14.あいつとそいつとこいつ ~こいつをなでなで~
勢い飛び出す私達。
さーて、レイちゃんはどこにいるかな♪
久しぶりに会う従弟がどれだけ成長したのか……うん、楽しみ☆
わくわく浮き立つ心。
思わず微笑を浮かべれば、私を見る勇者様の笑顔がなんか死んでる。
わあ、眼差しが死んだ魚そっくり!
「……なんとか、リアンカ達より先に見つけてあげなければ……」
深刻そうな声音で、何を呟くのかな?
「勇者様、私やまぁちゃんより先にレイちゃんを見つけたいんですか?」
「ああ……無用な犠牲者は、出さないに越したことはない」
「ふふふ……それ、どういう意味です?」
私はにこっと。
それはそれはもう、にーっこりと。
意識して、笑みを深くし言いました。
「それじゃあ何だか無駄に勇者様が張り切ってるみたいだし……ここは張り合いを出してあげないと駄目ですよね!」
「!?」
……と、いうことで!
私は声も高らか、一方的に宣言しました。
「それじゃあ、先にレイちゃんを見つけられなかった方が罰ゲームってことで!」
「ちょっと待てぇぇえええええっ!!」
なんでそうなる!?
勇者様がなんか喚きながら頭を抱えましたけど。
なんでも何も、これってそういう流れですよね?
そうして勝負事……それも罰ゲームつきとなったら、ええ、負けられません!
私は一方的な宣言への反論を勇者様が口にする前に、即座に行動へと移りました。
「そんな訳で! まぁちゃん、GO!」
「よしきた、任せろ!」
「ここでまぁ殿が!?」
毎度お馴染み、反則的存在『まぁちゃん』の出番です!
レイちゃんを探しに出た瞬間から、私達はそれぞれ駆け足だった訳ですけどね?
走りながら、流れる動作でまぁちゃんは私を抱え上げ……
「まぁちゃん発進―!」
「んじゃ、そんな訳でお先―」
飛びました。
魔族さんのよく使う、飛行魔法の発動です。
飛び立つ、まぁちゃん。
その腕に抱えられた、私。
そんな私達を、唖然とした顔で見上げる勇者様。
「はっ……! 空から探す気か!?」
「そういうこと、です!」
勇者様も魔境に滞在して結構経ちますからね。
もう村の中は把握したつもりでしょうけれど……
それでも、やっぱり穴場はあるわけで。
このハテノ村で生まれ育った私やまぁちゃんの方に、圧倒的に地の利があります。
元々、これって私達の方が有利なんですよね。
それに、某方向音痴光竜とは十年を越す付き合いになります。
その面倒をずっと見てきた私達だからこそ、誇れるものがある。
はっきり言いましょう。
村の中で迷子を捜すのは得意です。
別に比較するわけじゃないけれど……リリフが散々村の中で迷い倒してくれて、それを毎度探し出していた実績があります。
実際に方向感覚の怪しい子が村のどのあたりに迷い込むか…シミュレートは実践で積んだ経験からばっちりです☆
私達は村の上空、高く、高くに飛び上がりました。
大慌てで私達を追う…カンちゃんの力を借りたのでしょう、背に黒い翼を生やした勇者様を、眼下に見下ろしながら。
それでも追いつかせはしない、と。
まぁちゃんがニヤリと得意げな笑みを浮かべました。
勇者様?
果たして貴方は、飛行能力でまぁちゃんに勝てるかな?
