1.勇者様が落ちそう(色々な意味で)
それでは、こちらが1話目となります。
果たして彼らは、いま…!?
始まったと思いきや、実はまだ作中時間:年末という罠
そこは遥かな空の上。
私達は竜の背から見下ろす大地を、ゆっくり眺める暇もなく。
無意味に気分はハイになり、まぁちゃんなんかずっと声を上げて笑っています。
………うん、柄にもなく焦っているせいだよね。
私もそうだよ!
緊張によるドキドキから錯覚が招かれ、気分は意味もなく高揚し。
気を抜いたら、私も笑っちゃいそう。
空の上、遠くまで俯瞰できるはずの視界は目まぐるしく、矢の如く。
ううん、矢の如き様相を見せているのは、きっと竜達。
やっぱり真竜は、物凄く飛ぶのが速い。
流石は竜種の頂点と、振り落とされないように私はずっとしがみついています。
ただしがみついていることの辛さから、思考が余所に逃げちゃうんだよね…。
チラリと視線を送ると、この場の誰よりも空の旅に不慣れな勇者様とモモさんは完璧に目を回していました。
むぅちゃんも、しがみつくのに必死っぽい…。
辛うじて余裕があるのは、世界最強の実力者である魔王兄妹くらいで。
目を回した某二人は落下しないよう、まぁちゃんとせっちゃんがそれぞれ身体を引っ掴んでいます。
………でもね、まぁちゃん。
流石に襟首掴んだ持ち方だと、勇者様が窒息しちゃうと思うな。
あまりの速度に体は置いて行かれそうで、勇者様はさながら凧のよう…うん、絞まってる。絞まってるって。
そして決して主を気遣わない駄竜は、勇者様のことを欠片も気遣わないんだね?
……………心なしか、勇者様の顔が真っ青な気が…
「まぁちゃーんっ 勇者様死ぬ、死んじゃうって!」
「あ? このくそ頑丈な奴がそんな簡単に死ぬかよ! まだイケるって!」
「でもこのままだと首の骨折れるかも!」
「折れたら繋げば良いだろ? 勇者の生命力なら、ポロっと首が取れても一時間以内なら復活できんじゃね?」
「それ流石に人間には無理だって!」
「勇者って本当にまだ人間の範疇なのか?」
まぁちゃんの顔は、本気で不思議そうでした。
瞬間、脳裏に蘇る勇者様の武勇伝(笑)の数々………
「………なんか大丈夫な気がしてきた」
うん、勇者様ならきっと…!
自分でも不思議なくらい、私の胸には今、勇者様への信頼感で満ちている…!!
「そんな訳ないだろうっ!!」
「あ、復活した」
「首がポロリしたら死ぬに決まってるだろう!? 俺は人間なんだから!」
「本当に…?」
「何で疑うんだ…!!」
勇者様やっほー、すっきり見事なお目覚めですね!
首が閉まった状態で、どうしたらそんな綺麗な発音が出来るんだろう?
どんな困難な状況でも、その発言は美しく耳に届く。
これが育ちの良い王子様の技能ってヤツ…?
私が感心した面持ちで眺めている間に、意識とともに諸々を取り戻した勇者様は必死でまぁちゃんにしがみ付きました。
そうそう、しっかり腰に手を回してないと落ちるよ!
「くそ…っ だから日程には余裕を持って、計画的にって何度も言ったのにー!」
何とか体勢を整えた勇者様の、全力の叫び。
それは凄まじい速度の中で、あっという間に空へと霧散し…
そして、私達には見事に聞き流されたのでした。
さて、と。
そろそろなんで初っ端からこんなことをしているのか、その説明をした方が良い頃合いでしょうか。
何のことはありません。
ええ、難しいことなんて何もありませんよー。
ただ、前回(『ここは人類最前線6』最終話)を思い出して下さい。
………はい、あの時、私達は大いなる空に向かって解き放たれ、羽ばたいていきましたね。自由最高とばかりに、ね。
そこから、ちょっくらあちこち寄り道観光して帰るかーという流れになったことを、前回をご覧になった皆様なら覚えているかもしれません。
アレは、夏のこと。
絶対に帰りつかなければならない期限は、半年後。年末。
何故なら魔王であるまぁちゃんには、新年早々のお仕事もあるし、年末に残されたご公務って奴もあったからです。
だから、半年以内。
年末までには、必ず帰らなければならなかったんです。
裏を返せば、半年までなら好きに自由にふらふら出来るってことですが。
…と、ここまで言えば、まあ、何となく状況は察せられますね?
現在、私達は空の上。
未だかつてない、音速も超えそうな凄まじい速度で超特急!
急げ急げとばかり、乗っている皆の安否も乗り心地も二の次で、足である真竜を全速力で飛ばせている訳ですが。
ええ、ここまで言えば結果は言ったも同然ですね?
