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勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第3章 脈動
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不安



「冬に旅は出来ないわよね」

「何だ唐突に?」


コムル村にも、もうすぐ冬がやって来る。冬が来て雪が降り積もると、足が取られてしまい旅をする事が出来なくなる。森から食物も減り、寒さが身体の動きを鈍らせる。

ミオの言葉には、冬が来る前に旅立つのか、それとも春になってからなのか、そういう意味が込められていた。


それぞれが準備を始めて幾日か、もう、心も身体も旅立つ準備は出来ていた。

ーーティムを除いて。


「そろそろ決めなさいって言ってんのよ!」


いつまでも焦らされるような感覚に、耐えかねたミオはリオンとセキを連れてティムの特訓場所に訪れた。こうでもしないとティムは顔を合わせようとしない。ミオ達から逃げるように、特訓に明け暮れているのだ。


「私達は準備が出来たのよ? アンタはまだなの?」

「あぁ…そうだな」

「そうだなって何よ!!」


ミオが怒っているのはティムでも分かる。というより、この特訓場所に来る時に聞こえた荒々しい足音で分かっていた。


だが、ティムはそれを受けても、素直に期日を決められない。何故ならまだ、思い通りにゴメスラッシュを扱えないから。


「アンタ一体何をやってんのよ? 毎日毎日、早朝から独りでこんな海岸に籠って、毎日毎日、夜遅くに傷だらけで帰ってくるし。まさか、旅を止めるって言い出す訳じゃないわよね?」

「それは違う! 絶対に違うからな!」


自分達を避けるようなティムの行動に、ミオは僅かな不信感も持っていた。最初はいつもの強さを求める特訓と思っていたが、もしかしたら旅を止めようとしているのではないかと。


4人の事だからと、ただ連れて来られただけのリオンとセキは、ミオの怒りが飛び火してこないように、後ろで大人しく2人のやり取りを見守っていた。


ミオはティム程復讐を求めてはいない。今の生活が豊かであれば、ティムと一緒に居られるのならば、それでも良いとも思っている。しかし、ティムがその復讐心をとても強く抱いているのは知っているし、それを何か小さな理由で捻じ曲げているのであれば、許せない。


「そっ。それなら良いけどね」


ティムが自分を偽っているのではないだろうか、そんな想いは簡単には払拭されない。しかし、口だけでも否定を続けるティムの姿に、一縷の安心を得ていた。


「それで、いつ旅に出るの? 冬を過ぎてから?」

「あぁ…それぐらいならどうにかなるだろう」


その言葉に、やっと具体的な話が出来そうだとミオの目が輝く。しかし、真逆にリオンの眉は顰められた。


「そう、なら、もっと細かく日程を決めましょう。例えばそうね…春になって、ポポの花が咲いた日から3日後なんてどう? ポポの花言葉には“旅を見守る“ってのもあるから、最高でしょ?」

「あぁ…」

「何よ? 不満なの?」

「いや…まぁ、なぁ」


ミオは誰もが納得出来るように、旅立ちの日を練っていた。せっかく考えた案なのに、煮え切らないティムの態度に否定されてミオが苛立つ。


セキはゆっくりとミオから距離を取り、これから起こるだろうことから身を避けた。


そんなセキの行動を知らずに、ミオは拳をギリギリと握り込む。今も「でもなぁ…」と呟き、期日を決めようとしないティムに向かって、ドスドスと足を踏み鳴らして近付いて、頭に1発ぶちかました。


「痛ってぇなぁ!!」

「何よ! 何が不満なのよ! ハッキリ言いなさいよ!」


頭を抑えて批難するティムにミオは迫った。自分の必死さを理解していないような、その態度は何が理由なのかと。その理由にミオが納得出来なければ、もう1発お見舞いしてやる準備をしながら。


