35.予選1日目:炎の中でそいつは嗤った
暫くは第三者視点で……と思っていたのですが。
どうにも耐えられず、リアンカちゃん視点に戻してしまいました(笑)
やっぱり人類最前線はリアンカちゃんでないと!
リアンカ
「あれ、勇者様の活躍ちょっと見逃しちゃった?」
空を駆ける灰色の竜。
その背中に乗る、私達。
今回は魔族側でエントリーしていなかったせっちゃんも、私達と一緒に外部予選からの参加です。
「リャン姉様、ゴールですの!」
「わあ、さすがタナカさん☆ スタート切ってから5分しか経ってないよ」
そうして私達は、悠々と堂々の一位でゴールを果たしました。
タナカさんごと。
ゴールの周辺が、凄いことになりました。
「まーぁちゃんっ♪」
「あ?」
たんたんたたんっと弾む足取りでステップ踏んで。
私は一直線に魔王城の城壁上に作られた観覧席を真っ直ぐ突き進みました。
「いまどんな感じ?」
「お、リアンカ。お前もうゴール決めたのか」
「うん! 私だって勇者様の雄姿(笑)は楽しみにしてたんだもん。少しでも見逃したくなくって真っ直ぐ来ちゃった」
それでも障害レースに参加していた身としては、ある程度の時間目を離さざるを得ないのはわかっています。
だからこそ、少しでもその時間を短縮する為に頑張ったんですよ! タナカさんが。
別に勇者様の雄姿(爆笑)を楽しむだけなら、一緒にレースを走っても良かったのかもしれませんが……やっぱり、後に取っておきたい楽しみもありますし。
勇者様に私も参加していることを内緒にしたくって、なるべく存在を認識されないで済むようにことを運びました。タナカさんが。
そうして勇者様の活躍(笑)を見逃さないで済む分は存分に楽しむため、こうして特等席までやってきた訳ですが。
「おー……勇者な、いま触手に襲われてんだわ」
「なんですと!?」
え、勇者様……とうとうそっちの領域に!?
ヨシュアンさんが喜んで小躍りしそうな展開ですか!?
……あ、違うっぽい。
そうかと思ったんだけど……まぁちゃんの近くに控えるヨシュアンさんが、あんまり嬉しくなさそうな微妙な顔で半笑い状態です。
ああ、なんか露骨に期待外れでがっかりしたって顔してますね。
「勇者様、どっちの系統の触手に襲われてるって?」
「触手ってそんな大量に系統があるもんだっけ」
「ヨシュアンさんがそれ言っちゃ駄目だと思う」
「リアンカお嬢さん、こっちですこっち。僕の提供した触手」
「あれー? ハリちゃんだ」
あ、なんか普段は牛の世話が忙しいとかいって牧場に籠りきりの淫魔さんがいますね。
淫魔ってなんだっけとか思わせてくれる、世間一般に流通している概念とは別の認識を必要とさせて下さる一族の長さんです。
そんな淫魔の長、ハリちゃん。
確かお仕事は一族の長兼牧場主……兼、呪術師。
「ハリちゃん提供って、牧場に触手系の害獣が何か蔓延ったの?」
「あ、違いますよ? 僕が作った蠱毒(未完成)を養分に育った魔境植物です」
「わあ☆ 思った以上に碌でもないねぇ。何の植物育てたの? 成分にどんな変化があったのかとっても気になる!」
「どんなって……ああ、ほら」
ハリちゃんがちょっと困ったように笑いながら、その白く細い指をそっと上げました。
牧場仕事を日課にしている割に繊細な体つきなのは種族特性なのかな?
まあ、魔族さん達って大体体力や筋力を魔力で底上げしてますしね。
色々な意味で見た目詐欺が常の魔族さんが指さした先。
そこには勇者様が大きく映し出された映像が……
「丁度、壷の中から全部出てきたところみたいだよ」
目を向けた先。
そこではどんな死闘が繰り広げられていたんでしょうか?
