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勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第1章 旅の準備
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昔話



「今日はまた奥に入って行く。それが終われば村に帰るぞ」

「「わぁぁぁ!」」


朝食に鹿肉を腹一杯に食べて、今後の指針についてティムから話を聞いていた子ども達が歓声をあげる。

いきなり樹海に連れて来られて、いつ戻れるかもわからなかった村に帰れるのだと喜んでいる。


「今から向かうのはゴブリン達の巣窟だ。そこに巣食っている薄汚いゴブリン共を殲滅させるのが今日の…最大の目的だ!」


だから、次いで告げられた言葉もティムから送られたエールに聞こえた。

ゴブリンの名前を出されてもそれは変わらない。ゴブリンなど、子どもの自分達よりも背が低く、力も無い。手先が器用でヒト族の真似事のように武器を用いる個体もいるが、マトモな武器を手に入れられないゴブリン達など相手になる筈もないと考えているからだ。


自分達の力でモンスターを倒し、自信と実力を身に付けた自分達の姿を見れば、村で待つミレーヌやハンスはどんな顔をするだろうか。

実の両親の顔を覚えてすらいない子ども達は、親代わりのミレーヌやハンスに褒められる事を想像して無邪気に喜んだ。


“薄汚い”と罵るティムの言葉に、最大の侮蔑が込められているとも知らずに。


「お前らに話しておかなきゃいけねぇ事がある」


わーきゃーと騒いでいる子ども達は、ティムの話が続いている事に気付かない。もはや頭の中では村に帰れることと、お土産の食材を見たハンス達の反応が楽しみで仕方なかった。


「静かにしなさいっ!! そんなに騒いでどうしたの!? 今からまだモンスターと戦いに行くって言うのに、浮かれた気分でどうするの? モンスターを相手に油断しちゃいけないって、皆んなは学ばなかったのかしら? そんな浮ついた気分で戦いに行って、今度は誰が怪我をするのかしらねっ!」


ミオに一喝されて、シュンとした空気が漂うまでは。


子ども達に、そこらのモンスターを前にしただけで動けなくなるような恐怖はもうないだろう。だが、過信や油断で簡単に傷を負うという事も学んだ為に、ミオの言葉に身を震わせる。

自分達の行動を振り返って反省し、ティムの話を聞く為に居住まいを正した。


ミオは場が静まったことを確認すると、話を続けるようにティムを促す。


「…この話はお前らが物心付く前の話だ。だから覚えてないだろうが、知っておかなきゃならねぇ。それは…村が襲われた時の話だ」


村が襲われた時の話、その意味を悟った誰かがゴクリと喉を鳴らす。居住まいは正していても、浮ついたままであった心が鎮まり返っていった。


もちろん、子ども達は聞いていた。

過去、コムル村がモンスターの襲撃にあった事も、そのせいで自分達の本当の両親が死んでしまった事も。しかし、詳しい話はハンスやミレーヌから秘匿されていた。

子ども達の成長を害する事のないように。ティム達のように復讐の炎を心に灯し、無謀な戦いへと足を運んでしまわないように。


その話を今聞けるのだ。


「村を襲ったモンスター。その正体は…ゴブリンだ!」


だが、ティム達は話す事を選んだ。


ゴブリンと聞いて、誰かが得心がいったように頷く。だから今話すのかと。

しかし同時に納得がいかない者もいる。何故ゴブリンごときに滅ぼされてしまったのかと。


「奴らは村の大切な畑や俺たちの家に火を放ち、風の大精霊を祀る聖堂を薄汚いその手で汚した」


ティムは意図して辛辣な言葉を並べ立てる。ゴブリンに抱く憎々しい感情を隠す事もなく、寧ろ増大させて言葉に乗せる。だからこそ感情の変化を感じる事に長けている子ども達はスッと心に染み込ませた。


「…そしてお前達の両親を殺した」


…ゴブリンを許しちゃいけない、と。


先ほどのざわめきが嘘のように、今の子ども達からは騒ぎ立てるような声は聞こえてこない。ティムの言葉を聞き逃すまいと静かに耳を傾けている。

心の中に熱く込み上げてくるものを必死に抑えながら。


シンと静まり返っていたから、耐え切れずに放たれたホッブズの言葉が皆に響いた。


「でっ…でも、ならなんで村は滅びたんだ!? 大人は何をやってたんだよ? ゴブリンだろ? たかがゴブリンに全滅させられるような親だったのかよ!?」


これが、ティム達が話す事を選んだ理由だった。いずれは疑問を抱く。樹海の端にある村が、樹海のモンスターがいくらか出てきた程度で全滅までするものだろうか? 子どもの自分達でも倒せるようなモンスターを相手に? と。そして、真実を語らないミレーヌやハンスに疑問を抱き、全く関係のない妄想から反感を覚え始めるだろう。


