10.悪魔でも無理なこと
今回はちょっと短めですかね~?
私達はリリフ探しを切り上げました。
というか、途中で思い出しました。
そういえばせっちゃんの使役なんだから、せっちゃんなら召喚できるじゃないか、と。
前に私もロロイのことを呼び出したことがあるのに、うっかり忘れていました。
そもそも二人が私達の使役になったのは、【竜の里】に帰らなければならなくなったから…私達と、離れ難いと思ってくれたからです。
以来、私達も一時のお別れと背中を見送り、敢えて呼び出すようなこともなく数年を過ごしていましたからね。
普段はそんなこと出来るとか、失念して過ごしています。
でも考えてみたら、それが出来るねってことで。
行方不明のリリフには一時耐えてもらって、後でせっちゃんに回収してもらおうと思います。
そして私達はそれより何より、と。
手に冷たい石…シャイターンさんの胴体を握り、向かわねばならない先があります。
「シャイターンさん、あーそーぼー!」
「ほっほっほっほっほ。リャン嬢ちゃんは元気だのう」
魔王城に沢山ある中の、一つ。
複数存在する『居間』の一つに、彼は居て。
大きな暖炉の上に、壁に貼り付けられるような形で飾られた、異様な風体。
悪魔のシャイターンさんが、そこにいました。
相変わらず安定しない口調で。
鼻に、鼠の付け鼻をつけて。
「…って、なにやってるの?」
「暇だったんで、鼠の舞でも踊ろうかと」
「え、なにその踊り。超見たい」
シャイターンさんは、相変わらずでした。
この愉快に暇を持て余した悪魔さんは、私が腕を回収したことを御存知のはずですが…
「シャイターンさん、腕と交換でなにくれる?」
新しい味の飴ちゃんちょーだい♪
そんな副音声を滲ませて、手を差し出してにぎにぎ。
悪魔はのほほんと笑って言いました。
「リャン嬢ちゃん、お持ちなのは腕だけですかな?」
「あ、ばれてら」
「ふはははは! これでも腐ったって悪魔、自分の身体の気配を間違える筈がありりゃんせ♪」
「わあ、シャイターンさんの口調が今日も意味不明!」
「というか、そもそも身体がばらばらにされて生きてる奴もそうそういないんじゃないか?」
「少なくとも首ちょんぱにされた時点で大多数の方は終わるね」
私とロロイの胡乱な眼差しも、シャイターンさんは微風くらいにしか思ってないのかもしれません。
ほふぅと息を吐いて、表情が改められる。
「――古の約定より、悪魔は約束を守るモノ。我が全ての身体を集めたそなたは何を望む?」
「いきなりしゃっきりしたよ、この悪魔」
「もう普段からのおちゃらけっぷりを知ってる身としては、色々言いたいことも出てくる態度だな」
「私は私の誓約通り、回収者の願いを聞こう。そう言っておるのだ、若人よ」
「い、違和感すごいな…リャン姉、どうする?」
「実は聞いてほしいお願いってもう決まってるのよね」
「え?」
飴ちゃん全色コンプリート!
…とかでも良いかなって、一度は思ったんですけど。
でもせっかくお願い事を聞いてくれるって言うんだから、私じゃ実現不可能なことをお願いするのがお得ってものですよね。
だから、私はこうお願いすることにしたんです。
「勇者様の女難を、何とかしてあげてください」
私やまぁちゃんが自力で何とかできない問題で切実なのっていったら、これだよね?
いつもいつも、酷い目にばっかり遭ってるし。
…いや、魔境関連の『酷い目』の………七割くらいは、私が招き寄せてる気もするけど。
でもそれにしたって、勇者様の女難に纏わるアレコレは心配になります。
これで、悪魔に願うことでその心配が晴らせれば…
「何とか、ということは女難悪化でも良いのかね」
わあ、そっち解釈は予期してなかった!
思わず吃驚しちゃいましたよ。
ほきょ、と。
曖昧な笑みで首を傾げる私の横で、ロロイが飛び出しました。
「いや、なんでそうなるんだよ!」
ぼぐぅ、と。
そのままシャイターンさんの頬にビンタをくれるロロイ。
わー…ロロイったら、とってもアクティブ!
「わあ…! ロロイが勇者様ばりのツッコミを! これも半年行動を共にした成果?」
「成果って何の…?」
何だか最終的に、シャイターンさんの悪魔的解釈よりもロロイの雄姿の方が大きな印象に残りました。
お陰で驚きもすっきり綺麗に覚めました。
悪魔を相手に私も曖昧な物の言い方をしちゃうなんて反省です。
どうとでも解釈の取れる言い方をしたら、悪魔相手じゃ食い物にされても仕方ありません。
他の悪魔なら確認もなしに黙って何とかされていても文句は言えません。
そこをちゃんと確認取ってくれる辺りは、きっとシャイターンさんのサービスでしょう。
私も、どうも昔馴染みということで気が緩んでいたようです。
失敗、失敗!
「ええ、と…言い直します! シャイターンさん、今の勇者様…ライオット・ベルツ様の女難を改りょ…じゃなかった、 改 善 してあげてください」
「ん、無理」
「え。一言で断られた。お願い事叶えてくれるって言った癖に、嘘吐きー!!」
「そうは言っても、このシャイターン。悪魔といえど出来ることと出来ないことがある。リャン嬢ちゃん、その願いは『出来ないこと』だ」
「勇者様の女難レベルは悪魔をも超えちゃってんですか…!?」
「恐らく私が全魔力、全生命力を注いでもどうにもならんだろう。悪魔とはいえ出来ることは少なく、悪化させるか兎の耳を生やさせるかだ」
「あれ、なんでかさり気無く勇者様のバニー化お勧めされてるっ?」
でも兎の耳を生やした勇者様も、それはそれで楽しいかもしれない。
主に、耳に気付いた瞬間の反応が。
「リャン姉、なに誘惑されてんの…?」
「は…っ」
危うくお願い事を、耳を生やす方向に転換するところでした。
こ、これが悪魔の誘惑…!
恐ろしいまでの威力です。
「でもロロイ、勇者様にうさ耳とか似合いそうじゃない?」
「それやったらまた引籠るんじゃない?」
「………シャイターンさぁん、ちょっと私、頭を冷やす時間が必要みたい」
「ふぁふぉっふぉっふぉ。うむ、ブレイクタイムであるな!?」
「シャイターンさん、本当に口調が安定しないんだから…まあ、何でも良いけどお願い事は一時保留で。もっとよく考えてみるから」
「左様か。ではよく考えれば良い。私はリャン嬢ちゃんが願いを確定させるまでは此処で張り付けになっておくとも」
「わあい、ありがとうシャイターンさん。流石、ふとっぱらー」
「ははは。現在進行形で腹部はござらんがな!」
「ちなみにお願い事が決まるまでは、胴体の返却も保留です」
「Oh my god!! なんてこったい!」
「いや…だから悪魔が神に祈るの止めましょうよ」
「悪魔とて信仰の自由は認められてしかるべきだと思うのだ」
「無宗教が何か言ってますよ…」
こうして、私の『お願い』は何の成果も出さずに終わりました。
でも代わりに飴をもらいました。
貰った飴は二種。
キャラメルカステラ味と、甘酢昆布味の二つでした。
それにしても、悪魔でも勇者様の女難は消せないなんて…
勇者様、本格的に不幸な星の下に生まれてない?
この上は果たして、どうするべきか…悩ましい。
それに結局保留にしてもらっちゃったけど、シャイターンさんへのお願い事…一体、どうしようかなぁ?