私達が目撃したのは右手に握った剣で触手の攻撃を阻みながら、左手に握った剣の鞘でピンク色に塗装されているらしい壷を叩き割る勇者様。
……その口には何故か、勇者様を縦に真っ二つにできそうなサイズの鋸刀を咥えています。
咥えて……というか、噛み締めて???
いったい、何があったんでしょうか。
何があったのか経緯は謎ながら、勇者様の奮闘ぶりがひしひしと伝わってくる緊迫の映像。
そんな、中で。
叩き割られた壷の残骸、から……
ぞろり……、と。
何かが這い出して……って、あれ?
「なんだかあの形状、どこかで見たような」
「どこでも何も、リアンカも良く知ってるヤツじゃねーか」
まぁちゃんが肩を竦めて、極めて単調の口ぶりで言いました。
なんだ、拍子抜けした、みたいな言い方で。
「アレだろ? マンイーター」
肉厚で毒々しい花弁の真ん中で。
ぞろりと鋭い牙の生え揃った口が、禍々しく歪に嗤った。
画面の向こうで、勇者様が叫んだ。
「またお前かぁぁあああああああっ!!」
やりきれない思いの丈が、たっぷりと込められた叫びですね☆
勇者様の顔は、見間違いでなく歪んでいます。
それはそれはもう、苦り切ったお顔で。
「この壷、ハテノ村薬師の関与か……っ」
勇者様、それは濡れ衣です。
魔境植物が関わっていたらあれもこれもどれも全て、私達の仕業だとは思わないで下さい。
いや、マンイーターは……アレは多分魔獣か魔物なんだろうけれど。
しかし何なのでしょうか?
先程まで殺伐とした闘いの雰囲気というか……まさに死闘!といった感じで勇者様は剣士の顔をしていたんですけれど。
なんだかハテノ村薬師の関与を疑い出した途端に、顔色が変わったような……。
有態に言うと、なんだかイキイキ???
最適な表現が出来なくって首を傾げている私の隣で、まぁちゃんが楽しそうに小さく笑いながら言いました。
「勇者の奴……いきなりツッコミの顔になりやがったな」
「なるほど!」
納得しました。
言われてみれば、私達の言動にツッコミを入れている時のお顔にそっくりです。
何と言うか……困っていたり慌てていたり、動揺していたり怒っていたりしながらも、なんだかどこか楽しそうなお顔?
そりゃイキイキしているようにも見えますね!
勇者様の身体にも、ぐぐんと活力が満ちたように見えました。
「植物相手の対処法に、いつまでも惑う俺だとは思うな……!」
叫んで、勇者様が流れるような瞬時の動作で懐から掴みだしたモノ。
それは……
「勇者様って酒瓶とか持ち歩くような人だったっけ?」
えっと、もしかして父さんとの酒盛で目覚めちゃった?
そっちの道はアル中まっしぐらですよ、勇者様!
「消毒用だろ。アレ、アルコール度数きっつい奴じゃねーか」
「ああ、成程。勇者様ってなんだかんだ生傷多いですからね。薬物への耐性は強くっても、アルコール消毒は有効だったっけ」
「修行中も、応急処置セットを同じ場所から出してやがったからな」
「それってまぁちゃんとの……ドレス修行?」
ドレスを着こなして戦闘をこなす修行で、どれだけ傷を負ったの勇者様。
そんじょそこらの攻撃じゃびくともしないほどに頑強な勇者様が、少なからず応急処置セットのお世話になるような修行って……。
私が勇者様の修行に思いを馳せている間にも、場は動きます。
勇者様は片手で酒瓶の栓を飛ばすと、そのまま瓶の中身(※高濃度アルコール)をマンイーターへと豪快にぶっかけました。
全く躊躇いなく、そのまま……!
ここで出ました、火打石&火打ち金。
気合いの籠った叫びが、画面の向こうから聞こえます。
勇者様は抵抗を激しくするお化け植物を、火打石から火花を飛ばして燃やそうというのでしょう。
いや、うん……日常的に携帯していることは知っていましたが。
相変わらず、どうやら勇者様は火炎魔法の習得を済ませていなかったようです。
ここ半年の間に、合間を見てまぁちゃんやむぅちゃんに魔法の手ほどき受けてなかったっけ……?
