39.予選1日目:マジカル☆ボックス(ブラック80%)
某軽業師☆が不審さ+200pは手堅い伝説の装備で現れます。
何が何だかわかっていない様子で、山羊に強襲されたことに混乱する勇者様。
しかし勇者様の危機察知本能は今日も良い働きを見せてくれます。
混乱冷めらやぬ様子でしたが……
自分達の方へ向けて再びアイベックスが突進してくる様子に気付くなり、勇者様の身体は霞んで見える速度で動きました。
アイベックスは山羊とは思えない突進力と速度で向かっていきます。
勇者様は下敷きにしていたロロイの身体を掴むと、地面の上を転がって難を逃れました。
アイベックスの進路から、転がり避けた反動をつけて勇者様が立ち上がります。
ロロイを、抱き上げて。
ま、ま、まさかの姫だっ――あ、ロロイの肘が勇者様の顔面に直撃した。
依然として微妙なお年頃☆ですもんね!
ロロイにとって、野郎に抱っこされるのは色々複雑ですよね、うん。
勇者様へ攻撃を加えた流れから、するりと空中へ離脱!
ロロイがふわりと軽やかな着地で勇者様の腕を脱します。
勇者様も抱き上げたことに他意はなかったようで、特にこだわりもないのかロロイの肘鉄を食らった眉間を押さえて呻いているだけです。
それでもアイベックスへ警戒の眼差しを注いで離さないあたり、油断はないのでしょう。
避けられたことに気付いたアイベックスは興奮した様子で、鼻息荒く猛っています。
アイベックスの頭の上で、小鳥が「ほーほけきょ」と鳴きました。
「く……なんだこの状況!」
「山羊だろ」
「ロロイ? 俺が疑問に思っているのはそこじゃない。動物の種類じゃなくて!」
「勇者さん、山羊に恨まれるような何をしたんだ」
「心当たりのない容疑を俺に向けるのは止めてくれ!」
事態の異様さに、戸惑う勇者様。
疑惑の眼差しを勇者様に向ける、ロロイ。
うん、あれロロイ遊んでますよね。完全に。
大げさに感情を表すことの少ないロロイ(当社比)。
ポーカーフェイスが結構得意な子だけど、内側に秘めた感情は結構豊かなんじゃないかな。
内心で狼狽する勇者様の反応を楽しんでいることが私にはわかります。
何と言っても、幼少期までは私が育てましたからね!
「おーい、勇者の兄さん大丈夫ー?」
「!」
警戒態勢を解かない勇者様。
そんな彼にかけられる、呑気な声。
そういえばさっきも、勇者様がアイベックスに撥ねられる直前でこの声がしましたよね?
「サルファ!? お前、いつの間にこっちに…………って」
勇者様は即座に声の主に当たりをつけたようで、眉をしかめながら声の方に顔を向け……
……形容しがたい表情をしました。
それに合わせて、映像係りが気を利かせたのでしょう。
観覧席のスクリーンに、ちょっと引いたアングルで勇者様の視線の先が映し出されます。
同じタイミングで視線をやったロロイが、動きを止めて固まりました。
「「「「「………………」」」」」
自然と私達は黙りこみ、成り行きを見守る体勢に入ります。
息をも詰めて、勇者様の反応を待ちました。
そして、私達の待った甲斐も抜群に。
希望の星☆勇者様は、期待した通りの反応を示してくれたのです。
勇者様は、視線の先に堂々と立つ異様な人物を指さして叫びました。
「だ、誰だおまえぇぇええええええええええっ!!?」
勇者様の指さした先には。
……頭から絹の靴下を被った男が立っていました。
どう好意的に見ようと頑張ってみても、その姿は変質者そのもののような。
「50デニールくらい、かな……」
首を傾げながら、ヨシュアンさんが呟きます。
デニールってなに、ヨシュアンさん……。
とりあえず勇者様がアイベックスよりも変質者の方に警戒を強めました。
うん、その反応は間違ってないと思う。
変質者は勇者様の叫びやら警戒やらを向けられても平然としたもので、ある意味大物です。
気安い調子で片手を上げてひらひらと振っています。
「うわーお、勇者の兄さんってば薄情ー。
俺と勇者の兄さんは一緒に旅行したり、ペアルックしたりした仲じゃんっ☆」
「ちょっ!? 俺にとって不名誉な噂が発生しそうな発言は止めてくれないか!?
