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27.開会のことば

 現時点で、まぁちゃんと勇者様はリアンカちゃん達が試合に出ることを知りません。





 武闘大会の予選開会式という名の説明会にて。

 現在、勇者様が頭を抱えていらっしゃいます。

 何か問題でもあったのでしょうか?


 様子のおかしい勇者様(結構いつものこと)には気付くこともなく。

 また性格的に気付いても何にもしなさそうな気もしますが。

 今回の運営責任者であり、説明役らしいくぅ小父さんはさばさばと説明を続行します。

「――具体的に細かいとこ詰めるぞ」


 そう言ってくぅ小父さんがした説明は、纏めると大体こんな感じでした。

 まず前提として大会の救護テントに魔族ご自慢の精鋭医療部隊が万事整えて控えていること。

 今か今かと治療の時を待ちかまえていますよ!

 彼らが有能過ぎるくらい有能なので、手足が弾け飛ぼうが切断されようが指が行方不明になろうが問題はないこと。ただしどんな重症の傷でも確実に後遺症の欠片もなく完治するのは怪我を負って間もない内に限ること。

「アレだ、三秒ルール。三秒以内だったら百%確実にどんな状態だろうとくっつけたり繋げたり生やさせたりと再生可能だ。三秒超したら……まあ、アレだな。時間経過とともに成功率は下がるが、三十分以内だったらほぼ元通りになるだろ」

「……嫌な三秒ルールだな」

 そこを弁えて、個々人で注意しろとのくぅ小父さんの言。

 手足の一本や二本失っても何とか出来ますが、確実に失う前と同じ状態で復活したかったら、うだうだ無駄な足掻きをしないでとっとと試合にケリを付けろ……とそういう訳です。

 それがどちらの勝敗かは、限らずに。

「自分の身体犠牲にして勝ちを奪うか、勝負を諦めて身体の安全取るかは個人の裁量だ。けど事前に言ったからな? 後で体の欠損から治療までに時間をかけ過ぎたせいで再生できなかったとかなっても文句言うなよ? 運営に苦情上げられても握り潰すだけだかんな」

 試合の責任は負うつもりねぇ、と。

 くぅ小父さんは仰いますが。

 実際に医療班に加わっている私(当番制)から言わせてもらえば、手足が爆裂四散しても二十四時間以内ならきっちり再生できるんじゃないかな?という面子が医療班には勢揃いしています。

 繋げるなり、接着するなり、生やすなり。

 大凡(おおよそ)人間には不可能な治癒系の魔術が豪華に多彩に繰り広げられて見事ですよ。

 ただ時間経過とともに確実性が微妙に下がるのは本当なので、(たま)に冗談のような事故(・・)が発生しますが。

 ああ、あと前に「これだけ時間がたったら『不幸な事故』で何とか言い訳出来るんじゃないか」――とか言いだした医療班の魔族さん(愉快犯タイプ)が妖しい実験を意識朦朧とした重篤な怪我人に施し始めて……いえ、この先は止めておきましょう。私も黙ってるってサッチーに約束したし!

「まあ、今言ったことからわかるだろうが、試合中に手足をちょん切るのは別に反則じゃねぇ。けど容易に再生できねぇ……生命活動にダイレクトに影響の出る部分の意図的な切断は殺しにかかったもんとして違反になるから気ぃつけろよ」

 それさえしなければ何をやっても構いはしないと、くぅ小父さん。

 積極的に殺しにかかったり、殺意衝動を伴った急所狙いは反則ですね、わかります。

 殺気を伴わず、殺傷能力の低い急所狙いは別に反則じゃないそうですけど。


 ――ところで、勇者様が先程から頭を抱えています。

 いえ、割といつものことですが。

 だけど何やら悶えているんですが……どうしたの?

 よく見ると一般列席者の中にも頭を抱えていたり、顔を青くしていたりと様子のおかしい人がいます。

 皆さん悉く初めて見る顔の人間さん達なので、大会に初挑戦する魔境外部からのお客さんでしょう。

 そんな彼らの、揃えたような蒼い顔。

 長旅で体調でも崩したんですかね?

