18.入院生活延長戦
どうやらヨシュアンさんはラーラお姉ちゃんが管理する病室に入院中のようです。
容体は悪いのでしょうか?
とりあえず様子を見に行くことにして、ラーラお姉ちゃんにご案内願います。
その道行きで、ラーラお姉ちゃんに尋ねてみました。
「ラーラお姉ちゃん、画伯の容体は……?」
「よ、ヨシュアン? 彼なら……その、ただの過労だけど。ちょっと、無理が祟ったみたぃ、なの……」
「…………りっちゃん、どれだけ酷使したの」
「う、うぅ……ごめんね、ヨシュアン。リーヴィルの従姉のお姉ちゃんとして、ちょっと……心苦しいよ」
「ちょっと? え、本当に画伯どうしたの」
入院するのは今回が初めてって訳でもないのに、ラーラお姉ちゃんのこの反応?
「ラーラお姉ちゃん、ヨシュアンさんどうしちゃったの?」
「ヨシュアン君は………………書類仕事のしすぎで、腱鞘炎に」
「! が、画伯が!? 画伯が、腱鞘炎に……っ!?」
あの執筆ペースが凄まじい画伯が!?
月に最低三冊新刊を出しているような、画伯がですか!?
今まで驚異的な執筆ペースと鮮やか華麗な筆さばきを披露していた画伯。
凄まじい疲労が手指にかかっていただろうに、今までぴんぴんしてましたよね!?
その画伯が腱鞘炎って、本当にどれだけ酷使したの!? りっちゃん……っ
「というか、それって画伯にとっては死活問題じゃ……」
画伯というよりも、むしろ画伯の作品を渇望する『紳士会』の下種な皆さんの精神的な死活問題では。
「適度な休息も取らなきゃ駄目って、言ってあったのに、ね……一人で療養させても、絶対に休まないから。だから今回の入院にはちゃんと休ませるためってこともあって」
ヨシュアンさんを案じてのことでしょう。
心底申し訳なさそうに眉尻を下げるラーラお姉ちゃんは、やがて一つの扉へと私達を案内しました。
そこが個室ではないことで、ちょっと安堵します。
……どうやら、個室療養しなきゃいけないほど深刻ではなさそうです。
それでも万が一の事態があるかもしれないのが、病人の怖さですが。
とりあえず場の空気だけでも明るく保とうと、私は勢いよく病室のドアを開け放ちました。
「画伯、右腕は無事ですか……っ!?」
第一声がそれか、と。
私の背後で勇者様がずっこけました。
病室の中には画伯以外にも何人か、いたんですが。
その誰もが私の出現にぎょっとする中、しかしヨシュアンさんだけはこう返してくれました。
「だ・い・じょぅーぶ☆ 俺には右(手)が死んでも、まだ左(手)がある!!」
窓際の、風の良く入るベッドの上。
半身を横たえた画伯の手には、包帯が巻かれていました。
――両手に。
「駄目じゃないか! どっちの手も満身創痍じゃないか!」
すかさず入る、勇者様のツッコミ。
勇者様、流石です!
「いやぁそれがさぁー? 聞いてよ陛下、リアンカちゃん、勇者っち! リーヴィルの奴、『どうせ両効きだから丁度良いでしょう。書類の作成が間に合わないので、右手で此方の決裁書の束を清書してください。左手は此方の起案伺いの写しをお願いします。ついでにこの書類に書かれた金額の正確な数値も出してもらえますか?』――って、同時進行で両手それぞれに別の書類書かせてきたんだよ!? 我ながら頭混乱させずに同時進行超並列でやり通した俺って凄いと思った!!」
そう言って、包帯ぐるぐるの両手をひらひらさせる、ヨシュアンさん。
まるでそれによる負傷を見せつけることで、己の頑張りを主張するように。
いや、うん、それで腱鞘炎になったんなら、確実に名誉の負傷ですけれど。
でもど、同時進行……両手それぞれ別の書類。
りっちゃん、何と言う無茶を……って、それを達成するヨシュアンさんもヨシュアンさんですけどね!
本当に処理能力高いよね、ヨシュアンさん!
能力値が高すぎて、最早異常の域ですよ!?
