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妻の顔も3度まで

土曜の朝、僕はいつもより少しだけ、早く起きた。

妻はもうとっくに起きていて、着替えも化粧も済ませ、掃除機をかけていた。

「おはよう」

「おはよう、あっ!顔洗ったら洗面台ちゃんと拭いといてね!それから、タオルは洗濯機に入れてね。」

朝から、せわしいない。

無理もない。

今日は田舎の僕の母が、東京に遊びに来るのだ。

妻としては、気を使うところであろう。

ぐちゃぐちゃだった部屋もなんとなく、それらしく片付いている。

「早く洗ってよ~!洗濯機もうまわさないと、駅に迎えに行く時間になっちゃうよ??」

「は~いよ」

僕は歯磨きを終えて、顔を洗う。

すると、

「ピンポーン」

「こんな時間に誰かしら?宅配かしら?あなた出てくれる??」

僕がドアフォンを見ると

「母さん?!」

「としろうかい?早く着いたで、自分で来たわ」

にこにこ顔の母が答える。

僕がそっと後ろを振り向くと、妻の顔がちょっとイラだっていた。


「狭いですが、座ってください。とりあえず、お茶入れますね。」

妻がキッチンでお湯を沸かす。

「っつか、着いたなら言えよ。駅まで迎えに行くって言ったじゃんよ」

「1本早いのに乗れたもんでさ。わざわざ、連絡するのも悪いし、歩いて行こうと思ったんよ。前に来たから、道も覚えとったしね。」

…そう言う問題じゃない。こっちにだって都合がある。

「すみません、散らかってて」

妻が恐縮そうにお茶を出す。

「別にええんよ~。私の事は気にせんで。時間までテレビでも見てるでさ。」

そうは言っても、妻の立場的に、気にせず洗濯機を回すことはできず、予定より早めに家を出ることにした。

「さっ、行こうかね。」

「ちょっ、母さん、その鞄持っていくん??」

見るとボストンバッグみたいな鞄をよっこらしょと持ち上げていた。どうやらそれひとつで来たようだ。

「なんで~?大きくて便利よ?」

…邪魔だろ。

自分の母親ながら、昔からこの人はこういうことに無頓着だった。

僕は、としこに頼んで鞄を貸してあげることにした。

某ブランドのシンプルなトートバッグだ。

「こんな素敵な物借りてええの??私はあのバッグで全然ええんよ。」

「いいえいいえ!ぜひ使ってください!」

むしろ使ってくれ、と妻の目が言っていた。

「ありがとう~。」

「…って母さん何してるん?!」

「??何って、この鞄、上にチャックがついてないやろ?せやで、結んどこ思って」

何故か、母は取っ手の部分を十文字に結び出したのである。

船型のトートバッグがたちまち、まんじゅう型になっていた。これじゃあトートバッグじゃなくて風呂敷か、巾着である…。

都会はスリが多いというイメージからか、フタが閉まってない鞄が不安だったのだろうか。

「これで安心やわ。さっ行きましょう!!」

母は上機嫌で玄関に向かった。


「…田舎の母親だからさ…。」

「…ええっ。大丈夫よあれぐらい」

母の事を気遣い、トートバッグといえど、それなりに良い物を渡してくれた。

それが、まさか、巾着の様に扱われるとは思ってもみなかったはずだ。

妻は少し、びっくりしたようだが、割り切ったようで、変わらずに家を出た。


しかし、このトートバッグ巾着事件など序の口に過ぎなかったのだ…。


僕たちはど定番のニューシンボルツリーを見にく事にした。

一時期のピークは過ぎていたとはいえ、入場には並ばないと行けない。僕たちは通路を挟んだ最後尾に並んだ。

「やっぱり少し並ぶわね。」

「まあね。でも回転は良さそうだよ。意外と速いかもよ?」

などと話していた時だった。

4人組の女子がお喋りしながら、通路を挟まない最後尾に並びだした。

「あっ…。」

どうやら妻も見ていた様だ。

僕たちの前には二組程いたため、直接横入りされたわけでは無いが、やっぱり気持ちのいいものでは無い。

しかも、そのうち1人はチラッと後ろを確かに見たのだ。しかし、誰も何も言わ無い事をいい事に?!素知らぬ顔で並び続けた。

「あれって、横入りよね?ああいうのって、どういうつもりなんだろう。」

妻がボソッと言った。


…やばい。

妻は普段はすご〜〜く温厚な優しい奥さんなのだが、モラルとか、常識とか、空気を読まないと言うやからを非常〜に嫌うのである!

冗談抜きで、女の子達に文句を言いに行くかもしれ無い。

いや、しかし今日は母もいる。

悪い事をするわけでは無いが妻の"カワイイお嫁さん"のイメージがある。(多分)

ここはひとつ、俺が先手を打ってあの子らに注意しに行くか?!どうする!?

そんな事を考えていると、母親が口を開いた。

「でもまあ、あれぐらいの積極性も若い子には必要なよね〜!若くてかわいい子達やが〜」


…?!


母親はにこにこしながら、そう言った。

嫌味でもなんでも無く、本気でそう思っている様だ。


「ねえ?としこさん!!」

「えっ?!…ああ…どうでしょうか??」

あまりにも予想外の問いかけに妻は上手く返事が出来なかった様だ。

かくゆう僕も、我が母親ながら、価値観の違いに戸惑った。

横入りは果たして積極性なのか?!しかも確信犯だぞ!?