あとペアルックってなんだペアルックって!!」
「ほら、あれじゃん? 前にしたじゃん。半裸でー、マントで、怪しい仮面のー?」
「お、おま……やっぱりサルファか!? サルファなのか!?」
「おっす俺サルファ☆ 軽業師のサルファ推参☆」
「その姿は一体!? ついにとうとう隠れた性癖が……!?」
「あっはははは☆ 勇者の兄さんが俺をどう見てるか露骨な発言じゃーん?」
腹を抱えて笑う、ストッキング。
見た目がかなり怪し過ぎてどん引きです。
「というかサルファ! お前、もう追いついたのか……?」
勇者様の怪訝なお顔はしかめられ過ぎて可哀想。
でも確かに、真竜に物凄い勢いで吹っ飛ばされた勇者様に追いつくにしちゃ……早い。
ねえサルファ、早いよね?
疑問を受けて、サルファは親指を立てつつ軽快に言いました。
「素敵に親切な人のご協力に感謝☆」
「此方としても良い取引だった」
ぐっと親指を立てて返したのは、ベテルギウスさんでした。
その腕に先程までは見受けられなかった大きな何かを抱えています。
丁寧に布に包まれているのでよく見えません。
見えませんが、会話の内容から状況を推察するに……えっと、取引ですか?
「お、お前……買収したのか!?」
「裏取引はOKっつってたじゃん! 大会の運営委員長が!」
勇者様はベテルギウスさんが先程落とし穴の中でご自分を襲撃した人物だとは気付いていないようですが、それでも何かしらの取引があってサルファに優位に進んだことを察したのでしょう。ベテルギウスさんは転移魔法が使えるので、単純に考えて勇者様の現在地まで送ってもらった……ということでしょうか。
「……かなり納得はいかないが、サルファがここにいる理由はわかった。だけどさ、サルファ……お前に何があったのかは知らないが……………………………………その姿は何なんだ!」
猛攻撃を再開したアイベックスの突き上げる角をいなしたり避けたり、距離を取ったり。
回避運動に忙しくしながら、勇者様は悩ましげな様子でサルファに起きた変化を追求します。
変貌し過ぎた男は、それでもあっさりと笑ったようでした。
ストッキングの奥で歪んだ顔が笑ってますねー……。
「あ、勇者の兄さん達も早く取りに行った方が良いよ☆」
「御婦人用の靴下をか!?」
「いやいやストッキングに限らず☆ あっちにある箱の中から出てきたアイテムを身に付けてれば、動物に攻撃されずに済むって☆」
「出てきたのがストッキングと見るや即、躊躇いもせずに被る男を俺は初めて目にしたよ。良い物見せてもらったよ、アンタは男や」
「ベテルっちもね☆」
「俺は運営側の魔族なんで、何もしなくっても襲われないけどな?」
なんだかいつの間にか、サルファとベテルギウスさんは物凄く仲が良くなったようでした。
いったい何をわかり合ったというのでしょう?
二人の間の『通じ合った』空気感が凄まじいんですが。
そうこうする間にも勇者様にアイベックスは足を振り上げ、苛立ったように猛攻撃☆
そんなアイベックスの頭上で、小鳥が呑気に「ほーほけきょ」と鳴いていました。
そうとなれば身の安全の為にも動物愛護的な意味でも急げとばかり。
うっかり動物を無益に殺してしまう前にと、勇者様はロロイを引きずってアイテムを取り出せるボックスの列に並びました。
しかし列に並んだ前の人々の前に顕現するアイテムの無差別なでたらめぶりに、勇者様は列に並びながらも俯いてしまいました。わあ、頭を抱えて超苦悩してる☆
目測で、一辺三十cm程度の箱。
丸く空いた穴に挑戦者達は腕を突っ込み、アイテムを取り出していくのですが……
あの乱雑ぶりはくじ引きにも似ています。
まさに何が出てくるか、わからない。
サルファはあの箱から、ストッキング(50デニール)を引いたそうです。
いま挑戦した人は、全長三m相当の物干し竿を引きました。
物理的にちょっとおかしい。
いえいえ、真面目におかしいですよね?
