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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
試合開始のゴングが鳴った
57/122

55.予選(魔法なしの部):アイシャドーはパープルオレンジ



「私はサルファのことは……情報流通の役割を担う旅芸人のお姉様方に使われていただけあってファッションセンス光ってるな、くらいに思ってますが。ただし女性向けファッションに限る」

「いえ、私が聞きたいのはそういうことじゃなくて……気持ち的に、どう思っているのかをお聞きしたいのですけど」

「どうって言っても……そもそも深く考えることすら面倒臭くてやる気になれないんだけど」

「それは一体、どのような意味で……?」

 張りつめた表情で問いかける女の子に、私は表情明るく言って差し上げました。


「ぶっちゃけ、あいつの為に思考を割くのが面倒臭い」

「良い笑顔で酷くありませんか?!」


 そうは言われても、それが私の正直なところなんですが(笑)




「――というようなことが今日あったんだよ、まぁちゃん」

「よぉーし、そこの軽業師。歯ぁ食い縛れや?」

 許婚ちゃんに絡まれた、後のこと。

 場所は勇者様に貸している寝室の、夜の宴会。

 リンゴ酒片手に勇者様の本日の試合に対して評していたまぁちゃんは、私がそういえば……と語った今日の出来事に目を細めました。

 聞き終わるなり、同じ部屋にいたサルファに対して言った言葉は、私にとっても予想通りの代物で。

 一人、泡を食って慌てるサルファは顔が引きつっています。

「ちょ、まぁの旦那ぁ!?」

「まぁ殿っ その振りかぶったモーニングスターで何するつもりだ!?」

「察しの良いお前らのこった。言わなくってもわかってんだろ?」

「わかるから聞いているんだと、まぁ殿こそ察してくれ……!」

「勇者の兄さん……☆ 俺のこと庇って!?」

「俺の目の届く範囲でサルファに何事かあったら、国際問題に発展してしまうかもしれないだろう!? こんなおちゃらけた奴でも、サルファは名家の御曹司なんだぞ!」

「うっわ……思いっくそ体面の問題! 相変わらず俺の扱い酷くね? 勇者の兄さんですらこの仕打ち!」

「サルファ……自分の扱いに不満があるのであれば、胸に手を当てて良く考えてみてくれ。俺がお前を無条件に庇うような理由が見つかるか……?」

「むしろ勇者の兄さんは弱者だったら無条件に救済するような気がしてた」

「お前は弱者じゃな・い・だ・ろ・う……!! それ以前に、お前のことを無償で救いたくないと意欲減退させる理由がごろごろしている過去の振舞いを顧みてみろ!」

「勇者様にここまで言われるってよっぽどですよね。サルファ、よっぽど……まあ私も、諸々と許せないアレコレが思い当たりますけど」

 私は今でも初対面で沐浴を覗かれた恨み……忘れていません!

 思えばあの出会いのお陰で当初はこいつの印象最悪でしたねー……今もあまり良くなってはいない気もしますが。

 それでも色々と大目に見たり、協力させたりとしている辺り多分そこそこは改善してるんですよね。そこそこは。

 人間って知らず知らずの内に絆されちゃう生き物なのでしょうか。

 まあ、これ以上、印象が改善される予定はありませんけれど。

「それで、軽薄野郎。てめぇのせいでうちの可愛い妹分(リアンカ)が見ず知らずのお嬢ちゃんに絡まれた挙句、泥棒猫呼ばわりされた訳だが」

「まぁの旦那、リアンカちゃんの回想聞いてた!? 誰もそこまで言ってなかったよ!」

「うっせぇな! 実質言われたも同然っつか、相手にそう思われてたのは確かだろうが! 名誉棄損で魔境一周引き回しの刑に処すんぞごるぁ!」

「それ俺死ぬよね」

「ちなみに地竜(アースドラゴン)で」

「俺死ぬよねそれ!」

「あ゛? 地走竜(ドラゴンランナー)よりゃマシだろーが!!」

「選択肢が酷過ぎる☆ どっちにしろ俺、死んじゃう!」

 ちなみに地竜は大地の力に特化したドラゴンさんで、翼が退化して飛べなくなっている上に体が大きくて鈍重という、素早さとは無縁の竜です。しかし重量級故の迫力と勢いがあり、全てを薙ぎ倒していく強引さがあります。

 彼らを怒らせたら、森一つ位は軽く更地になっちゃうんですよねー。

 走り方も特徴的でバタバタと足踏みしながら進むので、更地になると同時に踏み固められるんですよ。大規模な地固め工事の時には敢えてわざわざ怒らせて誘き寄せたりとか、魔境じゃよくやります。

 そんな竜に繋がれて、爆進されたりしたら……ぐっちゃぐちゃに踏み砕かれて挽肉煎餅になりそうですね?