現在、まぁちゃんは遅刻の危機に陥っています。
瀬戸際です。
超☆瀬戸際、崖っぷちです。
具体的に言うなら、日の出までに魔王城に帰らないと遅刻決定!
漏れなく、りっちゃんの小言と宰相からの吊るし上げと、私の父からの正座付きお説教タイムが待っています。
そして日の出までは後、一時間くらいしかありません。
………なのにまだ、私達ってば実は魔境にすら入ってないんだよねー…
………魔境は私達の住む大陸の、ざっと半分くらいの広さがあるけれど。
魔王城は、その中央からやや奥寄りにある訳で。
私の父のお説教が嫌なまぁちゃんは、危機迫る迫力で竜達を急かしています。
一人で帰れ?
そんなことは言わないで上げてください。
だって遅刻の具体的な原因…私とむぅちゃんだし。
更に言うなら年末年始のご公務、魔境のお姫様なせっちゃんも強制参加だし。
そしてそれを私も見たいし?
ここまで来ればもう、一蓮托生。
本当は一人で帰ればまぁちゃんもここまで焦る必要はないんだけど…私達の為に、まぁちゃんは付き合ってくれているようなものです。
それで遅刻した場合のリスクは全部まぁちゃんが被ることになっているので、私達が文句を言う余地はありません。
勇者様の首がポロリでもしない限りは。
「ポロリしてからじゃ遅いんだからな!?」
「わあ! 勇者様にまた思考読まれた!」
「勇者さん…っ 余所見してるなんて余裕だね」
「何かで気を紛らわせてないと、落ちる…っ」
「会話出来んなら、まだお前らも余裕そうだな…もう少し急がせるか」
「まぁ殿―っ!? やめ、やめ…っ」
まぁちゃんが竜達の速度を更に上げさせたら、勇者様が静かになりました。
おやすみなさい、勇者様☆
そうして、勇者様が呼吸困難でぐったりするという犠牲を払いながら。
(チアノーゼになりそうになったら流石に助けました。)
私達は、清々しい朝日を拝まんとしています。
奇跡って、あるんですね!
驚異的な、真竜にしても驚異的な記録を樹立したかも知れません。
乗員付きにも関わらず、彼らの翼が奇跡を起こしてくれました。
射し始めた日の光と共に、見えてきたもの。
天を串刺しにせんと聳え立つ幾本もの尖塔、漆黒の威容。
魔王城が、私達の眼前で黒く輝きます。
そのお隣に、へばり付く様にしてミスマッチな雰囲気を演出する牧歌的な風景…
…私の故郷、ハテノ村。
村は、今日も素敵に人類最前線ぶりを見せてくれました。
うん、やっぱり今日も魔王城に近い(笑)
そんないつもと変わらない村を見下ろして、まぁちゃんが叫びました。
「よっしゃ間に合ったぁぁああああっ!!」
その叫びは、生命力に満ち溢れていて。
物凄い、全霊の力が込められていました。
私達の村、ハテノ村。
その別名は「人類最前線」。
別に、魔族さん達と争っている訳じゃないし、どっちかというとご近所づきあいは良好だけど。
その魔王城との近さ(というか隣接)から、村が出来てからずっと今に続くまで、この村の存在は世界七不思議のひとつで。
村を建てた人間は、どう考えても頭がおかしい(私の先祖)けど。
私達の村は、代々の勇者が魔王城に突入する前、最後の補給場所として滞在する場所でもあります。
だからこそ、ついた渾名は「人類最前線」。
魔王に一番近い、人間の拠点。
その、人間の拠点には今。
滅茶苦茶さわさわ、わさわさと。
魔族で満ち充ちて溢れてる。
もうすぐ、魔族が待ちに待って、年々首を長くして待ち望んだ武の祭典…魔族主催の武闘大会が開かれるのが原因です。
でもそんな恒例行事も初めてという勇者様は、原因なんてわかりっこないから。
今までにない魔族密集率に唖然と口を開けて固まっていましたが。
そんな勇者様の様子なんて、まぁちゃんはお構いなし。
急げ、急げと勢いのまま。
うっかり、勇者様の襟首を掴んだまま(だから首絞まるって)。
滑り込むようにして、着地した竜達の背から一直線!
まぁちゃんは自分の家………魔王城の城門へ、滑りこむようにして駆け込んだ。
「っよし! セー………フ!!」
「…な・わ・け、ないでしょうっ!!」
「げっ!?」
達成したと、そう思ったまぁちゃん。
感情のままに叫んだ魔王陛下の後頭部に、しかして襲い掛かる衝撃が!
「リーヴィル!?」
そこにはまぁちゃんのお目付け役、りっちゃんが立っていました。
手に、オタマを握って。
…アレで殴ったよね、今?
