第7羽
「俺このまま、ここにいていいんでしょうか?」
「どうしてそのようなことを思うのですか?」
暫く、事務所で待機するように言われたアトリはアオバにそう打ち明けた。決して、本心から言ったわけではない。過去に助けられたように助けてと言えない人を助けたいという気持ちは今でも嘘ではない。だが今回の事で、自分がいても足手まといでしかないように思えて仕方がなかった。使用者が死んでしまったのはお前のせいだと責めてくれた方がまだマシだった。
「あの人が飛び降りる要因を作ってしまったのは、俺にあるのに室長はもちろんライさんも俺を責めないんです。本当に必要とされているのかなと思って……」
下を向いてそう言うアトリにアオバは、
「室長はそれがライだったとしても責めたりする人ではありませんよ。付き合いが長い短いで判断するような人ではありません」
と言ったあとこう付け加えた。
「室長はまだ、子供ですがここの責任者です。だから、私たちの犯した失態はそれを見逃した自分にあると考えています。気にするなとは私は言いません。ただそれだけ覚えておいてください」
「……はい」
アトリをいつものように事務所に残し、マナとライは急きょ入ってきた依頼主の元へと来ていた。
ドラッグ漬けになった恋人を助けて欲しいという依頼があった。何度言っても止めないうえにすすめてくる。自分じゃもう止める事が出来ない。かなり切羽詰まった様子だった。
部屋の中に通されると、そこはまるで竜巻が過ぎ去ったように荒れており部屋の隅で依頼人の恋人が膝を抱え小さくなっていた。
顔や腕に引っ掻き傷がある男性に話を聞くと最後に使用してからおよそ1日は経っているらしくピークまであと数十時間ほどある。
「泊まり込みで見張るしかなさそうだな。それでもいいか?」
ライは、依頼主にそう確認した。
「お願いします。彼女を助けてください」
涙ながらに頭を下げた恋人の姿が目に映っているのかいないのか分からないが視点が定まらない様子の女性をマナは黙って見ていた。
時折、思いだしたように暴れだす女性を成人男性2人掛かりで何とか押さえつけ夜が明けた。離脱してからピークは過ぎ去ったが、個人差はあるが5日ほど続くというからまだ油断が出来ない状態だ。
落ち着きを取り戻した女性を病院に連れて行くために依頼人と別れる前に、
「大切な人がいるなら止めるべきだ」
そうマナは、肩を押さえ強く諭した。
その言葉に気づかされたのか、震える手で青い鳥が描かれたパッケージを鞄から取り出しライに渡した。
依頼主の所に泊まることになったマナたちの食事を用意するために少し早く来ていたアトリとアオバが紅茶を飲んでいるところに、
「あれ?お嬢さんは?」
そう言いながら壮年の男が入ってきた。それを見た瞬間、普段温厚なアオバが険しい顔になった。
「室長は今、外出しています」
「こんなに早くな大変だね」
と言った後、壮年の男はアトリに気が付き近づいてきた。
「君は?」
つま先から頭まで査定するように見る視線に居心地の悪さを覚えたアトリだが冷静を装った。
「僕は、新人のアトリです。よろしくお願いします」
と手を差し出した。その手を握り返し壮年の男は、
「私は、ここの支援をしているカンドだよ。よろしく」
と言った。
「それにしても君たちは中々、お嬢さんに会わせてくれないよね」
「会う必要がないだけですよ」
あからさまに態度を変えているアオバをただ見ていることしか出来ないアトリは思わず、
「もうすぐ帰ってくるかと思いますがお待ちになりますか?」
と言ってしまった。
少し考えてカンドは、
「いや。近いうちに会う事になりそうだからまたにするよ」
そう言って帰っていった。
緊張が解かれたのかアオバはため息をついていた。
「あの人、一体何者なんですか?」
「この事務所を支援してくれている人です。それ以上は、私の一存で話す訳にはいかないので近いうちにお話しします。紅茶が冷めてしまったので淹れなおしてきますね」
とキッチンに入っていった。
しばらくして、疲れた顔のマナとライが帰ってきた。マナは用意されていたパンケーキを食べた後、疲れたと言って自室に篭ってしまった。
ドラッグを入手し、警察に鑑定してもらった結果、今までの遺体にあった成分と一致した。販売ルートの割り出しが出来るのも時間の問題との事だった。ライは、その事を事務所のメンバーに報告した。
アトリは、先日に来たカンドの事が気になったが誰にどう聞いていいのか判らず聞かされるのを信じて待つことしかできなかった。
暗がりの部屋でどこかと通話している男がいた。部屋は月明かりで照らされているが男の顔は影にかかり判別できない。男の部屋には地図とこの街で起こった事件のスクラップ記事が部屋中に張り巡らされておりその記事の上にはイカルガ事務所のメンバーの顔写真があった。その中にはクロもあり赤く×印がされていた。
「そろそろ潮時かと」
と言い、通話を終えると今度はマナの顔写真に×印をつけた。
いつものようにライが事務所の扉を開けてアトリが換気をする。その間にライがマナを起こすというのが習慣になってきた頃。
マナを起こそうと部屋に入ると、ベッドの中にはマナはいなかった。部屋の中を見渡して見てみたがどうやらデスクで寝落ちしている様子もなかった。嫌な予感が過る。
「アトリ。そっちにマナはいるか?」
ほとんど怒鳴り声に近かった。
「いいえ。何かあったんですか?」
アトリがそう言うとライが無言で自室から飛び出してきた。バスルームとトイレの扉を勢いよく開けて存在を確認するが何もなかった。
ライは忌々しく睨み付け舌打ちをした。扉を勢いよく閉めその音が事務所内に響いた。
その音にアトリが、びっくりしているとライが、
「マナがいなくなった」
と言った。




