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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
静かさとは無縁の病室
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22.うさぎ、うさぎ……




 きょ、驚愕の事実……!

 ラーラお姉ちゃんに元彼がいたという事実に度肝を抜かれました。

 でもなんでその元彼が、敢えてわざわざ騎士Bのお見舞いにくるんでしょうか……?

 私も、魔境を離れていたまぁちゃんも首を捻ること、しきり。

 そんな私達に、生温い笑みのヨシュアンさんが言いました。

「ああやって日参して、その度に狩りの獲物を見せつけてるような状態なんだよね」

 今日の獲物は兎みたいです(勇者様とほぼ同サイズ)。


 騎士Bはこの半年、ほとんど入院生活。

 当然ながら働きようもないので、ほとんど誰かに養われたり世話をされているような羨ましい御身分です。

 でもそれが自立した男性として、自尊心にヒビが入るような心苦しさだそうな。楽が出来るんなら、その分のんびりすれば良いのに。

 そこに来て、アルビレオさん。

 何をどう思ったのか、何故か毎日ベルガさんのお見舞いに大物持ってやって来て……ベルガさんは甲斐性の差を見せつけられているような気がして、すっかりアルビレオさんが苦手になったそうです。

 アルビレオさんの方には、あまり深い考えもなさそうですけどね。

 他意なんてなさそうな顔で、兎の喉を搔っ捌いて……

「……って、搔っ捌いて!?」

「あれ、勇者様どうしたんですか?」

「いや、だってここ病室だろう! いきなり兎の解体ショーを始めるような場所じゃないだろう!?」

「んだよ、勇者。てめぇ衛生管理とかに細けぇ口か?」

「普通に考えてくれ、まぁ殿! アレは非常識以外の何物でもないから!!」

 …………新鮮な獲物のお土産で、その場で解体調理。

 ふわりと病室内に香り、充満する血の匂い。

 わあ、生臭……く、ないですね……?

 香り出したタイミングから見ても、血の匂いの筈なんですけど……なんだか若い草の芽みたいな、清々しい匂いがします。

 なんだろう、この匂い。

 魔境なんで、変わった血液を持つ生き物も沢山いるけど……?

「うあ……本当に病室で血抜きが始まった! なんでラヴェラーラ殿は注意しないんだ……」

「ラーラお姉ちゃんなら、むしろ血を溜める為のバケツ準備してますが?」

「間違ってる! 絶対にその対応は間違ってる……!!」

 いきなり始まった鮮血ショーに勇者様は顔を引き攣らせています。

 でも魔境じゃ結構ありふれたお見舞いの定番(※対魔族・獣人の場合)だってことは言わない方が良いでしょうか。

 肉食系の方々は、血沸き肉踊るお見舞いの方がむしろ回復が早くなると大喜びのお見舞いですよ?

 ちなみに見舞われている当人、騎士Bはドン引きです。

 鼻歌交じりに兎の喉をご自身の爪でさくさくっと切り裂くアルビレオさん。

 わあ、ナイフ要らず! 全身凶器!

 彼はどうやら、結構な肉食系(言葉通りの意味で)のようでした。




「テーマカラーを決めよう!」

 画伯が言いました。

 また何か言いだした、と勇者様はげんなりしました。

「テーマカラー……?」

「そ☆ 勇者君の仮装の系統を試合部門ごとに変えるのはもう決まりでしょ」

「決まっちゃったのか。いつの間にか本格的に決まっちゃってるのか……」

「だったらそれぞれに色を設定しても良いんじゃないかなぁって、俺は思う訳で☆」

「だったら、小物類もテーマの系統色でまとめないと。ハイヒールは何色用意した方が良い?」

「待て」

 準備する品のメモを取ろうと手帳を取り出した、騎士C。

 その肩を、何故か勇者様ががっちりと掴みました。

「なんで、ハイヒール……」

「必要だと思うから、ですが」

「男の足にか!?」

「あー……確かに勇者君の背丈でハイヒール履かせたら、身長がえらいことになっちゃうね。それもアリだと思うけど☆」

「でも画伯、サイさん。デカ女系の女装は前にまぁちゃんがやったから、勇者様は違う系統が良いと思うの! 私としては、勇者様はガチで真面目に可憐なお姫様路線とか割と似合うんじゃないかなって……」