「不満って…別にそんな…」

「男らしくないわね!! ハッキリ言いなさい!!」


そんな風に事態が停滞して来た頃、リオンが2人の間に立つ。怒れるミオの前に立ち塞がるリオンの姿が、セキの目にはドラゴンに挑もうとする勇者に見えた。


リオンは、ミオの拳を押し留めて後ろに下がらせると、代わりにティムへと向き合った。


「不満がないなら、何が不安なのさ?」


リオンの顔には怒りが見えた。分かりにくいが、親しいミオにはすぐに分かる。だから大人しく引き下がったのだ。


「…不安? そんなの俺が持ってるわけねぇだろ」

「えっ…ティム?」


ティムもリオンの怒りには気付いた筈だ。それなのにティムは素直さを見せなかった。ミオは、それでやっとティムの様子がおかしいのだと気付いた。


「…そう」

「そうだよ!!」


ティムはリオンを威嚇するかのような声を出す。リオンはスッと目を細める。リオンの肩の上で寛いでいたローザは、リオンの変化に気付いて身を縮ませた。リオンはそんなローザを優しくセキに預けてーー剣を抜いた。


「構えなよ」

「何でだよ!」

「僕がティムよりも強いって教えてあげるって言ってるのさ」

「はぁっ!?」


ティムが驚くのも無理はない。何でこんな事を言い出したのかは分からないが、いつも一歩引いた場所にいるリオンが、自分の方が強いと言い出したのだから。


「何がしたいんだよ?」


ティムは、そんな奇行のお陰で若干頭が冷えてきていた。リオンの目的が何なのか、それを探ろうとしだした。


「言っただろ? ティムの不安を消してあげるよ」

「言ってねぇよ! 意味も分からねぇ!」

「良いから抜けよ」

「何でリオンと闘わなくちゃいけねぇんだよ!」

「闘うのが怖いのか?」

「なっ!? …分かったよ。やれば良いんだろ」


別に何の意味もない挑発だった。リオンの言葉でティムが激昂した訳ではない。ティムはリオンと何度も実践形式の訓練を行っている。2人の間にわざわざ優劣付ける必要はないし、闘いを避ける必要も怖がる必要もない。ただ、リオンがそこまで煽って来るのには意味があるのだろう。

ティムを動かしたのはそんな理由だった。


「言っとくが、やるからには本気でやるからな」

「…本当に本気で来れたら良いんだけどね」


互いに挑発を繰り返し、いつもの空気を消していった。おかげで、ティムの頭も戦闘モードに切り替わる。ティムはリオンの正面に大剣を構えた。


セキは訳も分からずリオンの行動を見守っている。リオンと長い付き合いのミオもセキと同じ気持ちだったろう。ティムがおかしいのは分かったが、リオンが何でそんな行動をするのか、皆目見当も付かなかった。


2人の女性に見守られ、2人の男は対峙した。互いの手の内を良く知る相手だからこそ、2人は闘い辛い。


最初に動いたのは、ティムだった。考えるのが面倒な時は、まず動く。そんなティムの性格が、いつまでも動き出せない状況を許せなかった。


軽々と大剣を水平に保って、その類い稀な身体能力で地を蹴ったティムは、リオンの胴体目掛けて突きを放つ。身体の中心だからこそ、避け辛い攻撃だ。


それでも身軽なリオンなら簡単に避けるだろう。ティムはそう考える。そして避けられた後の2撃目で、闘いを挑んできたリオンに後悔させてやろうと…そう考えていた。


「っ…」


しかし、結果はティムの惨敗だった。ティムの予想通り突きを避けたリオンは、ティムの予想以上の速さで姿を消し、気付いた時にはティムの首筋に小剣が突き付けられていた。


「本気でやるんじゃなかったの?」


悔しそうに顔を歪めるティムを、リオンは乱暴に蹴飛ばした。そして、距離を保ち、また小剣を構える。


「まだやるのかよ」

「ティムが本気を出すまでね」


ティムは内心、リオンを殴りたい衝動に駆られる。言われるまでもなく本気を出していたのに、リオンになすすべもなく負けたのだ。その上でそんなセリフを聞かされれば腸が煮え滾る思いだろう。