 具合でも悪いんでしょうか……。


 私が首を傾げながら客席を見ている、間に。

 くぅ小父さんの説明は結論を述べようとしていました。

「具体的に言うと、首ちょんぱは反則負けな。それ以外は特に規則もねぇから好きにやんな」

 以上、ルール説明終わり!と。

 くぅ小父さんが言った途端、とうとう堪り兼ねたのか立ち上がる人がいました。


 勇者様です。

 彼は叫びました。


「予想以上に殺伐としているというかルールが大雑把過ぎて凄まじく物騒なんだがソレで良いのか魔族!?」

 何かしら彼にとって見過ごせないモノがあったのでしょう。

 堪りかねるといった様子で、色々と溜めこんでいたらしいご意見を放出され始めました。

「反則幅が限定的で狭過ぎるだろう!? もう少し規則も整備しようと思わないのか!」

 特定条件下の行動を反則にするのはどこででもやっていることだと思います。

 でも勇者様は、その幅が狭過ぎると叫びました。

 一般参加者の方々からも、微妙に賛同するような声が聞こえてきます。

 そんな様子に、くぅ小父さんが面倒臭そうに顔をしかめました。

「あんだよ。誰かと思ったら村長んとこの勇者じゃねーか。なんか気になるってか?」

「その言い方だと俺が村長さんの息子か何かみたいだ――が、それは置いておくとして、運営! もう少し安全性のある規則を採用しようとは思わなかったのか!? 予想以上に原始的な試合の予感がして胸が痛いんだが!」

「あ・ん・ぜ・ん……? そこ気にしてちゃ何もできねぇだろうが。無茶言うなよ」

「なんで俺の方が非常識言ったような目で見られるんだ! 絶対に、絶対におかしいのは魔族の方だからな!?」

「それを当の魔族本人の目の前で断言しちまう度胸には素直に感心するぜ」

「やったね勇者様! くぅ小父さんに褒められたよ」

「何か違う! それ何か違うから……!」

 勇者様がぶんぶんと頭を振っておいでですが……目、回らないのかな?

 困ったような、引き攣ったような、何とも言えない勇者様のお顔。

 首を傾げる私達に若干涙目ながら、勇者様が必死に言い募ります。

「もっと他に、こう……細かい補足説明とか、他にないのか! あまりにもルールが大まか過ぎて、このままじゃ何か事故が起きそうだろう!?」

 頑張って訴えかける、勇者様。

 はて、勇者様は一体何を案じておいでなのか……って、事故ですね。事故。

 ……事故?

 ううん、と首を捻る私。

 未だかつて様々なドラマを展開してきた武闘大会ですが……どの程度の規模のモノを指して、『事故』と呼べばいいんでしょうか?

 何度かしか見たことのない私でも、色々なことがあったので判断基準のハードルをどの程度の高さに設定すれば良いのかわかりません。

 何しろ公式ルールとして乱入、入れ替わりアリアリの武闘大会ですよ?

 栄えある人間の乱入者第一号なんて、私の先祖(フラン・アルディーク)だし。

 どの辺から規制すれば、勇者様が納得されるのかさっぱりです。

 これが文化の違いってヤツなんですね!

