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勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第1章 旅の準備
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ゴブリンリーダーの剣術


「さぁ、行くぞ!」


結局、子ども達がどんな答えを出したのか、それはティム達にも分からない。だが、話が終わってゴブリン退治に向かうと告げた時、子ども達の目はやる気に満ちていた。それがただの殺気ではなかった事が、子ども達の選んだ道を指し示しているようにも思える。

未来の事など決まっていない為、ここで出した答えがそのまま子ども達の人生になるかはまた別の話だが。


何にせよ、ゴブリン退治に向かうティム達から、離れていくような子どもはいなかったし、未知のモンスターからは逃げろと告げたティムやミオに道中で蔑視の視線を送る者ももういなかった。


ゴブリンの巣穴に着くまで何事も起きなかったし、そんな予兆も見えなかった。

ティムはその結果に満足していた。自分の思っていた通りに近い形で事が運んでいる事に安堵していた。


ーーだから、それが起こった時に止める事が出来なかった。









ティムはゴブリンの巣窟の前で一度立ち止まると、子ども達を振り返る。ゴブリンの見張りを誰が倒して、どのパーティーが中に突入するか、どうやってゴブリンを逃さないようにするのか、それらの作戦を全員に伝える為だ。


その時の子ども達は皆が熱心にティムの話を聞いていた。事実、燻る想いを仇の1つであるゴブリンで発散させようとしていた子ども達は、熱心に聞いていたのだ。


ただ、その綻びは意外な場所から現れた。


「何してるっ! お前は後方待機が役目だろうが!!」


予定通りに、ゴブリンの見張りを倒した瞬間、1人の少年がティムの制止を振り切って、巣穴へと飛び込んで行った。

予定では、入り口付近で待機し、傷付いた仲間をマメルやミオが癒すのを警護し、中から逃げ出してくるゴブリンを倒すはずだった者だ。


「くそっ! リオン、代わりにマメルの警護に当たれ! 他の奴らは予定通りだ! ミオと…俺と一緒に突入する奴は付いて来い!」


ティムは焦りを浮かべて一気に突入して行った。ティム達の進入に気付いたゴブリンが、迎撃態勢で迎え討って来る中、焦燥感の見えるミオが追随する。

ティムは探した、襲い掛かってくるゴブリンを殲滅するよりも、制止を振り切って飛び込んで行ったバカ野郎の姿を探した。しかしバカ野郎の姿はどこにも見えず、さらに奥へと入って行ったようだ。


「ゴブリンリーダーはお前1人じゃ荷が重いんだよっ!」


ティムの焦燥感が溢れ出してくる。他の矮小なゴブリンを率いるように存在するゴブリンリーダー、それは並みのゴブリンが束になって掛かっても足元にも及ばないような強さを誇る。パーティーで挑むならまだしも、昨日モンスターを初めて狩ったような子どもが1人で相手をするには荷が重過ぎた。


「お前ら! 油断するなよ、お前らなら指示が無くても怪我せずに殲滅出来るからな。危なくなったら迷わずリオンの元に戻るんだ。ミオは俺に付いて来てくれ!」


そう言い残すと、ゴブリン相手に善戦を続ける他のメンバーを置いて奥へと入っていった。








ゴブリン達が巣食う洞窟、その奥には少し開けた空洞があった。これまでの通路をゴブリンの迎撃態勢が整う前に走り抜けて来た少年は、1人で最奥のこの空間に辿り着いた。




空洞の中には、壁にもたれ掛かって武器を弄んでいる存在がいる。


身長は通常60cm程しかないゴブリンと比べると随分と大きい。少年と同じぐらいか、それよりも少し大きいぐらいだろう。弄んでいる武器はどこから手に入れたのか金属製の長剣に見える。ゴブリンが持っている武器など、手入れもされずに錆びや刃こぼれが有るのが当然なのに、その武器は丹念に手が行き届いているように見えた。


「ギリッ…」


少年の歯軋りが空洞に響く。


そんな音に気付いても、壁にもたれ掛かっていた存在は自分のペースを崩さない。やれやれ、とでも言いたげにゆっくりと身体を起こすと、長剣を握り締めて少年を見てほくそ笑んだ。


