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勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第1章 旅の準備
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7人の戦士


3人の準備が整うのを待っていたかのように、闇の中からモンスターが姿を現した。


幾筋にも枝分かれしている2本の角が特徴的な、角鹿ホーンディアーと呼ばれるモンスターだった。人間など、一蹴りで殺せそうな太い4本の脚でのそりのそりと近寄ってくる。


人間程もある角鹿の巨体に3人組が怯む。前に立つリオンの陰に隠れるように一歩下がった。

そんな3人にリオンが言った。


「3人で戦ってみて」


3人は顔を見合わせて、青ざめた。自分達だけで戦えるのか不安が過る。

3人の不安を、煽るように角鹿がブルリと身を震わせて凶悪な角を見せつけてくる。


3人は身体の震えと共に、せっかく決意した思いが霧散していきそうになるのを感じ、逃げ出したい気分に駆られた。


ジリジリと後退る3人はもう一度顔を見合わせる。

そして頷いた。


俺達も戦う!

その言葉を声に出して。




3人が動き出す。

恐怖で小刻みに震える手足を無理やり黙らせて、自分のやるべき事、やりたい事の為に動き出す。


「俺は美味い飯が食いたいんだ!」


自分を奮い立たせる為に、ホッブズが大きな声を出す。

ずっと味気ない食事を摂らなければならないことなど望んでいない。支えられることが嫌なのではない。ただ、一方的に支えられるだけの人生が嫌なのだ。村という少人数で成り立つ共同体の中で、誰かに負い目を感じながら生きていくなどまっぴらゴメンなのだ。


目の前で仁王立ちするホッブズを角鹿が見つめる。顔先を高く持ち上げ、目先のホッブズには興味が無さそうな瞳で周囲を見渡した。


「オラァ!」


そんな瞳に気付くことなく、気合いの声と共にステフが角鹿へと突っ込んで行った。


気持ちはホッブズと同じなのだろう。目の前に未知の恐ろし気なモンスターがいるというのに、その目に浮かぶ恐怖は角鹿を捉えていない。別の何かから解き放たれたいような、そんな目をしていた。


「ブゥルゥゥ」


角鹿は体に張り付いた鬱陶しいノミでも振り払うかのように、頭を振った。ステフは、その広範囲に枝分かれした角の脅威を見せられただけで突進を押し留められる。


ステフとしてはホッブズに気を取られている筈の角鹿に初撃を加えるつもりだったのだろう。近付くことが出来ずに苦い顔をする。


「ヒィィン!!」


しかし余裕を見せていた角鹿から、絹を切り裂くような苦痛の声が響いた。突如、何かを嫌がるように後ろ脚を蹴り上げながら、その場をグルグルと回り始める。


「俺だってヤれる! マメルよりも歳上なんだぞ!」


いつの間にか角鹿の背後に回っていたジャム。角鹿の蹴り上げから逃げるように姿を見せたジャムは、その手に握った剣の先を角鹿の体液で赤く染めていた。

ホッブズとステフが注意を引き付けている間に、無防備な尻に剣を突き刺したようだ。


「良くやった!」

「馬鹿が、良くねぇよ! 暴れ回ってるじゃねぇか! 近付けねぇよ!」


ジャムの一撃をステフが褒めるが、ホッブズはそれが大間違いだと叱責する。

後ろ脚を跳ね上げながら暴れまくる角鹿を見れば、どちらが正しいかは分かるだろう。

自分の仕事を果たして晴々とした表情を浮かべていたジャムも、その暴れ方を見て、バツが悪そうに舌を出した。


もっとも、近くで3人の戦闘を見守っているリオンからすれば、どちらも正しいのだが。

自分達からモンスターに戦いを挑み、自分達の力だけで攻撃に成功した。その結果、その後の戦闘がやり辛くなったとしても、この3人組の成長としては成功なのだ。


あとは、どうやって仕留めるか…リオンはクスりと笑みをこぼしながら3人の次の行動を見守った。


「くそっ! 落ち着きやがれ!」


ステフが暴れる角鹿の眼前で、剣を振り回して

叫んだ。その行動に挑発されて、角鹿の暴れ方が酷くなる。


「ステフこそ落ち着けよ! そんなんじゃ余計に角鹿が暴れちまうだろ!」

「あはははは」


ジャムが2人のやり取りに自然と笑みを漏らす。


(なんだろう、戦闘中なのに怖くないや)


ホッブズやステフもジャムが抱いた気持ちと同じなのかも知れない。なかなか近付けず、歯がゆそうな表情を浮かべる傍ら、互いに視線を交えさせて笑みを浮かべているのだから。


