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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
魔境にただいま☆
8/122

6.ぶらり村めぐり ~大会中の宿泊事情~

勇者様、とうとう追い出され………




 魔境にただいま☆な一日は、こうして勇者様のメンタルに痛烈な一撃を見舞いつつ終えようとしています。

 なんやかやしている内に、気付けばすっかりお日様は真っ赤に燃えていて。

 見事な夕焼け空の元、父が言いました。

「では、勇者君。また明日」

「え?」

 何だかさも、これから勇者様が別の場所に帰るとでも言わんばかりの態度。

 父さん、家の敷居も跨がせたくないくらい、勇者様のこと嫌になっちゃったの?

 困惑する私と、固まる勇者様。

 どういうことかと真偽を問う目で父を見る私達。

 事情を察した母が、ころころと笑みながら説明してくれなかったら、うっかり勇者様は寒空の下で一人寂しく野宿する所でした。



「………まさか『勇者様ハウス』が完成していたなんて」

「リアンカ、ハウスって言い方やめようか?」


 そう言えば、家でアディオンさんを見ないなぁと思ってたんですよね…。

 人数制限の都合で、勇者様のお里帰りの際に魔境に置き去り(笑)にした、勇者様の従者さんのこと。

 あのお兄さん、影が薄いからナチュラルに忘れていました。


 以前、父の指揮で建造が計画されるも、完成一日目にして脆くも儚く崩れ去った、幻の建物。入居早々に勇者様とナシェレットさんが派手な主従喧嘩を勃発させて、瓦解させてしまったアレ。耐久度をもっと上げて計画を練らないことには二の舞になりかねないということで、再建も二の足を踏んでいたアレ。

 何だか魔境の滞在が長くなりそうな勇者様の為に建てられていた、新しい家。

 私達はそれを、『勇者様ハウス』と呼んでいます。


 でもその呼び方、何故か勇者様には不評です。

「犬みたいに引っ込めとでも言われている気がして、切なくなる…」

 勇者様が隣を歩きながら何か言っていました。

 なんて言ったんでしょうね? 私には聞こえませんでした。


 そして今、私達はそのハウスに向かって歩いているところです。

 勇者様専用の家が完成しているのだから、そちらに帰れというのが父の意見。

 勇者様も折角建ててもらった好意は有難いと、父の意見に賛成のようです。

 何より、既に何カ月も前からアディオンさんが入居済みだとか。

 魔境に戻ってから、まだ一度も見ていませんしね。

 このまま無視するのは主人としてあまりに情け知らずだと、勇者様はいきなりですが今日から入居することにしたようです。

 私も興味があったので、夕飯のお裾分けの名目で付いて行きます。

 だって気になりません?

 魔境の職人達総出で、耐久性能やら何やら、粋を凝らして建てた家ですよ?

 これから勇者様が住む家なのだと思うとそれだけでも好奇心がそそられるのに…どんなとんでもハウスが完成したのかと、私は全力でわくわくしていました。

 それにお友達の家は、場所も把握しておかないとね!

「…帰りは送っていくから。夜道は危険だし」

「え、大丈夫ですよ?」

「どこが? か弱い女性を一人夜歩きさせるなんて真似、俺には出来ない」

「………散々私の所業を見ていて尚、未だ私を『かよわい』と言える勇者様って、本物の紳士ですよねー…」

「か弱いのは間違いないだろう? リアンカはか弱い女性だよ」

「そう言ってくれるの、勇者様かまぁちゃんくらいだと思うんだ………まぁちゃんにしてみれば、ほとんどの生命体は『か弱い』に分類される気もするけれど!」

「まぁ殿はまぁ殿で、リアンカのことを大事に思っているんだ。当然だろう?」

「勇者様って、魔境に染まりそうで染まらない感覚してるよね…」

 帰りはまた我が家まで勇者様が送って下さるということですが。

 勝手知ったるハテノ村で、わざわざ送っていただかなくっても…って、そう思うんですけどね。

 確かにハテノ村は危険地帯:魔境のど真ん中にあるし。

 そして私の戦闘能力が皆無なのも、確かなんだけど。

 でも村の中だよ?

 魔王城お膝元の、何かあれば魔族が全力で守ってくれちゃう、ハテノ村だよ?

 それが百鬼夜行の蠢く真夜中午前二時であろうとも、この村でだけは危険に遭いそうな気配が微塵もしません。

 何かが襲ってきても、村と魔王城に住む猛者が総出で殲滅してくれそうです。

 それがあるから、魔境の危険生物も村にまでは滅多に近寄ってこないし。

 ………まあ、時々うっかり迷いこんで来た魔獣や魔物がいないこともないけど。

 その末路は、二十分くらいで解体作業が始まっていたような気がします。

 ちなみにハテノ村に現れる命知らずなモンスターは、村民皆で美味しくいただきました。


 そうして、てくてく。

 歩くこと、てくてく。

「半年前にはなかった建物が増えてないか? 見覚えのないモノがあるけれど」

 最初は何を言ってるのかな、って思ったけれど。

 勇者様の視線を辿って納得納得!