後々本人に聞いてみたら、魔族の魔法は勇者様のような人間には不向きなモノだったから会得できなかったとのことです。
……勇者様って、性能的に人間と同じくくりで纏めて良いのか迷うんですけど。
人間の領域を凌駕するほどの魔力量を秘めているらしいなのに、魔族の魔法は使えなかったそうな。
意外に融通効かないんだね、勇者様。
まあ魔族の魔法は独特だって言いますしね。
魔法の全く使えない私にはよくわかりませんけれど。
それにしても蠱毒なんていうヤバ気なモノを取り込んで育ったブツを相手に、植物だから燃やそうって凄く普通の発想ですね!
素直に燃えてくれるかどうか。
案の定。
火をつけられたマンイーターは素直に燃えるどころか、狂乱しました。
それはもう、手もつけられない程に。
――キシャァアあアアアアあっ
「あはははは。陛下、なんか黒いオーラが立ちのぼり始めたんだけど、アレって大丈夫なんすかね。なんかにょるにょる断ち切られた触手も再生しだしてません?」
「なんで俺に聞くんだよ。飼い主に聞け、飼い主に」
「えぇっ僕ですか!?」
「他に誰がいんだよ」
「えー……僕だって蠱毒から育った植物?の対処法なんて知りませんよ。アレだって処分できなかったから手元に置いていただけですし」
「処分できなかったんですか? 呪術師のハリちゃんが?」
「うん。なんか、ね……? 普通じゃないモノ養分にしたからかな、呪力とか魔力を吸収する特性持っちゃって」
「へえ……でも今の炎は、魔力関係ないよね? 勇者様、自力発火してたし」
「これはあれかな。蠱毒の材料にファイアドレイクの卵を食って魔獣化した長虫を入れたせい……かも」
「あー……ハリドシエル? 正直に吐け。他になに入れた?」
「えぇっと、実際にああいう呪物を作る時ってその場のインスピレーションに従うので」
「ノリと勢いとその場の思いつきで考え付いたモノ全部入れたってこと?」
「………………うん、そうとも言うかな」
「よし、とりあえず思い出せる範囲で全部言ってみよっか!」
どんなとんでもない化け物を混入して、どんなクリーチャーが仕上がったのか。
ハリちゃんは腕の良い呪術師なんですけど、感性頼りの仕事をするのでよくわかりません。
「え、えぇと……睡蓮の根を腐らせて精気を吸っていた蟇蛙と、風花に乗って呪いを撒き散らそうとしていたケセランパサランの突然変異と……」
「なんだかよくわからないモノばっか詰め込んだんだね」
「丁度、手元にあったから」
何の為に集めたものなのか、最早よくわかりません。
ただその呪力を取り込んで、マンイーターが普通じゃなくなっているのは確かです。
勇者様、炎で根絶なんて安直な解決に走ったばかりに……。
画面の中では、マンイーターが口から白い炎を吐き出しているところでした。
勇者様が驚愕の顔で、白炎をなんとか避けます。
陽光の神から授かった加護のお陰で、勇者様の炎耐性は人とは思えないくらいに高めです。
炎攻撃が続く限りはまだ大丈夫そうですが……
ただ、仮にも植物(?)の範疇にある筈の化け物が炎を纏って凶暴化したどころか、炎を操って攻撃してきたことに度肝は抜かれたようです。
勇者様の頬を、熱さばかりのためではない汗が流れ落ちました。
リアンカ
「勇者様ほら見て、お花が笑ったよー」
勇者様
「それはもう良いから!」
範囲の限られる落とし穴の底という限定領域。
そんなところでぼうぼうと火を燃やすなんて……
勇者様、一酸化炭素中毒の危機。
彼としては、その前に決着をつけて穴を脱出するつもりだったのでしょうね。




