8.ぶらり村めぐり ~らしくないよ、勇者様(笑)~
勇者様が精神的に追い詰められて、勇者様らしからぬ行動に出ます。
なんか妙にやたらと神々しいというか、なんというか…。
戸惑う視線の、私と勇者様。
私達の視線は、アディオンさんに釘付け☆でした。
「お久しゅうございます…無事のお戻り、信じておりましたが喜ばしく思います。これもきっと星の導きでございましょう」
気付かないのか、気付いていて流しているのかアディオンさん。
万能感溢れるアディオンさんの眼差しの奥に、大宇宙が見えた気がしました。
………っていうか、アディオンさんってこんなキャラだっけ。
なんかもっとテンパり気味というか、なんというべきか。
私の予想じゃ、感動の再会(笑)は滂沱の涙を流して感激を前面に押し出し、勇者様に縋りつくくらいはするかと思ったんですけれど。
でもアディオンさんは目の奥に異様な星の輝きを宿したまま、凪いだ表情。
あまりにも目が澄み渡っています。
うん、なんか予想裏切られた。
まさかアルカイックスマイル全開なアスパラのお膝に座したまま、そんな状況を受け入れた姿を見せてくれるなんて。
いや、本当にこんな面白い事態は想像もしませんでしたよ。
お陰で勇者様が滂沱と涙を流しても不思議じゃない様相を呈しております。
一言で言うと、顔面蒼白。
わあ、やったね♪
「アディオン、アディオン…っ お前はそんな人間じゃなかっただろう? 一体何があったっていうんだ…っ!!」
慟哭と表現しても過言じゃなさそうな、勇者様の嘆きっぷり!
床に膝をつき、項垂れる姿はまさに絶望!
こんなに絶望という言葉を分かりやすく体現してくれる人も他にはあまりいませんよね。それもこんなに頻繁に。
「勇者様、お気を確かに☆」
「気を確かに持つべきなのは、俺じゃなくてアディオンだ…!」
「うん、まあそれもそうかな!」
何が彼をこんなに変えたんでしょう?
不思議になるくらい、アディオンさんは静謐そのもの。
彼はゆっくりとアスパラの膝から床に降り立つと、ゆったりとした足取りで勇者様の前に進み出ました。
「殿下、ライオット様」
「アディオン…!」
「何を嘆く必要がございましょう…どうか御心安らかに」
「俺の気持ちがわからないか、アディオン! 前のお前はどこに行ったんだ…!」
「私はどこにも行かず、ただここにあるのみ…この世は有為転変、変わらずにいるものなど一つもないのですよ、殿下」
「そういう事じゃない! そういう事じゃないんだ…! お前の変貌は、それで済ませちゃいけないことだと思うんだよ!」
嘆く勇者様と、勇者様の肩にそっと手を置いて語りかけるアディオンさん。
全く動揺の見られない、異常なまでに穏やかな表情は本当に彫像みたいです。
そんなアディオンさんを改めて目に刻む度、勇者様はやるせないという気持ちの表れか、がんがんと床を殴っています。
へこむへこむ、超へこむって勇者様(笑)
「勇者様、温度差凄いね! アディオンさんとの温度差!」
「リアンカ、今は俺の気を引くような言動をしないでくれ…」
今にも茶々を入れそうな私に怖気づいたんでしょうか。
勇者様がそっと優しく、私の口を塞ぎます。
そのまま、私の存在を黙殺してアディオンさんにひたと視線を向けました。
「ご心配いただき、ありがとうございます。殿下…。ですが案じなさる必要はございません」
「そ、それは何故…?」
「今の私の心の中は、これ以上なく澄み渡っているのを感じるのです」
「……………アスパラに洗脳でもされたのか?」
「いいえ、ただ私は…自分の身の矮小さと、この世界の広さ大きさを改めて実感したからでしょうか。大自然の営みと、そこに宿る様々な生物の精神…それを内包する世界とは、何故こんなにも強いのでしょう。それを思えば…私など………」
「アディオン? あでぃおーん? 帰ってこいー!」
本格的にアディオンさんの目が銀河系を彷徨いだした気がします。
勇者様も焦ったご様子で、アディオンさんの肩をがくがく。
でも揺らされた如きでアディオンさんの状態は異常なまま。
異常なほどに、澄み切っています。
「私達は皆、誰かと助け合って生きているのですよ…殿下」
「アスパラは『誰か』の枠組みに入ってないだろうな、アディオン!?」
「殿下、世の中にあるものは皆、全て一つの生命なのですよ」
「正論だけど何かが違う…! どうしてそうなっちゃったんだ!?」
久々に会うアディオンさんは、すっかり遠い世界の住人になっていました。
それがきっと、勇者様には受け入れられない現実となったのでしょう。
「く…っ お前らが、お前らなんかがいるから…!!」
さあ、振りかぶって第一球――
勇者様は打つか、打てるのか!?
