあげているチームがあるってよ」
会うなり彼は人懐っこく話しかけてきた。
「でも関心はできねえな。無謀な潜り方をしてるって聞いてるぜ。仲間を死なせない様に、最大限に注意を払うのがリーダーの役目だ」
彼は開口一番にお説教を言う。
「最近は滅多に死なないよ。他のチームとたいして変わらないはずだぜ。『死神』なんてあだ名は、周りが勝手に押し付けたイメージだ」
ベンはむすっとして答える。それは事実半分、強がり半分だ。確かにベンたちのチームは以前ほど死人を出さなくなっていたが、それでも他のチームに比べれば犠牲者は多かった。
「そうかい、そうかい。それならいいんだ。しかし、それで俺たちのチームと変わらない成果をあげてるんなら大したもんだな」
アリスターは一変してベンを褒める。ベンは馴れ馴れしいその態度が気に食わなかった。
「用がないならもう行くけど」
冷たい声で言った。
「ああ、呼び止めて済まなかった」
アリスターはそう言ってベンに道を開ける。ベンはすぐにそこを通り抜ける。
「なあ、ベン・ベラ」
店を出て行こうとするベンにアリスターが思い出した様に声を掛ける。
「探窟家にとって大事なのは、リスクとリターンを上手に天秤に掛けることだ。お前みたいな無謀な潜り方をしていると、いつか全部失うぞ」
ベンの強がりを見抜いたその声は陽気な男のものとはとても思えない鋭さが混じっていた。ベンはその声に返事をせずに、彼を睨みつけて店を出た。
会ったその日からベンはアリスター・ピットマンという男が嫌いになった。それなのに彼はベンを見かければいつも馴れ馴れしく声をかけてきた。
ベンの気持ちとは裏腹に、アリスターは逆にベンのことを気に入った様子だった。「コウモリの穴」で飲むベンの元にやってきては、断りもせず横に腰を下ろし、聞いてもいない探窟のことをベラベラと喋った。今日どんなお宝が手に入ったか、どんなひどい目にあったか、その日あったことを逐一報告した。時には、かつてこのトンネルを作った古代人への思いを雄弁に語り、いつかこのトンネルを制覇してカレーに行く夢を語ることもあった。
そして最後には必ずベンに忠告するのだ。「無謀な潜り方はやめろよベン。今みたいなことをしているといつか全てを失うぞ」と。もうこの頃になると、いちいち怒る気にもなれなくて、いつもハイハイと適当に生返事を返していた。彼はいつもやれやれと言った風に笑ってベンを解放した。
一年ほどたったある日、アリスターの忠告は現実のものとなった。
その日が特別な日だったとは思わない。例えば、数日前にアリスター達が三層から四層への新しいルートを発見していたから、自分達もと対抗意識を持っていた。例えば前回の探索の収穫がイマイチだったから今日はと張り切っていた。例えば、鉱夫アリが作った新しい穴を見つけて踏み入ったことない場所へと足を運んでいた。そんなことはベンたちにとって日常茶飯事だったのだから。
新しい道に踏み入ってすぐに手足に軽い痺れを感じた。呪いの濃度がおそらく想定していたよりも強かったのだ。思えばここで引き返せば良かった。だがベンたちは先に行くことを選択する。今までそうやって成功してきたのだから、今度だってそれでうまくいくそう思っていた。
思えば運もなかった。鉱夫アリたちの掘った道は思いの外複雑で、洞窟の呪いも思いのほか強かった。ベンたちは軽いめまいと吐き気、手足の痺れで心身ともに疲弊してひらけた場所で休憩をとった。そこがハンターのたちの巣だった。
地龍と呼ばれる生き物がいる。黒光りする鎧のような長い体。そこから生える無数の脚は赤く、数えるには多すぎる。目は退化していて、代わりに頭に生えた二本の触覚と優れた嗅覚が彼らの武器だ。毒腺を持った鋭い牙には、噛まれたものを麻痺させる力がある。そしてなりより異様なのがその大きさだ。小さいもので体長3メートル、大きいものになれば12~15メートルもあり胴の直径も1mを超える。暗い洞窟ではその全体像を捉えることすら難しく。実際はムカデのような容貌の一部を捉えて、龍と思ってしまうことも納得ができる。
