42.予選1日目:状態異常耐久鬼ごっこ
リアンカちゃん絶好調☆
驚愕に目を見開く、勇者様。
彼のその眼差しに込められた心情を端的に表すとすれば……
それは、さしずめ『絶望』といったところでしょうか?
選手としては原則的に参加できない魔王。
既に予選の障害レースをゴール済みの村娘。
勇者様の前に姿を現した私達を見た瞬間、彼の表情の変化は劇的でした。勇者様の目から、一瞬光が失われたように見えたんです。
そう、深い悲嘆によって。
ですがすぐに気を取り直したのか、勇者様は私達に正直な心情を訴えてきました。
「なんで、なんで予選に、ラスボスがいるんだぁぁあああっ……!!」
まるで血反吐でも吐くような叫びに、私達もまた正直に返しましょう。
ちょっと首を傾げて言ってみました。
「楽しそうだったからですけど」
「俺は付添」
「楽しそうって……こんなところに来たら危ないだろう、リアンカ。怪我をしたらどうするんだ!」
わあ、心底案じるような顔をされてしまいました。
その心配に嘘がないってわかるだけに、微妙に胸が痛みますね。
痛むだけで、私を止めるには至らない訳ですが。
それに勇者様の心配は、色々な意味で既に手遅れです。
「勇者様ったら! その心配は数日遅いですよ!」
「何故に数日!? はっ……まさかこの乱入、数日前から予め予定していたのか!」
「いえ、決めたのはほんの数十分前ですが」
「全力で突発的な思いつきも良いとこじゃないか―――っ!! しかもまぁ殿まで!!」
むしろ私が来るとなって、この状況でまぁちゃんがついてこない方が異常だと思います。
勇者様もその点は理解しておいででしょうけれど、何やらやりきれない感情?という奴が叫ばせるのでしょうか。
勇者様は何かもう、うん、頭を抱えて蹲ってしまいました。
「おいおい勇者、はしゃぐなよ。そんなに喜ばれたら俺が照れるだろ?」
「俺の気持ちも何もわかった上で言っているんだから性質悪いよな、まぁ殿!」
勇者様ったら地面に五体倒置。
やるせない思いの丈を込めて、がんがんと地面を殴っておいでです。
勇者様、地面にヒビが入ってますよ?
「ねえ、まぁちゃん。そういえばラスボスって誰のことかな?」
「一般論として考えりゃ、魔王の方じゃね?」
しかし私達が目の前に現れた時、勇者様の目はまぁちゃんよりもまず真っ先に私をガン見していたような気がします。
さて、ラスボスは魔王か村娘か。
そこのところ、正直なお言葉を勇者様に聞きたいですね?
今現在、私達がいる場所。
それはゴールを前にした1km手前地点。
ちょっと小高い丘になっているので、すぐ目と鼻の先にゴールがあるとはわからない場所ですが。
勇者様達から効果的に良いリアクションを頂戴出来るのはどこかと考えた時、後もう少しでゴール……!という地点でどん底に突き落とそうかとまぁちゃんが言い出しました。
特に異論はなかったので、そうなった次第です。
準備や待ち伏せで今までの勇者様の雄姿(笑)を見逃してしまいましたが、そこはヨシュアンさんが参考資料様に録画しておいてくれるはずなので、後で見せてもらうとしましょう。
本当は、即時その時に見た方が臨場感もあって盛り上がるんですけどね。
仕方がないので、今夜にでもヨシュアンさんが良い具合に編集してくれたダイジェスト版の上映会を行う予定です。
勇者様には最前列センターで見てもらおうかな♪
……と、話が脱線しましたが。
まあそんな訳で。
ゴールも直前。
現在地点をお知らせする立て看板にも、きっちり『ゴールまであと1km!』と書かれています。
勇者様もそれを目で確認なさっておいでのはず。
さあ、突き落としにかかりましょう!
世界が認めるラストダンジョン『魔王城』を目の前に。
私とまぁちゃんの妨害タッグが勇者様の行く道を塞いでみせます!
「リアンカ、もう一度聞くが何故ここに? 俺の近くは妨害が入って危険だ。観覧席かどこかに退避した方が……」
「ねえねえ勇者様! それよりもこれを見て下さい」
私を案じる勇者様のお言葉も遮って。
私は装着していた腕章を、高々と掲げてみました。
燦然と輝く『障害物』の文字。
沈黙が落ちました。
だけど流石に魔境に慣れてきたお陰でしょうか。
勇者様は子犬の様な途方に暮れた目をしつつも、顔を盛大に引き攣らせてぎこちなく私の顔を確認します。
物問いたげな視線が何とも露骨にあからさまです。
「り、リアンカ、さん……? その腕章、は……」
お顔を見るにとうに理解しているでしょうに、認めたくないのでしょうか。
予想が外れる一縷の望みに賭けたのかもしれません。
そんな望みは、遠慮なく粉砕する所存ですが。
「勇者様☆ 私、妨害役になっちゃった♪」
「ちょっと待ってぇぇえええええええええええええっ!!」
何だか勇者様の叫びが、途中から悲鳴に聞こえました。
私の錯覚ですかね?
