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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
武闘大会本選・団体戦の部
83/122

81.【武闘大会本選:団体戦の部】そして決勝へ……(5)

準決勝、2話くらいで終わらせる気だったのに……

3話長くなったのは、確実にアスパラのせいです。

だってあいつら、ネタの塊なんだもん。



 従えていたアスパラ共を倒され、アディオンさんがすっと前に進み出る。

 その物腰は、まるで水面に浮く蓮のように静かなものでした。

 ただし、静謐なはずの表情に得体の知れない威圧感があります。

 彼の背後に、巨大なアスパラの姿を見えるのは……錯覚でしょうか。

 ああいうのを、オーラって言うんでしょーか……。

 まるでアスパラの命脈が、アディオンさんに宿っているかのよう。

 しんと静まり返った観客席に、誰かがごくりと息を呑む音が響きました。

 

 だけどそんな中、一人だけ黙ってはいられない人がいます。

 勇者様です。


 アディオンさんの姿に、既に何か言いたいことがあるのか。

 言いたいことがありつつ、今は我慢しているのか。

 漲る物言いたげな空気。

 口元を引き攣らせた勇者様は、衝動を抑えきれないのかわなわなと肩を震わせています。

 ただ、感情を抑えた声音で。

 従者として最も信頼していただろう青年に勇者様は問いました。

「アディオン……俺の姿を前にして、言うことはないのか?」

 アスパラに魅入られた青年の答えを待つつもりなのでしょうか。

 勇者様の今の実力なら、幾らでもやり様はあるでしょうに……。

 アディオンさんの言葉を望んでいるのでしょう。

 じっとアスパラマスターの姿を見つめ、勇者様は口を引き結びます。

 アディオンさんが何事か喋るまでは、己も言うことはないとばかりに。


 緩慢とすら思える、ゆっくりとした動きで。

 勇者様をひたと見据えたアスパラマスターは……やがて、勇者様の望に応える様に、ゆるゆると口を開きました。

 先程まで、朗々と意味のわからない呪文を唱え続けていた口で。

 彼は……何を語るのでしょうか。

 会場中の知的生命体全ての注目を受けて、とうとうアディオンさんは一つの言葉を発語しました。


「ふんだばー」


 会場中の、空気が凍結しました。

 そして勇者様は噴火しました。

「お前は……お前の脳は! そこまで精神汚染が進んだっていうのか、アディオン!?」

 激情、大・爆・発!

 震えていた肩は既に「わなわな」どころではありません。

 今にもちゃぶ台をひっくり返しそうな勢いで、ついに勇者様が駆け出しました。

 如何にもスナップの良く効きそうな、捻りの入った角度で手を振り上げ……

 

 これは平手かな、と思いました。

 みんな、そう思ったと思います。

 絶対に捻りの効いた平手打ちが、斜め45度の角度で入るものと。


 でも、違いました。

 勇者様は、こんなにも易々と私の予想を超えていくんですね。


「正気に戻れ、アディオぉぉぉぉぉっン!!」


 勇者様の、魂の叫び。

 正気に返れと叫ぶ声に、追従するようにして。

 人間の反応速度の限界を超えた一撃が、アディオンさんに迫る。

 咄嗟にアディオンさんは琵琶で防御しようとしたけれど……

 勇者様の真空波でも巻き起こせそうなキレの良い動きに、アディオンさんは間に合わない!

 琵琶を擦り抜け、見事アディオンさんの頭に直撃。

 誰がどう見ても明らかな会心の一撃(クリーンヒット)を決めたのは。

 紫光を纏った雷神の一撃。


 ――サンダー☆ハリセーン。


 瞬間的に、私とまぁちゃんの腹筋は笑い過ぎで死にかけました。

 勇者様とは激烈に相性の良過ぎそうな武器が、唸りを上げてヒットした。

 衝撃の瞬間、世界の全てがハリセンの光に染まる。

 真っ白に焼き付けられた視界の中。

『――ふんだばぁぁああああああああああああ……!』

 ほんの微かに、アスパラ(オーラ)がハリセンに引き裂かれる光景を幻視した。


 だけど、今の……人間からは隔絶する勢いで|(肉体強度的に)強くなった勇者様の一撃です。

 それも会心の一撃。

 そんなものを頭に喰らって……アディオンさんは、色々な意味で無事に済んでいるでしょうか。

 頭、捻じ切れたりはしてませんよね?