「リアンカ、君は真剣な顔で真面目に何を勧めてるんだ!?」

「ちょっと待って! それよりも陛下の女装ってどういうこと、リアンカちゃん!? 俺、そんな愉快で楽しそうな話いま初めて聞いたんだけど!」

「あれ、お話してませんでしたっけ?」

「してないよー! 陛下の女装ってなんなのさ、詳細をもっと詳しく!」

「あっはっは……ヨシュアン? リアンカに詳細を聞くのは構わねぇけどな……?」

「あ、あはははは……陛下、目が怖い」

「ネタにしたら、吊るす」

「…………ちっ仕方ないなぁ」

 ネタになると判断するや否や、相手が魔王でも使おうとするヨシュアンさんのプロ根性は凄いと思います。

 一方勇者様は、『ナターシャ姐さん』を思い出したんでしょうか?

 先ほどよりも顔が引きつっておいでです。

「素敵な一夏の思い出ですよね☆」

「アレは悪夢だ……っ」

 勇者様の新たなトラウマの一ページを、どうやらまぁちゃんはいつの間にか獲得していたようです。

 流石だね、まぁちゃん!


 話し合いの結果、勇者様に与えられる五つのテーマカラーが決定しました。

 ずばり、真紅・深青・漆黒・純白・混沌(カオス)の五つです。

 勇者様ってお顔が良いだけに何色でも無難に似合っちゃうから、厳選するのはかなり話し合いを重ねることになりました。

 まだ色以外が決まったわけじゃないけど、取敢えず一段落、でしょうか。

「って、混沌(カオス)って色なのか!? どんな色だよ!!」

「何でもありって意味だよ☆」

「なんだか物凄く今更な宣言された! 今まで自重したことなんかないだろう! それで『何でもあり』って……この上更に何をやるつもりだ!?」

「勇者様、猫耳とうさ耳、まずはどっちが良い?」

「リアンカ嬢、まずは変化球にくま耳も良いと思いませんか」

「俺としては今のマイブームはシマウマ! あのしましま模様……まさにジャスティス!」

「ちょっと待てお前達、本当に一体何をさせる気だーっ!!?」

「推して知るべし、ですよ! 勇者様っ」

 勇者様が驚愕に見開かれた、信じられないモノを見る目を向けてきます。

 そんな目で見られても、私、困っちゃいますよ?

「涙目で睨む顔も様になるね。……ツンとすましたお顔を見ると、夢が広がっちゃう☆」

「あ、画伯。無理しちゃ駄目、手の腱鞘炎が……」

「今のこの滾る創作意欲なら! 指だって三分で直してみせる……!」

「無理してんじゃねーよ、このタコが。見苦しいじゃねーか」

 何か思いつくものがあったのか、熱い情熱(パッション)に急かされたのか。

 画伯が口にくわえてまで筆を走らせようとする姿に、まぁちゃんが呆れた声をあげました。

「大体、そんなに絵が描きてぇんなら、それこそ魔力でも使って何とかすれば良いじゃねーか」

「何を仰る陛下(ウサギさん)! 魔力で操作するのと、実際に自分の体を使って描くのじゃ微妙な差がね! ラインとか、こう……っああもう、言葉にし辛いけど微妙な違いが気になるんだよ!! あんな歯痒くもどかしい思いをするくらいなら、まだ理想に近づける努力が可能な口を鍛える……っ!」

「おま……その情熱、他で使えよ」

 画伯、体張ってますね……!

