21.マンティコア(亜種)が本編にやってきました。
番外編置き場に何度か出てきた、ラーラお姉ちゃんの元彼!
自然消滅で破局したアルビレオがとうとう本編に……!
な、なんでしょうかね? あれ。
私達がいる、魔王城の医療棟病室。
その大きな窓に、これまた大きなライオンさんが張り付いているんですけど……
朱を帯びた金の鬣。
額には一本角。
背には大きな皮膜の翼。
尾っぽは毒蛇ですね、アレ。
そして極めつけの、ライオンというには大きすぎる体躯……
何をどう見ても明らかに、異形です。
チャキ――
「う、ふふふー? まぁちゃん、なんか隣から不吉な音が聞こえたー」
「ああ、勇者が剣を抜こうとしてる音だな」
隣を見ると、そこには先程までの困り顔とは打って変わって凛々しく真剣な真顔の勇者様。
油断なく窓に張り付いた獅子を見据え、目が鋭くなっています。
わあ、殺る気だ☆
「ゆ、勇者様ー?」
「危険だ、リアンカ。下がっていてくれ。……まさか魔王城の真ん中に魔物が出るなんて」
「ま、待って待って勇者様!」
ストップ! ストップですよー!!
魔物の動向を窺い、今にも斬りかかりそうな勇者様。
魔境で磨かれた、先手必勝の極意も大事ですけどね?
それよりも『魔王城に魔物がいる』って部分をもう少し重視しては下さいませんか!?
今ではすっかりまぁちゃんと打ち解けて、偶に単独で魔王城に突入しちゃいながらもお茶とお茶菓子を頂いて来るような勇者様……ですけれど。
それでもその頻度は、そう頻繁なものではなく。
また広大過ぎる敷地の中、下手に歩くと確実に迷う自信があるらしく、いつも限定された区域(魔王の私室含む)しか歩かないそうなので。
……結構な回数、勇者様は魔王城に足を運んでいたと思うんですけれど。
こういう状況に遭遇するのは今回が初めてだったんですね……。
魔王城の中で魔物を見かけても、倒すのはちょっと待って下さい。
その魔物さん、高確率で魔王城勤務の魔族さんですからーっ!!
さて、魔境……というか、この大陸。
大雑把に分けて、『魔』と呼ばれる種族は四つ存在します。
それ即ち、『魔獣』・『魔物』・『魔族』・『半魔』の四つです。
あ、ちなみに『悪魔』は私達の住む世界とは次元のずれた、より精神的な世界の住人なので。『魔神』なんてイキモノもいるそうですけど、そっちも本拠地はこの世界じゃなくって別の次元にあるので説明は割愛します。
さて、魔性のイキモノ達の中で一番強い魔性の代表は何だかわかりますか?
それは私達にとってはお馴染みの隣人さん、魔境の支配者『魔族』さん達です。
そんな魔族さん達も、大まかに二つの系統が存在します。
原初の頃から存在する生粋の本家本元『魔族』系魔族さん。
それと、超進化を遂げた末に魔族化した『魔物』系魔族さん。
本来の『魔族』は単体で物凄い破壊力を持つ、人型の種族。
代表的な性質として挙げられるのが好戦的・愉快犯・知性と理性の保持・強力な魔力とそれを自由自在に扱う本能等々……まあ、典型的な魔族の特徴ですよね。普通に。
魔物系の魔族は元々魔物だった個体が強くなりすぎた末に人の姿と理性と知性を獲得し、魔族に混ざった方々を指します。
人型を獲得した魔物も大体魔族と似たような性質の方々なので、混同されていく内に本格的に混ざっちゃったんでしょう。
魔族の定義は『先天的に強力な魔力とそれを操る術を有し、ヒトの姿と理性と知能を遺伝する』こと。
より人に近しい魔物の上位種族みたいな感じですね。
魔物と魔族が同一視されない理由は、元々『魔族』と呼ばれる本来の種族が色々規格外な生物だからでしょうか。これは魔物とは全く別種の化け物だよね、という異常な種族だそうです。
うん、まぁちゃんソレだけどね!
