25.せっちゃんからのお誘い
勇者様がまぁちゃんによってドナドナされてから、早五日。
一体なんだってまた、こんな大会至近になってから修行に行ったのかよくわからないんですけれど、まぁちゃんからの置き手紙には「試合を面白くしてやっから待ってろ。勇者に最後の追い込みして来てやんよ」と書かれていました。
どうやら勇者様をギリギリまで追い詰めて深い眠りの底から潜在能力を引きずり出すおつもりのようです。そう、手紙に書いてありましたから。
……その手紙を見せたら、大会予選が始まるまでまぁちゃんに帰るつもりがないことを悟って、なんかりっちゃんが白くなってましたけど。
まあ、まぁちゃんがお仕事をさぼるのも、そのとばっちりを喰らってりっちゃんが仕事の大部分を肩代わりするのもいつものことです。
丁度半年間の人間の国々巡りで溜まりに溜まった仕事は片づけ終わった頃合いだと窺っていましたし、そろそろ脱走するだろうなと予想はしていました。
りっちゃんだって諦めてからは、溜息吐きつつ仕事してますから。
もう心の底から深い溜息だったけど。
さてさて、そんな状況で。
私は勇者様の舞台衣装ともいえる妖しげな諸々をちくちく縫い縫い制作に励んでいました。
……そうしたら、そんなところに。
お兄さんが行方をくらませて退屈していた、せっちゃんが私を訪ねてきたんです!
せっちゃんが我が家に来るのはいつものことですが、今日は遊びに来たんじゃないとのこと。
てっきり遊びのお誘いだと思っていた私は、意外の念を感じながら。
それじゃあ何をしに来たのかと、私はせっちゃんを前に首を傾げました。
そうしたら、彼女はこう言った訳です。
「リャン姉様! せっちゃんと武闘大会に出ましょぅですのー!」
そう言ったせっちゃんは、とびきり素敵な笑顔に輝いていました。
戦闘民族『魔族』の祭典、武闘大会。
一族皆が楽しみにしつつも、パワーバランス的な問題から魔王は参加できない武闘大会。
既に魔族最強であることが証立てられている魔王が武闘大会に参加できるのは、各部門の優勝者が優勝の褒賞として魔王との対決を望んだ場合だけ。
だけどそれって『魔王』だけの話で。
……『魔王の身内』自体は、普通に武闘大会への参戦が認められているんですよね。
そもそも魔族の子供が憧れる、夢のシチュエーションというものがありまして。
それは武闘大会で優勝し、正々堂々と魔王と渡り合い、そして魔王を試合会場に沈める……つまり倒すこと。
そうして自分の実力を世に示し、己こそが魔族最強として魔王の座を真っ向勝負で簒奪する。
それが魔族の子供の憧れる定番シチュエーションだって話ですが……今までにそれを達成できたモノは、ぶっちゃけて言うと『魔王の子供』が殆どだとか。
ちなみに他は魔王の娘と恋仲になり、婿入りを認めさせるために愛の力を示した猛者が九割を占めるという話ですが真偽のほどは知りません。
まあつまり何が言いたいかというと、次の魔王の座が確約されている魔王の子供だって武闘大会には参加できるって訳です。
魔王と魔王の子供じゃあまり差はないような気もしますが、それでもやっぱり明確な違いがあるんでしょうか。
そもそもまぁちゃんだって、魔王になる前は武闘大会に普通に参加してましたしね。小さかったのでどんな活躍をしていたのか、私はあまり覚えていませんけれど。
まぁちゃんは幼少の頃から合わせて、三回くらい武闘大会に出たことがあるそうです。
一回目と二回目の参加は、まだ年齢も一桁の頃。
一回目の時には個人戦の決勝まで進んで、敢え無く優勝を逃したとか何とか。