 

 光が焼き付き、真っ白に染まった視界の中。

 視力回復の瞬間がちょっとだけ怖くなりました。


 


 勇者様とアディオンさんの戦いは、あっさりと決着がつきました。

 むしろ前哨(アスパラ)戦の方が長くしつこく後を引いた程です。

 やはり勇者様の実力は、最早人間とは隔絶した位置にあるのでしょう。

 まぁちゃんと比べたら、全然まだまだまだまだまだまだですけど。

 それでも勇者様は勇者様なりに、お強くなっていらして。

 これは彼の努力に何か得体の知れないものが報いてくれたのでしょうか。

 強くなった成果……といったら、言いすぎかもしれませんけど。

 勇者様の紫電の一撃には、ちゃんと効果があったんです。


 ハリセンの勢いに吹っ飛ばされたのでしょう。

 アディオンさんは殴られた瞬間にいた地点から、斜め後方に六mほど離れた地点で尻餅をついていました。

 どうしようもなく、ふらついてしまうのか。

 色々と付随していても、結局はハリセンで殴られただけなので流血はしていませんでしたが……アディオンさんの頭の中では残響するものがあるらしく、彼は大きく広げた右手で頭を押さえ、ふらふらしています。

 遠目に、アディオンさんの目に星が散っているような気がしました。

 先程までの雰囲気がある静けさは、今の彼に見られません。

 比べるとなんというか……締まりのない? いいえ、人間味のある表情(かお)をしています。

 何だか「机で転寝(うたたね)していたら、椅子から転げ落ちて目が覚めた人」の顔とでも例えましょうか。

 ぼんやりしたような、驚いたような、まだ半分夢の中にいるような。

 覚醒しきれていないのか、ふわふわとした感じ。

「あ、あれ……? え、と……あれ?」

「アディオン、目は醒めたか!?」

 勢い込んで、へたりこんだままのアディオンさんに詰め寄る勇者様。

 その格好、相変わらずの着ぐるみ胴体に猫耳頭で。

 ぼうっと勇者様のお顔を十五秒ほど眺めた後、アディオンさんは呟きました。

「ぎぎぎぎおぎおぎお、ん、しょう舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」

「……まだ、悪い夢の中にいるみたいだな」

 いつもは厳しさと無縁みたいな、どこか甘い勇者様だけど。

 このことについてだけは、大目に見る気がないんでしょうね。

 容赦は一切ありませんでした。

 ゆっくりと深く、意識的に息を吐き。

 勇者様は右手に握ったサンダー☆ハリセーンを、ぎゅぅっと強く握り込みました。

 そして、腰から捻りの入った一撃!

「いい加減、目を醒ませ!!」

「あんぶれらっ?」

 アディオンさんの頭が、地面にめり込みました。


 このまま続けたら、逆にアディオンさんの頭は死んじゃわないか。

 固唾を呑んで見守る私達。

 力を失った身体は、どう見ても意識不明。

 気絶を確認した審判が、声高らかに宣言しました。

『……アディオン選手の状態を確認、戦闘続行不可能! よって勝者は千匹皮選手! 本大会団体戦の部、決勝進出はまさかの単独(ぼっち)参加、千匹皮選手だぁぁあああああ!』

「――まだだ!」

『えっ?』

「まだ、アディオンの正気を確認するまで勝ったとは言えない。……このままでは、終われない!」

『え、えぇ……っ?』

 おっと珍しい。

 あの、勇者様が。

 お生まれ的にも立場的にも傍若無人に振る舞って許される立場でありながら、概ね周囲に気を使って生きていらっしゃる勇者様が!

 こんな駄々をこねるような真似をするなんて!

 審判も地味に困っているようです。

 誰かへの迷惑行為に走る勇者様なんて、とっても珍しい光景ですね。

 そこまでするほど、勇者様にとって大事なことなのでしょう。

 心の比重的にアスパラに思うところがあってのことか、もしくはそこまでする程、アディオンさんが勇者様にとって大事な人だからなのか……どっちなのか、微妙にわかりませんけれど。

 意気軒昂、勇者様は当初の目的を綺麗に忘れ去っておいででした。

 ちょっと我も忘れ気味みたいですけど、あれはそろそろ勇者様の精神的にも限界が近いのでしょうか。


「……まぁちゃん」

「ん、どうしたリアンカ?」

「うん、いい加減……勇者様が可哀想になってきたし。そろそろアディオンさんをどうにかしとこうよ」

「あれなー……遠くから見てる分にゃ面白ぇんだけど」

「でもほら、勇者様が泣きそうだし」

「仕方ねーなぁ……」

 というか、既に勇者様の目は涙線に支障が出ている気がします。

 声も鼻声っぽくなってきたような……ええ、涙目ですね。

 アレを放置していると、流石に罪悪感が募ります。

 うん、そろそろアディオンさんの頭の配線どうにかしましょう。

 アレをどうにか出来そうな人に、少なくとも一人心当たりがあります。

「まぁちゃん、GO!」

「おう、任された」

 我らが魔境の絶対君主、魔王様(22)。

 まぁちゃんは、とっても気さくな有能美青年でっす★


 ひょいっと飛んで、試合場に着地。

 誰もが反応するより、早く。

 すてすてすてっとアディオンさんに接近。

 活を入れてお目覚め五秒。

「あれれ、はれ、どれみふぁんふぁーれ……」

 ……うん、まだ正気とは程遠そうなうわ言ですね。

 まぁちゃんも即座にそう判断したようで。


「てい」


 アディオンさんの脳天に、軽くチョップが入りました。

 まぁちゃんの本気でやったら、アディオンさんの頭部どころか存在そのものが抹消されかねません。

 だけどこの一撃は、本当に軽く。

 かなりの手加減がされているらしく、インパクトの瞬間もとすっと軽い音がしただけでした。

 だけど、効果は絶大です。

 傍目には勇者様と同じ、力技なのに。

 ……やっぱり殴る人の方に絶妙な加減とかコツとか、秘訣とかがあるんでしょうか。

「はっ…………ここは!?」


 