――言わずとも、その結果は既に見えているような気がしました。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
見知らぬ地を、彼は後ろも振り返らず真っ直ぐに歩いた。
振り返らないから、気付かなかった。
いつしか、仲間の一人が彼らから離れていたことを……
最初に慌てたのは、小柄な獣人の青年。
年齢は9歳だが、成長の早い獣人のこと。
その外見は既に成人男性のそれに近い。
身長が低いのは、彼の種族特性的には仕方がなかったが。
同じく種族特性を継いでくりくりとまぁるく大きな瞳が、はっと周囲を見回した。
息を呑む。
「れ、レイさぁん! ジルさんがいないよぉ!?」
「なにぃ!?」
ぎょっとした顔で、先頭を歩いていた青年が振り返る。
まるで肩で風を切る様に。
ずっとずっと迷いなど無いかの如く、前だけを見ていた青年が。
小柄な青年にとっては、まさに見上げる相手。
190センチを超す大柄な体は、見た目以上に俊敏に動く。
するっと滑るような動きで、気付いたら先頭の青年は小柄な青年の傍まで引き返して来ていた。
「ラス、いつ気付いた!?」
「い、い、いま! ジルさん、付いてきてると思ってたのに!」
「ペリエ!?」
「はいはいはぁ~い?」
「お前、最後尾を歩いてたはずだろ? ジルがいないって気付かなかったのか!?」
「いや、気付いてたけど」
「だったら早く報告しろよ!!」
眠そうな眼差しの、もう一人の青年。
歩きながら微睡んでいたらしい彼は、目元を擦りながら欠伸を漏らす。
「でもこの面子で一番思慮深いのってジルさんだしー。道なき道をレイさんが行き始めたあたりで、遠くを見る目で言ったんだよ。『助けを呼んでくる。言ったらきっとへそを曲げるだろうから、レイには内密にしてほしい』――って」
「く……っ 中途半端に本人に似て、腹が立つ……って、助けだと?」
「レイさん、素直に 迷 子 だなんて認められないだろうから、道案内を探して来るって」
「ま、迷子じゃないっ!」
「え!? レイさん、僕らって迷子だったんですか?」
「……あれ? もしかしてラスってば自覚なかった?」
レイさんもラスも呑気だなぁ~、と。
誰よりも呑気そうな顔で、ペリエはのんびり大きな口で欠伸した。
「ジルさんがああいって離れた以上、たぶんきっとすぐにでも救助は来るって。あわてず騒がず、迷子の基本は動かないことだよん」
まあ、もうとうの昔に手遅れだったが……。
無自覚迷子、レイヴィスとその仲間達。
彼らが道なき道を自覚なく歩き始めてから――実に、2時間が過ぎていた。
そんな彼らのことを、ハテノ村の名物『悪戯っ子』が探し始めていることを……彼らは知らない。
知らなかったから、身構える暇もなくそれは突然やってきた。
……直撃コースでまっしぐら!
ずどぉぉおおおおおんっ
衝撃に、大地が鳴動した。
あまりの勢いに、衝撃波が空気を震わせる。
吹き飛ばされそうになったラスの身体を、レイは咄嗟に引き寄せた。
彼らを引っ張っている者の勤めと、ラスとペリエ二人の身体を掴み、背に庇う。
衝撃波に飛ばされることのないよう…レイは足を大地にめり込ませるようにして耐えた。
「う、うわぁぁあああああん!」
「なんだなんなんだ一体!?」
「……うわーお。すごいの来ちゃったーよ」
驚き、慌てふためく獣人二人。
一人はやけに余裕そうに見えたが、よく見たら目が死んでいる。
彼らを吹き飛ばさんという勢いで空から降って来たモノは……
「レイちゃん見~っけ!」
若い娘さんの声が、呑気に響いた。
鮮やかな髪の色、きらりと光る悪戯っぽい瞳。
そして圧倒的魔力を迸らせる魔王。
腰を抜かしそうな彼らの目の前。
地面を抉る、小規模なクレーターのど真ん中。