原初から血を繋ぐ、本来の魔族……魔王はその末裔の中でも直系に当たる化け物だとか。
色んな種族と交わって遺伝強化していった先に、現在の魔王が君臨しているそうです。
以上のことを踏まえて、もう一度よく考えてみましょう。
魔物系の魔族さん達の御先祖様は、魔物です。
よって同一の性質や能力、姿を有する魔物は魔物で別に存在している訳で。
如何に魔物に見えたって、実は人の姿も有する魔族だった~……なんてことは魔境じゃ結構あるところ。間違えて殺されたら洒落にならないので、普段は人の姿を取るのが礼儀というか基本というか……常識ですが。
中には魔物としての姿を曝すことに嫌悪感を持たず、普通にさらっと化けてくれちゃったりする魔族さんもいたりするんですよね。
魔物姿に忌避感を持っていない方は、往々にして魔物に変じても理性や知性が減退しない特異体質の方達が主だと聞きます。大概の魔物系魔族さんは、魔物の形態を取ると魔物としての本能に引きずられて理性や知性が薄れ……最悪、狂戦士化しちゃうんですけど。
あの獅子さん、どう見ても目に理性の光があります……よねぇ?
「勇者様、あの魔物に見える生物は絶対に魔族です。早まったが最後、嬉々として血で血を洗う果たし合いに誘われますよ! それも物凄くフレンドリーに!」
「それどんな混沌的状況だ!?」
一度闘争意欲に火のついた魔族さんは、しつこさに定評があります。
下手したら強引に決闘場まで引きずって行かれることでしょう。
「って、魔族……?」
「そうだよね、ね? まぁちゃん」
「おー……」
やる気なくお茶を呑んでいたまぁちゃんが、チラリと獅子の化け物に視線を向けます。
そこにはつぶらな瞳(笑)で此方を見る、大きな獅子の異形。
「アルビレオ、あいつ……非常時でもなしに魔物の姿曝してんじゃねーよ。紛らわしい。リアンカに薬物の材料にされんぞ」
いま、まぁちゃんにかなり失礼な物言いをされたような。
そんな気がするんだけど……気のせいだよね?
「アルビレオ?」
勇者様は、まぁちゃんが口にした人名らしき単語に困惑しています。
「…………獅子なのに、白鳥座?」
勇者様のお声が、聞こえたかのような反応でした。
獅子の身体は、とっても大きい。
まぁちゃんだったら五人は悠々と乗れそうなほど。
でも病室の窓はそこまで大きくないから、獅子は病室内に入ってこれないんだけど。
するり。
そんな擬音が聞こえそうなほど、あっさりと。
くるりんと前転するような仕草で、獅子が病室に入って来ました。
頭から窓をくぐって……物理的に無理そうに思えるのに。
でも獅子の姿は、その瞬間に変わっていたのです。
部屋の中へと入り込みながら、獅子の身体は変じていく。
大体、三秒くらいでしょうか?
そのくらいの時間で、獅子の姿は見違える物となっていました。
うん、文字通り別モノ。
体はぐっと縮み……というか人型になっていたんですから。
「昨日ぶりだな、人間。ラーラの手を煩わせてないか?」
初めて聞く、涼しげな声。
そんな声と共に、騎士Bのベッド脇に降り立つ姿。
そこにいたのはやはりというか、何と言うか。
人の姿を有した、正真正銘の魔族さんでした。
「レオ君……! ま、窓から入っちゃ駄目! ベルガさんがびっくりしちゃうから……」
「ん、悪い。けどその人間も慣れただろ? ほとんど毎日だし、な?」
「…………~っ!! ……!?」
それでもって、何かラーラお姉ちゃんに怒られています。
でも口では悪いとか言いながら、騎士Bのベッドに先程まで口にくわえていた兎(勇者様とほぼ同サイズ)をぼてぼてっと落とす姿に悪びれた様子は一切感じ取れません。
騎士Bはちょっと仰け反って、引き気味……?