「…お前がゴブリンのリーダーか!?」


少年は、卑猥な笑顔に嫌悪感を抱きつつ、怒鳴るように問い掛けたが、ゴブリンリーダーはただニヤニヤと少年を見るだけだった。

返答など期待していなかったし、そうであることは見れば分かる。普通のゴブリンの2倍近い身長や、部屋のように整えられた空洞で寛いでいる所を見れば明らかだったからだ。



少年は持っていた剣を身体に引き寄せる。苦虫を噛み潰したような顔で腰を落とし、ニヤニヤ笑いを浮かべるゴブリンリーダーに向かって一気に駆け出した。


焦った様子を見せずに右半身になったゴブリンリーダーは、右手だけで重い長剣を持ち地面と水平に構える。左手を背面に回し、腰を落とした姿を見れば、突きの体勢で迎え討とうとしていることがわかるだろう。


少年は、ゴブリンリーダーがなにかしらの構えらしきモノを取っていることに驚きを見せた。ティム様英雄譚で聞いていたとしても、武術をかじっているモンスターが信じづらかったのだ。

このまま、切り掛かってもいいのだろうか、少年に躊躇いの表情が浮かぶ。しかしそれも寸刻の事、既に目の前まで来てしまっていては立ち止まる事など出来ない。


「死ねっ!」


少年は、抱え込むように持っていた剣で横薙ぎに切り掛かった。

その一撃は脚を交差させるようなバックステップで簡単に避けられる。ゴブリンリーダーは後ろ足の加重を利用して直後に前進、長剣を突き出した。その切っ先は鋭く、少年の反応速度を上回る。結果、避けきれずに横腹を掠められた。


「…っぐ」


少年は横腹の痛みに恐怖を抱いた。死を告げるような警鐘が身体中の神経を駆け巡る。

しかし、少年は奥歯を噛み締めて痛みをグッと我慢する。横腹からジワジワと血が滲み出しているが、それに気を留めている余裕はない。

少年を追い込むように、脚を交差させて前進したゴブリンリーダーが突きの連打を繰り出してくる。


「…くそぉ!!」


上手くいかない憤りから少年は叫んだ。


それでも少年に出来ることは限られている。少年は逃げる、逃げ続ける。

身長の違いなどほとんど無いのに、ゴブリンリーダーの一歩は大きく逃げ切れない。立て続けに繰り出される突きが少年に冷や汗をかかせる。

それは、ゴブリンリーダーの用いている足運びによるものなのだが、それでも、逃げに徹しているのに逃げ切れない少年からすれば、理不尽さを感じてしまう。この空洞に辿り着くまでに斬り結ぶ…いや、斬り捨ててきた通常のゴブリンと比べてゴブリンリーダーが強過ぎることが余計にそれを駆り立ててくる。


「来るな!!」


少年は叫んだ。

ティムの指示を無視して1人で奥まで突っ込んで来たのに、このまま傷も付けられられずに殺されるのか…。少年にはとても受け容れられなかった。


ゴブリンリーダーはそんな少年の言葉を無視して、突きを繰り返す。胸、腹、顔、首、上半身の至る急所を狙って一撃必殺の突きを繰り返してくる。その顔に愉悦の笑みを浮かべながら。


「…ヤられてたまるかっ!」


ただで死ぬわけにはいかない。少年は腹を括った。刺し違えてでも殺してやると。


ジリジリと追い詰められた少年は破れかぶれに剣を振るう。ゴブリンリーダーが少年の首目掛けて突き出してくる剣を避ける事もせずに、相討ち覚悟で剣を振るった。


少年の剣はまた避けられた。

ーーだが、少年はまだ生きていた。


すぐさま返突されるが、少年は何とか避ける。そしてまた、繰り返しのように逃げに徹した。


(何故だ? 何故死ななかった?)


