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3/5

常連

…やはりここか。


僕は店の扉の前で躊躇していた。

「おーい、何してるんだ?入るぞ。」

河野部長に声をかけられる。

「あっ、はい!」

急いで後に続いた。


まあ…大丈夫だよな??自分で言うのもなんだが、昔から存在感は薄い方だったし。

飲み会とかでも「いたっけ?」って言われるタイプだし…。

うっ…自分で言っててちょっと悲しくなって来た…。


「いらっしゃい。」


ほど良い愛想の良さの店員が出迎える。


僕は思った。

君も三連勤かと。


僕はこのラーメン屋に三連チャンだった。


店員と一瞬目が合ったが、さすがは程よい愛想店員。余計な事を言わずに席を探し始めた。まあ、単純にあんまり客に興味が無いのかも知れないが…。

余計なモノはイラナイ。

営業としては失格だがシメにちょうどいいラーメン屋としては合格だ。


ここはぼくの地元でもなんでもない。

ただ、近くにいい感じの居酒屋街がある。

会社の上の方々はよくこの辺りで飲まれるらしいのだが、値段設定や雰囲気からいって20〜30代はあまり行くようなところではない。

上司と飲む時くらいだ。

そして、裏通りのちょっと奥に入った隠れ家的なラーメン屋、「味満」へ行くというのがこの辺のツウの飲み方らしい。


問題は僕が昨日と一昨日に飲んだ相手がまったく系統の違う相手だってこと。

特に昨日一緒に飲んだ柳瀬次長と今日一緒に飲んでいる河野部長は犬猿の中なのである…。

僕は調子に乗って皆様に


居酒屋では


「こういう雰囲気の居酒屋って中々行けないので、今日は行けて嬉しいです」

と言い、


ラーメン屋では


「こんなお店知っているなんて、ツウですね‼︎〆に最高です」

とあたかも初めて来たかのように振舞ってしまった。


そして今日もそれは同じ。


「ここはおれのよく行く店なんだ」

なんて自慢げに紹介されて、

「僕昨日行きました。」

なんて言える勇気ははありません。

なので、「あっ!お客様!いつもありがとうございます〜!なんて言われると非常に困るのである。


「カウンターでよろしいですか?」

…カウンターかよ。大将と顔合わせるじゃん。もし、覚えられでもしてたら…。

店員と目が合いそうになったので慌ててそらす。

河野部長とカウンターに腰掛ける。

「ここは塩ラーメンがうまいんだよ。」

知ってます。

「出汁は鶏と昆布で…」

出汁は鶏と昆布で、昆布は日高産のこだわり。

「柚子の風味と…」

柚子の風味と燻した焼豚の絶妙なマッチがたまらない。

もう暗記した。


「大将、塩ラーメン二つ」

大将がこっちを見た。

思いっきり目が合った。

…がそのまま「はいよ。」と言って注文を受けとってくれた。

こちらも無駄に馴れ馴れしい大将じゃ無くて本当に良かった。いやっまあ、単純に僕が覚えられていないって線が濃厚だけどね。

自分のお気に入りの場所を誰かに紹介するというのは気持ちの良いものだ。

それが、初めての来店では無く、しかも良く思っていない柳田次長が先に連れてきたとなれば、気分は良くないはずだ。


程なくして二人分の塩ラーメンが運ばれて来る。

「くぅ〜!やっぱり飲んだ後のここのラーメンは最高だな!どうだ?美味しいだろう⁇」

「あっ、はい!五臓六腑に染み渡りますね!」

あっ、またこのセリフを言ってしまった。

今回は少しひねろうと思ったのに。

「そうだろう〜、遠慮するなよ?餃子も食うか?」

上機嫌のようなのでまあいいか。

確かにすごく美味しいのだけど、結構塩っ辛い。飲んだ後に食べるラーメンっていう感じで味は濃い目。柚子で爽やか仕上げにはなっているのだけれど。

流石に3日連続は胃がやられそう。

いや、居酒屋の時点で僕の胃の限界は近づいていた。

明日はやっと休みだ。

おじやが食べたい。


「若い奴は足らんだろう?餃子でも頼もうか。」

「あっ!本当にもうこれで充分です!」


やめてくれ。

若い奴はいっぱい食うっていう固定概念でドンドン頼んだ居酒屋メニューを殆ど食べないあんたのせいで、一人で平らげて来たばかりだぞ。

もう心の中で敬語を使う余裕はない。

「そうか…?」

河野部長は少し不満げだが、僕は昔から出された物は残さず食べる性分(貧乏性?)なので、出されたからには食べてしまうであろう。

例え自分の胃が限界を訴えていようとも。


スッ。


…?


そこへ何故かチャーハンが二つ目の前に出された。


「良かったら食べて下さい。」


「大将!いいの?!ありがとう!いや〜としろう君、君ついてるね!これは常連にしか出してない裏メニューのチャーハンだよ!一見さんじゃあ食べれない代物だよ?」

河野部長は上機嫌で僕に説明する。


「よく来ていただいているんで」


その時大将と目が合った。

大将はフッと笑った。


「ええっ〜。嬉しいなあ。最近来てなかったからなあ。久しぶりだなあ」

河野部長はもうニコニコでチャーハンを食べる。


「ありがとうございました〜。」


店を出るとタクシーを停めて、河野部長を送る。

「いや〜、今日は実に楽しかった!チャーハンも食べられたし!また飲もうじゃないか!」

そう言って、河野部長はご機嫌でタクシーに乗って行った。


僕は車に揺られたら吐くんじゃないかってくらい胃が限界だったから、少し歩くことにした。


最後のチャーハンは僕の胃の限界を超えて襲いかかってきた。

しかし出された物は、しかも好意で出されたならば、食べない訳にはいかなかった。

大将の好意に僕は残さず食べる事でなんとしても応えたかった。

そして、覚えていて欲しくないってあれ程思っていたのに、やっぱり覚えられていたことが正直嬉しかった。


裏メニュー、常連だけ、この特別感に優越を感じ、人はまた、店に通う。

大将はそんなつもりじゃないだろうが、これは素晴らしいマーケティング技法だ。


そして、大将のおかげで僕の部長接待も大成功に終わった。


それにしても…。


チャーハン…。


なんと言うか…。


味が…無い…‼︎


濃い目のラーメンだからあえて薄味?!

それにしてもなさすぎた!

でも隣の部長は美味しそうに食べている!

部長!実は味音痴!?

それとも特別感に酔いしれてて、もはや味なんて味わってない?!

酔ってる!?

ただでさえお腹一杯なのに、味のないチャーハンをどうやって食べてばいい!?


なんとか部長と大将の目を盗んでテーブルのコショーと一味を無我夢中でかけまくって完食した。

店員には一回見られてしまったが、同情の目を向けて、見て見ぬふりをしてくれた。

きっと賄いでもこやつは出されているに違いない。


僕は思った。


…これは優しさと言う名の拷問だろうか…。


裏メニューなんじゃなくて、正規メニューにしても誰も頼まないだけなんじゃ⁇


そんな失礼な事を考えながら家に帰った僕は次の日下痢ピーで、おじやすら食べられなかった。


…常連なんて糞食らえだ‼︎








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