52.予選(魔法なし)の部:墓場からの刺客
サルファがいつになく必死になります。
懐かしのあの人がお家の最終兵器を連れてやってくるよ!
ひらりと舞うのは、真紅の裳裾。
翻る動きの合間に垣間見える、赤を惹き立てる蠱惑のレース。
うん、こうして実際の動きを確認すると胸を張って言えます。
あのドレスは、かつてない自信作だと!
現在、試合は個人戦(武器なし)の予選二日目。
私が参加した団体戦の予選からは、既に数日が経過しています。
今日は勇者様の雄姿(爆)を拝見する為、ソーダ水とポップコーンを大量生産して見物に来た訳ですが。
ここで一つ、感心してしまう出来事が。
「勇sy……ううん、紅薔薇人気すごいですねー」
女装した勇者様が、大人気でした。
「紅薔薇さまぁぁああああああああっ!!」
「紅薔薇すきだぁぁああああ!」
「結婚してくれぇぇええええええええええええええ!!」
「てめ、どさくさまぎれに何言ってやがる!?」
「あ゛ぁ゛? んだ、文句でもあるってか!」
「てめぇ……ちぃと裏まで来いやこ゛らぁ!」
「上等じゃねぇえか! 泣き見せんぞ、あぁん!?」
もう一度言います。
女装した勇者様が、大人気でした。
その正体を知らない、屈強な戦士達に。
野郎共が熱狂的に、紅薔薇様を「俺の紅薔薇」と呼んで猛烈なアピールをしています。観客席から。
怖気を催したらしい勇者様(男には容赦なし)から、凍えるような苛立ちを含んだ眼差しを向けられて尚、興奮を高めて大絶賛しています。観客席から。
勇者様の眼球も「死んだ魚の目」とか「悟りを開いた目」とか「諦めた眼差し」や「羞恥の涙目」以外に、「絶対零度の眼差し」なんて新たな感情表現を覚えたみたいですね。
終いには「踏んでくれ」とか「殴られたい」とか。
観客席から野太い声で聞こえてきますよ。
何やら怪しい懇願が歓声に混ざり始めとる……。
ここまで女装勇者様が熱烈に愛されている姿を見ると、申し訳なくもなるのですが。
それと同時に、「あれ、私の作品なんですよ?」と微妙に誇らしくもなります。
まあ、人気の理由のほとんどは勇者様が生まれ持った御面相と立ち居振る舞いの優美さにあるんだと思うのですが。
でも生粋の紳士である勇者様を、あそこまで淑女然と改造したのは私です。だから、私の手腕によるものと胸を張っても良いんじゃないでしょうか。
今の勇者様の格好は、見間違えようもないくらいにドレスです。
以前、まぁちゃんが着たようなけばくてごてごてしたモノに比べるとインパクトが足りないかもしれませんが、それでも十分に勇者様の優美さを引き立てるデザインに頑張って仕上げています。
差し色は白と金。
紅一色で染め上げたドレスの要所には金糸を刺した白いレースを配し、全体的な印象を引き締めています。
緩やかなドレープは勇者様の下半身を完全に覆い隠し、爪先すらも人々の目から遠ざける。
勇者様が強力な蹴り技を放った時でさえ、私の計算以上にたっぷりとした布の動きが勇者様の素足を隠し通しました。
胸元に大きな赤薔薇を一輪飾り、装飾品は金鎖に薔薇の形にカッティングされた血玉珊瑚。
薔薇の生花で飾った帽子からは顔の前面に黒い面紗が垂れて、勇者様の麗しく整った顔の輪郭をぼやかします。
外界からは完全に正確な面相を掴ませない。
それでも尚、レース越しに美貌を人々に知らしめる。
『紅』と『薔薇』をモチーフにしたお嬢様がそこにいました。
大勢の方に注目を受けている、紅薔薇。
リングネームは『レディ・ローザ』(※画伯命名)。
薔薇の様に華やか美人を目指した麗人が軽やかにむくつけき野郎共を試合で圧倒する姿は、男女の関係なく観衆の胸を熱くさせます。
……圧倒されている試合相手の胸まで、熱くさせているようでしたが。
個人戦(魔法なし)の部で、『紅薔薇』は今予選一番の注目株となっていました。
