29.予選1日目:高らかに響く銅鑼の音
今回から勇者様の身に起きる受難をより客観的視点から語るべく、暫く第三者視点でお送りいたします。
非常にライトな様子で、馴れ馴れしく、サルファは言った。
「勇者の兄さん、予選障害リレー御一緒させてもらっても良ーい?」
残念なことに、断る理由はなかった。
最初にサルファに声をかけられて以来、勇者様には様々なお声がかけられた。
何割かは勇者様の一見さん……目を見張るどころか潰れそうな勇者様の人類の頂点ともいえる美貌に魂を奪われ、ふらふらと声をかけてきた者達だったけれど。←主に女性参加者
幸か不幸か、そのような相手の捌き方は勇者様も慣れたものだ。
……本当に慣れていた。
一瞬の躊躇いすらなく、近付いてくる気配を察するや即座に身を翻し、声をかける隙すら与えない辺りは熟練の技を感じさせる。
実害を出さない何よりもの自衛策は、付け込む隙を微塵も与えないことである。
時にサルファの存在を都合よく扱いながらも、予選の開始を待っていたのだが……
だが、待ち時間の間に勇者様に声をかけた多くの者は、勇者様にとって見覚えのある者達ばかりだった。
主にハテノ村の住民達が多くを占める。
どこかで見たような……紳士を名乗る若い男達が、気がつけば勇者様の周囲を取り囲むように屯している。
その中でも筆頭は、この男。
「勇者さん、やはり参加していたか……つい探してしまった」
「副団長殿……!」
最早懐かしいとしか言いようのない、鋭いのか凡庸なのかよくわからない印象の男。
ハテノ村自警団の副団長を務める男がそこにいた。
(初出:【ここは人類最前線3】)
「探していた、とは……俺に何か?」
「いや、何かという程でもない。ただ今回の大会は……勇者殿が要の鍵となりそうな予感がしてな。スタートまで近くに居ても良いだろうか」
「俺が、鍵……? それはどういう?」
本気で訝しげな勇者様の様子に、副団長さんは知らないのかとしたり顔で。
横に佇むサルファが、にぱぁっと不思議な笑みを浮かべた。
どうやらサルファも何かを知っているらしい。
齢六百を数える物知り魔族のマルエル婆に何事か聞いているのかもしれない。
大会の出場も既に常連の域に達しつつある副団長さんも、例年を知るだけに経験則で何かを掴んでいるのだろう。
サルファの含みが感じられる様子に深く頷きながら、それでも副団長さんは面倒見の良さを発揮して教えてくれた。
ちゃんと説明してくれる辺り、彼も悪人ではない。
ただし、説明以上のことをしてくれるかは定かではないが……
「――この予選の障害リレーは、恒例行事でな」
「ま、毎回やっているのか……?」
「ああ。合格基準は極めてシンプルで、障害に負けることなく定められた時間内にゴールしきることの一点のみ」
「……ああ、そこは普通なんだな」
「ただし、妨害ありだ」
「妨害!?」
「ついでに付け加えると、ゴールの制限時間は毎回変わる。そして挑戦者達に制限時間がどれ程か告知されることは滅多にない」
「それじゃあ一体何を基準にすれば良いんだ!?」
「その『基準』が毎年変わるんだ、勇者さん」
「変動してしまったら、それはもう『基準』とは言わない気が……」
言われてみれば御尤もな正論を口にする勇者様に、副団長さんは頷きつつも核心に迫る言葉を述べた。
「仕方ない。毎回『基準』は、参加者の中から無作為に選ばれるんだからな」
「……は?」
意味がわからない、と。
勇者様の顔が微かに引き攣りました。
「………………つまり?」
「このレースの目的は、基礎能力的に最低基準に引っ掛からない参加者を篩い落とすことにある。勇者さん」
「そこは理解できるんだが……」
「そこで運営が独断と偏見により、無作為に参加者の中からそこそこの基礎能力を持っていそうな者を選び、一方的に『基準』にするらしい」
「よし、ひとまず待とうか。ちょっと待て?」
「この予選レースの失格は、運営側が無作為に選んだ『生贄』より後にゴールすること。『生贄』より先にゴールするか、ほぼ同時にゴールした者以外は落される」
「だからちょっと待て、いま不吉な副音声が聞こえたぞ! 正直なところ、その『基準』はどんな目に遭うんだ!?」
「知りたいのか……?」
「な、なんで改まるんだ」
「知りたいってんなら俺が教えてしんぜよー☆」
「サルファ、俺達はいま真面目な話をしてるんだぞ?」
「凄いナチュラルに邪険にされた! もう☆ 勇者の兄さん、俺が癖になったらどーすんの」
「…………」
「勇者さん、粗大ゴミの日は次の新月の日だ」
「そ、そうか……その情報を教えてもらって、俺にどうしろと?」
「心を支える一助にでもなればと思った次第だ」
「頼む、教えてくれ。粗大ゴミの日がどうして心の支えになるんだ……!?」
「色々な物が捨てられるぞ? しがらみとか」
「しがらみをどうやって捨てるんだ、魔境は!? しがらみって粗大ゴミなのか、なあ!?」
「何を言うかと思えば……柵と書くじゃないか。粗大ゴミだろう」
「く……っ 当然の様な顔で言い放たれた!」
相変わらず微妙に意思の疎通に齟齬の生じる魔境の住民(生粋)を前に、勇者様は頭を抱えている。
福団長さんは勇者様の反応に首を傾げながら、それでも平然とした顔を崩さない。
相変わらず素人というには鋭過ぎ、玄人と呼ぶにはどこか隙のある表情だ。
しかし只者ではない気迫が既に放たれており、周囲の者は居心地が悪そうにそわそわしている。
彼のすぐ側に居て平然としているのは、周囲では見たところ勇者様とサルファくらいで……
彼らの鋭過ぎるが故に鈍い反応に副団長さんはうっすらと口元を緩め、微かにニヤッと笑みを落とす。
それはどこからどう見ても、凶悪な笑みにしか見えなかったけれど。
本人は至極楽しそうに、勇者様が更に頭を抱えそうな情報を漏らした。
「『基準』に選ばれた参加者よりも先にゴール出来なかった者は失格……そのことは魔境では公然と知られている」
「……うん?」
「そうとなれば当然ながら、逆の発想をするものもいてな……」
「ちょっと待て」
背筋を猛烈に這い上がる、悪寒。
勇者様は凄まじく嫌な予感を覚えた。
この感覚も魔境に到達して以来、何度目だろう?