「画伯……それじゃあ、今は休業ですか」
「す、すこしは療養しないと……手、よくならないよ?」
申し訳なさそうなラーラお姉ちゃんが、画伯に安静を訴える。
でもそうですか……そりゃ、従弟がそんな無茶を要求した挙句に過労&腱鞘炎をこじらせたなんて聞いたら、ラーラお姉ちゃんじゃなくっても良心の呵責に襲われそうです。
…………いや、魔境の住人だったらそうでもないかな?
「でも画伯、その状態じゃ本は作れそうにありませんよね。デビュー以来月に最低三冊の発刊記録は失墜ですか」
「甘いね、リアンカちゃん? 両手が使えなくても、俺にはこの口がある……!」
「口に筆を咥えるのか! そこまで頑張っちゃうのか、ヨシュアン殿!?」
わあ、病室の中だってのに勇者様が頭を抱えて絶望した!
よろり上体がよろめき、足元がふらっとして。
そしてゴンッと頭を壁に打ち付ける。
まぁちゃんがそれを見て爆笑するところまでが1セットですよね。
しかし両手の惨状に負けず、画伯は変わらぬノリの良さと根情を見せてくれました。
……この様子だったら、話を持ちかけても大丈夫かな?
そうして、私は。
画伯を更に酷使する提案をしようと思ったんですが。
その前に。
「……ところで、なんでそこに騎士び……ベルガさんがいるんですか?」
円滑なお話を進める前に。
どうしても気になるあん畜生に微妙な視線を向けてみました。
えっと、何故ヨシュアンさんの向かいのベッドに、貴方がいるんでしょうか。
ねえ、騎士B。
先にも言いましたが、ここは相部屋。
四つのベッドが配置されているので、本来四人部屋です。
現在は二人が入院中で、他の二つのベッドは空いているようです。
一番奥の窓際に、画伯。
その真向かいに、何故か騎士Bが横たわっていました。
ほっぺたに大きなガーゼを貼り付け、頭に包帯を巻き、右足はギブスで固めて天井から吊っている姿で……
うん、どう見ても入院中。
そんな騎士Bのベッドサイドには二つの椅子が並べられ、より枕元に近い位置には……えーと、エルティナさんだっけ?
以前仲間を見送ってハテノ村に残ったお姉さんが、見事なナイフ捌きでするするとトマトを剥いていました。
何故トマト。
湯剥きもしていないトマトをナイフでするする剥くって何気に難易度高いよ!?
そしてエルティナさんのお隣には、騎士トリオの中で最も私達にとって馴染みがある……というか、半分共犯化しているあのお兄さん。
騎士C、サイさんまでがそこにいました。
エルティナさんの剥いたトマトを皿に盛りつけ、塩をふっています。
えっと、なんで貴方がたは病室でサラダを作ってるんですかね?
それからサイさん……あまりにさりげなくってトマトを剥くのに一所懸命なエルティナさんは気付いていないけど……塩、ふりすぎだよね? お皿、真っ白なんですけど。あとそれ、岩塩なんですけど、砕かなくって良いんですか?
あ、いや、葉物野菜で隠しても、もう見ちゃったからね?
「ねえヨシュアンさん、あの人達なんでいるの?」
「ベルガぽんが入院しているからだよ☆」
「ぽん……随分と親しんでますねぇ」
遠い目でベルガぽん(爆)の方を見ると、こちらに目で訴えてきます。
抗議を。
ついでに「むぐぅうぅ! ふぐぅ~っ」と呻いています。
どうやらあの様子を見るに、一時的に喋れない状態のようですね。
口の中か喉にでも怪我したんでしょうか。
……口とか喉を傷めた人に、塩山盛(文字通り)トマトサラダとか(笑)
わあ、騎士Cを怒らせるようなナニかをやったのかな?
「でもベルガさんって、半年前も入院してませんでした?」
「うー……」
「え、あれ? ラーラお姉ちゃん?」
……何故かラーラお姉ちゃんが泣きそうな顔に……なんで!?
