外界人との接触
あれから何日が過ぎただろうか。
ミオから聞いた3人の想いは、未だに私の中で大きく蠢いている。その復讐を手伝いたい気持ちは強い。それを理由に旅立つ事を師匠に許して貰ったというのもあるが、何よりも私自身がこの3人を好いているからだ。
だが、同時にそれを成し遂げる困難さも理解してしまう。彼等が言うように、本当に白服の男が何らかの手段でモンスターを意のままに操れるとするならば、彼等の想定している通り、私の最大の魔法でも倒せなかったゴブリンキング以上の大群との戦闘も起こり得るのだから。
彼等がやろうとしていることは、先の見えない切り立った山脈にその身1つで挑もうとするようなものじゃないか。
ゴブリンキングを打ち倒す強さがあれば十分だと思っていた。むしろ、師匠の言葉通り、樹海の外に出るだけなら、そんな力は過剰だとも思っていた。
私は彼等の事を知っているようで知らなかったのだ。私はどんな答えを出せば良いのだろうか、彼らの言う通り、王都ローレンスまで送って貰えば、師匠に隠した私の本当の目的は果たせるだろう。
だが、本当にそれで良いのだろうか…
ーーー
4人は他愛無い雑談を交えながら、道中に出会うモンスターを打倒して進み続けていた。
その中で、セキは表面上普通を装い、頭の中では自問自答していた。
3人もセキが悩んでいる事は知っている。どんな理由で悩んでいるのかも大体分かってしまう。そんな互いの思いを秘めたまま、旅は続いた。
ある日、俺達は前方が騒がしくなっているのに気付く。
最初に気付いたのはリオンだった。
叫び声が聞こえる、リオンがそう言い、指さした方向に向かって俺は走り出した。俺の突然の行動に他の奴らは着いて来れないかも知れない。それでも俺は走った。
しかし、そんな俺の予想は裏切られる。リオンもミオも、俺にピッタリついて来ていた。セキだけが、少し慌てた様子で出遅れ、樹海の中での慣れないランニングに戸惑っていた。
俺は嬉しいのだろう。前を走る俺は背後に続く音を聴いて、自分でも分かるほど笑みを浮かべていた。
「くそぉぉぉ!!」
「毒霧が届かない距離まで早く逃げるんだ!」
「助祭様を避難させろ!!」
「きゃぁぁぁ」
「助祭様は何処だ!? 仲間を解毒してくれ!」
「やっぱり風の樹海は呪われてるんだ!」
「逃げろぉぉ」
「慈愛神様の加護がある! 逃げるな! 戦え!」
俺にも声が聞こえてくる距離まで来た。聞こえてくる声の多さから、少なくとも10人以上がモンスターに襲われているのが分かる。
「毒霧…」
隣からリオンの呟きが聞こえた。見れば、不安気な雰囲気もまとっている。
俺は近付く戦場に向けて気持ちを切り替える。
「ミオ、相手が見えたら魔法で攻撃してくれ。効果が無さそうならすぐに逃げるぞ。負傷者の救援はリオンに任せる」
毒霧…それがどの程度の毒なのか分からないが、接近戦を主とする俺達には戦い辛い戦場になるだろう。
そう考えた俺は、ミオに先制攻撃を託す。
ミオの身体能力は俺やリオンには劣る。俺達の全速力についてくるだけでも必死だろうに、荒れた呼吸を吐き出しながら首肯してくれていた。
俺達が辿り着いた時には戦場はすでに恐々としていた。武装した十数人を相手取っていたモンスターは、ヒト族など1口で丸呑み出来そうな大蛇だった。大蛇は全身から毒霧を噴出させながら進んでいる。
大蛇の周囲には毒に侵され、身動きの取れなくなった者が数名倒れている。大蛇から噴き出す毒霧のせいだろうか、まだ15人以上生き残っているパーティーにも関わらず、隊列も何も無く、ただ怖れを抱いた瞳と共に戦っていた。
「誉れ高き神官兵よ! 弓を引き絞れ、かような大蛇など恐るるに足らん。我らには慈愛神様の加護があるのだぁぁ!!」
1人ーーたった1人だけ恐れを抱いていない者が居た。同じ金属鎧を身に纏った10人ぐらいの団体、その中の隊長格らしい者が号令を下すと、怯えを抑えだ部下達が一気に矢を放つ。だが、矢は大蛇の黒燐に傷1つ付けられず、弾かれる。
大蛇は矢などに見もくれず、身動きの取れなくなっていた者を咥え、ゆっくりと飲み込む。
目の前の惨状に俺の顔が歪むのがわかる。見知らぬ者とはいえ、目の前で人が死ぬ光景は見るに耐えなかった。
「くぉぉぉ!! 矢を番え! 目を狙えぇえ!! せめて奴を後退させるのだぁぁ! 仲間を救えぇぇえ!」
隊長格は、負けじと次の号令を告げている。負傷者だけでも救おうと、自身も弓を持ち、親の仇のように引き絞った。
「精霊さん、お願い!!」
その時、ミオの願いが告げられる。願いを託された精霊は大蛇の皮膚を風の刃で斬り付けた。風で形作られた数多の刃を用いても、大蛇を仕止める事は叶わなかった。だが、それでも大蛇の黒燐は切り裂かれた。
「…ダメよ」
ミオの魔法でこちらに気付いた隊長格が、頭だけ下げて感謝を伝えてきた。しかし、ミオは自分の魔法では大蛇に決定的なダメージを与えられないと首を振る。
「リオン」
ミオは全く意味がなかったかのように言っているが、そんなことは無い。ダメージを負った大蛇は、攻撃魔法に気を取られ、食事を中断していた。