少年は驚いていた。突きを避けながら少年は考える。

相手に攻撃が当たらなかった事に驚いているのではない。首を貫かれる筈だった自分がまだ生きている事に驚いているのだ。


(俺の攻撃は当たらなかった。アイツは避けたんだ。だが、俺は避けちゃいない…)


少年は疑問を抱く。

避けていないのに当たらなかった。


(そうか…)


半信半疑なのだろうか? いや違う。

確たる証拠はどこにもない、それでも少年は確信していた。少年の心の中に、蜘蛛の糸のような閃きが生まれた瞬間だった。


ゴブリンリーダーが繰り出してくる攻撃を避けながら、少年は隙を伺う。

相手の隙ではない。

避けながらも、自分の体勢が剣を振るえる状態になる刻を探っていたのだ。


その時が来る。


相手の突きは避けた。だが、自分の体勢も崩れてはいない。ゴブリンリーダーは、またすぐに突きを繰り出してくるだろうが…


「だぁ!」


少年は剣を振るった。


ゴブリンリーダーは、脚を交差させて後ろに下がる。心臓目掛けて突き出していた長剣を引っ込めて。

少年は笑みを浮かべて確信する。


(…闘える!)


自分は闘える、相手は逃げることも闘うことも出来ないような圧倒的な強者ではない!


少年は剣を振るう。

逃げに徹せず、自分からも攻撃を繰り出し始める。ゴブリンリーダーも攻撃の手を緩めない。しかし、明らかに少年が避けなければならない攻撃は減った。少年の攻撃を避ける為に、手数自体が減ったのだ。


「お前も俺の剣が怖いのか? まぁそうだよなっ!」


ゴブリンリーダーの笑みが薄れ始めた。一方的に攻撃していた少年からの反撃が、自分の生命を脅かしている事にいまさら気付いたように、段々と表情に影が刺してきた。


「今度は俺の攻撃なんだよ!」


少年は闘えている自分に悦びを感じながら、剣を振るう。戦闘の優勢は移り変わり、ゴブリンリーダーの手数よりも少年の手数が多くなる。


少年には、心に秘めていた復讐心が果たされる刻が近付いてくる音が聴こえていた。ゴブリンリーダーのお株を奪うような卑猥な笑みを少年が浮かべる。少年の身体からドス黒い何かが漏れ出した瞬間だった。



その時だった。

少年は幻聴を耳にし、目眩を覚える。


せっかく憎っくき仇を討ち倒す見通しがついたのに、少年の足がフラついた。初撃で受けた脇腹の傷から血が流れ過ぎたのだ。戦闘の興奮状態で痛み自体は感じていなくとも、身体はいずれ限界を迎える。

その予兆が今現れた。


ゴブリンリーダーはその隙を見逃さない。


「ぐわぁぁぁ!!」


少年の左腕が宙を舞った。

肘から先が飛んでいき、地面をコロコロと転がって行った。


興奮状態にあっても耐え切れない痛みが少年を襲う。少年は蹲り、剣を握ったままの右手で左腕を抑える。


「ギュルルル」


勝負が決したと思ったのだろう。ゴブリンリーダーは初めて声を出して笑った。

獲物を甚振いたぶるように、ゆっくりと長剣を持ち上げ、その腕を振り下ろす。


少年は見ていた、痛みに耐えながら。

ずっと、ゴブリンリーダーは突きを繰り出してきていた。その為、ずっと長剣を挟んで遠くに存在していたゴブリンリーダーの右腕、それがゆっくり近付いて来るのを見ていた。


「りゃゃゃ!!」


少年は左腕の痛みを食いしばり、膝のバネを利用して剣を振り上げた。


「ギョェェェ」


今度はゴブリンリーダーの悲鳴が響く。

長剣を握ったままの右腕がゴンゴンと地面を叩く。少年はそのまま、ゴブリンリーダーの首を貫いた。


「…っっ!! ゴポッゴポッ」


ゴブリンリーダーが声にならない悲鳴を上げる。残った左手で喉を抑えて苦しんだ。喉から溢れ出した血液がゴブリンリーダーの肺に達する。ゴポゴポと口から音を出し、ゴブリンリーダーの人生は幕を閉じた。


「…はっはっ…はははは!!!」


少年の笑い声が空洞に響く。

仇打ちを果たした悦びに少年は陶酔する。少年の左腕からは血液が、身体中からはドス黒い何かが噴き出していた。


「バミル!!」


ティムとミオが空洞に辿り着いた時、バミルから噴き出すドス黒い何かを見たミオは一歩後退るのだった。




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