そこには空から両足着地ついでにクレーターを形成した偉大なる魔境の支配者:魔王様と、その従妹様がいた。
魔王様により、おんぶされた村娘という姿で。
それは、なんともシュールな光景だった。
「私とまぁちゃん、見参☆」
ばちこーん★と片目を瞑ってみせるリアンカちゃん。
一瞬前に彼らを吹き飛ばそうとした元凶が、彼らだ。
あまりにシュールで衝撃的な参上の仕方に、ラスは腰が砕けて倒れた。
ペリエは余裕そうな顔をしていたが、膝ががくがく震えていた。
魔王様と初体面に当たる、彼ら。
その衝撃たるや……ああ、如何許りか。
そして。
彼らと知り合い…というか親戚であるところの、彼は。
「そっそそそソラから女の子が……っ!?」
「レイちゃーん、リアンカお姉ちゃんだよー?」
「り、り、りりりっりりリアンカが出たぁーっ!!?」
「わーお、鈴虫ばりの反応☆ 克舌良いね、レイちゃん!」
「よーう、レイ坊ひさしぶりー」
「バトゥーリも何やってんだ……!!」
「まぁちゃんと呼べ、まぁちゃんと。その名前嫌いなんだって毎回言ってんだろーが」
「レイちゃんレイちゃん、私達は迷子を捜索に来たんだよ。レイちゃんっていうおっきな迷子を☆」
「まっ 迷子じゃないし……!」
ぶわっと。
全身の毛を逆立てた猫の様な勢いで。
アルディーク家の血縁に当たる獣人、レイヴィスは絶叫していた。
開いちゃった全身の毛穴から、冷汗をだらだら流しまくっている。
「レイちゃんってば意地っ張りー。空からちょっと見てたけど、明らかに方向間違えてるよ? どこに行きたかったのか知ってる訳じゃないけど、こっちに真っ直ぐ行ってもゴーレム職人ミュゼちゃんのお家しかないし」
「それともお前、自作のゴーレムと結婚したっつう剛の者の新婚家庭にお邪魔する気だったのかよ?」
「!?」
「今ならもれなく、惚気の餌食にされて六時間くらい開放してもらえないよ?」
「うわ、勘弁……レイさん、なんてところに僕達を招待するつもりなの」
「ち、ちが……っ」
彼らの目指す先。
そこにはゴーレム型住居にゴーレムパワー全開で作られた不思議空間の広がる、ゴーレム職人とゴーレムの新婚家庭があった。
お庭には沢山の小型ゴーレムが虫型魔物や小型魔物を追いかけて蝶よ花よと遊び倒しているらしい。
ハテノ村でも名の知れたシュールなご家庭だ。
勿論のこと、そんなところに彼らの用事があったはずもなく。
顔を引き攣らせるレイの額を、まぁちゃんが小突いた。
「ったく……困ったことがあったら笛を吹けっつってただろ?」
「笛ってアレだよね? 一回吹けばせっちゃんが、二回吹けば前魔王が、三回吹けばまぁちゃんが飛んで駆けつけるって言う…」
「まあ、範囲は魔境内に限るがな」
六年前、身も心も幼かった従弟にまぁちゃんが渡したお守り。
それは世界最強『魔王一家』の戦闘要員が順番に飛んでくるというとんでもないお守りだ。そんなものを持っているというだけで、恐らく人災的な障害は向こうから避けてくれるだろう。
ある意味、最終兵器並の危険物だ。
そのお守りを、レイが使ったことは一度もなかったけれど。
「あの……どなたか、存じませんが」
「「ん?」」
弱々しい声にまぁちゃんとリアンカが振り向けば、そこにはびくびくと怯えた風情の小柄な獣人。
太い尻尾が更に大きくなっているのは、毛が逆立っているのだろう。
そんな尻尾を抱えるようにして身を縮ませながら、ラスが言う。
「……レイさん、話を聞くどころじゃなさそうなんですけど……」
「「…………」」
指をさされて、見てみれば。
まぁちゃんに小突かれた額を両手で覆うように抱え、レイヴィスが声も出せずに悶絶していた。
「わりぃ、レイヴィス」
「まぁちゃん、手加減しなきゃ!」
「充分したって」
「レイちゃーん、大丈夫?」
繰り返すが、レイヴィスは声も出せずに悶絶していた。
そんなところに、新な乱入者が現れた!
