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墓盗人

作者:杜若表六
 ある墓盗人が街はずれの墓場に仕事をしに入った。みすぼらしい身なりをした、醜い男である。
 男は一つの墓石に目をつけると、慣れた手つきでその下を掘り返して、そこに埋まっていた死体をみとめた。美しい、若い女だった。男は思った、《きれいな女だ。ちぇ、生きてさえいりゃあなあ!》死体は見事な装飾品で飾り付けられており、そのほかにも様々な副葬品が添えられていた。《さぞかし高貴な身分だったんだろうな》と思いながら男はその装飾品やら副葬品やらを手早く大きな布袋に入れた。そして死者に向かって「生まれ変わったら幸せになりな!」と言うと、その場を立ち去ろうと歩き出した。すると背後から、
「お待ちなさい」という声がした。
 盗人は突然の声にぎょっとしたが、ふりむいても誰もいない。だが《気のせいか。俺も焼きが回ったもんだ》と思っているそばから、
「お待ちなさい。わたしはあなたを呼んでいるのですよ」と声がする。
 男は小さく震えると、恐るおそる自らの荒らした墓の方をよく見た。すると、青白い顔の美しい女が立ってこちらを見ている。
《死体が立ってらあ!》男は気が動転して、急いで逃げようとしたが、腰が抜けてへなへなとその場に座り込んでしまった。そしてこう言った、
「おお、お姫様、どうぞ勘弁してください。盗みをはたらいたことは謝ります。ですがこりゃあほんの出来心です。どうか、命だけはお助けを」
 すると、女が答えて、
「妾はあなたが盗みをはたらいたことを怒ってはいません。たしかに墓荒らしは外道のすることですが、死んでいる妾には、高価な耳飾りも美しい宝石もなんの意味もありませんもの。それらが生きている誰かの心を喜ばせたほうが、むしろ嬉しいくらいですわ」
「そうですか」盗人は少し安心して、やっと立ち上がり、ほっと息をついた。《おかしなもんだ。死んだら分別の基準というやつも変わるのかね?》
「妾があなたを呼び留めたのは」女は言った、「あなたのおかげで目が覚めてしまいましたから、ずいぶん暇ができてしまいましたの。死人というのはいちど目覚めると、再び眠りにつくのにしばらくかかります。そのあいだ、妾は退屈な時を過ごさねばなりません。ですから、あなたには、妾を起こした代償に、なにか愉しい話をしてもらいたいのです」
「たのしい話?」男は顔をしかめた。「あっしが、姫様に?」
「そうです。それと、妾は姫様ではありません。とある豪商の娘です。父は妾をとても愛していました。ですが妾が若くして死んだので、それをひどく悲しみ、手厚く葬ったのです」死人の女は続ける、「妾が再び眠りにつくまでのあいだ、心を悦ばせるような物語を妾に聞かせてほしいのです。もしも断るようでしたら、あなたにも妾たちの仲間に入ってもらいます」と言って顔を恐ろしくゆがませた。すると、
「お嬢さま、わかりました、ぜひとも語らせていただきます。きっとお気に召すような話をお聞かせできるかと思います」と男はあわてて言った。すると女は自らの墓石に腰かけ、話を聞く様子を見せた。盗人はしばらくなにか思い出すような素振りを見せていたが、やがて次のような物語を語りはじめた。


『昔々のことでございます。
 いまは滅びたとある王国に、とても立派な王と、素晴らしい妃がいらっしゃいました。王は勇猛にして思慮深く、妃は厳格にして慈愛に満ちていました。
 二人は長いあいだ子宝に恵まれませんでしたが、まじない師たちの祈祷によって、やっと玉のような男の子を授かりました。この美しい王子は、幼いころから聡明で、武勇にも秀でていました。彼は自由でした。春は野原を駆け回り、夏は川で疲れ果てるまで泳ぎ、秋は城の大図書館で読書に勤しみ、冬は雪に閉ざされた峻厳な山で瞑想に耽りました。
 長じて王子は、立派な青年となりました。もはや誰もが王国の繁栄を確信しておりました。ところが、そうはやすやすといかないのが人の世の定めでございます。
 ある日とつぜん、隣国の覇王が王国に攻め入ってきたのでございます。王や王子の奮闘むなしく、あっという間に王国は滅ぼされ、王と妃は殺され、王子も流浪の身となり果てたのでございます』


「まあ、ひどいお話ですこと」と死者は言った。


『王子は地上をさまよいました。ありとあらゆる危険な冒険を乗り越え、さらにたくましく成長した王子は、仲間を募り、各地で戦をし、かの憎き覇王から土地を取り戻していきました。そして王国が滅ぼされてからちょうど七年後、ついに覇王を討ち、自ら新たな王国の王となるに至ったのです。
 天体が目に見えぬ法則によって運行してゆくかのごとく、万事が順調に進んでゆくようにみえました。しかし、王にも一つの悩みがあったのです。それは妃がいないこと。かつて戦に明け暮れていたため、王は色恋を知らずにいたのです。大臣はそれを慮って高貴な女性を王に引き合わせましたが、王は恥ずかしさのあまりつまらぬ失態を起こして、お見合いを失敗してしまうのでした。王の力があれば無理にでも誰かを娶ることはできたでしょう。しかし純粋な王は、「美しい恋を」と夢想しておりましたし、かといって、力ずくでものにしたいほどの相手にも出逢っていなかったのです』