当然ながら、そんな彼女に目を向ける人は私達だけじゃなくて……
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「――さっすが、勇者のにぃ……とと、紅薔薇の姐さん☆ 俺、別ブロックで良かったぜ」
ひょいと肩を竦めて、緩く安堵の息混じり。
サルファはBブロック試合会場のロビーに掲げられた大写しの映像を見上げ、曖昧な笑みを浮かべて独り言ちる。
画面の奥ではサルファがあらゆる美容スキルを駆使して完成させた、絶世の美女が紅いドレスを翻させて戦っていた。
そんな華やかな彼の雄姿(笑)に、会場を別とするBブロックの野郎共も大興奮だ。動きに合わせていちいち上がる歓声が耳に痛い。
整った顔をしていることは面紗越しにわかるものの、全体的な美貌はわかっても詳しく判然としない。
だがその神秘性がまた、人々の興味と関心をそそるらしい。
ああ、俺だけに彼女の顔を見せてほしい……感嘆の溜息とともに呟かれる声をうっかり耳に拾ってしまい、サルファは崩壊しかけた腹筋の反乱を食い留めることに苦労した。危うく全身から地面に崩れ落ちて爆笑するところだったぜ。
あのカツラ、勇者の兄さんと同じ色に染め上げるの苦労したんだよなぁ……染粉から手作りで配合する羽目になった苦労を思い出し、生温い笑みが浮かぶ。
だが、お陰で納得……いや、満足できる仕上がりだ。
あの苦労がこの熱狂ぶりを作り上げているのかと思えば、真実を知らない可哀想な野郎共にも「どうぞどうぞもっと見惚れろ」という気持ちになってくる。
自分の力作が人々に受け入れられるのって、なんでこんなに気持ち良いんだろうか。
笑み崩れそうになる瞬間が訪れる度、サルファは苦労して爆笑の波を諌めている。
「この気持ちは後で、リアンカちゃんと分かち合おっと……!」
彼女なら、きっとこの気持ちをわかってくれるはずだ。
そして笑い転がりながら、この溢れんばかりに高まる激情を互いに叫んでしまいたい。
ポーカーフェイスな微笑みに激しく渦巻く感情を隠し、サルファは勇者様の活躍よりもそれに踊らされる信奉者共を満足げに見つめていた。
だから、気付くのに遅れた。
勇者様やそのファン達(可哀想)の騒がしさに意識が向いていて、常なら気付くそれの接近にギリギリまで気付かなかった。
「――フィサル」
聞こえた声に、サルファは咄嗟に自分の耳を両手で塞いだ。
見ざる、聞かざるだ……!
目を固く閉じて、他人のふりをする。
俯き気味に立ち去ろうとしたのだが。
「フィサルファード・フィルセイス!」
「…………………………や、シフィ君おひさ」
それよりも早く、サルファの肩は力強い腕に拘束される。
背の高いサルファの肩を、鷲掴みにする青年。
サルファの年下の叔父、シフィラレンジ・フィルセイス。
シフィ君ことフィーお兄さんがそこにいた。
「……魔境まで追ってきちゃったの」
自然と漏れる苦い笑いは、サルファらしくなく疲れたものだった。
だが兄弟のように育った真面目な叔父など、問題にならない。
そう、問題にならないくらいの、サルファにとって真の厄介事は叔父の背後にいた。
「おじさま」
鈴を鳴らすような声が、小さく響く。
年端もいかぬ女の子の声だと、サルファは判断する。
サルファがシフィ君と呼ぶ叔父との組合せに、そぐわない物。
驚きの目で声の出所を探れば、そこにはやはり女の子がいた。
十歳を幾らか出たばかりの年齢に見える、黒髪の女の子。
衣服と人種的特徴から見て、恐らくはフィルセイス家と同郷の。
……なんだか果てしなく嫌な予感がした。
特に先程の「おじさま」という呼び名に、年頃。
シフィ君は未だ年若く、見た目からして二十歳になるかならないかという外見だ。
そんな彼に「おじさま」という呼称を向けるということは……
加えて、少女の年頃に心当たるモノがあったから。