うん、きっと錯覚でしょう。
勇者様は地面に這いつくばったまま、目を見開いて私を見ています。
何やら首を左右にぶんぶんと振りながら、仰け反るそのお姿。
やがて振り絞るようなお声で、微かに私に問いかけてきました。
「リアンカ、君は、俺のことが憎いのか……?」
「いえいえそんなまさかーぁ。私と勇者様はお友達ですよーぅ」
「今は敵だけどな!? 友達だからって、それで手を緩めてくれるような性格じゃないだろう、君!」
「流石ですね、勇者様。私のことをよくわかっているようです」
「そりゃ君とももう約一年の付き合いだからな……!!」
あ、勇者様ったら涙目。
長身で年上の、それも顔の良い男性が涙目で上目に見上げてくる訳ですが。
……うん、なんだか頭が腐った感じのお姉様に見せちゃいけない光景ですね。これ。
特殊な性的嗜好をお持ちの方が嬉々として狩猟に走りそうな、危険な存在が目の前にいる気がします。
勇者様、どんまい。
この光景も観覧席に映像として流れている筈なので……
勇者様の明日は、どちらに転がるんでしょうね?
生温く遠い目をする私。
でもまぁちゃんは私と同じ心境には至らなかったのか、軽くぐっぐっと準備体操をしています。
うん、まぁちゃんもさりげなく張り切ってるよね!
「んじゃ、ちょっくら勇者の行く手を塞いで差し上げよーかね」
「お祭大好きハテノ村村民としては、全力で乗っかりますよ!」
「くそ、悪ノリし過ぎだこのコンビ……っ! 誰がこの二人を妨害役に推薦したんだ!」
「あ、ある意味自主的な参戦です」
「ちょっとは自粛って言葉を覚えないか君達!?」
「逆に聞くけどよ、お前さ? 俺らが自重してるとこって見たことあんのかよ」
「…………………………」
「慎み深く遠慮してるまぁちゃんとか、かなりの高確率で偽物ですよ?」
「おいおいリアンカ、褒めんじゃねぇよ」
「私は事実を言ったまでだよ?」
「……なあ、リアンカ。まぁ殿。君達のその反応は、その……何かおかしくないか?」
勇者様が物凄く胡乱な顔で私達を見ています。
うん、ご感想は尤もですね。
考えるまでもなく、今の私達はちょっとおかしいと思います。
だって、楽しそうだったこの場に折角いるんですよ?
ここは、全力ではしゃぐところです。
むしろはしゃいで羽目を外さずして、どうしろと。
「さて、勇者様!」
「ああ、うん……もうどうにでもしてくれ」
「おいおい目ぇ死なせてんじゃねーよ。生きる屍になんのは早いぜ?」
「もういっそ直ぐにでもトドメを刺せば良い……」
何やら勇者様は諦めモードに入ってしまわれた模様。
不屈の闘志をお持ちの勇者様には珍しい反応ですね?
ですがこんな簡単に屈する生きる屍なんて、勇者様じゃありません。
うん、彼の不屈の精神性を復活させてあげないと!
「私達が提示するルールは簡単!」
「俺達を抜けてみせろ……と言いたいところだが、それじゃ楽しくねぇしな」
「そうなったら主に私が何も活躍できませんからね!」
「そこで、だ」
にや、と。
ニヒルな笑みを浮かべたまぁちゃんが、異次元から取り出したモノ。
それは何の変哲もないボートで。
私は打ち合わせ通り、ボートに乗り込みました。
勇者様が怪訝そうな顔をします。
ツッコミを勇者様に任せきって傍観……というか、どうやら勇者様を私達にぶつけておいて、隙を見て離脱しようとしていたらしいサルファも首を傾げています。
ロロイは碌なことにならないと悟ったのか、私達が通せんぼをする訳ではないと察した瞬間にさっさか勇者様達を置いてゴールに向かって行ってしまいました。
……多分、今この場で一番正しい判断を下したのはロロイです。
ええ、私達の出方を窺うなんてせず、さっさとゴールを目指した方が賢明だったんじゃないかと思います。
だって、ですよ。
まぁちゃんが、宣言しました。
「俺達がお前らに強制するもの……それは、鬼ごっこだ!!」
まぁちゃんと私で考えた、妨害工作。
楽しい愉しい障害走が始まろうとしているんですから。
さあ、鬼に捕まりたくなかったら、全力で逃げましょう。
魂飛ばして生ける屍化している余裕なんてありませんよ、勇者様?
ちなみに捕まえたら全力で悪戯します。
前回あとがきの答え
e.その他
→ 鬼と化した村娘&魔王コンビに追い掛け回される
わあ、やった詰んだね!
なんでボートか。
→まぁちゃんが担いで走ります。
あと捕獲した人を収容します。
状態異常耐久鬼ごっこ
→なぜ「状態異常」かは、また次に。
次回:鬼畜様と魔王様がO☆NIなごっこが始まります。