 ついでに地走竜は走力特化の小型竜。元々は四枚あった翼の内二枚が退化……というか進化して補助脚に代わり、六本足のドラゴンさんです。残った二枚の翼は推進力として用いられ、どんな障害物も貫く勢いで駆け抜けます。それはもう、風というより光になる勢いで。

 あんまり足が速いので、近くを駆け抜けられると鎌鼬が発生して地味に困るんですよねー……こっちも丸太をスパスパ切り裂く威力があるので、やっぱり森が消えます。

 まあ魔境の植物は生命力やら成長力やら諸々が面白いことになっているので、ただ単に伐採されただけなら五日くらいで森も復活しちゃうんですけどね!

 足の速さは保証付きなんですが、魔境でも一般的な乗り物にはなり得ない竜という扱いなのは……あんまり足が速過ぎて、乗った人の体がおっつかないからでしょうね。

 魔族の一部猛者は好んで乗り回しているそうですが。

 この竜にくくりつけられて引き回しなんてされたら……生半可な鍛え方だと、肉体が空中分解起こすんじゃないでしょうか。

 せめて勇者様レベル……ってそれ、人間には無理がありますね!

 少なくとも、私はご遠慮願いたい感じです。

 もしも私がそんな感じの刑罰を迫られたら、その場で潔く腹を切ります。そっちの方が絶対にマシです。

 まあ私がそんな事態に陥る時は、まぁちゃんが滅んだ後でしょうから……実質、生きている間に起こることはないと思いますけれど。

「それで軽薄野郎、どっちの竜がいいか。あ?」

 ケジメを付けろと詰め寄るまぁちゃんは、真顔です。

 サルファはいつもの軽薄な笑みを浮かべていますが……冷汗が異常ですね。

「わかった、わかったから、まぁの旦那☆ 俺なりの方法でケジメつけっから、それで勘弁して☆」

「ああ? どうすんだよ」

「それに尽きましては……まぁの旦那、ちょっと貸してほしい服があるんだよね☆」

「あ?」

 服を貸すってことは、自分の服を相手に着られるってこと。

 お前に貸すのは嫌だぞ、なんてまぁちゃんは言っていたんだけど。

 嫌そうな顔をするまぁちゃんに、サルファが貸してほしいといった服は……


 それは、まぁちゃんもニヤニヤ顔で快く貸してくれると言うようなブツで。

 うん。お腹が痛くなるくらい、私は笑いました。

 まさかあの衣装が……一度きり、使いきりのモノと思われた、あの衣装が!

 半年という時間を経て、まさか再び日の目を見ようとは!

 私は俄然、明日の試合が……サルファと許婚ちゃんの試合が楽しみになりました。


 とりあえずサルファの発想とチョイスを、親指立てて讃えました。


 