実際、今は喋ることのできない彼がどう思っているのかは知りませんけれど。
突如現れた相手に、なんだか顔が引きつっているように見えました。
窓からいきなり現れた、獅子っぽい形態を有する魔族のお兄さん。
獅子の姿とは似ても似つかない、共通項なんてほとんどない。
辛うじて髪の毛の色、瞳の色が同じってくらい。
それ以外は本当に、少しも面影がありません。
さらりと長く垂らされた髪の毛はさらっさらの朱を帯びた金色。
眼差しは流し目がちで、どことなく意味ありげ。
賢そうな顔立ちの、蠱惑的な雰囲気のお兄さん。
「お、おお……超☆変化。物凄い早変わりだね、まぁちゃん」
なんか、獅子の野性的な力強さとは無縁そう。
普通に優美な青年がそこにいました。
あまりの変わりように、一発芸でも見た気分です。
……おひねり投げちゃおうかな?
「あいつ、外見詐欺だよなぁ。いつ見ても」
「こうして見ると賢そうに見えるのが何ともいえず残念だよね☆ アルビレオ先輩」
「中身は動物っぽいのにな」
「……まぁ殿達の知っている魔族なのか?」
「そりゃそうだろ。ここ魔王城だぜ? 俺が部下の顔知らなくってどうすんだよ」
「あはははは。普通~に言ってるけどさ、陛下。それ結構とんでもないよね」
「ま、まぁ殿……この広大な魔王城に、一体どれだけの者が勤めていると……」
「あ? 常勤してんのは25,842,336人だろ」
「桁が……っ桁が!! その全員を把握しているのか!?」
「あっははは☆ 陛下、異常~。うん、頭の構造どうなってんの?」
「まぁ殿、どんな記憶力をしているんだ!」
「まぁちゃんって予想以上に頭の出来がよろしいよね!」
まぁちゃんの記憶力は規模がおかしいと思う。
どうでも良いことはするするっと覚えるのに……!
……って、そう言えば前にりっちゃんが言ってたかも。
どんな状況下でりっちゃんがそんなことを言っていたのかは忘れましたけど、その意味がちょっとわかった気がします。
「ん、随分と楽しそうだな。陛下」
こちら(主に勇者様)がぎゃいぎゃい騒いでいたからでしょうか。
流石に耳に付いたか、目に付いたか。
聞き覚えの薄い声が、私達の方へと向けられました。
ちょっと淡々とした涼しげな声です。
見上げると、こちらにすたすたと近づいてくる青年。
あの獅子の、お兄さん。
「よぅ、アルビレオ。ラヴェラーラのご機嫌うかがいか?」
「いや? 今日の俺はお見舞客だ」
「見舞って……誰のだよ。ヨシュアンか?」
「そういえば、ヨシュアンは何をしてるんだ? 医療用ベッドを占拠して……とうとう創作物のインスピレーションが尽きて実体験混じりの妄想レポでも始めるつもりなのか? そういうことだったらラーラの目のつかないところでやれよ?」
「陛下、陛下! 今のほんの一瞬で、俺ものすっごく悪意交じりの不名誉な疑い確定されちゃったよ! どうしよう(笑)」
「ん? 違うのか?」
「アルビレオ先輩、超☆失礼! 俺のインスピレーションがそんなあっさり尽きる訳ないじゃん。俺はまだまだこれからなんだから! ネタ切れなんて俺には無縁だね☆」
「って、そっちか! 不名誉ってそっちなのか、ヨシュアン殿!?」
「え、何を今更……勇者君? 俺だって我ながら思ったよ。『あ、実際に必要だと思ったら、それやりそー……』って!」
「ヨシュアン殿は全然ぶれないな、おい!?」
獅子のお兄さん、アルビレオさん?とヨシュアンさんはどうやら随分と親しい様子。
そこに勇者様のツッコミも加わって、なんだか一瞬で打解けましたよ!
いや……打ち解けたっていうかツッコミ入れずにいられなかっただけ?