二回目で優勝し、先代魔王に挑戦するも呆気なく敗れ。
三回目でリベンジを誓い、先代とかなり良い勝負をするも後一歩というところで先代に負けたそうな。
私が記憶しているのは、正直を言うと三回目の挑戦くらいです。
その頃は、まぁちゃんも十代前半の美少年でした。
まぁちゃんは全魔族の子供憧れのシチュエーションを半分は達成してることになります。
本当に、三回目の挑戦は惜しい試合だったとか。
その試合をよく覚えている魔族さん達がそう言っていたので、本当に良い試合だったのでしょう。
そしてそれは、先代の魔王さんもそう思ったみたい。
何故って、まぁちゃんの挑戦三回目である先代との試合が終わった直後、先代魔王さんが隠居を宣言したからです。
「――魔王位、息子に譲んわ。後よっしく」
それはそれは、あっさりと。
息子を試合会場に沈めたその場で、その口でさらっと宣言なさったんですよ。
一番寝耳に水で、唖然としたのはまぁちゃんでした。
あんな間抜け面のまぁちゃんを見たのは後にも先にもあの時だけです。
お陰で、まぁちゃんに関する武闘大会の記憶って、ぽかんと呆けたまぁちゃんのお顔が一番濃いんですよねー……
全魔族、子供の憧れ。
それはまぁちゃんにとっても、憧れで。
先代を殴り倒して魔王位簒奪というのは、まぁちゃんにとって目標のようなものでした。
だから先代に負ける度、次こそはと負けん気で修行に励んでいたのにね。
実際、次の武闘大会の頃には実親である先代を凌駕する実力を身につけ、倒すことができるだろうと……それが親子の試合を観戦した魔境の猛者達の、冷静な分析による感想で。
倒されたまぁちゃん自身が、それを痛いほど実感して更なる精進を心に決めたところだった……らしいのですが。
まぁちゃんの親御さんは、勝ち逃げを選択されました。
……うん、先代も先代で、「次に戦ったら自分が負けるわ」と悟ったらしいです。
だからその場で、隠居宣言。
まぁちゃんの親御さんも、かなり良い性格してらっしゃるから……。
素直に負かされるという選択は、真っ向から除外されたそうな。
「だって実の息子に負けるって格好悪いじゃん。だったら、ここは逃げの一手でしょ」
そう言った先代は、とっても輝く素敵な笑顔でした。
――負ける前に王位譲ったれ、と。
再戦の機会を失い、勝ち逃げされたまぁちゃん。
結果として思いがけない時期に王位を押し付けられて、まぁちゃんは暫くの間拗ねました。大いに拗ねました。滅茶苦茶、拗ねました。
今でもまぁちゃんは、武闘大会の年が近づくと微妙な顔をしています。
今年は勇者様という、面白い相手が挑戦するのでまだ気が紛れているみたいだけど。
わざわざ自分から修行を付けて山籠りに行くなんて、そんな武闘大会前に積極的になってるまぁちゃん、随分と久々に見ましたよ。
いつもは先代にしてやられたまま、敗北の記憶を払拭出来ないまま、微妙な顔でやさぐれてたのに。
私もせっちゃんも、そんなまぁちゃんを心配して武闘大会の年は何くれとなくまぁちゃんを構って、気を配っていました。
まぁちゃんの気を引いて憂鬱な記憶を吹っ飛ばしてあげようって。
二人で甘え倒したり、我儘を言って振り回してみたり、記憶が飛ぶまでドラゴンスレイヤー盛ってみたり。
本当に、全開の大会では色々やったんですけどねー……。
でも今回は先程も言った通り、勇者様の存在が気を紛らわすのに役に立ったのか、随分と久しぶりに武闘大会期間中に前向きな積極性を発揮してくれています。
今年は憂鬱な気分に負けてやさぐれたりしそうにありません。
勇者様、有難う……!