「ああ、勇者様が首を傾げるのも無理ありませんね!」

 勇者様が見ているのは、常ならハテノ村にないもの。

 だけど3年に1度の年…武闘大会を目前に控えた今だから。

 例年、この時期になると村には常にはないモノが一気に増えます。

 アレも、その一つ。


 勇者様が見ているのは、村の端っこに建てられた大きな簡易住宅。

 その正体は、宿泊施設です。

 それに近くに作られた円形闘技場。

 この時期は村に見知らぬ人が一気に増える。

 そういった方々の、受け入れ先。


「あれは、村営の仮設宿舎なんですよー」

「仮説………宿舎?」

「はい。勇者様も御存知の通り、この村って宿屋なんてないじゃないですか」

「…だから、俺も村長宅に泊めてもらっていたからな。でもこの村、滞在してみると意外に外部からの訪問者多いじゃないか。本当に宿屋がなくって良いのか…?」

「昔はあったらしいけれど、魔境を渡ってハテノ村にやって来るような猛者ですよ? それに戦闘狂の多い地域ですからね………」

「………つまり?」

「………………………宿泊客同士の乱闘があって宿屋やってたお宅が跡形もなく消滅して、以来それっきりだそうです」

「……………ああ」

 納得した、と。

 勇者様の何もかもを諦めたような声がしました。

 私はそれを聞き流しながら、知っている限りの事情を説明します。

「村の記録には『怪我人がいなくて逆に忌々しい』と、当時の宿屋のご主人の乱闘犯人を呪う呪詛の言葉が延々十八ページ」

 ちなみに乱闘しちゃった方々は、直後宿屋の主人にシメられたそうです。

 乱闘事件の発生がご主人の留守中だったことが運の尽きですね。

「よく村の記録に十八ページも書かせたな…」

「宿屋のご主人も収まりがつかなかったんでしょう。これが他の村だったりしたら、年月が経つ内にほとぼりが冷めて新しい宿屋が開設したりするんでしょうけど…魔王城の隣なんていう超物騒極まりない土地柄、再発は目に見えていますからね。以来、誰かが村を訪れた時の宿泊先は我が家が提供することになりました。うちなら魔王城の一番お隣で、代々の魔王も入り浸りでしたからね。抑止力がばっちりなので、我が家が倒壊させられたことはありません☆」

「………というか、代々入り浸ってるのか。魔王」

「関係も密接で、付き合いの長い家系ですからねぇ…」

「同じ人間としては、驚愕に値する家だと思う」

「勇者様の家も凄いと思いますけどね?」

「それは、王家だからな…」

「まあそんな訳で、我が村には確たる『宿屋』なんて代物がない訳で」

「ああ」

「でも三年に一度、溢れ返らんばかりのお客で一杯になる年があるんですよ」

「それが、つまり来年………もしかしなくても、武闘大会の時?」

「その通りです! 跳び入りの挑戦者含め、大賑わいです」

「…わかる気がする。俺が参加したことがあるのは人間の国の試合ばかりだけど、ああいうのって人気あるから。大概がお祭りや式典の時に重なって開催されるからな。魔境での規模がどんなものかは知らないけれど、見物に来る者達や参加する為にここまで来る者がいるんだろう?」

「勇者様ってそういえば人間の国々の試合を総なめにした凄腕(笑)剣士でしたね」

「(笑)は余計だよ、(笑)は…」

「勇者様の予想通り、武闘大会の時には大勢のお客さんがやってきます。

中には遠路遙々人間の国から、わざわざ腕試しの為に来る人もいるんですよ」

「酔狂だな…魔境の武闘大会は、もしかして広く知られているのか?」

「いえ、かなりマイナーらしいです。何でも知る人ぞ知る…くらいのコアな大会扱いを受けているとか。何しろ地域住民も参加者も、揃ってヤバいバトルジャンキー多めですからね。余程の気概を持ったキワモノでもないと、近寄ることすら二の足踏むんじゃないですか? 試合に触発されて、そこらじゅうで見物人どうしの即席賭け試合とか始まっちゃうし」

「色々な意味で規制が必要だな…。今までは取り締まりとかどうしてたんだ…?」

「その取り締まる側からして既にあっち(サイド)で殴りあい?」

「駄目だろう。それは物凄く駄目だろう…!」

「試合開催中、本当の意味で安全が保障されているのは村の中央広場(子供が良く遊ぶ)か、孤児院か我が家くらいですよ?」

「そんな状態でも子供は巻き込むまいとする姿勢は立派だが! 立派だが…!」

「まあ、そういう訳で我が家だけでは収まりきらないくらいのお客さんが大挙してやってきますからね。宿屋規模じゃ間に合わないってことで、期間中は急場しのぎに宿泊施設が整備されるのが例年のお約束です」

「………急場しのぎの割には、立派な建物だけどな」

「武闘大会の最終日には、はっちゃけた魔王様の手によってキャンプファイヤーに大変貌を遂げるのも例年のお約束です」

「………って、おいぃ!? まぁ殿、何やってんだ!?」

「代々続く伝統だって言ってましたよ?」

「なんて嫌な伝統なんだ…っ滅べ、魔王家」

「それを恐れげもなく言えちゃう勇者様って、本当に凄い根性と度胸ですよね」

 

 そんな話をしながら、私と勇者様はてくてくてくてく…

 やがて、そうやって歩を進めるにも終わりが来て。


 私達は、思いがけなく立派な『勇者様ハウス』を目にしたのです。





 ………後に、勇者様の新しいお家である筈のこのハウスのことを私達は新たな呼び名で呼ぶことになります。

 ええ、率先して、私達から新たな呼び名を授けました。

 家の外観からは、全く分からない深淵へと続く家の中。

 そこを指して、私達はこう呼んだのです。


 ――『緑の館』、と。




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