死神と幸運の話 ①
それからの二週間をユウキ達はビバークの練習に使った。ベンから三層に入る許可を得たのは一週間と少し前のことだ。三層での野営も三度目を数え、一度はレア物のオーパーツすら見つけた。ユウキ達の中に探窟家としての確かな自身が生まれつつあった。
「道、別れてますね」
突き当った先で道が二つに別れている。
「ちょうどいい機会だ。二手に分かれて探索してみよう。俺とサトリがこっち、ユウキとイッポリートがそっち」
ベンが指示を飛ばす。
「無理はするなよ。何かを見つけたら、一旦ここへ戻る。生き物を見かけても自分で判断せずに戻ってこい。先がまた分岐していたとしても、先には進まず引き返せ」
「わかってるよ」
ユウキが返事をした。
「結構、結構。それじゃあ、行ってこい」
その言葉に送られてユウキとイッポリートの姿が右の道へと消えた。
「じゃあ、私たちも」
サトリがベンを見上げる。しかし彼は、にこりと笑ってその場に腰を下ろした。
「いいの、いいの俺たちは。どうせあっちは行き止まり、しばらくすれば戻ってくるからここで待ってようぜ」
「へ?」
あまりのことに素っ頓狂な声が出る。
「前にここら辺はきたことがあるんだよ。ちなみに左の道は100メートルもしたら分岐してる。だから俺たちは、分岐点を見つけて戻ってきたって顔してユウキ達の帰りを待てばいいのさ」
「じゃあじゃあ、何で二手に別れようなんて言ったんですか?」
当然の疑問だ。
「ちょっとした荒療治さ」
いたずら好きな子供の様な顔をする。
「あいつも最近は、だいぶ頑張って普通に接しようとしてるみたいだが、何だかんだ直接二人で会話してるのは見たことないからな」
ユウキのイッポリートに対する態度のことだ。確かにサトリやベンを交えたところでは、話の流れで言葉を交わす様にはなったが、未だ二人が積極的に話してるのを見たことはない。
「ユウキさんは何か意識しすぎてるって感じですし、イッポリートさんもイッポリートさんでそれなら無理に話さなくってもいいかなって雰囲気ですもんね」
「まあな。でもそうも言ってられない。探窟家のチームってのはお互いの命を預けあう存在だ。仲良しではなくても、信頼は築いておかないといけない」
「信頼・・・ですか」
サトリはユウキ達が消えた道の方を見る。
「心配か?」
その視線を追ってベンが尋ねた。
「全然です。ユウキさんは素敵な人です。今は受け入れ難くても、きっとすぐにイッポリートさんともお友達になってくれますよ」
サトリは優しく笑う。
「信頼されてるねえ。つまり心配なのは、あの二人が仲良くならないことじゃなくて、仲良くなりすぎて帰ってきちまうことかな?」
ベンはニヤニヤとする。
「ち、ち、ち、違いますよ。私とユウキさんはそんなんじゃないです。ただのお友達です」
「はははは」
慌てるサトリの様子を見てベンは満足そうに微笑んだ。
「本当ですよ」
「わかってる、わかってるって。ちょっとからかっただけだよ」
「もう、やめてくださいよ」
ユウキ達はまだ戻りそうもないのでサトリもベンに習って腰を下ろす。
「・・・お前とユウキは同郷なんだよな?」
一通り笑った後、ベンが何気無く尋ねてくる。
「まあ、似た様なもんですかね」
この世界の外から来たという意味では同郷とも言える。
「お前の方は、イッポリートに、デミに対して思うところはないのか? お前達いた所ではデミと人とは対等な関係ではないんだろう?」
ユウキの反応を見れば、ユウキがデミをどの様な存在だと捉えているか察しがついた。
「私は田舎者ですからね。実をいえば、この歳までデミを見たことすらありませんでした。その分、余計な感情もないんだと思います。この国ではデミも人も平等なんですよね?」