シフィ君の姪っ子……つまりサルファの従妹で、この年頃の少女は一人しかいない。
サルファの背筋を、大量の冷汗が滑り落ちた。
やだ、ズボンが湿っちゃう……そんな冗談軽口も叩けない程の、焦り。
「おじさま、どうかシファのことをフィサルファード様にご紹介下さい。初体面ではないとは言え……わたくしはフィサルファード様のことを覚えておりませんもの」
「ああ、君がフィサルと対面したのは後にも先にも一歳の頃、一度のきりでしたね」
サルファを射抜く、真っ直ぐな強い眼差しを感じる。
少女が、青年を強い眼差しで見上げている。
サルファの冷汗は、顔面からもだらだらと流れ始めた。
「フィサル……わかっていますね?」
「し、シフィ君、なんてことを……とんでもないの連れてきたね!?」
「これも全て、身から出た錆と自省しなさい。現に、フィサルがここまで往生際の悪いことをしなければ、我々もここまでしなくて済んだのですから」
「わ、我々……やっぱ、これって他の叔父連中もグル!?」
「彼女が……シファニーナが魔境まで来ている時点で明らかでしょう。今回、僕は付添です」
最早、状況は確定した。
今すぐにでも脱兎のごとく逃げ出したいサルファの身体は、相変わらずがっちりとシフィ君に捕まっている。
万が一にも逃がすことのないよう、念入りにサルファの様子を観察しながらシフィ君は言い放った。
「シファ、彼がフィサルファード…… 君 の 許 婚 です」
瞬間。
それまで熱狂的に画面の向こうに見える『紅薔薇』へと大歓声を送っていた周囲の声がぴたりと止んだ。
しんと静まり返る中、サルファが頭を抱える。
やめて、そんな目で見ないで!
周囲から殺到したサルファへの眼差しは、犯罪者を見る目だった。
せめて場所を変えよう……サルファがそう提案する前に、シフィ君は何とも言い難い空気を真っ向から一刀両断にするが如く、堂々と言い放つ。
「フィサル、君には彼女と結婚して故郷に帰還してもらいます。――出来れば、年内に」
「し、シフィ君!? 俺、ロリコンじゃねぇんだけど!!」
「本来はシファが十六歳になってから婚礼の予定でした。ですが……お前がいつまでも往生際悪く帰ってこないから、兄上方が痺れを切らしたんですよ!! この上は強制的に人生の墓場、その棺桶に叩っ込んででも首に縄かけて連れ帰って来いって厳命なんです! 特にシファの父上……二の兄上が僕にまで圧力掛けてくるんですよ!?」
「っつってもシファニーナってまだ十二歳だろ!? 犯罪じゃん! 犯罪じゃん……!!」
「国法では父親もしくはそれに類する保護監督者の許可があれば婚姻申請は通りますね。二の兄上は乗り気なので」
「俺が構うってぇの!! 俺、ロリコンじゃねーしっ!! 大体、本人はどう思って……」
「フィサルファード様……いえ、旦那様! 不束者ですがこのシファニーナ、誠心誠意を持って精一杯に旦那様をお支え致します!」
「やだこの子……超乗り気!?」
「本人の気持ちを持ち出して逃げ場を探すのは諦めるべきです。フィサル……彼女はむしろ洗脳に近い勢いでお前のことを人生かけて真心を支えるべき『旦那様』だと刷り込まれて育ちましたから」
「ちょ……それ犯人誰だ叔父連中か。何やってんの、あのオッサン達!? シフィ君も止めようよ!」
ああ何と言うことでしょう。
哀れ、いたいけな少女の人生が凄まじい被害に遭いつつある。
この場合を指して、誰の餌食にかかったとみるべきなのか。
しかし目の前で『洗脳』『刷り込み』という言葉を交えて己のことを説明されても、本人に気にしたところは欠片も見当たらない。
どちらかと言えばやる気と決意に満ち溢れた顔をしている。
恐らくは戦士の魂を熱く燃やす叔父連中に将来の『総領息子の嫁』として熱血指導を受けてきたのだろう。