「リアンカ、まぁ殿!?」
黒い翼を羽ばたかせ、大空から現れた者。
勇者様だ。
「あ、勇者様だー。遅いですよ!」
「飛行速度でまぁ殿に勝てるか!」
そう言いながら、勇者様は忙しなく視線を周囲に走らせる。
彼の眼差しが、地面に蹲るレイを捉えた。
額を押さえる青年を見て、勇者様が何を思ったかは知れない。
だが勇者様は、苦悶を堪えるような顔をして掠れた声を喉から押し出した。
「遅かったか……」
彼の声には、深い同情が滲んでいた。
あからさまに、リアンカとまぁちゃんの犯行を疑ってかかる声だ。
その認識に大きな誤りはなかったけれど。
しかしリアンカは不服とばかりに頬を僅かに膨らませた。
「勇者様、何か勘違いしてません?」
「何があったかは知らないけれど、その原因については大体予測通りで合ってるだろうと思う」
「ええ? そんな、わかりませんよ?」
「リアンカか、まぁ殿か。もしくは二人共のせいだろう?」
「今回は、私は何もしてませんよ!」
「あ、リアンカ。てめ……っ」
「まぁちゃんが手加減を誤っただけです!」
「そうか、可哀想に……」
勇者様の目は、まさに犠牲者を見る目そのものだった。
その目が癇に障る、と。
地面に蹲った体勢ながら、レイヴィスが強い眼差しを光らせた。
外敵を見るような、鋭い目が勇者様を射抜く。
そこには明らかな殺気が込められていた。
「誰か知らないが……いきなり現れて、わかったように憐れむのはやめろ。俺を怒らせたいか」
がるるるる、と。
青年の喉奥から殺気だった威嚇の音が響く。
猛獣の、威嚇の声が。
「もうっ レイちゃんったら! やんちゃさんね☆」
そしてリアンカに突き飛ばされた。
「ふぎゃっ!?」
蹲って地面に近い体勢で、突き飛ばされたらどうなるだろう?
答え:地面と熱烈に顔面激突。
わあ、レイちゃんのファーストキッスの相手は大地だね☆
偉大なる相手との接触に、レイヴィスの鼻は潰れそうだ。
持前の頑丈さがなかったら、鼻血くらいは出ていたかも知れない。
「り、リアンカ……っ」
勇者様も、顔を両手で覆ってしまった。
あまりの扱いに、まるで我が身を省みるようだ。
「あ~……ごめんね、レイちゃん」
流石にリアンカもやり過ぎたと思ったのだろうか。
いくら体格は立派な大人で、獣人としては成人済みでも相手は十一歳。
年下相手に酷い態度をとってしまったと思ったのだろうか。
リアンカはレイちゃんの隣に膝をついて屈みこむと、自分より遥かに背丈の育った青年の、地に伏す頭を撫で始めた。
「ほーらレイちゃん、強い子良い子、元気な子~!」
「ぐぅ……っ子供扱い、やめろ……!」
だが、レイちゃん本人にはどうやら不評らしかった。
頭を振って嫌がる姿は、撫でられるのを嫌がる動物に似ていた。
それでも抵抗するにはまだ回復が足りないのだろう。
頭を振る異常の抵抗も出来ず、最終的にはリアンカのされるがままと化した。
そんな、状況下で。
従弟のふわふわの頭を撫でながら。
リアンカが、良い笑顔で勇者様の方に振り返った。
「ところで」
「……っ」
「勇者様……罰ゲーム、決定ですね❤」
その日。
勇者様の「畜生」という我が身を嘆く声は村中に響き渡った。
しかしそれも珍しい事ではなかった為、誰も気にしなかったという……。
次回、勇者様が酷い目に遭います。
レイヴィス(11) 村長の妹の子供(リアンカ、魔王兄妹の従弟)
ピューマの獣人。結局選択肢外の獣に。
ちなみに最後までサーバルキャット、カラカルと迷った。
意地っ張りで我慢強い男の子。ちょっと傲慢俺様の芽が見えているが、リアンカとまぁちゃんの悪質コンビに摘み取られないように願うばかり。
獣姿の大きさは5.6m。ちょっとしたモンスター(笑)だが、体の大きさはお父さんに似たらしい。
一族の中でも体は大きめ。
人間に合わせた発達段階で言うところの18,9歳頃。
ラスティアン(9)
臆病なフクロモモンガの獣人。
ペリエ(10)
好奇心旺盛なクルペオの獣人。
ジルの別行動の真相
ペリエの証言 → 助けを呼びに行った。
本人の証言 → 目を離したすきにはぐれた。
実際のところ → 助けを呼びに行ったが、意地っ張りで強がりなレイの心情を慮って救助要請に行ったのではなく、はぐれたということにした。