「呉々も…くれっぐれも大晦日三日前にはお戻り下さいって言いましたよね!?」
「お、おお…だから、三日前だろ?」
「陛下のカウントは一日ズレています! もう朝ではありませんか!」
「うわ、オタマで殴んなよ! 生臭い!」
「貴方のいない穴を、誰が埋めたと思ってるんです!? 潔く村長殿にお説教してもらいますからね!」
「叱る役を他人…つか部外者に委託すんなよ」
「仕方がないでしょう。陛下は村長殿に叱られない限りへこたれないのですから。陛下の保護者的立場にいらっしゃる唯一の方でもありますし」
「俺、もう成人してんだけど!?」
「問答無用です!!」
うわー………
りっちゃん、凄くカリカリしてるなぁ。
まあ、半年以上もまぁちゃんがふらふらしてたら無理もないけど。
凄絶な笑みを浮かべるりっちゃんは、なんだか酷薄に見えるね☆
黒髪眼鏡に切れ長の目という符号がそうさせるのでしょうか…。
世話を焼く対象であるまぁちゃんと会うのが久々な為か、りっちゃんは物凄く活き活きしていました。
目の下にさりげなく隈とかあるし、たぶんりっちゃんもお疲れだと思うんだけど…でもやっぱり魔王城に魔王が帰還するって嬉しいんだろうな。
「………ん? あれ…?」
そんな、イキイキりっちゃんとは、裏腹な。
何だかふらふらした人影が向こうから…
「リーヴィルー……おい、人に書類の清書・翻訳作業押し付けて何処行ったー?」
「あ、ヨシュアンさんだー」
「え…? へ、陛下~…? それに姫、リアンカちゃんも。おっかえりー…」
「………って、なんかぐったりしてるね」
ヨシュアンさん、口調は明るいけど覇気がない…。
お顔も真っ青で、さっきの勇者様と張れるくらいにぐったりしています。
無駄に頑丈で丈夫で頑健な魔族の中でも実力者と噂の、あのヨシュアンさんが…
ふらふら、よれよれしています。
「はは…ほら、陛下がいなかったからこき使われてさ。いつもの2.5倍(当社比)忙しかったんだ。あ、あと陛下の趣味の畑で連作障害が起きそうな作物の畑があったから二毛作の畑に作り直したりとかしてた」
「それは軽く死ねるね…!」
ヨシュアンさん、元から働き過ぎだったのに!
なのに、更に働いたって言うの…!?
「…それでも発刊ペースを落とさなかったあたり、真剣に呆れます」
「え゛、余裕の月最低三冊のライン守ったの!?」
「リーヴィル、お前、こき使った本人がそんなこと言うなよー…」
どうやらヨシュアンさんは、まぁちゃんが消えて人手の足りない執務室に拉致られ、半年間ずっとこき使われていたみたい。
他にも色々な業務に足を突っ込んでいただろうから、生きる死人にもなるよね☆
………うん、なんか目が死んでる。
「まぁちゃん………」
「すまん、リーヴィル、ヨシュアン。次からは、定期連絡くらいは入れるわ」
「陛下あんた全っ然、懲りてませんね!?」
顔を引き攣らせたりっちゃんは、絶望したような顔で。
がっくりと膝をついた彼の隣で、ヨシュアンさんが遠い目をしていましたとさ♪
「………次は捕まる前に逃げよう」
そんなヨシュアンさんの決意の言葉も聞こえたけれど…
いざその時になると、なんだかんだでりっちゃんに捕まっちゃうんだろうね?
勇者様
「なあ、リアンカ………俺もへばっていて、よく確認が出来なかったんだが…リーヴィル殿が握っていた、あれは……」
リアンカ
「ああ、オタマのことですか?」
勇者様
「オタマ……………?」
リアンカ
「はい、オタマです」
オタマ
トリケラオタマ/種別:魔物
全長40~80cmのオタマジャクシ。重さはそれなり。
成長するとトリケラ牛蛙に変態する。
オタマジャクシの癖に陸生で、冬になると寒さを嫌って人里に出没する。
放置しているとトリケラオタマを主食にする大型魔鳥類を誘発するので、発見次第遠方に投げ捨てるのが常。
タイミングが合えば、空中でオタマジャクシをキャッチする魔鳥が見られる。
一度にどれだけ遠くに投げつけられるのかを競うのが、冬場の魔族の子供達にとっては風物詩である。
記録を出すには上手く魔鳥に捕食されないタイミングを狙う必要あり。
ちなみに魔族の子供(10歳児)の平均記録は2~4.5km。
勇者様
「オタマってオタマジャクシかっ!」
リアンカちゃん
「はい、オタマジャクシです」
勇者様
「……………さっき、ツッコミし損ねた」
リアンカちゃん
「仕方ありませんよ。まぁちゃんに引きずられて、勇者様ったら半死半生だったし」
勇者様
「………まぁ殿に、今度から人の襟首を掴んで走るのは止める様に懇々と説くべきだな」