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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
全部門合同蹴り落とし障害レース
46/122

44.予選1日目:色々擦り減り擦り切れて、二次被害爆発




 ちょこーん、と。

 勇者様の足下に広がる布の塊。

 ……サルファの、服。

 その中心に、きょとんとした顔で蹲る姿。


 …………推定五歳の、サルファ。


 ええ、それはサルファでした。

 若返っちゃったよ、あいつ。


 サルファ自身も己の状況を把握していなかったようですが……やがて自分の手を見て違和感に気付いたのでしょう。

 即座に地面に散らばる服の中から鏡を取り出す辺り、奴の意識の高さが窺えます。

 パカッと開いた鏡面を見て、己の姿を認識した奴は叫びました。


「なんじゃこりゃぁああああああっ」


 サルファ? ねえ、キャラ変わってない?

 鏡を握ったまま、自分の両手を見下ろして叫ぶサルファの姿は……なんだか微妙に演技臭いものを感じました。どうしてだろう。

 でも動揺しているのは確かなのか、恐る恐る鏡を再度見て叫びます。

「う、おおお!? 美少年時代の俺が!」

「思った以上に余裕あるなお前!!」

 それを勇者様が言っちゃいけないと思います。

 すべすべもちもちした肌の幼児が、己の頬にしっとりと右手を添えて「俺、美少年!」とか叫ぶ光景も割と酷いと思いましたが。

 そんなサルファを見て、ある意味それ以上の衝撃もありました。

 私達の感想を、勇者様が体現してくれましたよ!


「さ、サルファが、サルファが……こんな可愛い子供だったなんて詐欺だ!」


 うん、同感。

 物凄く同感です。

 こういうのは、物凄く……ものすご~く癪なのですが。

 腹立たしいことにサルファ(推定五歳)は自分で言っていた通り、本当に愛らしい男の子でした。

「え~? 勇者の兄さんってば☆ 俺だって子供の頃は見ての通り可愛らしかったんだって☆ 御近所のお姉様おば様方に大人気☆だったんだから!」

 それで味を占めたのか、この野郎。

 大人になったらあんなに残念なのに……!!

 親御さんはどこで育て方を斜めに間違えたのかと、心底残念に思いました。


 しかしサルファが取り乱したのは自分が小さくなったことに気付いた最初だけでした。

 本当、胆が据わっているというか、胆が太いというか……。

 度胸云々以前に、こいつの神経がどれだけ図太いのか測り知れません。

 もしかしたら登山用のザイルを五本くらい編み束ねたくらいはあるんじゃないかな?

 そう思わせる奴は、本当に人間の国々で育ったのか時々疑わしく感じます。

 マルエル婆ちゃんの薫陶だけじゃなくって、絶対に本人の資質込みですよね、この図太さ。

「ね、リアンカちゃーん! これって治る?」

「15年くらい経てば元の年齢になれるんじゃないですか?」

「それって育ち直せって言っているのも同義だよね☆」

「……よし、ご実家に引き渡しましょうか。元々の年齢よりもむしろ鍛え直し甲斐があるって喜ばれるかもしれません」

「リアンカちゃん俺を売らないで!?」

「うわ……涙目上目遣いで見上げてきた。あざとい!」

「リアンカちゃんも中々のもんだと思うよ、俺!」

 うーん……動じてはいないようですが、一応焦ってはいるのでしょうか。

 このままの姿は嫌だと、暗に訴えかけてきます。

 さて、戻せなくもありませんが……

 世のため人のため、こっちの姿の方が害が少なそうな気がするのは何故でしょう?

 どうしようか、ちょっと迷います。

 その迷いを嗅ぎ取ったのかもしれません。

 サルファがとっておきのアピールポイントを訴えかけてきました。


「第一! こんな短い指じゃ勇者の兄さんのヘアメイクも満足にできないよー!? 元の年齢の長くて器用な指先じゃないと!」


「それは大変です! それじゃあこの障害レースが終わったら解毒薬を処方してあげますね?」

「即決!? そんなに容易いなら出し渋らずに戻してあげても良いんじゃないか……?」

「っていうか解()ってなに、解()って~!?」

「うーん……二人ともまだまだ余裕ですね、煩いです」

「「……っわぁあああああ!?」」

 二人仲良く口で時間を稼いでいる隙に、じりじりと距離を取って逃げようとしているようだったので、とりあえず連射してみました。

 あまり「仲良し!」って感じではなかったのに、この土壇場では息の合った撤退動作でしたね。うん、連射してみましたが。

 ひゅんひゅんひゅんっと空気を貫く音とともに、解き放たれる十本単位の矢(漏れなく状態異常つき)。

 大特価のサービスです!

