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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
全部門合同蹴り落とし障害レース
33/122

31.予選1日目:勇者様、危機連発☆そのいち

勇者様、ウェービーヘアになるの巻



 勇者様達が挑戦する、障害物レース。

 そのコースは突貫工事で用意されたモノながら、ハテノ村と魔王城の周りを一周する大規模なものだ。

 ハテノ村側ではコース沿いに屋台の列が並ぶのが伝統と化していて、文字通りのお祭り騒ぎ。

 皆が飲み物とおつまみを片手に、レースの行方を見守っていた。

 魔王城の城壁上にも観覧席が作られ、そこは丁度ゴールを目前に見下ろす位置。

 観覧席の周囲にいるのは、映像係と腕章をつけた魔族達。

 彼らは遠隔地の光景を透写する魔法に長けた者ばかりだ。

 運営の用意した巨大スクリーンに、コース上の各地から拾った映像を投影している。

 それぞれ映像係の独断と偏見で選ばれた映像だが、頼めば依頼した映像も映し取ってくれた。

 そんな中で良くも悪くも『その年一番の注目株』といえる『合格基準』の参加者は、スクリーンの真ん中に一際大きく投影される。

 今も画面の中では、魔族に酒のつまみにされているとも知らずに、勇者様が頑張っていた。

 

 まぁちゃんとくぅさんもまた、特等席に座してレースを見守っている。

 まぁちゃんの手には、銀のゴブレット。

 くぅさんはまぁちゃんにお酌しながら、口にくわえたスルメを食っていた。

 レースはたった今、始まったばかりだ。

「おー……? 見ろよ、クウィルフリート。リアンカの奴、タナカさんを駆り出しやがった」

「ああ、あれが噂の。話に聞いた通りでっけぇもんで」

「おー、おぉ。流石、長生きトカゲ。みっごとに空に張り巡らせた飛んでく馬鹿用の障壁突き破ってくな」

「これはこれは……あの竜、どんな身体してんだか。あそこまでぶっちぶちに引き千切っていかれると罠設置班の面目丸潰れじゃねーか」

「ありゃゴールまでそのまま一直線に行く気だな。まあ、やれるもんならやってみろってのが魔族の基本姿勢だ。空も罠を張ってはいても、飛ぶのが厳禁だとは規定してねーし」

「これは一着ゴール、決まりか。手段を選ばない時は本当に手段を選ばねぇな、リアンカ嬢ちゃん。なんだかんだそういう奴が一番厄介だ」

「躊躇いなく禁じ手に走る姿勢はいっそ見事だろ。凄ぇだろ、うちの子。まあ誰かの助力を引張り出すの上手いからな、リアンカは」

「で? リアンカお嬢さんが駆り出したって、んな簡単に動いてくれるような気さくな竜なんすか?」

「おお、気さく気さく。リアンカがレース対策だっつって俺にオタマ(トリケラオタマ)集めさせられたんだが、一体なんに使ったのやら……ま、十中八九、食い気で釣ったと見た」

