40.予選1日目:新進気鋭の新人作家が最近台頭してきたそうです。画伯とは別ジャンルで。
それぞれ網タイツといかがわしい本を引いてしまった勇者様とロロイ。
さあ、二人は一体どうやって身に付けるのでしょうか。
「………………」
「ろ、ロロイ……? その、大丈夫か?」
「勇者さん」
「あ、ああ……なんだ?」
「俺の実年齢は12歳、肉体年齢や肉体的成熟度は17,8歳頃……この本を身に付けて問題ないと思うか?」
「ど、どっちにしろアウトじゃないかー!!」
どちらにしろ真竜的にロロイは未成年です。
あの本、ちょっと早いと思うな☆
何だか曖昧な内に流れてしまった勇者様とロロイの戦い。
先程のアイベックス☆アタックで気勢が削がれたらしく、ロロイは戦意を喪失してしまったようです。
この上は本戦にて決着をつけるべしと、今この場はレースを踏破することに全力を挙げる所存の模様。
一時休戦です。
そんな訳で。
現在、二人……いえ、サルファを入れて三人ですね。
彼らはわくわく☆動物ふれあいコーナーを爆走しております。
ロロイと勇者様はともかく、サルファが意外に俊足です。
あの野郎も結構基礎体力ありますからね。
それにここ数か月、マルエル婆にみっちりしごかれたでしょうから。
しかし怪しい集団です。
勇者様は身につけるべしとのふれあいコーナーの注意書きを見て、迷わず網タイツを懐にしまいました。
身につければ良いんだろ、と言わんばかりの嫌そうな顔です。
そういえば身に付けろとはありましたが、見えるところにつけろとは明記されていませんでしたね。ちっ…… ←
なので勇者様だけは、まともな姿をしています。
勇者様だけ、は。
サルファは言わずと知れた覆面ストッキングという中々お目にかかれない怪人姿ですが、ロロイもどうだろうって感じです。
面倒臭かったんでしょうね。
サルファは卑猥なご本を、無造作に腰帯に挟んだ状態で疾走しています。
なんという堂々たるお姿!
……ロロイのさ、お腹にね?
腹部というか、鳩尾と申しましょうか……
体の前面に、モザイクをかけたくなるような卑猥な表紙がこんにちはしちゃってるんですが。
というか、観覧席にいるご婦人やお子さん方に配慮してか、投影される映像のロロイ、お腹にモザイクかかっちゃってるんですけれど。
どんな映像がそこに隠れているのでしょうか。
これだけ見るとグロなのかエロなのか判断に困りますが、これがエロだというのですから救いようがありません。
見てくれは良いのに、一目見て女の子が避けて通りそうな姿です。
ロロイ、堂々とし過ぎだよ?
「画伯、あのモザイクの下には一体何があるっていうんですか……?」
「リアンカちゃん、あれ俺の作品じゃないよ?」
「え、マジで?」
が、画伯の作品じゃ、ない……?
??????????……っ!?
いま、ずばんと私の中を衝撃が突き抜けました!
そんな……だって、題名がアレですよ!?
タイトルが『 禁断の青い毒薔薇 ~背徳を教えてお兄様~ 』なんですよ!?
ま、まさかこの魔境に、アレな本を作る人が画伯以外にいようとは……!?
「え、画伯の弟子とか、薫陶を受けた人とか……」
「あー……アレの作者さん、俺のファンだとは言ってたね。影響受けたっても言ってたけど」
「画伯は作者さんに会ったことがあるんですか?」
「うん。服装は超ギリギリでエロかったけど……性格は中々奥ゆかしいお嬢さんだったよ?」
「まさかの女性!!?」
ぎょっとしました。
本気で、ぎょっとしました。
え、マジですか……っ?
「その、せ、性転換魔法を使ってる本性は男の人だったりとか……」
「ううん、女魔族。魔王城の城下町で暮らしてる一般魔族だよ☆ 最近、新進気鋭の作家として俺も話は聞いてたし」
「し、新進気鋭なんだー……そっか、ジャンルとして確立しちゃってるんですね」
「俺も刺激を受けたけどね。けど彼女の手がける作風は、ちょっと俺とは相容れないんだよね」
「え!? 手を出したことのないジャンルはないとか、いつだって新しい扉の開拓者とか野郎共に崇め奉られてる、超雑食も雑食のヨシュアンさんが!? カリスマの星とかなんとか讃えられている、よ、ヨシュアンさんが!!?」
こ、このカリスマ☆画伯が相容れないなんて、そんな……!?
ええっと一体、それって???
先ほど、ロロイが本を引いた時。
実際に大写しにされた表紙は既にモザイク状態。
ただ、本のタイトルのみが映し出された状態で。
題名を読み取ることはできたものの、表紙が潰されていたせいか内容の系統は謎のままではありました。
でも画伯が受け入れに否定的な様子を見せるって、一体どんなマニアック???
知りたくないけど、何となく気になるような……
困惑に首を傾げる私に、画伯は言いました。
「だってあの作者さんの作風、メインは『薔薇』だし」
「???」
「俺も一応、男だしね。野郎には受け入れ難いジャンルってことだよ」
「?????」
ばら?
花の薔薇ですか?