ミレーヌやハンスが子ども達ーー自分達を含めてーーを守ろうとしているのを痛いほど知っているティム達は、そんな感情にミレーヌ達が晒されるのを嫌った。だから話す事に決めたのだ。


「言っとくが、俺の親父もハンスさんも俺たち3人が束になって掛かっても勝てないぐらいに強かった。村が滅びたのは大人達の所為じゃない! それだけは言っとくぞ!!」


ティム達が選んだのは増悪の対象をモンスターに制限する事だった。真実を伝え、間違ってもミレーヌやハンスに悪感情を抱かせないようにする事だった。


「ゴブリンの1匹1匹は弱い。それこそ、1匹では戦闘蜂と戦えるかどうかという程にな! が、奴らは徒党を組んで攻めて来る。戦闘経験が豊富なゴブリン共は連携が取れた数の暴力で攻めて来る。そうなると、今のお前らでも1人じゃ危ないだろう。そんなゴブリンが村を埋め尽くす程の数で襲って来たんだ」

「それに、モンスターの中にはゴブリンの他にも…誰も知らない、未知のモンスターがいた。その姿を見た瞬間に、当時の俺が恐怖でチビっちまうぐらいのモンスターだ。そいつは強過ぎた。何百ものゴブリンを1人で薙ぎ倒していた俺の親父が手も足も出ないぐらいにな」


モンスターが多過ぎ、強過ぎたことが原因なのだ。大人達は自分達を残して逃げた訳でも、怠惰に生活を送って弱かった訳でもないのだ。あくまでも、悪いのはモンスターなのだ。

それがティムが伝えたいことだった。


「その未知のモンスターは1匹だけじゃなかった。緊急時の洞窟に逃がされる時に俺が見ただけでも10匹は優に超えていたんだ!」


ホッブズは、まだ腑に落ちない所があるだろうに、顔を顰めてモンスターに対する増悪を連ねていた。


「そして静かになった村の様子を探ろうと、護衛のハンスさんが洞窟から出てみると…誰も生きちゃいなかった」


ここでティムは嘘をついた。

本当は息のある者もいたのだ。その時に発見することは出来なかったが、後日ハンスが相棒のライと一緒にゴブリンの巣穴の1つを強襲した時に生き残りを発見した。


村の女性達だ。


ゴブリンは他種族の女を攫って子を孕ませる事がある。ゴブリンがヒト族から嫌悪される1番の理由だ。ゴブリンの慰め者にされ、伴侶であった旦那はもうこの世にいない。彼女達は自ら死を求めた。その中にはここにいる子ども達の母親の姿もあった。


しかし、それは言わない。


結局、母親は自分を残して死へと逃げたのだと思われるのが怖い。肉親がどんな目に遭ったのか知った時の行動が怖い。

だから言わない。


この選択はミレーヌ達が行った選択と同じだった。彼らを守る為に秘匿したのだ。


「ハンスさん、ミレーヌさんはお前らに復讐を望んじゃいない。戦うことで怨みを晴らすようなことは望んじゃいないんだ! だから、この話をしなかった!」


知っている。

ハンス達は復讐を望んでいない事を、ティム達は知っている。


「だが、俺は話す! ゴブリンの卑劣さと、未知のモンスターの脅威を知っていてもらう為に! 薄汚いゴブリンは生き残りも多く、容易に繁殖しやがる! 俺達が今から行くのは、最近発見したそいつらの巣穴だ! そこに巣食っているゴブリン共を根絶やしにして、2度と俺たちの村に危害を加えられなくしてやるんだ!」


実際、ハンスがゴブリンの巣穴から女性達を助け出す為に、そこにいたゴブリンの全てが殲滅された。それなのに、ティム達は見つけたのだ。多数のゴブリンが住む巣穴を。


ティム達はゴブリンの巣穴を何度も見つけて、何度も根絶やしにしてきた。なのに気付けば、また違う場所で繁殖しているのだ。


過去の悲劇を繰り返さない為に、ゴブリンは早々に駆除しなければならない。

その役目を後進に教えておく事、それが樹海に来た1番の目的だった。


それは充分伝わったようで、ティムに先導されて熱くなった子ども達はゴブリンなど駆逐してやる! と口を揃えて立ち上がる。いまにも、巣穴目掛けて飛び出して行きそうな程に。