「動きが鈍ってきたぞ! 疲れて来やがった!」

「油断するなよ」


やがて角鹿の体力も底を尽きてくる。尻から流れる血液が、余計に体力を奪っているのだろう。


「また俺が刺しに行こうか?」


落ち着かせて、近付いてやろうとしていた3人も、いまや角鹿の体力が無くなるのを待っていた。落ち着かせることなど無理だと悟り、せっかくの獲物を逃がさないようにと、取り囲んでいる。


「バッカ野郎! 俺たちにも手柄を分けろよ!」

「そうだ! ジャムばっかに良い格好させられるかよ!」

「あはは」


冗談めかした軽口を叩きながらも、3人は角鹿を逃がさないように注意していた。少しづつ暴れ方が落ち着いていくのに合わせて囲みを狭めていく。


「大分弱って来たぞ!」


やがて角鹿は暴れるのを止める。ジリジリと近付いてくる3人に、視線だけで警戒色を露わにしていた。


そしてついに角鹿が地面に倒れ込む。もはや出来ることは無い。角鹿の瞳はそう語っていた。


ホッブズが、ステフが、ジャムが、ゆっくりと角鹿に近付いていく。力無く横たわった角鹿の側で、3人が互いに視線を合わせた。

3人共に頷くと、一緒にトドメを刺そうと同時に剣を振り上げる。

そして、同時に剣を振り下ろそうとした時、角鹿を注意深く見ていたホッブズが叫んだ。


「危ねぇ!!」


瞬時に3人共が飛び退いた。

角鹿が最期の足掻きに鋭利な角を振ったのだ。そのまま無防備に振り下ろしていれば、良くて相討ち。そんな結果に終わっていただろう。


ステフとジャムは互いに無事な姿を確認して、胸を撫で下ろした。

そして、最期の足掻きすら出来なくなった角鹿は、同時に振り下ろされた3本の剣が突き刺さる。

3人は顔を見合わせて笑みを浮かべる。体の奥底から湧き出してくる充足感を、仲間と共に味わっていた。



直後


3人の背後から割れんばかりの音が鳴り響く。


「まだいたのかっ!?」

「角鹿から剣を抜け!」

「みんな、まだヤレるよな?」


驚愕の表情で剣を抜いた3人が振り返ると…そこには3人の成果を讃えて拍手を送るティム達、フモール達の姿があった。

角鹿との戦闘音で起きてきたようだ。


「良くやった! 鹿肉は美味いぞ!」


ティムが言う。


「アンタ達、ヤルじゃない!」

「1番の大物ですね!」


フモール達も口々に賞賛する。


「お疲れ」

「まっ、まぁまぁってトコね」


最後にリオンとミオが労ってくれる。


3人は恥ずかしそうに顔を俯かせ、それぞれに喜んでいた。

モンスターの夜襲を退けた3人は、賛美に包まれながら見張りを交代した。


最後の見張りはティムとミオだ。


「明日の朝飯はホッブズ達が仕留めた鹿肉だ! 楽しみにしてゆっくり寝とけ!」


3人にとっては、そんな言葉が一番嬉しかった。

明日の朝飯が今までの人生で一番美味い飯になるだろう。3人にはそれが分かっていたから嬉しかった。




毛布に包まれた3人は、共に戦った仲間と目を合わせ、少し恥ずかしそうにはにかんだ。そして、明日の朝食を楽しみに、眠るのだった。






ーーー



ティムとミオが焚き火を囲んで座っていた。

その近くでは、仕留めたばかりの鹿肉を手早く捌いているリオンの姿がある。


「フモールは、まぁ思った通りって感じだな」

「そうね。まっ、思っていたよりも仲間を頼る事が出来てるのは良い事よね」

「バミルももっと自分から先頭に立てば良いのによ」

「別に良いんじゃない? あっちの4人の中では、フモールが前衛でしょ? それにフモールのフォローをしてるビリーも前衛。マメルが後方警戒兼回復、バミルはそのどちらもをフォロー出来るような中衛みたいな立ち位置。十分バランスが良いし、調和が取れてると思うわよ?」

「はぁ〜ん…まっ、そうかもな」


7人の子ども達が寝静まった後、ティム達は実戦での子ども達の印象を語っていた。


「まっどっちにしろ、フモール達は問題無いだろう。フモールの無茶を皆んなでカバーしながら成長出来そうな感じだよな」

「ふふっ、人数は違うけど私達みたいよね?」


ミオはフモールをティムに置き換えて、自分達と照らし合わせていた。人数は違うが、感情や勘に任せて1人で突っ走るティムをミオやリオンがフォローする。その戦い方に似ている気がした。