 異文化交流で頭を悩ませる勇者様。

 口は悪いけど根は親切なくぅ小父さん。

 小父さんも勇者様を憐れんだのか、うぅんと考え込んだ後にハッとして言いました。

「そうだ、一つ言い忘れてたわ」

「ひとつ!? たった一つか!?」

「そうだ――参加するお前ら!」

 抗議でも上げそうな勇者様を尻目に、くぅ小父さんは武闘大会予選に挑戦する種々様々な種族の方々に向けて、言い放ちました。


「後ろ暗い裏取引はちゃんと表だってバレねぇようにやれよ! 表に出てきたら裏取引とは言わねぇんだからな!?」


「まさかの裏取引黙認!? 取り締まれ、魔族!!」

「ああ? 何言ってやがんだか……なんで取り締まんねぇといけないんだ」

「いや、俺はおかしなことを言ってはいないからな? 極めて一般常識的なことを言っているからな!?」

「捨てろ、常識。ここは魔境だぜ?」

「捨てられたらこんな苦労をしているものか……!」

 わあ、切実。

 勇者様の魂の叫びが会場全体に必死な響きを反響させました。

 のほほんとしている私も、ちょっとお気の毒にと思ってしまいます。

「勇者様……魔族さんは、基本『なんでもあり』ですよ?」

「いくらなんでもこれは何でもあり過ぎだろう……!!」

「まあ落ち着けよ、勇者」

「お前達は落ち着き過ぎだけどな!?」

「あ? 俺は魔境の……魔族の親玉だぜ? その主催する大会で落ち着いてんのは当然だろーが」

「正論だけどとっても納得がいかない……! いや、そもそもまぁ殿!?」

「あ? なんだよ」

「もしや、まぁ殿が元凶か……!!」

「……いや、さも俺が全面的に悪ぃみてぇな言い方は止せや」

「そうそう、勇者様。魔族さん達の大会のこのルール、もう何百何千年と連綿と受け継がれてきた伝統だそうですよ?」

「その劣悪なルールを改正していない時点でまぁ殿の責任だろ!?」

「つっても、今のところ問題もねぇしなー……」

「まぁ殿、冷静に考えろ。問題だらけだ」

「でも魔族の大会だぜ? 『魔族の』って基準で考えたらこんくらい考えるまでもなく有り得るもんだと思ってしかるべきじゃね?」

「言われて一瞬納得しかけた俺が嫌だ」

「そう言う勇者様は、一体何が納得いかないんですか?」

「ほとんど全部」

「全部か―……」

「全部ですか」

「具体的に言うなら、禁じ手の少なさと裏取引の黙認はどうにかした方が良いと思う。そのうち自滅するんじゃないか、この大会」

「そう言われても、もう何千年……いや、何万年続いてっかな。この大会」

「そんなに歴史があるのに、なんで未だにこんな原始的なほど簡素なルールでやってるんだ……っ」

「まあまあ、勇者様? 裏取引が交錯している時点で原始的とは程遠いところに駆け引きっていう魔の罠が……」

「それはもう武闘大会じゃないだろ!? 戦ってないだろ、なあ!?」

「戦ってるぜ? 試合以外のところで……な」

「頭脳戦だね、まぁちゃん」

「それ絶対に俺が知っている武闘大会じゃないからな? 確かに人間の国々の中にもやらせ試合や八百長が横行しているところもあるが……ここはやっちゃ駄目なところだろう。それで良いのか、戦闘民族の誇り的に」

「そうは言いましても、勇者様。これは予選会ですよ? 魔族以外の種族の方々が出場参加枠を賭けて戦う訳で、本戦とはやっぱり少し違うんですよ」

「……というと?」

 向けられるのは勇者様の懐疑的な眼差し。

 こんな目で見られるのも新鮮な気分で、私はにっこり微笑みました。

「そもそも、本戦に出る前の予選の段階ですよ? 成り変わりがアリの大会の、予選です。そこでどんないきさつであれ、円満にポジション交換が起こったとして、大会の運営が口を挟むと思いますか?」

「……リアンカ? 常識的に考えて、それは大概の大会では禁止事項だからな? 魔族がおかしいだけだからな?」

「おかしかろうが何だろうが、魔境(ここ)じゃ全部『そんなもん』という扱いなので慣れましょう!」

「慣れて堪るか!!」

 そう言いつつ、勇者様はもう結構慣れちゃってると思うんだけどなぁ……常識的な部分が、拒絶反応でも起こしているのでしょうか。

「魔境側代表『魔王』として言わせてもらえりゃ、予選でごちゃごちゃ何やられようと「それで?」って感じだけどな。小細工だろうが何だろうが、最終的に勝ち上がったって特典は『本戦に出られる』ってだけだろ。それまでにどんな小狡い汚い手を使おうが、そりゃ本人がそれだけ大会に出たかったってだけの話。むしろ交渉やら騙し打ちやらそんなのに道を阻まれて脱落するってんなら、そんな気持ちの弱ぇ奴が本戦に出なくて済んで万々歳ってなもんだろ」