「あの箱の中、どこに繋がってんの? 四次元?」
「空間歪曲の魔法で、別室に用意したアイテム保管室に繋げました。別室には担当のアイテム係がいて、箱に繋がる穴から出てきた手に、無作為にノリとフィーリングで別室に安置されたアイテムから目についたモノを渡していく制度になってます」
「えっと、それって人力って言って良いのかな? というか、何を渡されるかはアイテム係の作為によるんですね」
興味深く拝見していると、次はウェルウィッチアが出てきました。
まぁ奇想天外。
勇者様はウェルウィッチアを今まで見たことが無かったのか、驚愕を顔に浮かべてサルファの肩をがくがく揺さぶり始めました。
「な、なんだアレ! 一体どうやって身に着けろって言うんだ!?」
「そこはほら、個人の創意工夫☆」
「そもそもなんなんだ、アレ……新手の魔境植物か!?」
「博識な勇者の兄さんにしちゃ珍っしぃ~☆ 俺の故郷の隣国に広がってた砂漠にアレ自生してたよ?」
「って、人間の国々の植物なのか……!?」
目を白黒させる勇者様。
勇者様が植物に関する認識に頭を悩ませている間に、ウェルウィッチアを引いてしまったエルフのお兄さんはウェルウィッチアを抱え上げようとして……
無理だと悟ったようで、持参したロープでくくると豪快に背負いあげました。
そのまま何事も無かったかのようにすたたたたっとコースの先を目指して駆け去っていきます。
「………………」
「………………」
勇者様たちの間を、何とも言いがたい沈黙が通り過ぎていきました。
魔族の障害物レースに、ロープとナイフは必須ですよ、勇者様☆
ちなみにアイテムはあまり深く考えずに、厄介そうなのや面白そうなモノを中心に集めたそうです。罠設置班のこれこそ罠ですね。
何が出てくるか、本気でわからない。
そうこうしている内に、勇者様達の番が来ました。
彼らはどんな面白アイテムを引き抜くのでしょう?
ちょっと楽しみになってきました。
「ついでに言うと、それぞれの箱別に担当者がいまして。アイテムを渡す相手が固定なのでそれぞれの箱ごとに系統が存在するかと」
「へえー……ちなみに、サルファが引いた箱は?」
個人的に、伸ばされた手にストッキングなんてモノを渡した人に興味がありました。
一体誰ですか、そんなチョイスに走るのは。
「ああ、その箱なら丁度……今、勇者の人が手を突っ込んでる箱ですね」
「おぅ……勇者様」
「あの箱の担当者は………………」
プロキオンさんが記憶の底を漁っている間に、勇者様が箱に突っ込んだ手を引っこ抜きました。
思わずぐぐっと前のめりになって注目してしまいます。
果たして、勇者様の手に握られていたモノは。
網タイツでした。
手に取ったモノが何か視認した瞬間、勇者様ががっくりと地面に膝をつき……
慟哭を体現したかのような四つん這いの姿で地面を殴り始めました。
どうにも発散できない感情だとか、納得できない気持ちだとかが篭った重い拳ですね。
「これを一体どうしろっていうんだよぉおぉおおおおっ!?」
勇者様のひっくり返った声が、絶叫となって響き渡ります。
あ、あ、勇者様、涙目! 泣きそう!
な、泣いちゃわないでー……っ!
なんだか泣きそうな勇者様の顔を画面越しに眺めながらも。
私は内心で深く納得を重ねていました。
うん、あの箱担当、サルファにストッキング渡した相手と確かに同一人物だわ。
続いて同じ箱に手を突っ込んだロロイは、さり気無く度胸があると思います。
そうして半ズボンを卒業したばかりの竜の青年が箱から手を抜いた時。
そこに握られていたモノは……
――『 禁断の青い毒薔薇 ~背徳を教えてお兄様~ 』
どこからどう見ても、いかがわしい本でした。
「…………あの箱担当してるの、絶対に画伯のシンパでしょ」
「リアンカちゃん、根拠のない言いがかり止めようよ!」
「いえ、絶対に画伯の信奉者です! 根拠はなくっても絶対的な自信があるよ!」
魔王城の罠設置班には碌でもない愉快犯が潜んでいるなぁと。
今更な認識が、更に深まるのを感じました。
っていうかアレ、あの二人どうやって装備するんだろう……?