然しながら一番ありえ無いのは、4人とも"そこそこのブス"ということだ…。

嘘だろ、オカン。


後で二人の時に妻に

「私、お母さんにカワイイって言われて喜んでた自分が恥ずかしい…」

と言われて、なんと返していいかわからなかった。


妻には横入りが積極性かどうかより、そっちの価値観の方が衝撃だったようだ。

…どんまい。




そんな、横入りは若い子の積極性事件はあったものの、なんとか展望台に行き、お土産屋さんなども回り、昼食と、何事も無く、過ぎて行った。


途中で、母親も疲れて来た様だったので、お茶にしようと言う事なった。

妻が直ぐに近くのカフェを検索して、いい感じのところを探してくれた。

「いらっしゃいませ〜」

行ってみると、そこは和風のカフェで、落ち着いた木の温もりが感じらる所だ。メニューもコーヒーから、ほうじ茶まで色々なお茶を選べる。母親の事を考えて選んでくれたのだろう。

「いい雰囲気だね」

僕は妻に耳打ちする。

「でしょう??私この辺だとココが一番だと思うの!内装もこだわってる感あるしね」


妻の趣味はカフェ巡りで、一人でも色んなカフェによく行っている。

妻曰く、空間も雰囲気も含めて、カフェなのだとか。

居心地の良さにもお金を払っているとの事である。


「母さん、何にする?」

「私は水でええよ〜」

…イヤイヤ、お店入って水で過ごす訳にはいかないから。

「二人だけで頼めばええよ」

僕はイラっとした。

そう言う問題じゃないんだ。カフェに入ったなら、クーラーだって効いてるし、何よりこの落ち着いた"空間"にお金を払っているんだ!(妻曰く)

頼まないのは、ここでは常識じゃない。

「こっちで払うんやで、なんでもええから頼んだらええやん!」

僕がそう言うと母は渋々一番安いコーヒーを頼んだ。


そんに、遠慮しないでいいのに…。

僕はそう思ったが、きっと田舎で育った母の性分なのだろう。

飲み物や休憩に500円も千円も払うと言う感覚が無いんだ。

自分だって、最初はコーヒー一杯500円ってぼったくりだと思ったのに。

母が、好んでここを選んだ訳でもないのに、キツく言う事無かったかな…。

などど、僕がちょっぴり、反省していた次の瞬間…!


ボリボリッ。


…?!


「あっ…お母さん、それは…」


「ええっ?!としこさん知らんのぉ??ハッピー・◯ーンやに。私これ、好きなんよ〜!」

「あっ、いやハッピー◯ーンは知ってますけど…その」

「あっ!もちろん二人とも食べてええに〜!」



違う!違うよ!オカン!!

としこが言わんとする事は!

それが何かを聞いてるんじゃ無くて、何故今、ここでそれを食べているのかって事だよ!!


今一度言う。

妻いわく、空間も雰囲気も含めて、カフェなのだ。。。


「二人ともいらないの?遠慮しないでええんよ〜」


「...」


静かな店内にハッピー◯ーンを頬張る音がよく響いた。


僕らは頼んだ飲み物を急いで飲み終えるとそそくさとカフェを出た。

母はもう少しゆっくりしていきましょうよと、ハッピー◯ーンを食べ食べ位座ろうとしたが、流石に妻も「時間がなくなるので」と、母を促した。店員が、飲み物を持ってきても気にしないで食べている母の強気の態度に妻はもう、限界が近づいていたらしい。


気をとりなおして、お土産を探そうと言う事になった。

僕らは某デパートの地下に行った。

危うく、母親が総菜の試食コーナーに捕まりそうになったので、急いで引き戻し、お土産コーナーの方に行く。

また、余計なことをして、妻の機嫌が損なってしまったら大変だ。


朝の「トートバッグ巾着事件」に始まり、「横入りは積極性事件(いや、若い子皆カワイイ事件か?!)」、そして先ほどの悪名高い「おしゃれカフェでハッピー◯ーン」事件と続いているのである!


もう…おとなしくしていて欲しい。


程なくして、お土産を見て回ると母も興味津々で「ようけ種類があるんやね〜やっぱし田舎とは違うね〜」と言って、見て回っていた。

妻も、久しぶりのデパートで、ここでしか買えない物も多いので、機嫌が良くなって来たようだ。自分用に何か探している。


僕はこのまま、何事もなく終わってくれと願った。

…心から。


母がふと、ある土産やコーナーで止まった。

「なあ、これ、よう見るけど美味いんかな?」


?!

僕は一瞬、耳を疑った


「あ…えっと、以前、お土産にお持ちしましたよね?」

少し、遠慮気味に、しかしながらハッキリと妻が答えた。

「そうなんやけど、友達の土産に買ってこうかと思って」

いや、母よ、話が繋がっていないから。こら。

妻が続ける。

「確か、お母さん、美味しかったって言ってましたけど?」

ちょっとイラっとしてるのか、オメェ、食ってるよ?美味しかったって言ってたじゃん??と言わんばかりの発言をする。

しかし、母はそんな事には全く気にしていない様子で、

「あんま、喜ばれなさそうやね〜!やっぱやめましょ!他のにするわ〜」

そう言うと、母はスタスタと次のお土産コーナーに行ってしまった。


…。


「…いや、母さんも、最近物忘れ酷くて!困ったな〜、歳だな!ハハッ!」


「…」


「…ごめん」



後日、僕は妻をフレンチのフルコースに連れて行かされる羽目になった。

妻いわく「散々、あなたのお母さんを接待したんだから、今度は私を接待して‼︎」との事らしい…。


家でも会社でも僕の接待ライフは続く…。


しばらくして実家から大漁の魚の干物セットが送られてきた。「この前のお礼」らしい。


ちなみに妻は、干物が苦手だ。

何度もそう言っている。


…。


「…母さん、歳だから…」


「…」





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