なら、俺達がやる事は絞られる。リオンに目をやると、リオンは即座に頷いて、負傷者を救う為に動きだす。
「放てぇぇぇえ!!!」
こちらの動きを予想出来なかった隊長格が矢を放つ。敵を探していた大蛇は、飛んで来た矢に気を向けたようだ。兵団を目掛けて鎌首を上げ、威嚇を始めた。
しかし、隊長格は、そんな大蛇の動きよりもリオンの行動に目を向ける。
大蛇の目を狙っていたとしても、動く標的を狙う為には着弾点をズラさなければならない。結果、大蛇の周囲に矢が散らばりのだが、其処には負傷者を救おうとしているリオンがいるわけだ。
「あっ…おい! キミ!!」
慌てた隊長格が矢の行く末を目で追っていた。だが、矢はリオンには当たらなかった。リオンは矢の雨の中を掻い潜り、さっと負傷者2人を抱えるとティム達の所に戻る。
「いきなり突っ込むんじゃない!!」
「大丈夫だ!!」
隊長格は無傷のリオンを見て驚きながらも、大声でこちらに注意を促してきた。
だが、俺からしてみればリオンならこんな事は出来て当たり前だ。だから、気にするなと伝えたのだが、嫌そうな顔をされてしまった。集団の足並みを乱す存在だと思われたようだ。
「奴には2度と近づくな!! 魔法で援護してくれるだけで良い!!」
多分、隊長格の中では俺達の印象が、助太刀から邪魔者に変わったな。
まぁ、それも仕方ない事なんだろうが、そんな呑気な事を言ってる場合じゃない。
それより、大蛇に狙われた兵団の方が大丈夫なのかと見ていたが、隊長格によって冷静さを取り戻した兵団は大蛇から逃げつつ、隙を見て矢を放ち、動いている。思っていたよりも訓練の行き届いた集団のようだ。
「この毒、溶解性もある」
俺はリオンの一言に振り返る。
俺達は俺達の出来る事をするさ。悪いが、見知らぬ集団との連携よりも、人命救助を最優先させてもらう。
「ミオ、魔法で毒霧を吹き飛ばせないか?」
「ムダよ。蛇の体から毒霧が噴出し続けてるんだから、一時しのぎにしかならないわ」
あの毒霧が溶ける奴だとリオンは言う。負傷者を見れば、すぐに死ぬようなモノではないが、それにさらされ続けている負傷者はかなり危険だ。だからといって毒霧を吹き飛ばす事も出来ないらしい。
「ちっ…俺も行く。2人でなら何とかなるだろう」
なら、俺が行けば良い。俺も身体強化すればリオンと同じぐらい早く動けるのだから。問題は矢の雨を避けられるようなセンスが無い事だが…それも大丈夫だろう。身体強化された体は多少の攻撃ではビクともしないし、他にもやりようはいくらでもある。
リオンと2人で分担すれば、何とか危険な状態になるまでに負傷者全員を助け出せるだろう。そう確信していた。
「待ちなさい…精霊さんお願い」
リオンと2人で動き出そうとした時、ミオから魔法が掛けられる。何の魔法かと聞いてみれば、対象者を中心に風を巻き起こす魔法らしい。毒霧の薄い場所ならこの魔法で護られるという。
「これで短時間なら毒霧の中でも大丈夫よ」
「助かる」
俺とリオンは礼を言ってすぐに飛び出した。矢の雨の中をリオンは縦横無尽に駆け巡り、俺は向かってくる矢を大剣で叩き落とす。
体長格の怒鳴り声を無視して、何度もそれを繰り返し、負傷者全員を集める。
無視され続けた体長格は、呆れたような顔でこっちを見ていたが、負傷者の救出はアチラも優先事項だったのだ。負傷者救出を繰り返したい最後の方には体長格も、大蛇の気を惹こうと矢を放ち続ける部隊と、俺達が助け出した負傷者を安全圏へと運ぶ2つの部隊に分けて、こちらを手伝ってくれていた。
「キミは解毒の魔法も使えるのか……ありがとう」
俺達が救出した負傷者を、ミオが解毒の魔法と治療の魔法で癒していた。気を失ったままの負傷者の変わりに、搬送部隊から礼を伝えられたミオは、恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「逃げるぞ!!」
最後の負傷者を助け出した俺達は、体長格にそう伝える。体長格もそれを了承し、部隊を下がらせた。
「オッサン! アンタも逃げるんだよ!!」
大蛇から逃げようとした俺達は足を止める。1人立ち止まったままの体長格を怒鳴りつけ、逃げろと言うが、体長格自身は動かない。
「仲間を助けて頂き感謝する。君達は逃げなさい!」
俺には分かる、俺もこのパーティーのリーダーなのだから。
あの体長格は、自分が殿になって仲間を逃がそうとしているのだ。1人であの異常種に勝てるわけなんてないのに。
「はぁ…はぁ…はぁ…やっと追い付いた」
俺は大蛇を悠然と睨み付ける隊長格をジッと見ていると、息切れを起こしたセキがやっと追い付いてきた。
「…どうした? 何があったんだ?」
セキは、今の状況を知りたそうに目を泳がせている。
俺は、獲物を逃した怒りでのたうち回る大蛇と隊長格を交互に見つめた。
「あの大蛇が敵なのか!?」
セキが後ろで意気込んでいる。ミオとリオンの視線が俺に集まるのを感じる。
「そうだ…奴と戦うぞ」
隣に並ぶリオンとミオ、そしてセキを見て俺はそう口にした。