「建前上はな。実際の所、人里で生活するデミは好奇の目を向けられるし、この街みたいな人とデミが入り混じる場所でも偏見がないわけじゃない。ただ、お互いぶつからない様にうまくやってるだけさ」
「でも、ベンさんはイッポリートさんに対して全然普通ですよね」
ベンの普段の態度からイッポリートを蔑視する様な様子は見受けられなかった。
「俺の昔の仲間にはデミもたくさんいたからな。アリスターと組む前の話だ」
そういう彼の表情はどこか遠くを見る様だった。
「昔ですか。そう言えばベンさんの昔の話って聞いたことありませんでしたよね。皆さん、今どうしてるんですか」
サトリの問いにベンはぽつりと返事をする。
「皆んな、死んじまったな」
「すっ、すいません」
無遠慮な質問をしたことを悔いた。
「謝ることはねえよ。探窟家なんて誰もが大なり小なり仲間を失う経験をしてる。ただ俺の場合はちょっとばかし別れが多かったかな。馬鹿なガキだったよ。おかげでたいそうな字名までもらっちまった」
「・・・死神」
確かギリアンが一度ベンをそう呼んだのを覚えている。
「昔の話さ、アリスターのチームに入るよりもっと前。俺がまだ探窟家と呼ばれるに値しないほど愚かだった頃の話さ」
そう言ってベンはポツリ、ポツリと昔話を始めた。
******
ベン・ベラという名前は自分でつけた。父親は飲んだくれのクソ野郎、母親は誰だかわからない。家なんて呼べるものはなく、街の外れに屋根だけの壁すらない小屋をたてて、似た様な人間たちと集まって寝泊まりしていた。
ベンがまだ10歳だった頃クソ野郎が死んだ。いつもの様に酔っ払って誰かと口論になり、いつもの様に殴り合いのケンカになり、いつもと違って打ち所が悪くて死んだ。
悲しくはなかった。むしろ自由になれたと思った。飲んだくれてばかりのクソ男の代わりにゴミを漁って金を作り、その金を酒代にぶんどられ、生活のために取っておいて欲しいと頭を下げれば、生意気だと殴られる。そんなクソみたいな繰り返しが終わったと思ったのだ。だから、男が死んだ時、生まれ変わったことにして自分にベン・ベラという名前をつけた。ベンは結局自由にはなれなかった。
ベンの二人目の支配者はアナグマと呼ばれる男だった。アナグマは数人の仲間とともにベンの様な行き場のない子供を集めていた。ベンは彼からスリのやり方を教わった。毎日市街地で盗みを働いては男たちにそれを献上した。代わりにもらったのは残飯の方がマシだと思うほどマズイ飯だった。男たちにして見れば子供を生かしておくためのエサにすぎなかったのだろう。
アナグマの所にはたくさんの子供がいた。スリ、物乞い、売春、子供たちは彼らの商売道具だった。物乞いの稼ぎを上げるため、より惨めに見える様、腕や足を切り落とされた子供もいた。彼らの何人かとは友達になり、それらの何人かはやがて死んだ。それでもベンたちはアナグマの元を離れられなかった。大人がいないと生きていけない。彼らは皆そう思い込んでいたのだ。
二番目の支配者たちの最後がどうであったのかベンは知らない。ある日、アナグマたちの寝ぐらにガラの悪い男たちが押しかけてきて、大人たちを一人残らずさらっていった。どうやらベンたちの盗んだ荷物の中にマズイものが混じっていたらしい。ベンは物陰に隠れてそれをじっと見ていた。
ベンは再び自由になった。だが、同時に自分たちだけで生きていかねばならなくなった。ベンはアナグマたちの溜め込んでいた金のありかを知っていたから、それを持って彼らの元にいた何人かの子供たちとともに街をでた。
行き先は決めていた。昔アナグマたちがしていた南の海の下にあるトーヴァの街の話を覚えていたのだ。実力主義の街。結果が全ての荒くれ者の探窟家達。一攫千金の夢。ここならば誰にも支配されずに生きていける。彼はそう思ったのだ。ベンがトーヴァの街にやってきたとき彼は13歳になっていた。