お陰で、より一層のこと私とせっちゃんが暇です。
まあ、私は私で勇者様の衣装作りという新たな任務に励んでいますけど。
でも、だからでしょうか。
せっちゃんが、こんなことを言い出したのは……。
私の記憶のある限り、この15年間……せっちゃんが武闘大会に出たいなんてことを言うのは初めてのような気がします。
今までは大人しく観戦の方に回っていて、にこにこ笑いながら見ているばっかりだったのに。
何か心境の変化があったのか、それともまぁちゃんを心配しないで良い展開に、抑え込んでいた欲求が顔を出したのか。
でも、さ。
「私とって、どういうことかなー……」
「言葉通りの意味ですの。 楽しそう、だから……一度、リャン姉様と参加してみたいんですの。あに様は出場できませんもの」
「あっはっはっはっは……せっちゃん? 私、普通の人間なんだけど……」
せっちゃん、私……非戦闘員なんですけれどー?
自慢じゃありませんが、天然自然の危険な異常地帯『魔境』に生まれ育っておきながら、私は自衛程度にも戦闘技能の類を身につけた覚えがありません。
それというのも、魔境で『魔王の従妹』に手を出すような命知らずがいなかったことと、知能の低い魔物や魔獣対策にまぁちゃんが自分の魔力を私にくっつけてくれているお陰ですが。
それを抜かせば、本当に私なんて実力場違いの小娘に過ぎません。
そんな状態で武闘大会に出場するって……大した命知らずなんですけれど?
私の実力で出場なんて普通に死ねちゃうよ、せっちゃん!
「大丈夫ですの! か弱いリャン姉様は、せっちゃんがお守り致しますのー!」
せっちゃんの笑顔は、とても可憐で素敵でした。
でも守る守らない以前に、実力に合わせて判断しよう! せっちゃん!
戦おうにも戦う手段のない私は、困り果ててせっちゃんを見下ろしたのですが……
せっちゃんも乗り気ではない私の様子に、眉尻をへにゃりと下げてしまいました。
上目で私を見上げ、悲しげなお顔……。
「リャン姉様……だめ、ですの?」
→ せっちゃんの攻撃!
せっちゃんは哀願ビームを使った!
痛恨の一撃!
リアンカちゃんは心臓に59991のダメージを受けた!
「せ、せ、せっちゃんっ」
「だめ、ですの……?」
「う、うぅん……えーと、その、どうしようかなぁ」
→ せっちゃんは上目遣いで此方の様子を窺っている。
どうやら仲間になりたいようだ。
「…………ごめんなさい、ですの。リャン姉様」
「せっちゃん?」
「せっちゃん、我儘を言いましたの……困らせてごめんなさい、リャン姉様」
「そんな、謝らないで? せっちゃんは我儘なんかじゃないよ!」
「でも、リャン姉様を困らせてしまいましたの……。リャン姉様、せっちゃんのこと……嫌いになっちゃ嫌ですの。だめな事はもう言いませんから、嫌いにならないでほしいですのー……」
恐る恐ると向けてくる、鈴の音にも似た可愛い声……!
しょんぼりと落ち込んだ様子がありありとわかる従妹の姿に、私は気がついたら、つい。
…………つい、口走っていました。
「そんなこと……っそんなことないよ、せっちゃん! 駄目なんかじゃ全然ないから!」
「リャン姉様、せっちゃんのこと……本当に?」
「うん、本当! 本当だよ、せっちゃん! 私、せっちゃんと一緒だったら試合だって何だってやっちゃう! もうばんばん試合に出ちゃうから!!」
「! ほ、本当ですのー!?」
「勿論よ、せっちゃん! 一緒にトップを目指そう……!」
「は、はいですのー!!」
……。
………………。
…………満面の笑みで、キラキラと顔を輝かせて。
全身で喜びを体現したせっちゃんは、この世で一番可愛かったです。
取敢えず、悔いはありません。
→リアンカちゃん、せっちゃんの参戦決定!(一部門)