「それで、どうなりますの?」と女は問うた。話に夢中で、盗人の風貌が少しずつ変化へんげしつつあることに気がつかなかった。


『さて、城下町に一人の美しい女性がおりました。父は武器商人で、莫大な富を持っていました。王は以前からこの男と取引をして武器を得ていました。ある日、商人は王と謁見する際に娘の話をしました。
「わが娘は、とても器量よしで並ぶものなく、気立てもいいのですが、その美しさに嫉妬した魔女から、『千回死んだ男でなければこの女の夫にはなれない』という呪いをかけられてしまったのです。いままで幾人も娘に近づいた男はいましたが、みな呪いのせいでたちまちのうちに死んでしまいます、王様、なんとか娘をどこかへ嫁にやることはできないでしょうか。娘の幸せを思うと、不憫でなりません」
「その娘はいまどこにおるのだ」
「わが屋敷に閉じこもっております」
「よろしい。では私がその呪いを解いてみせよう」王は博識でしたので、すでに呪いの解法を見抜いていました。
 王は家来に命じて、ある薬の入った小瓶を持ってこさせると、それを懐に入れました。
 そして王は商人の屋敷に向かい、娘と会いました。それはまごう方なき絶世の美女で、王は一目で恋に落ちてしまいました。実はそれは呪いの力でもあり、娘に会った男はたちまち恋に狂って死んでしまうのです。ですが王は強靭な肉体と精神を持ち合わせておりましたので、思ったより強い呪いであったものの、なんとか頓死はまぬがれました。
「そなたが呪いにかかった娘か」王は息も絶えだえに問いました。
「はい。そうでございます」娘は王を心配しながら、また自身も強い恋情に胸を焦がされながら言いました。彼女も王を一目見て恋に落ちたのです。
「そなたの呪いをすぐに解き、わが妻としたいところだが、私はもう長くない、もうすぐ死ぬだろう。だが呪いの解法は知っている。だからあえて呪いにかかったのだ。聞け……」
 王は娘に呪いを解く方法を教えました。娘はそれを聞くとぼろぼろと涙をこぼしました。
「なぜ泣く」
「陛下のお苦しみを思うと」
「なに、これしきのこと、わが恋の苦しみに比べればなにほどもない。私は必ずそなたの呪いを解いてみせる」そして少し呻くと、「……もう駄目のようだ……では、これを受けとるがよい……」
 王はそう言って娘に小瓶を渡し、ばたりと倒れました。
 娘は父を大声で呼び、小瓶の中身の薬を飲みました。商人が部屋に入ると、そこには王と娘の亡骸が横たわっていました。
 王の葬儀は盛大に執り行われました。娘の葬儀は身内でしめやかに行われました』


「悲しいお話ですわ」女は涙を流しながら言った。「あまりに救いがありませんわ。そのお話の教訓は、死がすべてを解決する、ということ?」そして盗人の顔をまともに見て、ぎょっとなった。
「恐れながら、お嬢さま、そうではございません」男の顔は若々しく、美しくなっていた。「偽りの死、それこそが、呪いを解く鍵であったのでございます」
「その顔は、どこかで……」
「王の魂は死んで冥界をさまよい、また輪廻の巡りの中に組み入れられました。あるときは地を這う獣、またあるときは河を泳ぐ魚、そしてまたあるときは樹木にはりつく虫……こうして王の魂は何度も何度も生まれ変わり、また死んでいったのです。千回も……。そして実は、娘のほうは死んではいませんでした。あの小瓶に入った薬は秘薬中の秘薬、愛の眠り薬といって、飲んだ者はたちまち眠りに落ち、その者は愛する者が声をかけない限り目を覚まさず、しかも眠っている間なら、どんなことがあろうと死をも免れる、そういった効力をもつ薬だったのです。太古の人々はしばしば恋人を守るため、この秘薬を使ったといいます」
「つまり、娘は死者ではなく、ただ永いあいだ眠っていただけで、あなたは墓泥棒などではなく……」
「いや、私は盗人だった、先ほどまでは」美しい墓盗人の口調は変わっていた。「しかしそなたに乞われて、自然と口をついて出たこの物語、これを語るうち、思い出したのだ、はるか以前の約束を。そなたの呪いを解くという約束を。思えば長い旅であった、気の遠くなるほど。しかし魂はいつもそなたを求めていたのだ。互いにまだ名も知らぬ身なれど、われらは恋に落ち、永劫と感じられる距離を克服したのだ」
「陛下、妾は忘れておりました、その約束を。永い夢の中で、いつのまにやら自分を死者と思い込んでいたのです。時とはかくも、恐ろしいものなのでございますね。墓盗人は王で、死者は呪いをかけられた娘。死んでいたのは陛下で、生きていたのは妾。そして二人、知らず知らずのうちに、自分たちの物語を語り、聞いていた……。陛下、教えてください、陛下のお名前を。妾の名前は……」
 娘は名乗った。王もそれに応えて自らの名を明らかにした。
 その瞬間、呪いは解け、恋人たちは月光のなか手を取り合って静かに、しずかに歩みはじめた。

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