キャリーケース(前編)
俺は今、一人で朝のニュースの現場に向かっている。
流石に泣いて目の腫れた顔の女子高生を連れて歩く事は出来ない、と言い聞かせ今日は帰らせた。
だがしかし、手伝うことを決意したが、良く話を聞いてみると、唯一の手掛かりは腕にあった傷、羽の生えた十字架のネックレスだと言うことが判明した。
目の前で母親が殺されて居るのにも関わらず、細かく記憶し、トラウマになっていないのは、母親の血を引いているのだろうか。
思えば先輩は目の前でトラウマ案件が起きても前向きに考える人だった。
『誰だろうと無駄死にはさせない』と常に言っていた事を思い出した。
が、それにしても、先輩の死を5年経った今になって知るとは、どれだけあの人を遠ざけて過ごして居たのか身に染みてわかった。
それはそうと、不知火は現在、母を亡くした後、叔父に引き取られ、高校入学後は一人暮らしをしているらしい。
学校が近くなる事もあり好都合だからと荷物をまとめうちへ越てくる、と言ってたな。
部屋も余っているし問題ない。
弟子と言えど間借りさせるのだ、それなりに家事の分担はしてもらおう。
そういえば、帰り際に馬鹿なことを言っていたな。
「明日からは先生と呼びます。私の事は調佳と呼んでください!!」
でもまあ、俺が女子高生を下の名前で呼ぶとなると、世間体にも宜しくないので名字で呼ぶことにした。
ドアの件は壊した訳ではなく取り外した?との事だったので直して帰っていた。
初対面だが不知火には驚かされてばかりだな。
先ほどの事、全てが計画通りだったと言うのが侮れない。
筆跡が先輩の物だと確信できなければ迷わず泣き落としだと思っただろう。
先輩は死に関する事を寝るや眠ると表現する癖があった。
その事に関しては、仲間であり後輩だった俺しか知らない。
そう思わせるほどに訪問時間、話を聞いてもらうための強行手段、下準備、全てが完璧だったと言える。
人に使うのも、使われるのもあまり好きじゃないが彼女を天才、と呼ぶべき人間なんだろうな。
と、そうこう考えているうちに現場が見えてきた。
規制線が張られ鑑識や捜査官がうじゃうじゃといる中、見知った背中が見えた。
「里中さん!!」
声を掛けた人は、現場に出る警視として一部界隈で有名な人で、昔からお世話になっている。
今も顔を利かせてこんな俺を現場入りさせてくれるいい人だ。
「おお律斗!!何時ぶりだ?少し痩せたか?」
この人はいつもこうだ。取調室で顔を合わせているじゃないか。
聞くだけで心情が読める事から取調や聴取で使ってもらってる。
「何時ぶりだ?って先週に他の件で顔合わせてますよ」
「それもそうだな!!悪い悪い。でどうした?」
「今回の事件、わりと続いて起きてるので手を貸そうかと。それと、少し今日中にお話ししたいことが」
「そっかそっか。まあ事件は手詰まりだよな。なにより手掛かりがつかめない。」
声のトーンも低くなりマジ顔になった。
マジになるのも無理はない。
この件の遺棄は3度目だ。
それも1度目は今現在の場所から数百メートル先の公園、2度目は北の地方、そして今回3回目だ。2度目は管轄外で手が出せなかったのは分かるが、2度も同じ区域で遺棄事件が起きてるんだ。これを最後にしたいだろう。
「見廻りは強化しているでしょうし手掛かりが皆無はおかしくないですか?」
「それは思ってるんだよ。何故2度目は北の方で、3度目がまたここなのか。全く同じ状況でキャリーケースに入れられてるのも謎なんだ。」
思った以上にこのシーンは長くなりそうなので分けさせていただきました。