11.勇者様、肝臓(レバー)の危機
ずっとずっと考えてたのに。
考えて、これならイケるって思ったんですけどねー…
シャイターンさんでもどうにもならないとは、予想外でした。
神がわざわざ自ら封じるような高位の悪魔でも何にもならないなんて…。
勇者様の女難、すげぇ…。
あの人、一体どれだけ呪われてるんでしょうね?
なんだか運命に見放されているような気がしてなりません。
お可哀想な勇者様…安息の地が見出せないなら、せめて悪運の緩和を、なんて私が思った意味はあったんでしょうか。
………これは今後も勇者様で遊び倒せという神の啓示ですかね?
とりあえず慰めの言葉もありません。
「勇者様、聞いて下さい! 悪魔に勇者様の女難を救うようにお願いしたら無理だって断られました! 結構一刀両断気味に!」
「そんなことをわざわざ報告して、俺にどんな反応を求めてるんだ?!」
とりあえず放置もアレかと思ったんでお迎えついでに報告したら、勇者様に軽く驚愕の目で見られました。
「というか、なんで悪魔にお願いするような事態に!? 魂取られたらどうするんだ、危ないだろう!」
「やだ、勇者様ったら! 悪魔と契約=魂と引き換えなんて考え方がちょっと古臭いですよ? 最近のトレンドはステンドグラスアートのロザリオです。悪魔との取引でもそれが相場だとか」
「何の相場だソレ! そんなモノを把握するくらい悪魔と契約してるのか!?」
「ううん、お隣の奥さんがそう言ってました」
「何があったんだ、お隣の奥さん…!!」
「お隣の奥さん曰く、ロザリオが上位悪魔の間で流行ってるらしいですよ?」
「悪魔の方にも何があった…!」
「そして悪魔王の最近のマイブームは読経付きで座禅修行だそうです」
「地獄どうなってんだ!! なんだ、悔い改めたのか…!?」
「いや、最近(三百年くらい前)地獄落ちしたカリスマ聖職者が信仰超クール!とか言いだして、趣味人の間に生活スタイルとして普及させたとかなんとか…」
「ふざけ過ぎだろ、世も末か!! 聖職者が何やってんだ!」
「最近は人間の国々の宗教も何だか腐ってるらしいですねー…腐敗臭が魔境にも伝播しないと良いんですが」
「世の中間違ってる…っ」
清廉潔白な勇者様には、色々と発狂しそうな気分に陥る事なのかもしれません。
頭を抱える勇者様を、ロロイが同情的な目つきで見下していました。
うん、勇者様どんまい☆
なんでここにいるのがわかったのかという勇者様の問いには、あんな大声で叫んでいたら村まで聞こえますよと返し。
私は此処に居ても仕様がないので、勇者様の袖を引いて村に帰ります。
全く、なんで『檜武人の廟』まで来ちゃったんだか…
村から近くはありますが、何しろ山羊でも落ちる峻厳な崖っぷち。
往路復路が面倒この上ありません。
まあ、ロロイのお陰でマリエッタちゃんを呼び出す手間は省けましたけど。
……………半年間全然構ってなかったから、マリエッタちゃん拗ねてないかな。
後で確認して、遊んであげましょう。
「そういえば、なんでロロイがここに?」
「忘れものしちゃったんだよね、ロロイ」
「黙秘を要求するよ、リャン姉」
もう既になんで戻ってきたのか、私にはバレちゃってるのに。
なんだろ、勇者様には知られたくないのかな?
これ以上いたら藪蛇になると思ったのか、ロロイは私達を村に送ると、そそくさと魔王城へ行っちゃいました。
せっちゃんに頼んでリリフを回収してから、【竜の谷】に戻るみたい。
ちゃんと言われる前に素直に戻るロロイは偉いと思います。
さて、比べて勇者様は…
「………………………今夜は…いや、今夜に限らず、家に帰りたくない」
喉を絞められたかのような、か細くも切実なお声でした。
お家じゃ緑のお野菜が、一同勢ぞろいで勇者様を待ってるよ☆
…な~んて状況だったら、まあ勇者様が帰りたくないのもわかるけど。
さて、どうしましょう?
そんなことを考えたって、取れる手段は精々三つか四つかってところで。
具体的に勇者様にどうするつもりかと問い詰めるのも…まあ、そこまで非道じゃないつもりですよ、私も。
選択肢は、四つです。
A.緑の館に帰る
B.野宿する
C.アルディーク家に頭を下げる
D.魔王城に泊まる。
まあ、精々がこんなとこでしょうか。
武闘会出場予定の人達が寝泊まりする宿舎って手段もありますけど、あっちは概ねもう一杯いっぱいでしょうし。
だからって余所者が増える時期に野宿はどうかな…?