 気持って結構でけぇし、重要なんだぜ?と。

 やる気のありなしを測るにしてもかなり極端な論をまぁちゃんが述べると、勇者様が陥没しそうな勢いでソファの背もたれに突っ伏しました。なんかこう……墜落!って感じ。

 何を語るべきか迷うように少し視線を彷徨わせていましたが……結局口を噤んだところを見るに、どうやら反論の言葉を見失っておいでのようです。

「それにな、勇者」

 まぁちゃんが言いました。

「どうせ本戦にゃ悪い冗談みてぇな性質(タチ)の悪ぃ魔族(バトルジャンキー)共がうじゃっといやがるんだぜ? 小細工だけで勝ち上がろうが、そもそも『戦う』ことだけを目的に集まってるような戦闘馬鹿共に小細工が通じる訳もねえし。汚ぇ手を使って勝ち上がったって、いよいよの本番で実力が伴ってなかったら、ただ医療棟送りになるだけだ」

「忌憚のない率直な意見を有難う! だけど敢えてむざむざ医療棟送りになるような犠牲者を量産するようなルールはやっぱり改めたらどうなんだ……!」

「裏取引に走るかどうかは当人の選択だろ? 俺は個々人の裁量に理解のある魔王なんだよ」

「こんな時ばっかり正論臭いことを言うのは止めないか……? まぁ殿の本音はどうせ面倒だとか、興味がないとかそんなところだろう」

「そうとも言う」

「あっさり肯定された!」

「――さて、ハテノ村の勇者にも納得いただけたところで」

 会話の流れを窺っていたのか、キリの良いところを探していたのか。

 勇者様が打ちひしがれた瞬間にタイミングもばっちりくぅ小父さんが再び声を上げてきました。

 その顔に浮かぶ感情……私にはわかりますよ、くぅ小父さん。

 くぅ小父さんの顔にははっきりと書かれていました。


 ――面倒臭ぇ、と。


 あ、これは開会式シメにかかってるな、と。

 私はくぅ小父さんの顔色から察しました。

 勇者様はまだちょっとだけ納得できてなさそうですけど。

 そんなことはもう、お構いなしのようです。

 説明の場だって言うのに、この不親切さ!

 まさに魔族さんというべき振舞いで。

 くぅ小父さんは、高らかに宣言された訳です。

「それじゃ、予選会の説明は以上ってことで――」

「待て、本当に終わるつもりか! 本当に、これ以上他に語るべきはないのか!?」

「あー……そんじゃ、魔王陛下から開会のお言葉を」

「スルーされた!」

 顔を引き攣らせる、勇者様の隣。

 御指名受けたまぁちゃんが、すくっと立ち上がって拡声器片手に会場へと集まった数多くの挑戦者たちに言葉を響かせました。


「――生きろ」


「以上、魔王陛下よりのお言葉でした」

「って一言か、おい! 一言に集約し過ぎだろう!?」

「んだよ、簡潔で良いだろ。長すぎてだれるような話より」

「簡潔すぎるだろう!? もう少し薫陶なり何なり、最低限言うべきことはまだあっただろう!」

「えーと、そんで次は大会運営委員会の……って、俺かよ。まぁいい。そんじゃ俺からも……」

 わあわあと声を上げる勇者様をいなしながら、拡声器を再び手に取ったくぅ小父さんは大会に際して薫陶的なお言葉を述べました。

「――死ぬな、時に諦めも肝心だ」

「だからって一言じゃなければ良いってもんでもないからな!?」

「なんだ、何が不満だってんだ」


 形式ばったところの欠片もない、式。

 格式高いお国の出身だけに、勇者様には二言も三言も言いたいことがあるようです。

 その有様に、くぅ小父さんから「だったら手前がやってみろ」と、勇者様は拡声器を押し付けられまして。

 魔族の魔族による魔族の為の武闘大会、予選会場だって言うんですけどね?

 何故か最終的に勇者様が開会式にて開会の言葉を告げることとなり、こうして武闘大会の予選は幕を開けたのでした。


 予選初日に当たる明日は……多すぎる参加者を振い落すための、試練の時間です。

 さて、勇者様は……そして私達は無事、試練を乗り越えられるでしょうか?






次回:武闘大会予選開始!

いよいよ久々に勇者様の不憫祭りをやらかす予定です。

ちなみに戦闘シーンは殆どないことが現時点で決定済み。

あと、久しぶりにヤツが再登場します。

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