一瞬で馴染んだ空気に、まぁちゃんが半目でアルビレオ?さんを見ています。
「……入院してることすら今知りましたー……って風だな」
「じゃあ、誰のお見舞なんだろうね」
この病室には現在、入院患者はヨシュアンさんとベルガさんの限定二人。
それでヨシュアンさんじゃないとすると、相手は消去法でたった一人ですね?
………………………え。ってことは、もしかして騎士Bの……?
このお兄さんのことを私は存じませんが、どんな接点が芽生えればそんなことに。
「ん? 陛下、そっちの女の子は誰だ? 陛下が女連れなんて珍しい」
「あ゛……?」
どうでも良いけど、まぁちゃんに対してタメ口ですよ。この人。
ぞんざいな口調から、敬う気が一片も感じ取れません。
まぁちゃんの目も、ちょっと険を帯びて……ますけど、苛ついているのは敬いが足りないからじゃないよね?
まぁちゃんは尊敬されないからと怒ったりはしません。
私の自慢の従兄様は、とっても気さくでフレンドリーな魔王様ですから!
「誰って……お前、俺の従妹のリアンカだ。知ってんだろ?」
「お? おお? リアンカ……あれか、ハテノ村の」
私は恐らく、魔境で一番知名度の高い人間じゃないでしょうか。
私を見下ろすアルビレオ?さんが驚いたように目を見張ります。
「おお! 大きくなったな、リアンカ」
「………………って、え?」
あれ?
……なんだか、アレです。
気のせいでしょうか。
私を見るアルビレオ?さんの目がキラキラと……幼子の成長を喜ぶお爺さんみたいな眼差しなんですけど。
明らかに『私を知ってる』という空気に、今度は私が困惑しました。
「あんな小さかったのが、こんな大きくなって……人間の成長って、早いな」
「いや、魔族のガキだってあんま変わんねぇだろ。成長速度」
「……そうか? そうだったか? 身近に子供がいないと、今一わかんねぇ」
こてんと首を傾げる、幼い仕草。
容姿は随分と大人びた、落ち着いたものなのに。
なんだか仕草や口調に何となく無邪気なモノを感じます。
随分と外見と中身がちぐはぐっぽい感じですが……
「まぁちゃん? この人、私の知ってる人……?」
何だか久々に会う親戚のお兄さん的な対応をされているような気がしてなりません。
ついつい気になった私は、まぁちゃんのマントをつんつんと引張りました。
私の微妙な顔に気付いたまぁちゃんが、私の頭をぽんぽんと優しく叩きます。
そのまま、爆弾発言を頂戴いたしてしまいました……。
「十二、三年くらい前、ラヴェラーラにくっついて時々お前とも遊んでんだけどな。覚えてねぇか? 小さかったから仕方ねぇかもしんねーけど、お前も懐いてたのにな」
「ラーラお姉ちゃん? そう言えばさっきも名前が出てたけど……お友達か何か?」
ラーラお姉ちゃんは、大層な子供好きです。
人見知りで内気なラーラお姉ちゃん。
彼女が物怖じせずに向き合える相手が子供くらいだとも言えます。
そしてまぁちゃんにくっついて頻繁に魔王城に足を運んでいた私は、りっちゃんという近しいお兄さんの従姉という微妙に遠い関係ながらも、ラーラお姉ちゃんに可愛がってもらって暇のある時には遊んでもらったりしていましたが……十二年前?
「……此奴はマンティコア(亜種)のアルビレオ。ラヴェラーラの元恋人だぞ?」
「自然消滅したけどね☆」
「……え?」
予想していなかったお言葉に、唖然。
顔を引き攣らせてアルビレオ?さんに視線を走らせてみるけれど。
……彼は窓の外の鳥を目で追っていました。物凄い、狩人の目で。
この外見は優美だけど中身はちぐはぐそうな、お兄さんが……?
ラーラお姉ちゃん、の……?
次の瞬間。
そこが医療施設だということも忘れて、私は驚愕の叫びを上げていました。