それがいったい……?
小難しい顔でヨシュアンさんの仰ることは、私には全く意味不明でした。
ただまぁちゃんが、画伯の耳打ちを受けて重々しく頷いてみせたんです。
「取り敢えず回収はしねぇけどよ……あの作者の本、リアンカとせっちゃんは接触禁止な。絶対、二人の目の届く範囲に持ち込ませんなよ」
「了解☆」
「?????? まぁちゃん、私、意味がわからないんだけど……」
「そのままでいろ、リアンカ。お前はそのままで良いんだから」
何となく、謎は謎のままに終わりました。
ですが画伯達の言葉を耳にしてからでしょうか?
何故か観覧席にいる男性魔族諸氏のロロイを見守る眼差しが色を変えました。
正確に言うと、なんだかロロイを見る目に『尊敬』が混じっているような気がするんですが……
えっと、ロロイは何か尊敬されるようなことをしたのでしょうか?
私一人が戸惑い、話題に置いてきぼりにされているような気がしてなりませんでした。
仲間はずれはいけないと思います。
こうして画面を見ていると、何故か勇者様の目線は頑なにロロイから逸らされているようです。
そういえば走り出す前、アイテムを得ようとボックス前に群がってたお兄さん達も何だかロロイを畏怖の目で見たり、目を逸らしたりしていたような……。
本当にロロイの腹部には何が鎮座しているんだろう……?
気になりつつも、彼らの道行を見守りました。
確かに彼らが箱から引いたアイテムを装着して以来、アイベックスはじめ種々の動物に襲われることはなくなったように思います。
身の安全と引き換えに、何か失ってはならないモノを失ってしまったかのような雰囲気も漂ってはいるのですが。
そんな最中、平然と何食わぬ顔で走り続ける、ロロイの涼しげな顔。
何が起きてるのか私に誰も説明はしてくれませんが、周囲の様子からロロイが何か計り知れない苦役を負っているような気がしてなりません。
だというのに、あの平静な顔。
どうやらロロイはかなりの強心臓に育っているようで、育てた私としては誇らしいような気もします。
うちの弟分は、精神力だけはそこらの野郎共に負けないようです。
「まぁちゃん、ロロイすごい? すごい?」
「ああ、凄い凄い。並の野郎は真似できねぇんじゃね?」
「まぁちゃんは?」
「俺はなー……実際、どうすんのかねぇ」
「……陛下は意外と平気そうな気がするよ。平然と燃やして、見なかったことにしそうな気もするけれど」
「ああ、本当に嫌なことだったら全てを薙ぎ払い、蹂躙して踏み倒すのが魔王という生物だからな」
「でも陛下だったら逆に面白がる展開も有り得るんじゃない?」
どうやらまぁちゃんに仕える魔族さん達の意見では、その時にならないとわからないけど意外にどうとでもしそう……というかなり曖昧なモノでした。
結局平気かどうか、結論言ってませんよ?
まぁちゃんも微妙な顔で部下さん達を見ながら首を捻っています。
「どの程度の代物か、このモザイクじゃわかんねぇしな。まあ相手はたかが本でしかねぇし。気にしねぇ時は気にしないんじゃねーか?」
「むぅ……なんだか凄くあやふやだね。まあ、確かにあのモザイクじゃどの程度ヤバいブツなのか全然わかんないけど……」
「先に言っておくが、あのモザイクは絶対に消させねぇからな?」
「むー……ちぇっ」
やっぱり駄目か、仕方ないですね。
「画伯、この手の出版情報ってどうせ画伯が掌握してるんでしょう?」
「その通りだけどさらっと把握してるっぽいリアンカちゃんも侮れないよね!」
「じゃあ画伯、せめてあの表紙がどれだけヤバいのか測る指標代りに、表紙を飾る人物画の全体的な肌色面積だけ教えてください」
「え、98.7%くらい……?」
「それほぼ全裸じゃないですか」
「全裸に縄装備、ってところかな? 肝心の際どいところだけは薔薇の花で見えないようにしてあったよ」
「縄?」
「リアンカ、頼む。それ以上は追及するな、それ以上は」
まぁちゃんは許しませんよ、と。
疲れたように溜息をついた魔王陛下。
なんだか会話だけでこんなに疲れるまぁちゃんも珍しい。
私を野放しにしておいたら危険とでも思ったのでしょうか。
まぁちゃんは私の両脇に手をやると、ひょいっと抱え上げてしまいました。
そのまま私は、まぁちゃんのお膝に乗っけられてしまいます。
危険物扱いなんて失礼ですよ、まぁちゃん!
ちょっとだけ、むっとした顔でまぁちゃんを見上げる私。
まぁちゃんは片眉をひょいっと上げると、私をぽんぽんと優しく叩いて宥めてきました。私は野生動物ですか。
更に私の口元に、先ほどカラリと揚げた芋を差し出してきます。
ちなみに味付けは甘塩仕立て。
「…………」
うん、食べ物に罪はないよね!
私はまぁちゃんの膝に座ったまま、まぁちゃんが口元に運んでくれた揚げジャガをぱくぱく食べてしまいました。
……なんかまぁちゃんに掌で転がされたような気がしなくも、ない。