「食い物で釣れんのか、あんな大物っぽい竜が……ドラゴンの誇りガッタガタだな」

「まあ元はトカゲらしーからなぁ」

「何食ったらあんなでっかくなんだよ。成長期のうちの息子(ガキ)に教えてやってもらいてぇな。全然大きくなんねーんだよ、あいつ。150cmないんじゃね?」

「……それ、ムルグセスト本人に言ったら一服盛られんぞ?」

「はっ 既に麻痺薬と幻覚剤と弱毒性の笑い茸を盛られ済みっすよ」

「何やってんだよ、お前ん家。物騒だな、おい」

「魔族らしぃっちゃ魔族らしい団欒でしょう?」

 からからと笑いながら、自分の杯にもくぅさんはお酒を注いで一気に飲み干した。

 なんだか、苦い味がした。

「――お?」

「ん? どうしたんすか、陛下。なんか面白いもんでも?」

「くはっ……み、見ろ、クウィルフリート!」

「んー……?」

「そ、空飛ぶ馬鹿が……っ 今年はあいつが空飛ぶつもりだぞ、馬鹿だなぁ勇者の奴!」←爆笑

 まぁちゃんは笑い崩れて苦しそうだ。

 腹を抱えて彼が指さす先は……スクリーンの中の、顔立ちも凛々しい勇者様。

 しかし人間の筈の彼の背には今、大きく真っ黒な翼が生えていた。

 使役に使っている、神獣ヤタガラスの黒翼だ。

 アレを見る度に、まぁちゃんの胸中を残念な気持ちが占める。

 どうせなら白い翼の方が勇者にはそれっぽくて笑えるのに、と。

 だが今はそんなこと関係なしに笑えた。

 本気で大笑いだ。

 勇者様がこれから辿る未来を思えば、もう笑いと涙しか出てこない。

 もちろん、笑い過ぎによる涙だが。

 戦闘狂と愉快犯がほとんどを占める、洒落にならない危険種族『魔族』。

 空に彼らの本気の罠が多数張り巡らされているとも知らずに、飛び立とうとしている勇者様。

 毎年、必ず誰かが辿る道だが……どうやら今年は、勇者様が餌食になるらしい。

「さっきのドラゴンを見て、逆に甘く見たな。うちの罠設置班の本気を」

「そういや、今年の罠設置班はどんな感じだ?」

「今年は初めて運営に参加する奴らだが、まあ中々……陛下も知ってる奴っすよ」

「あん? 誰だよ……罠、罠……こういうのに融通効きそうな奴は……」

「――去年の『カーバンクルの狩祭』の時、それから『夏のドッキリ大作戦』では直接お声掛けいただいたとか? 本人達が自慢していましたよ」

「ん? ……あの時に、声をかけた奴?」

 まぁちゃんの脳髄を、あの時の記憶が駆け抜けた。

 脳裏に浮かんだのは――


 ――ギラリと鋭く光る、包丁の刃。


 

  ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



「……くっ 相変わらず、凄まじい食欲だな」

 勇者様の魔力をごっそりと奪い取り、大きな翼がはためいた。

 彼にとっては約束した以上の量を取られないよう、気を張る時間だ。

 勇者様の背に、大きく黒い翼が現れる。

 神の一片を身に宿した、神獣の翼が。

「勇者の兄さん、本気ぃ!?」

「……馬鹿な」

 何故か攻撃の手を緩め、武闘大会に参加した村人達は目を見張っている。

 勇者様が次に何をするつもりなのか……理解してしまったからだろう。


 誰も、止めなかった。

 サルファも。


「ちょ、ちょーっと、まずいって勇者の兄さん!」


 口ではそう言いながらも手を出してこないので、恐らく本気で止めようとはしていないモノと思われる。

 まあここで止めたら、空気が読めていないと後で魔王陛下やリアンカ嬢に小突かれるだろうから、彼の判断自体に間違いはないのだろう。味方だと宣言した後だとしても、魔境的にはセーフだ。