「あん? 何がだよ?」

「別に何でも無いわよ」


ティム本人にそう言えば、怒るのが目に見えて分かっている為、口にはしない。


「で、リオン、3人の方はどうだった?」

「私達が起きた時には、既に角鹿を囲んでいるだけだったものね。どんな感じで戦ってたの?」


ちょうど、鹿肉の解体が終わったリオンが焚き火の前に腰をかけた。

味見とばかりに鹿肉に手を伸ばそうとしたティムの手は、ミオに蹴り飛ばされる。この鹿肉を一番最初に食べて良いのは、角鹿を狩った3人なのだから。


「バランスが悪いように見えるけど、実は良いよ。全員が前衛をこなしているけど、ホッブズとステフの2人が敵の気を引きつける事で、危険を分散しているんだ。そこに遊撃でジャムが攻撃を加えていくからね」

「ふ〜ん、リオンにそこまで言わせるなら、ホッブズ達もなかなかヤるのかも知れないわね。私が見ていた感じだと、朝には村に帰ると思っていたわ」

「俺もそう思ってたよ」

「僕もそれが心配だったけど…3人共頑張ってたよ」


リオンが3人の印象を話し出す。

いつも一言ぐらいしか言葉を出さないリオンが、いきなり饒舌に話し出したにも関わらず、ティムとミオはそれを気にとめている様子もない。


「全員が攻撃重視の前衛であるだけに、あの3人が勢い付いたら攻撃力はフモール達よりも高くなると思うよ。問題は、前衛しかいないから対処法が少ないことかな。せめて、ステフあたりには槍を与えて、突貫力の強化と中衛も任せられるようになって欲しい。後は、ホッブズは注意深くて判断力があるから、盾を持たせるか…ハルバートとか長柄のハンマーで前衛と中衛に位置取りながら一撃のパワーを上げれば良さそう。ジャムは敏捷性を高めて、急所狙いが合いそうかな」


リオンはそう締めくくった。例えば、斬撃が効かないような硬いモンスターが出てくれば、4人の方はマメルがいるが、3人の方は対処のしようもない。


「対処の幅で言えば、フモール達の方もそうなんじゃないかしら?」

「確かにな、現状ではどっちのパーティーも前衛しかいないようなもんだ」

「それは持ってる武器の関係が大きいでしょ? 今はまだ基本の身体の動かし方ってことで剣しか持たせてないし」


実はマメルがメイスを持っているのは、剣の刃が身体に食い込む感触を嫌った為に特別に用意したものだ。今はマメル以外の全員に剣を持たせている。

内実、マメルが使うメイスの方がモンスターの内臓を撒き散らし、酷い惨状を作り出すのだが、それ自体をマメルが忌避していない辺り、マメルの感覚を疑うとこがある。まぁ、ティム達にしてみれば、戦えるのであれば、剣でもメイスでもどっちを使っていてもいいのだが。


「それに、マメルならいずれは自力で回復魔法を覚えそうな気がするよ」

「確かになぁ…今回の戦闘でもずっとフモール達の傷を気にしてたし、ビリーが脚を失いかけた時には涙を浮かべてたもんなぁ」


ティムとリオンは、マメルなら本当に自力で神聖魔法を会得しそうだと頷き合っていた。


「アンタ達ね…はぁ…魔法の習得はそんなに簡単じゃないんだからね?」


1人だけ、実際に精霊魔法を使えるようになる為に訓練して、その難解さを知っているミオだからこそ、その可能性の低さに溜め息を吐いていた。


「バランスを考えれば、バミルとかホッブズの方も魔法を使える奴がいた方が戦闘の幅が広がるんだがな」

「魔法剣士として中衛と後衛をこなすってことだね?」

「そうそう。だから、ミオも渋らずに魔法の使い方教えてやれよ?」

「だからっ! 古代魔法も神聖魔法も教えられないんだって言ってるでしょ! 出来るなら私だって教えてあげたいのよ!」


魔法を扱えぬ者には魔法の違いを本当に理解する事が出来ない。ティムもミオが教えたくとも教えていないのにはそれなりの理由があって、教えられないと言っているのが真実なのだろうと言う事もわかるのだが…まぁ、そうなれば良いなという希望から出た、冗談のような言葉だ。


「まぁまぁ、どちらにしろ7人全員が戦えるって事で良いかな?」


少し熱の上がったミオを抑えるようにリオンが話題を変えた。


「…そうね、課題は残っているけど、問題ないと思うわよ」

「俺もだ。後は俺たちがいなくても勝手に成長して行くだろうさ。それが出来なきゃ…まぁ、そうなって欲しくはないがな」

「そうだね、じゃぁ…」

「あぁ」

「えぇ」


「明日はゴブリンの巣窟を掃除しに行くぞ」


それが終われば…ティム達は神妙な面持ちになっていた。言葉にせずとも互いに理解しているのだ。



旅立つ準備が整ってきていると…


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