32.予選1日目:勇者様、危機連発☆そのに
ここから運営委員会『罠設置班』の本当の意味での本気が始動するよ!
ひぃひぃと涙を流して、まぁちゃんが笑いの発作に悶え苦しむ。
「あれだけ……! あの罠喰らって、影響あれだけ……!! しかもあれ、あんな……ぶはっ(爆笑)」
げに恐ろしき影響のなさは勇者様の美貌か防御力か。
勇者様のご尊顔は少しも崩れることなく。
少々煤けた部分はあれども、お肌は依然としてつるりん美肌を保っていた。今日も絶好の美白具合だ。←焼けない体質
どんな影響も美貌的+になることはあれど、-になりそうなことがない。
もしかしたら勇者様に与えられた神の加護……そう、美の女神の加護が高まっているのかもしれない。
ふとそう思ってしまうような有様だ。
そう、ここまでやって美貌が崩れないのは美の女神のせいなんじゃないだろうか、と……。
勇者様は着々と人外への道を歩みつつあるような気がする。
初めて見たあまりの防御力に、くぅさんだって固まっている。
薄く開いた口から、「うわー……」という空虚な声が漏れた。
しかしいつまでも呆けてなどいられない。
彼には運営の実行委員長としての職務があった。
すぐ側に置いていた伝令管をむんずと掴み取り、繋がっているかも確かめずに簡潔に述べる。
「おい、自力で切り抜けられた上にダメージ全然喰らってねぇぞ。このまま運営の罠がぬるいとでも思われたらどうすんだ? 舐められるような真似してんじゃねえぞ」
ドスの利いた声だった。
その声に急遽動きだす、運営の精鋭部隊……『罠設置班』。
彼らは即座に運営委員長の期待にお応えした。
「狙撃よーうい!」
「なに飛ばすー?」
「適当で良いだろ。アイツの肌おかしぃから精神的ダメージ狙おうぜ」
「んじゃ、これで」
次の瞬間。
空の上で図らずも命の危機を感じ、肌は傷一つないものの、着衣をずたずたにされた勇者様に四方八方から襲いかかるモノがあった!
遠方から真っ直ぐに勇者様を目指して飛んできたモノ。
それは真っ赤に熟した、トマト(ビッグサイズ)。
全長三mくらいあるのは気のせいだろうか。
目視した段階で錯覚を疑う大きさ。
それも良く見たら、なんだかトマトの真ん中に顔が付いているような……
「わったーしぃを! 食べろぉぉおおおおおおお……っ」
魔物があらわれた!
呪われた悪魔の心臓から生まれたトマトだ!
麻痺効果のある果肉を食わせようと迫ってくるぞ!
執念の声がした。
あ、これアスパラの仲間か……!?
思った瞬間、咄嗟に勇者様の身体が動く。
方々から飛んでくる球は大きく、お陰で回避に大振りな動きが要求される。
だが勇者様は止まる訳には……トマトと接触するのは何だか物凄く嫌だった。
だから躊躇わず、食べ物を無駄にすることに……いや、アレは食べ物なのだろうか??? 食べ物と仮定して若干心を痛めながらも勇者様は剣を振った。
ざしゅっ
空中で四つ切にされたトマトが、地上に降り注ぐ。
このトマトが魔物であり、ついでに肉に麻痺効果があることを知っていた地上の地元民達は大慌てだ。
しかし勇者様には地上に配慮する余裕はなく、ついでに言うとトマトは止め処なく襲ってきた。
空を飛ぶ能力はないらしく、どこかから打ち出されて真っ直ぐに。
怨嗟の声を上げながら食べられようと迫ってくるトマトに、勇者様の心から赤い血が流れそうだ。
「く……っこのままでは野菜嫌いになってしまう!」
地味に深刻な影響だった。
今まで好き嫌いなく生きてきた人生がガラリと色を変えてしまう。
その影響に思いを馳せ……勇者様は油断していたとしか言えない。
赤という視覚に残る強い色。
襲いかかってくる赤い大群に目を奪われ、注意が逸れていたのだろう。
より強い印象の残る物体に目が行くのは当然だが……だからこそ、潜む『保護色』に気付くのが遅れた。
それは勇者様の死角……背後から襲いかかって来た。
「……っ!!」
背中から強烈なタックルを食らう。
尖った何かが、背に食い込む感触。
黒くて大きな翼のお陰で、幾らかの緩衝にはなったが……
「い、いったい、何が……!」
振り返った勇者様の視界に、一瞬映ったもの。
それは……
「と、トビウオぉ……!?」
魚だった。
トマトよりは若干小さな一m五十cmくらいの。
どうやらその頭が勇者様に激突したらしい。
至近距離で目に映った魚の大きな目が……なんだか怖い。
勇者様は何とか空中で踏ん張ろうとした。
しかし、そんな彼を四方八方から襲うトマト。
トマトに紛れて飛んでくるトビウオ。
ついでにどうやら、最初にアタックしてきたトビウオに背中の翼をやられたらしい。
食い千切られたのか、潰されたのか……
突然のことだった。
体がガクンと大きく傾く。
勇者様は空で姿勢を保っていることも、翼を保持することも出来ず……やがて追い打ちをかけて襲ってきたトビウオに後頭部直撃されて墜落した。
ひゅるるひゅるりら。
勇者様も空でトマトとの攻防を繰り広げている間に、どうやら若干だが最初に居た地点から移動していたらしい。
空に飛び上った地点より、コース沿いに二百mばかり先に落ちる。
もう翼を保ってはおけない。
落ちるのは仕方がないと勇者様は潔く諦め……空を飛び続ける方が消耗しそうだと思ったこともあり、着陸に備えて姿勢を制御する。
結構な上空を飛んでいたのだが、勇者様はすちゃっと華麗に着地を決めた。
瞬間。
地面から、奇妙な音が……いや、声が響いた。
そう、勇者様が体重をかけて踏みしめた真下から……
――『あっはぁ~ん❤』
勇者様は前方に向けてスライディングした。
ついでに観覧席ではまぁちゃんが再び襲いかかる笑いの発作に噴き出した。
聞こえて来たのは、若い女の色気に富んだ艶っぽい声。
耳を通して聞こえた音が脳神経に到達するのと、勇者様のスライディングはほぼ同時の動作だった。
気が動転して、混乱してしまう。
動揺から咳き込みつつ、何とか息を整えても言葉が出ない。
「な、な、な……っ?」
しかし勇者様が移動した先でも、悲劇は襲う!
