うわさの元(ショートショート30)
風呂上がり。
冷蔵庫にいつもはある、買い置きの缶ビールが一本も入っていない。
「ビールがないぞ!」
「ゴメン、切らしちゃってるの。気がついたのが夕方だったんで、夕食の支度もあるし、スーパーまで買いに行けなかったのよ」
「なんで、わざわざスーパーなんだ。足立があるじゃないか」
足立というのは、昔からつき合いのある近所の酒屋である。
「足立さんのとこ、なんだか顔を出しづらくて」
妻が顔をしかめる。
「なんでだ? ビールは、いつもはあそこで買ってるじゃないか」
「そうなんだけど……。実はサークルでね、お隣の佐藤さんがつまらないことをしゃべっちゃって」
妻が通っているサークルでのことのようだ。
「じゃあ、足立さんの?」
「そうなの、奥さんの鼻が高いのは若いころ整形したからだってね。それがめぐりめぐって、足立さんの奥さんの耳にも入っちゃって。お花のサークル、足立さんの奥さんも一緒だからね」
「女って怖いな」
「ほら、足立さんってきれいじゃない。それで佐藤さん、きっとやっかんだのよ」
「それで、ほんとに整形を?」
「そんなのわかんないわよ」
「でもな、火のない所には煙は立たぬっていうし。ほんとにやっていたりして」
「ううん、根も葉もないことよ。佐藤さんってね、あることないこと、すぐにペラペラしゃべるのよ」
「でもな。もしかして佐藤さん、昔の足立さんのことを知ってるかもよ」
「やっかみの邪推だって」
「なんで言い切れるんだ」
「だって、整形してるんじゃないかって、あたしが佐藤さんに話したんだもの」
妻が確信に満ちた顔で言う。