緊急時の危険察知を意味するはずなのだが……いつの間にか『いつものこと』として慣れてしまいそうな自分がいる。
日常茶飯事とまではいかなくとも、悪寒とは連日のように親しくしているような気がした。
「それは、一体どういう――」
「――お前らぁ! 抜かりなく全員揃ってっかー!?」
そして、計ったかの如く。
凄まじく危険を感じている勇者様が、詳しく問い詰めようとしたそのタイミングで。
参加者達からは離れた位置の雛壇に現れたのは、目を引く美貌。
白銀の長い髪をさらりと揺らし、靡かせる。
黒く艶めく眼差しが、野郎共を睥睨する。
黒衣の裾を翻し、檀上に姿を現したのは……
「野郎共! お待ちかねの予選開催だぁぁあああ!!」
当代魔王バトゥーリことまぁちゃん、その人だった。
完全に詰問するタイミングを逃して、立ちすくむ勇者様。
白々しいまでの笑顔で拍手を送る、サルファ。
不穏な前振りなど忘れたかのように、手に持つ武器の最終確認を行う副団長さん。
彼らの頭上に等しく、まぁちゃんとくぅ小父さんの声が降り注ぐ……。
初っ端から高めのノリとテンションに、呆気にとられる余所者多数。
司会もこなすマルチな魔王陛下はシニカルな笑顔を浮かべ、拡声器を片手に親指を突き立てた。
「今回の実況はクウィルフリートと……」
「魔王バトゥーリ陛下の二人でお送りしてやんぜー?」
並び立つまぁちゃんと、くぅ小父さん。
真っ黒くろ尽くめの衣装が映える魔王と純白の運営委員長の姿は、酷く対照的で印象に残る。
彼らは魔境の外から大会を目的にやってきた余所者達のテンションを置き去りにノリノリで続けた。
ここまでテンション高くはしゃいでいる二人の姿も珍しい。
こんなに高揚してしまう程の何かが、今から始まろうというのか……!
高まる嫌な予感が、勇者様に不安と緊張感を募らせる。
油断はならないと、無意識に剣を握る手に強い力が入った。
予想があながち外れていないあたり、勇者様の危機察知本能を褒めるべきか悲しむべきか。
くぅ小父さんからのかなり大雑把でざっくりとした説明の後。
(「ただゴールまで生涯を潜り抜けて辿りつけ!!」)
ふと意識に引っかかるものがあって、勇者様は何気なく疑問を口にした。
「そういえば、その『基準』にされた人が1着でゴールしたらどうなるんだ……?」
本戦には予選から勝ち上がった者の為の枠が複数用意されている。
だが予選から勝ち上がった者が一人しかいなければ……?
予選など一回戦で終わってしまいそうな事態。
考えてみれば当然といえる勇者様の疑問。
だがしかし、副団長さんは首を振ることで否定を示した。
彼もまた、何気なく答えと呼べるものを口にする。
「『基準』が一位……それは絶対に有得ない」
「え……?」
何故そうも強く断言できるのか?
勇者様の疑問は深まるが……
計らずしも彼は、ゴール直後にその答えを知った。
銅鑼をくぅ小父さんが掲げ、ここは魔王の仕事とまぁちゃんが撥を構える。
スタートを告げる荘厳な音が今にも鳴らされようという時。
気まぐれな運命が勇者様の受難を告げる。
ひょっと顔を挙げ、何の気なしにまぁちゃんが言い放った。
「あ、今年の合格基準は勇者だから頑張れよー」
…………。
………………。
……!?
言葉の意味を勇者様が察するよりも、一瞬早く。
無情にも走行開始を告げるスタートの銅鑼の音が高らかに響き渡った。
勇者様がんばれ。
あ、作中のくぅ小父さんからのざっくりとした説明
「ただゴールまで生涯を潜り抜けて辿りつけ!!」なんですけど、誤字です。
生涯→障害
感想欄で誤字の報告をいただいたんですが、そのままでも間違っていない気がするというお言葉をいただいたので、作中ではなく此処で訂正致します。