 相手が魔王様(まぁちゃん)だなんて忘れたかのような食ってかかりようです。

「相変わらず、画伯ってばこだわりが強いですね」

「そのこだわりを一身にぶつける対象にされた俺の身にもなってくれ……」

「どんまい☆」

「軽いな元凶!?」

 勇者様が軽く非難を込めた目で見てきます。

 私は軽く笑って目線をわざと逸らしてみましたが……


 目を逸らした先で、見過ごせないモノを見てしまいました。


「ねえ、勇者様? アレって……!」

「……ん? って!!?」

 勇者様の袖を引いて、指さす先に視線を誘導してみましたら……勇者様も、絶句。

 うん、そりゃ絶句もするよね……。

 視線を逸らした先には、アルビレオさんがいた訳ですが。

 その手に持っているブツが問題でした。


 アルビレオさんが手に持っているモノ。

 それは先程のウサギさん……の、なれの果て。

 まるっと見事に皮を剥ぎ取られた兎さん、丸裸。

 本来であればピンクピンクしい肉色をしている筈の、肉ダイレクト。

 しかしながら、その生肉は……

「な、なんなんだアレは……っ」

「なんだか灯りが無くても夜に解体できそうなブツですね」

「って、そっち!? 他に気にすることがあるだろう!」

「勿論ですよ、勇者様! この光景……私も流石に気にせずには入られません」

「…………え?」

「だって、あれ……」


 見るも神々しく、満月のように淡く発光しておりました。

 

 まあ、なんて神々しい生肉。


 漂う香りが、とってもフルーティ……って、なんでこんなに瑞々しい匂いがするんでしょうね?

 先程までの新緑の匂い(血臭)が変化した末の匂いのようですが。

 

 知識がなければ食べられるのか軽く心配になりそうな、生肉兎。

 その光景に絶句する勇者様。

 しかしながら私には、あんな摩訶不思議な兎肉に心当たりがありました。

 魂が、震えます。

 私の肩も、わなわなっと震えました。


「やっぱり、あれ……月薬兎じゃないですかーっ!!」


 そのウサギさんは万病に効く薬効を持つ、魔境でもかなり珍しい兎肉さんでした。

 私も実物見たのは久々……生の姿を見たのは初めてです!

 でも光り輝く兎(生肉)なんて早々あるモノじゃありません。

 これは間違いないと、私の薬師魂が訴えていました。


 月薬兎さん。

 それは魔境でも珍しい、とってもお得な兎さん。

 何しろ本拠地、月ですから。

 新月の夜だけ地上に降りて、きらきらと光を散らしながら天駆けるファンシーな兎さん。

 地上にいないモノをどう捕まえろと……?と、打ちひしがれる狩人さん多数の玄人泣かせなウサちゃんです。

 月に生えるという伝説の薬草を主食に、たらふく食べて育った成獣は奇跡の如き薬効を持つとか。

 ちなみに主食にしている伝説の薬草が薬効の源なので、養殖しても効能はゼロ。

 うっかり新月の夜に月面に帰りそびれた兎を草の根分けて探さないことには得ることの出来ない貴重過ぎる兎さん。

 魔境でも早々見つからない、幻の兎ちゃんです。

 そ、それがあんなに丸々と肥え太った格別大きいの……っ


 正直に言います。

 うわぁ、アレ……横取りしてでも欲しいです!

 

「ああでも、他人の獲物を横取りするのは魔境でだってルール違反!!」

「わかった、わかったから落ち着け。そんなにあの兎が欲しいんだったら、今度俺が月まで仕留めに行ってやっから。勇者犠牲にして」

「って、おおぉい!? ちょっと待て! 今、聞き捨てならないこと言わなかったか?」

「なんだ勇者、幻聴か?」

「空々しい顔で酷いな、まぁ殿! そもそも俺を犠牲にって……何をするつもりだ!」

「――聞きてぇのか?」

「………………いや、遠慮する」

 今日もいつも通りに、いつもの如く。

 勇者様がまぁちゃんに敗北しました。

 床に膝を着いてうな垂れてしまった姿は、まるで世の不幸を一身に背負ったが如き悲壮感です。

 でも私はそんな勇者様に目もくれず、一心に、熱い視線をアルビレオさんに注いでいました。


 正確に言うと、アルビレオさんが抱えた兎さんに。


 ああ、本当……本当にあれ、めちゃくちゃ欲しい……っ

 極上の素材を目の前にして、物凄く全身がうずうずします。

 自制がちょっとでも切れたら、即座に奪いに走るんじゃないかと我ながら恐ろしいほどです。

 だってだって、それくらい稀少なんですよ! あの兎!

 アルビレオさん、一体何処でそんな貴重品狩ってきたんですかー!?