――『いやぁ~ん えっちぃ★』
……足下から聞こえて来たのは、五十代くらいの野太い男の声だった。
勇者様の精神に、計り知れないダメージが……!
「な、なんなんだ、ここは……っ というか罠か! 罠なのか、これ!」
恐ろしさに慄く勇者様!
足下に向けられた視線は、恐怖を若干滲ませている。
→ 勇者様は混乱している!
「ふざけすぎだろ、魔族……っ!! 何考えてるんだ!?」
良く見ると勇者様が立っている一帯は、升目状に区切られていた。
いや、升目状というか……正方形のパネルが敷き詰められている。
そして勇者様と同じように、困惑と恐怖に歪んだ顔で立ち往生する参加者達の姿がちらほらと……
どうやら周囲の状況を推察するに、足下のパネルを踏むと嫌な声が聞こえてくるらしい。
今のところ勇者様が耳にしたのは女性の艶声と、壮年男性の気色悪い声の二つ。
だが足下には無数のパネルがあるのだ。
一つ一つのパネルは一辺六十cmといった大きさだが……
見たところ、パネル地帯は三百mほど続いている。
絶対に踏まないで突っ切るというのは、人間(笑)の身である勇者様には難しそうだ。
カンちゃんの翼も先程借りたばかりで、無理は出来ない。
だけどまたあんな変な声が出るのかと思うと、パネルを踏むのも躊躇してしまう。
足下のパネルには白い物と黒い物がある。
どうやら勇者様が先程着地した場所と、現在踏み抜いた場所、それはどちらも白いパネルであるらしい。
白いパネルには、『♪』マークが描かれていた。
……もう一つの黒いパネルは何だろう?
描かれているマークは、『☠』……怪しい。
露骨に怪しかった。
ここは一つ、自分で試すか……それとも周囲を観察して引っ掛かる者を待つか。
だが他者を危険かも知れない行為の実験台にしようなどと考えるような発想は勇者様にはない。
危地には己から率先して挑みかかる高潔さが、彼にはあるのだ。
……それが結果として、結構頻繁に彼の首を絞めている気がするが。
一方、観覧席ではまぁちゃんが笑い殺されかけつつあった。
笑いの発作が彼の腹筋を苦しめる……!
腹を抱えるまぁちゃんの隣で、くぅさんも口元を押さえて含み笑っていた。
「お、お、おい……っ誰だよ、あの傑作な罠作った奴!」
「今年新たに参入した罠設置班の……とびきり張り切ってた奴でっ」
「ちょっとそいつ此処に呼べ!」
まぁちゃんの一声で呼ばれて飛び出て現れたのは、どうにもどこかで見たような? 何だか見覚えのある魔族。
まぁちゃんは現れた二人を見た途端に噴き出した。
「お前らか! プロキオン、ベテルギウス……っ!」
「いや、面白いかと思って出来心で」
そう言って、殊勝な顔をする彼ら。
プロキオンとベテルギウス。
かつてカーバンクルの地で狩祭を行った際……騎士の三人と死闘(笑)を繰り広げた四人のうち二人。
色々な意味で悩ましいあの罠を考案し、主に担当したのはこの二人。
魔族の中でも割とフリーダムな彼らの本気がキラリと光る。
まだまだ勇者様が立っている場所は罠の序盤序の口。
勇者様に襲い掛かる不憫は、まだまだこれからだった。
プロキオン
→「ここは人類最前線5」の「42.」で勇者様のお父様がいる謁見の間に『【誘・惑HOLIDAY ~罪に追われた徒花~】(ヨシュアン著)』っていうエロ本投げつけたアイツ。
ベテルギウス
→『ここは人類最前線4』で呪われた包丁『血みどろ男爵』振り回していた、呪われた武器マニアのアイツ。