まだ幼さの残る顔立ちをきりりと引締め……少女は故郷風のドレスを纏った姿でいながら、後ろ手に隠し持っていた剣を堂に入った動きでサルファに突き付けた。
もう一度言おう。
少女は、サルファに剣を突き付けた。
「……これは、殺気!?」
そんな仕打ちを受けるとは思っていなかったので、サルファは油断していた。
目の前にいる少女はどちらかと言えば大人しそうな……清楚な深窓の令嬢に見えたので、武器を向けられるとは思っていなかったのだ。
そもそも武器を持っているという発想すら浮かばない、完璧な令嬢然とした姿のまま。
だというのに、サルファは少女の全身から吹きあがり、今にも彼に襲いかからんとする鋭く重い殺気を感じ取らずにはいられなかった。
貞淑さの見本のような話口調で、彼女は……
「フィサルファード様……貴方様が自由と放浪を好まれる方であることは、父上様たちより聞き及んでおります。ですがわたくしもフィルセイス家の一員として強くあらねばと育てられた身。父上様や叔父上様には、こう言い聞かされて育って参りました。
――理想の結婚生活を望むのであれば、強くなれ。強くなってフィサルファード様を捕まえ、屈服させ、従えるべし……と 」
少女の覚悟を聞いた観衆達は思った。
お嬢ちゃんのお父さんたち、教育間違ってる……と。
「そう教えられてより、わたくしは身を尽くしてフィサルファード様にお仕えするべく……何よりも円満な家庭を築くべく、血を流す目に遭いながらも幼少より修行を積んで参りましたの。わたくしの覚悟、わたくしの真心をどうぞご存分に検分して下さい。――そう、剣を交えて」
「重……っ! シフィ君、この子、ちょーっと怖すぎるんだけど!?」
「可愛い許婚に真摯に想われて……良かったですね、フィサル。彼女は一途な女性ですよ」
「おいこら目ぇ合せて言おうぜ、せめて!」
なんという幼児教育。
なんというデンジャラス思考に染まった花嫁修業。
あまりに寄せられる愛が重くて、サルファは今にも逃げ出したい。
勇者様とは別会場……予選、個人戦(魔法なし)の部。
武闘大会は一人ひとりに様々なドラマが生まれる場所ではあるが……ここでもまた、一つのドラマが発生しようとしていた。
周囲の注目を、大いに集めて。
「フィサルファード様……貴方様と戦いの場を得る為、わたくしもこの予選に参加させていただいております。今回は試合の前にご挨拶に伺った次第です」
「……って、俺の次の試合相手この子?!」
「次の試合……一週間後を楽しみにお待ちしております。そこでわたくしのフィサルファード様への 愛 を証明してみせますわ!」
「俺のこと何にも知らないのに!?」
「……お疑いなのでしたら本選で優勝を飾り、魔王の面を張って結婚のご利益を見事勝ち取ってみせます!」
「ちょっと誰ぇー!? こんな冗談通じなさそうなお子様に洒落にならないこと教えた奴―!」
「…………お前の曽祖母様ですよ、フィサル」
「っっって、婆ちゃんグルかよぉぉおおおおおっ!!」
さあ、サルファの前に現れた(人生の)墓場よりの刺客……。
果たして彼と彼女の命運は、どちらに傾くのだろうか。
サルファの許婚 シファニーナ(12)
サルファの従妹(次男の長女)。
1歳のときにサルファと婚約するが、直後にサルファが失踪したので直接彼のことを知る機会も無く育つ。
しかし「シファの旦那様はどこにいるの?」という彼女に摩り込むが如く、父親と叔父たちがこぞって「お前の旦那様はフィサルファードという従兄のおにいさんだ」「しかしふらふらしている男だからお前が強くなって打ちのめし、屈服させて従えなければ理想の結婚生活は送れまい」と教えこまれて育つ。
全てはこの時の為に……サルファを叩きのめし、結婚するために魔境へやってくる。まるで本気で殺しかねない殺気を放ちながら。
勝負が絡まなければ貞淑な深窓のご令嬢。
ちなみにサルファとの年齢差は9歳。