魔王城も新年会の準備と、武闘会の運営で忙しい。
…となったら、答えは一つでしょう。
「勇者様、うちのお父さんに土下座に行きましょう!」
「は!?」
目を万丸くして驚く勇者様の、腕を引張り。
私は駆け足で家に帰りました。
待ちうける父さんが、どんな反応をするかなんて知りませんでしたけど。
………結果から言うと、勇者様は我が家に再び滞在することになりました。
何とか許可が下りて、私の肩の荷もおりました。
だけど勇者様は…なんだろう?
以前使っていた客間を貸してもらえて、状況は前と変わらないと思うんですが…
何故か、毎晩うちの父と酒盛りすることが条件として提示されました。
そのことに勇者様は心苦しそうな、苦渋の決断!みたいなお顔で。
父さんも何故か厳しい顔を………
…って、父さん!?
「そんな一杯のドラゴンスレイヤー、どこに溜めこんでたの!?」
「……………酒蔵に。元々、毎年新酒の8割は我が家に収められているのだから。呑まなければ溜まるのは当然のこと」
「ぐ、グラス一杯でどんな猛者も潰してきた伝説のお酒をそんなに出して、どうするつもりなの…? 誰か酔い潰すの?」
まぁちゃんに限り、一杯の単位がジョッキに変わるけれど。
でも、一杯は一杯。
一杯で潰れぬ酒豪はいないと言わしめた、伝説のお酒がこんなに…!
「勿論、勇者君と杯を交わすために…」
「勇者様、死んじゃうよ!? 父さんも、肝臓潰れるよ!」
あ、あんなにたくさんのドラゴンスレイヤー…
具体的に言うと、何か…樽が三十個くらい。
………勇者様も父さんも、無茶じゃないかな!
何故か宿泊許可に毎夜父と勇者様がドラゴンスレイヤーで杯を交わすという珍妙な条件が付きまして。
夜毎、勇者様の部屋で何か重いモノがぶっ倒れる音が響くようになるんですが…
なんでそこまでして、二人とも酒盛りするんだろ?
まあ実質グラス一杯で二人とも潰れてるみたいなんで、健康にすこぶる悪いって訳でもなさそうだけど…いや、悪いか。悪いよね。
二人ともぶっ倒れると、さあ大変。
女である私や母さんには大の男二人を移動させることもできません。
…だって勇者様、鍛えてるし。
父さんも身長高いし。
風邪を引かないよう、毛布で包んであげることしかできないよ。
お陰で毎朝、二人の目覚めは男同士の同衾状態。
別名、雑魚寝とも言いますが。
とりあえず、寝覚めはあんまり良くなさそうです。
勇者様が青い顔をしています。
父さんは厳しい顔で、朝から栄養ドリンク一気飲みです。
体調は崩していないみたいだから、体が丈夫だなぁって感心しちゃうけど。
………本当に、なんでそこまでするんだろう?
私にはわからない、男同士の勝負か何かなんでしょうか…これは。
薬師という職業上、本当は止めた方が良いのかな?と首を傾げるんですが…
何やら止めてはいけないような、真剣な雰囲気で父が私をじっと見ます。
あ、うん…止めちゃ駄目なんだね、わかったよ。
そう言って、私は触らぬ神に祟りなし状態で引き下がるしかありませんでした。
この時は、本当にわかりませんでした。
こんな酒盛りの意味なんて、私にわかる事じゃなかったんです。
ここ半年で、『娘を持つ父』として勇者様に危機感と警戒心を父が持つようになったなんてことも。
その心配を慮って、勇者様が無茶な条件に甘んじたことも。
条件に込められた意味が…若い男が深夜の時間帯に、可愛い娘に接触する恐れを潰す為のモノだったなんてことも。
言われなきゃ、私にわかる筈がありませんよね?
私がそれを知るのは、このずっとずっと後。
何年も先、こんな時代もあったなんて笑い話に出来るような未来のことでした。
というか笑い話にしかなんないよね、これ!
父は何の心配をしているんだ、と。
話を聞いた時には盛大に呆れる未来。
そんな未来の気配も知らぬ、17歳の私。
ちなみにこの酒盛りにまぁちゃんも加わるようになるのは、父と勇者様の酒盛り四日目のことでした。
みんな肝臓強すぎですよ!!
とりあえず、でも最初に潰れるのなら…
それは勇者様であるような気が、そこはかとなく。
ううん、ものすっごくひしひしと感じるくらいに予想してしまいました。
勇者様、ファイト!
次回から皆様おまちかね、魔境の新年が始まります。
………現実の三か月半遅れ、かぁ(笑)
まだエンカウントしていない、あいつとこいつとそいつが出る予定。
あと、獣人に嫁いだ村長さんの末の妹さんの子供(つまりリアンカちゃんの従弟)も出るよ! 獣耳ですよ!
さて、何の獣人でしょう?
a.イワトビペンギン
b.ワラビー
c.フクロモモンガ
d.ジャッカル
e.オオヤマネコ
f.トラ
g.パンサー
h.雪豹
さあ、ど~れだ(笑)