ベンたちにとっては地龍は初めて見る生き物だった。天井付近にあいた穴から、その不気味な容貌がぬるりと頭をのぞかせた時、本能的にまずいと思った。
「逃げろ」
と彼は仲間に向かって叫んだ。同時に彼は駆け出す。横にいた誰かが消えた。誰だか確認する余裕もなかった。最初は巨大な一匹に目が行ったが、それらは複数いた。ほとんどが3mほどの個体であるいは産卵期だったのかもしれない。
ベンはひたすらに逃げた。やばいと思った時は、仲間を見捨ててでも真っ先に逃げる。それがベンたちの取り決めだった。だから彼は仲間たちも無事に逃げ切ってくれることを願って自分の命を守ることに終始した。呪いの影響で回らない頭で走り回ったのは馴染みのない穴の中。気づけば自分がどこにいるのかすら見失った。
一日か、半日か、あるいは数日か、ベンは洞窟の中をさまよった。装備のほとんどは置いて逃げてしまったせいで喉の渇きを癒すことすらできず、化け物に怯えながら岩陰で仮眠を取り、泥水をすすって、正しいかもわからない道を進んだ。呪いの影響で体は軋み、肉体の疲弊は彼の心を蝕んだ。
二度目の仮眠の後、人の呼ぶ声がした。自分の踏み込もうとした先が、ソラミミビルの巣だと直前で気づき愕然とした。ルーキのようなミスをするほど彼の精神は平常心を失っていた。
ようやくと見覚えのある道を見つけたのはそれからどれくらいたった後なのだろうか。最後の力を無理絞り、自分たちが踏み入れた穴から這い出た後、人影を見つけたところで彼の緊張の糸は切れ、同時に彼は気を失った。
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目覚めたのはベッドの上だった。最初に意識が戻った後、彼は自分が生きていることに安心すると再び泥濘の中に沈んだ。そういうことを後、二度三度繰り返してから彼はようやくと覚醒した。
自らが安全の中にいると知ってベンのようやくと心に浮かんだのは仲間の安否だ。あれから何人が生き残ったのだろうか。まだ完全とは言えない肉体を引きずって、ベットから這い出た後、自らの肉体を支えられずに床に転がった。人を求めて。這って扉まで至ったところで、扉は外側から勝手に開いた。扉を開けた人物が部屋に入ってくる。
「なんだようやくお目覚めか」
床を這いつくばるベンの姿を見てその男、アリスター・ピットマンが軽い口調で言う。
「ここは?」
「ベースキャンプだよ。行倒れてたお前をヘンリーの隊が見つけて運んでくれた」
「・・・・・・」
次の質問をするのに勇気が必要だった。
「・・・今んとこお前だけだ」
先回りするようにアリスターが言った。
「何日たった?」
「お前達がここを離れてからなら7日ってとこだ。お前が見つかってから2日半。仲間とはぐれてからどのぐらいたってる?」
「・・・5日」
それはかなり絶望的な数字だった。アリスターはベンに肩を貸してベッドまで戻した。それから自らも、その脇にある椅子に腰掛ける。
「・・・なんだよ。なんか文句あるか」
何も言わないアリスターに向かってベンは吠えた。チームを全滅させた事について、叱られるのだろうと思った。そんなのは真っ平御免だ。
「お前、大丈夫か?」
アリスターはただそう言った。
「・・・何がだよ」
「いや、何でもない」
その気遣うような視線かたまらなく鬱陶しい。
「俺は『死神』だぞ。仲間が死ぬのなんて慣れてるよ」
これまで仲間の死を笑い飛ばしてきたのだ。今回だって同じだ。ベンは強がったわけじゃない。この時はまだそう思っていたのだ。
「わかった」
アリスターはそれ以上何も言わず立ち上がる。
「明日午後ヘンリーの隊がトーヴァに戻るそうだ。街に帰るなら彼らと同行するといい。今ここに残る意味がないことぐらい、お前にもわかるだろう?」
「あんたは?」
「俺はまだここですることが残ってるからな」
「そうか」
アリスターはあばよと手を振って部屋を出た。アリスターの忠告に従ってベンは翌日ヘンリーの隊に混ざってベースキャンプを後にした。