 ――という訳で、明けて翌日。

 空は眩しいばかりの快晴。

 冬の冷たい空気が陽光に溶かされ、柔らかく試合の熱気に馴染んでいきます。


 そんな、最中。


 個人戦(魔法なし)の部の、とある試合にて。

 勝負に期待を寄せる歓声の中、ここまで勝ち進んだ二人の戦士が試合の舞台へと姿を現した……

 ……の、だが。


「ふぃ、ふぃ、ふぃ……フィサルファード様っ そのおおおおおおお姿は一体!?」


 現れた婚約者(笑)の思わぬ姿に、シファニーナ嬢は混乱していた。

 付添席にて姪っ子の試合を応援しようとしていたシフィラレンジ君は両手で頭を抱えてしまう。

 鍛えた掌で顔を完全に隠し、深く俯くその姿。

 例えようのない悲哀が、彼の肩を重く沈める。

 そんな深刻な、身内の反応を前にして。


 試合会場は爆笑の渦に包まれていた。


 審判兼司会を務める運営委員は肩を震わせながらぶふっと噴き出した。

 笑われるも止むを得ない、青年のその姿。

 それは大変ショッキングにして、衝撃的なモノだった。

 けばけばしく妖艶で、どことなく安っぽい。


 ヤツは娼婦もかくやという ド レ ス を身に纏っていたのだから。


「なんて恰好してるんだ、この馬鹿フィサル…………っ!!」

 叫んだシフィラレンジ叔父さんの声は、苦虫を五千匹くらいは噛み潰していそうだ。

 魂から絞り出すような悲愴感。

 年上の甥っ子が変わり果てた姿を曝したことで、彼の頭痛はノンストップ。

 気合いの入った奴の、けばけばしい上に安っぽい場末感漂うメイク顔はとても御両親に見せられたものではない。特に父親。

 こんな姿ではどんなに迫真の試合を見せられても、全てはコメディにしかならない。

 それはそれで、サルファにとっては芸人冥利に尽きるのだろうが。

 濃い化粧で微妙に分かり辛いが、奴は妙にさっぱりとした晴々しい顔で宣言した。


「シファニーナちゃぁあん★ 今日はよろしくねぇん♪」


 その口から出たのは微妙に気持ち悪い、わざとらしい女口調。

 その喉から放たれたのは、本物の女性と聞き間違うような女声。

 ……というか。

「な、そ、その声……っ母上様?!」

 シファニーナ嬢の実母の声が、サルファの喉から放たれた。

 声帯模写。奴の無駄に完璧な技能が、シファニーナの背筋を怖気立てる。

 付添席ではあまりの気持ち悪さに、シフィラレンジ叔父さんは悶絶して苦しんでいる!

 シファニーナ嬢とシフィラレンジ叔父様のメンタルが、がりっと削れた。

 血の繋がった身内が苦悩する様を見て、サルファ(女装)は満足げににんまりと口の端を吊り上げて笑った。

「この試合で、アナタの理想と虚像を打ち砕いてあげるわぁん……☆」

 自分の振舞いに確信を持った野郎が、シファニーナ嬢のお母様の声を借りて言い放つ。

 目の前で起こる現実に涙目となりながら、脱力しそうになる身体を堪えながら。

 シファニーナ嬢はキッと年上の許婚を睨み上げて歯を食い縛る。

「そういう、ことですか……この試合を通じて、フィサルファード様に嫌気をささせようという魂胆ですわね!?」

「いやぁん、シファニーナちゃぁんったら勘繰りすぎじゃなぁい?」

「は、母上様の声音で止して下さいませ……っ」

 そこまでやるか、と。

 一部の事情通たちは唖然とまだ試合も始まっていない舞台を見下ろしている。

 既に前回、公衆の面前で成された二人のファーストコンタクトは知る人ぞ知る噂となっているのだろう。

 試合の行方に固唾を呑んでいた者達は、サルファの形振り構わなさに空恐ろしさすら覚えている。

 と、同時に。

 こんな野郎の許婚であるシファニーナ嬢に深く深く同情した。


 だが、齢十二歳の少女は決してめげなかった。

 むしろ意地とばかり、更に強く奥歯を噛み締める。

「こう成りましたら……最早意地ですわ! フィサルファード・フィルセイス様、こうなれば絶対に! 絶対にです! この試合にこのシファニーナが勝ち星を挙げましたら、絶対にわたくしと結婚していただきますからね……っ!!」


 少女の宣言に、傾きかけていた試合場の空気は持ち直し。

 改めて少女のこころいきに感化されたのか。

 彼女を後押すかのように、会場は大歓声に包まれた。

 笑いを含むものではなく、試合と結婚問題の行く末に期待を帯びた、大歓声。

 果たして観衆の期待は裏切られるのか、成就するのか。

 サルファの命運を賭けた試合は、こうしてゴングを鳴らした。





 これでロロイとむぅちゃんが女装すれば、メインの男性キャラ全員に「女装経験あり」と言えるのではないだろうか。

 ……りっちゃんは女装というか、作中紙面上の「女体化」ですが。


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