 面白いは何より優先すべき最優先事項である。

「サルファ、どうする。一緒に来るか!?」

 律儀で真摯な勇者様は、一方的に置き去りにすることも可能だというのに、自称味方(笑)のサルファにも手を差し出して問いかける。

 周囲の視線が己に殺到するのを感じながら、サルファは薄っぺらい微笑みを浮かべて首を横に振った。

「ううん、ごめんね。遠慮しとく。俺、今日限定で高所恐怖症なんだ☆」

 巻き添えを逃れようとサルファは勇者様から一歩距離を置いた。

 どんな屈強な鼠であろうと、沈む船からは逃げるものなのだ。

 勇者様はサルファの物言いに一瞬不思議そうな顔をしながらも……しかし本人の意思を尊重してか、「そうか」と呟いて手を引いた。

 この時にもう少しサルファの言動を疑問視していれば、勇者様の未来はもうちょっと平和だったかも知れない。

 だが勇者様は余所事に構っている暇も余裕もなかった。

 何故なら神獣に与えられた翼には、制限時間があったから。

 コースの長さをおおよそ推測するに、ゴールまで保つかどうかもわからない。

 だからせめて少しでも距離を稼ごうと……

 誰も止めないことに心の隅で引っ掛かるものを感じながら。


 勇者様は飛んだ。

 うっかり飛んだ。

 屋根まで飛んだ。


 屋根まで飛んで。

 弾けて飛んだ。 ←飛び過ぎ


  ちゅどどどどどぉぉぉおおおおおおおおおおんんっ


 魔族の本気が弾け飛ぶ。

 まずは爆発から、魔族の本気コンボが始まった。

 時にして十五秒。

 僅かとも長すぎるとも主観によっては変わるだろう。

 だがきっと、今は『長い』と思う方が多いはずだ。


 時間にして十五秒を数えるほどの間。

 勇者様の飛び立った空一面を、轟音を立てて雷撃と火炎地獄が豪華に覆った。

 空が赤く染まり、白く視界を焼く電撃が走り抜け、駆け抜けた後を黒炎が舐めつくし、後を追うように紫電が踊る。

 炎→雷→炎→雷と終わりの見えない地獄の連鎖。

 先程まで蒼かった空は、どこかに消えた。

 出血どころか消し炭にしかねないサービス具合だ。

 キミの瞳にスパーク☆

 こんな規模の『罠』を笑って許せるのは、きっと魔族くらいだろう。

 見守る方々は、笑って許すどころか腹を抱えて爆笑していたが。

 誰も勇者様の生存を疑っていない辺りは信頼なのか、何なのか。

 果たしてこのような責め苦を受けて、勇者様は生きているのだろうか!?

 勇者様とは面識の薄いくぅさんが、観覧席で首を傾げる。

「これ死んだんじゃね?」

 勇者様のことをあまりよく知らないが故の反応だ。

 それに対してまぁちゃんはケラケラと笑って手を振った。

「ははっ 勇者はしぶてぇからなぁ。あのくらいだったら大丈夫だろ。だって彼奴、前に俺の魔法が誤爆した時だって生きてたんだぜ?」

「ほーぅ? 陛下の魔法、ね……誤爆とは珍しい」

「いやな、ついポロッとおっことしちまって」

「ほうほう。それに耐えたんなら…………待て、勇者って人間じゃなかったんすか?」

「人間だぜ? 少なくとも本人が言うには、だがな」

「自称か……いや、アレで生きてたら人間じゃないんじゃ?」

「両親は普通の人間っぽかったけどな」

 ケラケラと笑っていながらも、まぁちゃんは内心でちょっと思っていた。

 ――死ぬなよ、勇者? お前が死んだらリアンカに怒られちまう。

 予想以上に空に展開している罠の規模と時間が大きく、少しだけ不安になったのだけれど……


 やがて、そう先に言った十五秒という時間が経った時。

 突如として空が晴れた。

 空を覆っていた爆炎と雷撃が止んだ訳ではない。

 強制的に排除……空に一閃の軌跡を残して、破壊されたのだ。

 それは斬撃。

 一筋の線を走らせ、銀光が空を切り裂いた。


 後に残されたのは、肩で息をする勇者様。

 依然として黒い翼は空を掻き、中空に留まる彼。

 その手には一振りの剣が握られ……大上段に振り下ろされた形で制止していた。

 そして勇者様の頭は、さらさらストレートヘアからふんわりパーマになっていた。

 アフロやパンチのようなきつい巻きではない。

 勇者様のゆるふわヘアが、風になびいてふわりと揺れた。

 そう、それは絶妙なお洒落巻き。

 まるでカリスマ髪結い師の作品の如きふわふわ具合で……



 観覧席で見ていたまぁちゃんの腹筋が、崩壊した。








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