「ふふふ……っ逃げても無駄無駄、無駄ですよ! なんてったって高性能自動追尾術式付き!」

「く……なんて無駄なところに技術を費やすんだ君達は!」

「土地柄です!」

「一言で済まされた!!」

「でも納得の理由なのが何とも言えないよね~☆」

 ……うぅん、流石に身軽なだけありますね。

 十本単位で狙撃すれば流石に面白いことになるかと思ったのですが、意外に要領よく、危うげなく避けられます。

 まあ自動追尾効果のお陰で、避けても戻ってくるのですが。

 お陰で今、勇者様は絶えず十……えぇと、十六本の矢に追いかけ回されています。

 こういうところ勇者様は慈悲深いなぁと思いますが、サルファを抱えて。

 体が縮んだことで普段通りの機動力を発揮出来なくなったちびサルファ。

 口ではどうでもいいように言うし、扱いはぞんざいですが……どうやら流石に幼子相手に放置は出来かねたようです。

 逃げる算段を本人が付けられないのであれば仕方がないと、小脇に俵担ぎ状態です。

 ぷらっと揺れる、幼い手足。

 しかし今はそれよりもずっともっと残念なことがあります。

 サルファ……服が脱げちゃってるんですけど。

 

 全脱ぎ……全裸なんですけど。


 体が小さくなって、サイズが変わってしまったら仕方がないのかもしれません。

 そもそもサルファはお国柄の強い開放的な衣装を纏ってましたしね。

 魔境の魔族さんも大概露出度高いけど、湿度と気温高めなサルファの出身国も中々開放感溢れる衣装が一般的でした。

 何しろ一般的な職業従事者(男)の臍チラが許される国ですから。

 そんな特殊地域、魔境だけだと思っていたのが懐かしいですね。

 勇者様のお国であったサルファのご家族がカッチリした服装をしていたのは、国の正式な軍属だったからだそうです。

 そんな緩い服装(デザイン)事情のお国柄の良く出た、サルファの服。

 細く小さくなった奴の身体から、するりすとんと滑り落ちました。

 勇者様がいきなり抱きあげたから、ということも理由の一点に上げられそうですけれど。


 そんな訳で、今。

 勇者様は全裸のサルファ(推定5歳)を抱えて二十二本の矢(増えた)に追い回されるという中々の苦行に晒されております。

「ちょ、勇者の兄さーん……俺いま、すっげ防御力0じゃね?」

「そうは言われても、サルファの服なんて拾っている余裕はないぞ!? 身を屈めたところで間違いなく狙い撃ちだ!」

「うぅん……なんかさぁ、俺にも装備できるような余分な布とか持ってない? 流石に●●●丸出しで風に揺られてるのは心許無いっていうかー……外見的にセーフなんだろうけど、心情はアウトっていうか……あれだ、捕まりそうな気がしてヤバい!」

「そんなことを言われても、余分に服なんて持ち歩いていると思うか……? そんな余裕はないぞ」

「その首に巻いてるスカーフ貸してよ、スカーフ! 腰に巻けば何とかセーフっぽくね?」

「断固として断る」

「ちょ……そんなこと言わないでさぁ。ほら、公序良俗って勇者の兄さんが好きそうな言葉じゃーん?」

「………………これならあるけど(棒読み)」

「まさかの網タイツ!! こ、ここでコレが来るとか……勇者の兄さん、天才!?」

「聞こえない……俺には何も聞こえない」

「んー……網タイツでも、ないよりは…………マシ?」

 何やら野郎二匹の間では様々な葛藤が渦巻いているようです。

 若い内は沢山悩んだ方が良いって、昔、祖母が言っていましたよ!

 ……まあ、主な祖母の悩みは誰と結婚するか、だったそうですが。

「まぁちゃーん、勇者様達って余裕っぽい?」

「よし、追いかける速度もうちっと上げるか」

「おお……それじゃあ私もじゃんじゃん射るよ」

 さーて……逃げるにも限度があると思うんですけれど、果たして勇者様は矢何本まで耐えられるでしょうか。

「俺は五十五本に賭ける」

「勇者様の力量を恐らく勇者様以上に理解しているまぁちゃんが、そう言うんだ……じゃあ、私は五十八本に賭けます!」

「ちょ、人を苦境に追いやっておいて、人をネタに何の賭けだーっ!!」

「「勇者(様)が何本目の矢に射られるか」」

「一本筋の通った一貫性は人間として考えればとっても立派だとは思う! 思うけど……(たま)にはブレろ!!」

 お願いします、俺の身が保たないから、と。

 叫ぶ勇者様はやっぱりまだ余裕がありそうですよね?

 喋る猶予もないぐらいに集中し出してからが勝負です。←鬼

「いきますよ、勇者様!」

「来るなっ!」

「それでは……増える☆魔弓(まきゅう)!」

 本当に全然当たらないので。

 ちょっと当てる側の弓を増やしてみました……物理的に。

 具体的にどういうことかというと、私の両手は塞がっていますね?