真っ赤になった顔を両手で押さえて、しゃがみ込んでしまいました。
「どうしたの、ラーラお姉ちゃん」
「り、リアンカちゃん……っ」
え、本当にどうしたの。
ラーラお姉ちゃんの目が、物凄くうるうるなんですけど……。
おろおろ、おろおろ。
狼狽えてしまう私の背中に、ふっと笑う声。
ヨシュアンさんが遠い目で、窓の外に広がる空を眺めていました。
「あの兄さんねぇ……何故か退院する度に不幸な事故が起きるんだよね☆」
「不幸な事故?」
「そ。最長で、半日。最短でん~と……一分半? そんくらいの間隔で、再入院とか面白いよね☆ ラーラにとっては、堪ったもんじゃないだろうけど!」
「それ、呪われてね?」
「あ、全部人為的な事故だから大丈夫っすよ、陛下☆」
「全然大丈夫じゃないじゃないか!! 人為的な時点で事故じゃないだろう! 事件だろう!?」
さらっと吐いた画伯の言葉に、おいおい!と慌てる勇者様。
でも、今はそれどころじゃありません。
正直、騎士Bのことなんてどうでも良いんですけれど。
でも画伯。
ラーラお姉ちゃんには堪ったものじゃなないって……どういう意味?
「ら、ラーラお姉ちゃんに一体何が……」
「リアンカ? そこは入退院をハイペースで繰り返すベルガ殿を案じる流れじゃないのか……?」
「騎士Bは良いんですよ! どうせ自業自得か妬み嫉みか、本当に不幸な事故が重なってるだけでしょうから」
「言いきったよ彼女!? 清々しいまでに怪我人よりも身内優先!」
「優先順位の線引きをしっかりしているだけですよ? 大体、ラーラお姉ちゃんのところにほぼ半年間入院しっきりで四六時中甲斐甲斐しくお世話してもらうなんて男に取っちゃ美味しいだけじゃないですか。同情する余地は皆無です! むしろ爆発しちゃえ」
「最後にぼそっと何か恐ろしいこと呟いた!」
本当に全然知らないことでしたけど。
知らない半年の間に、ベルガさんはスピード入退院を繰り返していたようです。
最早、この病室に住んでる域ですよね?
むしろ棲んでますよね?
ラーラお姉ちゃん、可哀想……。
しかしベルガさん達、何の違和感もない様子で魔族の医療設備に馴染んでいませんか?
彼らの出自を思えば(騎士C除外)、もっと反発しても良さそうですが……諦めきった眼差しは、なんだかアレに似ていました。
死んで冷凍保存された鮪に。
「……何かあったんですかね?」
「それは……半年も魔境にいれば、仕方ないだろう」
「わあ、勇者様の目、ベルガさん達にそっくり! 物まね得意でしたっけ?」
「わかっていてそういうこと言うのは止めないか!? なあ!」
経験者は語る、ってヤツですね!
騎士さん方やエルティナさんも魔境にいる間に随分な目に遭った……ということなのでしょうか。
騎士Cは最初っから物凄く馴染んでましたけどね!
郷に入っては郷に従え。
習うより慣れろ。
それら、過去から連綿と続く賢者の言葉を身をもって体験させられる(強制)。
我らが魔境ハテノ村、及び魔王城ってそういう場所みたいなんですよね☆
でもこの場に騎士C……サイさんがいるのは好都合というヤツでしょうか。
うん、よし。
こーなったら、きっちりまきこんじゃえ♪
騎士B、悲哀の入退院体験記
半年前、まず入院。
→ 入院中に諸々の事故があり、何だかんだで入院期間が当初の予定より一か月半延びる。
→ 一か月半後(入院から2ヵ月半後)。
退院しようとしてベッドにつまずき、目の前にいたラーラお姉ちゃんをうっかりベッドに押し倒し**を***……ラーラお姉ちゃんの反射的な蹴り技の餌食になり、床に沈む。即時入院。
→ 三週間後、退院(最初の入院から三ヵ月後)
無事の退院を果たし……たが、魔王城の城門を出たあたりで複数の黒覆面から襲撃を受ける。
何とか撃退するも、主に背中と腰を負傷。即時入院。
→ 一か月後、退院(最初の入院から四ヶ月後)
退院するつもりが土壇場になり、退院手続きを手伝いに来たエルティナさんとの間に起きた不幸な事故により再度入院。
敗因は、遊びに来た騎士A,Cが悪戯で枕の下に仕込んでいた画伯の著書『提督と秘密❤の花園』の存在に騎士Bが気付いていなかったこと。
うっかりエルティナさんの目の前で、卑猥な本が枕の下にあることが露見。騎士Bはこんな本知らない、無実だと訴えたのだが……
→ 二か月後(最初の入院から半年後)
今度こそ退院……そう思ったのだが。
再び巡ってきた『不幸な事故(笑)』により、病室の窓から転落。
もはや毎度のことといわんばかりに即入院。
その二日後、彼の療養する病室に、緑の翼の画伯が入院した。