 自分で自分が何をするのか不安が高まります。

 一歩でも不用意に動いたら、アルビレオさんに何かしてしまいそう。

 でもそんなことをこの場でやったら、病室を管理するラーラおねえちゃんが泣いちゃうかも……うん、頑張って我慢しよう。

 そう思って、もどかしく思いながらもアルビレオさんが兎を掻っ捌く光景を見続けていたんですが……


 流石に黙っていられない状況が即座にやってくるとは、まさか私も思いませんでした。


 だって、アルビレオさんが……!


 アルビレオさんが、全身薬効の塊ともいえる月薬兎の血抜きでバケツいっぱいに溜まった、血を。

 絶対に凄い薬の材料になるに違いない、血を!


 騎士Bの口を無理やりこじ開けて、その喉に流し込もうと……!


「なんて勿体無い!!」

「そっちか! リアンカ、気にするのはそっちなのか!?」

「だって、勇者様! あれ、あれ……っ月薬兎の血なんですよ!? 勿体無い!」

「わかった、わかったから! 少し落ち着こう、な?」

 私が狼狽している最中にも、アルビレオさんの手から逃れようとベッドの上で藻掻くベルガさん。

 しかし、獅子(ライオン)さんは強かった。

「おー……流石、先輩。拘束術はやっぱり一枚上手だ。見習わなくっちゃ」

「画伯、こんな時こそスケッチを取らなくて良いんですか」

「確かに構図は素敵だけどねー……野郎同士は、ちょっと☆」

「ベルガの方を女体に脳内補完すれば良いじゃないですか」

「いやいや、あのベルガぽんが女役ってのはちょっと……正直、おぞましいかなぁ。可愛い女の子に脳内変換しても良いけど、ベルガぽんは良いや。うん」

 呑気な趣味人達の会話を、尻目に。

 あまりに無駄に浪費される貴重素材の悲哀に、我慢なんて出来ずに。


 気がついたら、私はアルビレオさんにつかつか早足で向かっていました。


「アルビレオさぁん!?」

「ん、どうした?」

「なんて勿体無いことしてるんですか!? その兎さんも草葉の陰で大号泣ってくらいの無駄遣いですよ!」

 手にした兎がどれだけ貴重なブツか、知ってか知らずか。

 アルビレオさんはきょとんとした顔で私を見下ろしてきました。

「その兎が凄い薬の材料になるってわかってますか!?」

「ああ、知ってる」

「…………」

 ……って、知ってるんですかーっ!!

 知っててそんな無駄遣いを!?

 それって、私達みたいな薬師にはとんでもない冒涜ですよ!

「なんでこんなことを……」

「んー……昨日、な?」

「え?」

「この人間への見舞いの品で灼炎草の健康ジュースを持ってきたんだ。けど、な……」

「………………」

 あ。

 なんとなく、展開が読めました。


 灼炎草をベースにした野菜ジュースは、魔族のごく一部(・・・・)に大絶賛の、愛飲者の多いジュースなんですけれど……

 いかんせん、攻撃力(・・・)が高すぎるんですよね。

 魔族以外は、まともに飲めないくらいに。


 そして私達の目の前には、喉を痛めて一時的に喋ることができない状態のベルガさんがいます。

 ……うん、アルビレオ、さん?

「どうも俺の見舞いのせいで、喉を傷めたらしい」

「当たり前ですよ!」

 うわぁ、この人、やらかしちゃったー!

「俺のせいで入院が長引くとか、困る……というか、武闘大会に参加してもらわないと困るんだ」

「……へ?」

「そこで決着をつける……早く退院させて体調を整える為にも、これを喰らって体を治させないと。それに優勝特権(・・・・)を今年は真面目に狙おうって決めたし、な」

「え、本気ですか」

 

 武闘大会の、優勝特権。

 別名、魔王(まぁちゃん)への挑戦権。

 それを本気で狙う人は、物凄く本気で。

 強い相手と戦うのが大好きな魔族さんだし、まぁちゃんの顔面に一撃でも入れることに成功できたら……!と夢見るカップルも大勢います。

 そんな特権を真面目に狙うってことは、油断ならない相手ってコトなんですけど……



 ――勇者様?

 どうやら騎士Bとこの愉快なマンティコア(亜種)のお兄さんも、武闘大会への参戦者……みたいですよ?


 



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