…と、脳内で妙な解説を入れてしまいそうになりますが。
足下をうろちょろしていた小さなアスパラが、目に入ったんでしょうね。
やりきれない思いをこれでもかとばかりにたっぷり詰めて…
勇者様は、拳を振り上げるけれど。
「う、うんだばー…」
「ふんだー…!」
二本(匹?)の小さなアスパラが、ぶるぶると震えています。
勇者様のやり場のない怒りに気付いたのでしょうか。
それともそれが、己に向けられようとしていることに気付いたのでしょうか。
小さなアスパラは二本肩を寄せ合い、互いを抱きしめる様にして勇者様を見上げています。ぶるぶると震え、怯えているのが遠くからでもよくわかりました。
その光景は、ぶっちゃけ勇者様の方が悪役に見えます。
でもどうしたって、なろうと思っても悪役になろうとして成りきれないのが、勇者様だから。
「く、くそ…っ」
怯え、恐れる弱者。
そんな姿を見て、『慈愛の勇者様』に拳を振り抜くことなど出来る筈もなく。
ぴたりと勇者様の動きは止まり、アスパラはその間により大きなアスパラに回収されました。
「………………………俺には、できない」
例え相手が誰だろうと、無抵抗な弱者を相手に暴力を振るえる人じゃないから。
それが例え、かつて敵対した野菜と、同種の人外だったとしても。
勇者様は、そういう人です。
優しくて、いわれのない暴力が嫌いで。
誰よりも誠実だから。
自分で八つ当たりだとわかりきっている暴力行為を、自主的にできる筈がない。
――結果、勇者様は拳を下して項垂れました。
しょんぼりと、まるで奈落まで沈みそうなほどに落ち込みながら。
「ふんだ~! ばーばぁぁあああ!!」
でも攻撃してくる相手には話が別なんだってさ。
先に暴力を振るおうとしたのは、勇者様の方だった。
それもまあ、暴力に訴えるなんて勇者様らしくない行動だけど。
きっとそれだけ追い詰められて、混乱して、動転していたんだと思う。
でもやっぱり勇者様は勇者様だから。
信義に反する行動は、なんだかんだでやっぱり出来ないみたい。
だから、勇者様の暴力は未遂。
結局は出来なかったこと。
タイミング的にその報復…のようにも見えるけど、さ…?
自己嫌悪だか何だかで項垂れる勇者様に、襲い掛かる黒い影。
それはなんというか…初っ端から『殺しにかかっている』動きでした。
その黒い影に心当たりがあるのでしょう。
アディオンさんが、ちょっと目を見開いて叫びました。
「アスパラ番長、おやめなさい…!」
番長。
番 長 。
「………~っ!!」
うん、咄嗟に我慢できたけどね?
瞬間的に笑い死ぬかと思った。
アディオンさんが『 番 長 』と呼んだ野菜。
うん、それもやっぱりアスパラ。
黒いアスパラは、アスパラの中でも一際大きな巨体を惜しげもなく晒したアスパラで…何故か、頭部にバンカラって言うんでしょうか?
あんな感じの学生帽を被っているんですが、何故か日差しよけの一部が縦に割れていました。
そして、その気迫。
そこにいたのはまさに、百戦錬磨のアスパラ。
そうとしか言いようのない、猛者でした。
「ふんだばぁぁあああああああ!」
問答無用で殴りかかる、アスパラ。
対して勇者様は、条件反射の一撃でした。
「ぐ、ぐふ…っ」
「あ」
アスパラの襲い掛かりざま、勇者様の足が咄嗟に動いて…
そのままアスパラを蹴り飛ばす姿を、私は見てしまいました。
この半年間で、鬼のように『条件反射』という名のカウンター技が磨きに磨かれましたからね…主に、むぅちゃんの功績で。
人間という枠組みでは測りきれなくなってきた勇者様の、無意識の一撃。
でも無意識な分、手加減の甘い一撃です。
哀れ、猛ったアスパラは床に沈んでしまいました。
それも、めり込むようにして。
「う、うんば………ら…」
「「「ふんばー!」」」
わらわらわらっと湧いて出たアスパラが、番長を取り囲みます。
その光景を目にして、勇者様の額からだらだらと冷汗が流れ…。
アディオンさんがそっと勇者様の汗を拭いながら、ひたりと見つめてきました。
「殿下…これ以上のむごい仕打ちは、私とて黙っては見ていられません」
「あ、アディオン…!」
そうしてこんな場面で。
勇者様の、従者なのに。
一体どれほど深く、アスパラに精神汚染されてるのか知りませんけれど。
アスパラの肩を持っちゃったアディオンさんは、果たして今でも真っ直ぐに勇者様の従者だと言いきることが出来るのでしょうか。
勇者様もわざとじゃないのにね。
この世って、無情だね!
幼い頃から勇者様の従者として、絶対的な味方であってきたアディオンさん。
そんな彼の断固とした物言いに、勇者様はアディオンさんの精神被害がどれだけ根深いものなのかを悟ります。
今の自分じゃ、どうにも出来ない。
それに気付いたのでしょうか。
勇者様の肩が、わなっと震えて…
「蹴ったことはごめん…! でも、お、俺は…っ立って動いて喋るアスパラなんて絶対に(野菜として)認めないからなぁー!!」
「あ、勇者様まってー!」
そう叫び置いて、家を飛び出してしまいました。
走り去る直前の言い逃げ状態ではありましたが、きっちり謝罪を一言でも述べてから行くあたりは勇者様だなぁと。
そう思いながら、私は勇者様を追いかけるのでした。