しかし、ティムの話は終わらない。浮き足立つ子ども達を抑えるようにして、言葉を繋いだ。


「それと!! …未知のモンスターの事だ。2m近い身長を持ち、全身を筋肉の鎧で覆ったようなモンスター。そいつを見たら迷わず逃げろ。

今のお前達じゃ敵わない。俺たちですら敵うかわからない」


ゴブリンに怒りを抱き、早く殺したいと浮き足立っていた子ども達は、ティムの口から突然飛び出した弱気な発言に耳を疑った。

過去の悲劇を繰り返さない為に、敵を殺すんじゃないのか? 襲われたらやり返すんじゃないのか?

そんな言葉が口々にティムへとぶつけられる。


「1番に考えなきゃいけねぇのは、復讐じゃない! お前達が生き残る事だ! だから、多過ぎるゴブリンは殺す! …だが、敵わないと分かっている敵からは逃げろ!! それがハンスさんやミレーヌさんがお前達に願っている事だ! (そして、俺たちにも…)」


ティムが最後に呟いた言葉は両脇に立っていたミオとリオンにしか聞き取れなかっただろう。

今回の話の中で出さなかった、モンスターを先導するかのような白服のヒト族…例え敵わなかったとしても、そいつに対して抱いた復讐心を燻らせたまま生きていくつもりはない。ハンス達の気持ちは知っていても、譲れない想いがティム達にはあるのだ。


しかし、そんな想いまで引き継がせるつもりはなかった。だから、聞こえないように呟いたのだ。


「何度も言うけど、ハンスさんや母さんは貴方達が安らかに成長していく事を願っているわ。だからこの話を今までもしなかった。私達がこの話をしたのは村の安全を守る為には脅威を知り、それを取り除く努力をしなければならないと身を持って知っているからなのよ! その脅威の取り除き方が、ゴブリンは見つけたら殺す! 未知のモンスターからは逃げる! って事なのよ!」


弱気な発言をしたティムが何を言っても、子ども達の熱は下がらなかった。だからといってミオが代弁しても、理解は出来ても納得が出来ない。


「でも!! その未知のモンスターってのが村を母さんや父さんを殺したんだろっ!?」


奪われたなら奪ってやりたい。奪われたモノが大事なモノなら、余計にその気持ちは強くなる。顔も知らない両親なのだ、子ども達にとってはどれ程大事な事だろうか。


「気持ちはわかるわ! でも、復讐なんかしちゃダメなのよ! 貴方達が復讐で死ぬ事を、貴方達の両親は決して望まないのよ! 貴方達が生きていってくれる事を望んでいるのよ! それは、わかるでしょ!?」


なら、何で自分達は旅に出るのか…。ミオは自問しながら子ども達を説得していた。


子ども達は、ミオの内心などに気付きもせずに“生きていくことを望んでいる”その言葉に締め付けられていた。


「そんな風に言われたら、復讐なんて出来ないじゃないか…」


ステフの呟きがそのまま皆の想いだったのだろう。やりたくとも出来ない事がある。そんな想いに子ども達は打ちのめされた。ゴブリン退治にいきり立っていた子ども達の足が、根が生えたように動かなくなる。そのまま地面に座り込んでしまう者もいた。


「…なんとか、母さん達の願いは叶えられたかしら?」

「さぁな、俺達が話したにしろ話さなかったにしろ、真実に気付いて復讐に走ろうとする奴はいたさ。その時の事を考えたら、俺たちから釘を刺されたってのは、まだ良い方なんじゃねぇのか?」


ティムとミオが子ども達に聞こえないように小声で呟く。リオンがそれとなく頷いている事を見ると、ティムに同意見のようだ。


どちらにしろ、もう話してしまった事は元に戻らない。この後、子ども達がどんな選択をするにしても、旅立つティム達には止められない。ミレーヌやハンスの努力に頼るだけだ。


「今度は成功するよ…きっと」


リオンがボソッと呟いた。

自分達の復讐の旅を止める事には失敗したハンス達だが、この子達に関してなら大丈夫だろう。自分達とは違って、記憶の中にない敵を憎み続けるのは難しい事なのだから。

その為に、ハンス達が子ども達の事をどれ程心配しているのかも伝えたのだし。


「まぁ、後は母さん達の頑張り次第ね」


ミオはそう締めくくった。

地面に項垂れて、頭を悩ませている子ども達を心配しながら。


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