 アディオンさんが、正気に戻りました。



 自分が幾らやってもどうにもならなかったのに。

 まぁちゃんが手を出したら、軽く一発。

 その現実に対する衝撃の為でしょうか。

 勇者様の足元から上へと向かって力が抜けて……

 ふらっとしたかと思ったら、地面に膝をついてしまいました。

 がっくりと両手をしっかり地面につけて、辛うじて上体を支える姿が哀しいくらいに絵になります。

 何ですかね、このしっくり具合。

 見慣れ過ぎてしまったせいでしょうか。

 この態勢が勇者様の真骨頂にさえ思えてきます。

 

 だけどやっぱり、我慢がならなかったようで。

「……………………まぁ、どの」

 どんよりと暗く、おどろおどろしい勇者様の声が響きました。

 こんな響きを宿した勇者様のお声も、やっぱり珍しいです。

 だけどまぁちゃんは気にした様子もなく、むしろにんまりと笑みを浮かべ、顎を上げて勇者様を見下ろしました。

 わあ、小馬鹿にした感じがとっても様になってるー。

 まぁちゃんの美貌は妖艶系なので、滅茶苦茶似合ってました。

 勇者様はまぁちゃんのニヤリ笑いに、更に顔を引き攣らせ、

「そんなに簡単にそういうことが出来るなら、もっと早くやってくれぇぇえええええっ!!」

 

 叫びました。

 人生の悲哀を感じさせる声でした。


「あ? なんで俺がわざわざ、んなことしなきゃなんねーんだよ」

「まぁ殿……っ」

「勇者、よく考えてみろよ? 俺は誰だ?」

「……魔王のバトゥーリ、まぁ殿」

「んで、お前は?」

「…………」

「わざわざ俺が、お前の為だけに動くワケねーだろ(笑) むしろ、何か見返りでもなきゃやってらんねーな」

「…………………………俺に、何をしろと?」


 そして、墓穴を掘る勇者様。


 今回、まぁちゃんが動いてくれたのは、私がお願いしたからですが。

 つまり勇者様がお礼なんてする必要なかったんですけどね?

 なのに自分から謝礼を払おうとしている勇者様がいます。

 今の勇者様は『人生の敗者』というお題をつけたくなるような空気を纏って項垂れています。

 何が彼をあそこまで退路の塞がった窮地へと追い立てるのでしょう。謎です。

 

 勇者様が全力で追い詰められて打ちひしがれる。

 魔境はハテノ村では、ある意味で見慣れた光景でしたが。

 そんな勇者様のお姿に馴染みのない方がこの場におひとりのみ存在しました。


 アディオンさんです。


 彼にとってはかつてない姿だったのでしょう。

 勇者様が慟哭するように地面をがんがん殴って呻く様を、戸惑っていること丸わかりの何とも言えない顔で、呆然と眺めるアディオン(正気)さん。

 信じられないと言いたげな、困惑を隠せない様子は……もしかしたら正気じゃなかった頃の記憶がはっきりしないのかもしれません。

 とても今更な感じのことを彼は言ったのです。

「殿下…………そ、そのお姿は」

 勇者様のお姿=着ぐるみ胴体+猫耳ヘッド

 恐る恐ると勇者様に深刻な顔を向ける、アディオンさん。

「一体どうなされたのですか、そのお姿は……殿下、お気は確かですか!?」


 瞬間。



「お前が言うなぁぁああああああああああああああああああああっ!!」



 勇者様の今日一番の叫びと共に、ハリセンが再びアディオンさんの頭部に命中した。

 うん、他人のことは言えないよね。アディオンさん!

 だけど勇者様、やり過ぎて再びアディオンさんの正気が遠いどこかにサヨナラしちゃわないよう……重々気を付けて下さいね!


 ――兎にも、角にも。

 こうして長かった団体戦の部、準決勝戦は幕を閉じたのでした。

 明日一日の休養日を置いて、明後日(つぎ)は決勝戦ですよ。勇者様! 

 その時には是非とも、お手柔らかにお願いしちゃいますね?





何やらリアンカちゃんが勇者様の死亡フラグらしき何かを立てた……ような?

次の試合はいよいよ、勇者様の処けi…………vs.おうまい編です♪

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