 そこで、まぁちゃんにも打ち合わせ通りご協力いただきまして。


 いま、まぁちゃんが魔力で操った弓が、中空から勇者様を狙っています。

 ざっと、八セットばかり。

「ちょ、え、おい……それは反則だろう!?」

 勇者様、顔面蒼白。

 頑張れ。



 結果、勇者様の頭に猫耳が生えました。



「誰得だこん畜生ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 悲痛な魂の叫びが木霊しますが……

 あれだけの矢で狙って猫耳効果しか当たらなかった勇者様の秘められた実力と幸運に私は驚いています。

 勇者様、その矢は結構「アタリ」に近いと思うよ。

 だって、他は……ああうん、散々だもん。


 沢山の矢に狙われるとなるや、勇者様は即座に踵を返しました。

 後方から何も知らず……私とまぁちゃんが立ち塞がる現実など知らず、勇者様の後を追う形でゴール目指して走ってきた参加者の群れに向かって。

 それはもう、素晴らしい……巻き込み事故ぶりでした。

 自分一人では手に負えないと判断したのでしょう。

 しかし矢には自動追尾効果。

 みんなで当たれば怖くないとでもいうのか、それとも他人を巻き込むことで被害の分散化、及び自分の被害軽減を狙ったのか。

 あの背中には躊躇いが一切ありませんでした。素晴らしい。

 弱者には徹底して優しく、悠環に庇う勇者様ですが。

 どうやら自ら危地に飛び込み、己の力試しをしようなどと率先して大会に参加する屈強な挑戦者(やろう)共にはその限りではないようです。

 うん、確かに考えてみれば勇者様って優しいけど……実力があって、勇者様もそれを認めている相手にはそう言えばあまり遠慮が無かったような気がします。

 そもそもこの魔境においては、魔族なんていう戦闘狂民族がいるお陰か、勇者様ってそこまで強い!って印象ありませんしね。

 強いは強いんでしょうが……少なくとも、他の追随を許さないというイメージはありません。

 大前提として自分で苦境を乗り切る実力を持ち、また本人達が自力で何とかできる状況であれば……どうやら勇者様に胸を借りるに否やはないようです。

 そう思うと、もしかして勇者様ってサルファの実力は認めているのでしょうか。実力だけ(・・)は。


 まあ、そんな訳で。

 巻き込み被弾が相次ぎました。

 わー……みんな、面白状態異常の餌食です。

 勇者様はさっきも言いましたが、猫耳になりました。

 まっしろでふっさりほわほわしたお耳が愛らしげです。

 ……うん、勇者様自身が美男子なので、まだ鑑賞に値しますね。


 問題は、巻き込み被弾しちゃった方々。

 屈強な……むくつけき、大男たち(笑)


 五十代後半くらいの筋骨隆々としたおじさんは、うさ耳が生えました。

 「なんじゃこりゃぁあ」って叫んでいましたが、そのネタは既にサルファはさっきやっていました。

 三十代っぽい剣闘士(グラディエーター)っぽい人は背中から触手が生えました……あ、うん、触手じゃなくって蛸足が生えました。

 ぬめぬめと反射動作的に、本人の身体に巻きつく蛸足……自分の背中から生え伸びた軟体の足に全身を絡め取られ、四肢を封じられて剣闘士は顔面から地面に転がり……きつく締めあげられているのか、苦悶の声が聞こえます。

 二十代後半くらいの屈強なマッチョはいきなり足の長さが二倍になりました。

 体を支えるバランスが急激に変化したせいか、よろよろしています。

 十代半ば程の獅子獣人さんは……額に第三の目が生えて、顔面に赤い流線模様が浮き上がりましたね? ついでにいうと左腕に禍々しい竜の文様が浮き出て、炎みたいなオーラが纏わりついています。

 本人は何やら「もう治ったの! 治ったはずなのーっ!!」と顔を伏せて蹲ってしまいましたが……一体何が治ったというんでしょうね?

「……ヤマダの同類か」

「まぁちゃん、何のことかわかるの?」

「いや、俺も……深淵まではわからねえ。ただあの光景は記録しといて、後でヤマダに「お前の同類見つけたぜ(笑)」ってメッセージとともに送ってやろうな」

「おお……? なんだか手が込んでるけど、それで何が起こるの」

「なんだか二次被害が出そうな予感がするだろ?」

「そういうものなのかな……?」

 とりあえず結果が分かったら、まぁちゃんにも情報共有してもらって一緒に楽しみましょうか。


 現場は混沌。

 勇者様も地面に膝をついてがっくり項垂れています。

 沢山の矢は、沢山の挑戦者達に被弾し……一人残らず犠牲者と成り果てまして。

 視覚的被害が……というか、視覚テロ的状況になりました。

 観覧席で見守っている方々の反応が危ぶまれます。

 私とまぁちゃんは、笑いの発作で腹筋が苦しいことになりましたけれど。





リアンカ

「誰が得するとかじゃありません……私が弄って楽しむんです!!」

勇者様

「君はもうちょっとオブラートに包みこんで隠そうな!?」


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