ティムは殺気を漲らせて大剣を構えた。リオンに目にモノ見せてやると、殺す気でやってやると。


《憎いか? 憎いのか? 目の前の男が憎いのか?》


頭の中に声が響いた。もはや聞き慣れた憎い声だが、ティムは無視してリオンを睨んだ。


《力が欲しいなら貸してやろうぞ。さぁ、ねだるが良い》


一瞬、ティムの全身に力が漲る。が、すぐに元に戻る。ティムが声の主の誘いを蹴ったのだ。


ティムは、喚くような声を無視してリオンに突っ込んだ。愚直な攻撃だが、ティムにはこんな攻撃しか出来ない。それでも今までは、攻撃を避けるリオンを目で追え、そこに合わせて追撃を放てた。


大剣が持つ広い攻撃範囲と、当たれば致命傷を追うようなティムの力はまさに鬼に金棒。リオンは避ける事に必死になる。その隙を付ければティムの勝ち、隙を見せる前にリオンが懐に潜り込めればリオンの勝ち。そんなシーソーゲームが常だった。


「…くそっ」


また首筋に冷たい小剣が突き付けられられて、ティムが悪態を吐いた。


昔と違い、今はリオンの動きを目で追えない。元々素早いリオンだったが、その成長はティムの想像以上であったようだ。


《どうした? 強く成りたいのだろう? 力が欲しいのだろう? ガルドのように全てを切り裂くような力が》

(黙れ! )


リオンが再度構える前で、声がティムの心を揺さぶってくる。ティムは頭を振って声に逆らった。


「その声を無視しても強くはなれないよ。力が欲しいんでしょ?」


そんな言葉と共にリオンが動いた。ティムの目の前でリオンの姿が消え、気付いた時には目の前に切っ先があった。


ティムは向けられた小剣よりも、リオンの言葉に驚いていた。何故リオンが“声”の事を知っているのか。ティムの動揺が大きくなるが、リオンは素知らぬ顔で距離を取り、小剣を構える。


「その声と闘うのが怖いの?」


ティムは、リオンに全てを見透かされている気がした。ティムは高鳴る心臓の音を聞く。治らない動揺が大剣を構える事も忘れさせていた。


「やっぱり…そうなんだね」


またリオンの姿が消え、気付いた時には地面に投げられ、押さえつけられていた。そんなティムの耳元でリオンが囁く言葉が、ティムの心を揺さぶった。


「ティムも、強く成りたいんだとばかり思っていたけど、違ったのかな? それとも、暴れ出してしまうのが怖いの? 儀式の時みたいに」


ティムの心臓が一際高く鳴り響いた。大切な仲間を殺そうとしていた自分の姿が脳裏に浮かんだ。


「僕なら、何度でも止めてあげられる。それだけ強くなったんだ。今なら………大事なヒトを失うような闘い方は僕が止める。止められる。だから大丈夫」


リオンはまた距離を取り、ティムの目の前に立つ。しかし、今度は小剣を構えずに何かを待っているような素振りを見せる。


「ティムは、いつもミオが言ってる言葉の意味を本当に理解しているの? ミオはもちろん、僕もティムと一緒に闘ってるんだよ?」


リオンから目が離せなかった。ティムは、リオンから放たれる言葉に打たれていた。


「本気でやってよ。今までのティムは本気なんかじゃない。特訓の成果を見せてみてよ」


ティムは…頷いた。

リオンの正面で大剣を構えたティムは全身に力を込める。意識して魔力を高めたのだ。するといつも通り声がする。無視しようとしてた時の数倍の声量で女の声が鳴り響いた。


《そうだ! 憎い、憎いぞ! 力を求めろ。この世を破壊し尽くす力を。妾なら手伝ってやれる。欲望の絶えないこの世界、その全てを無に帰す力を与えてやれる》


しかし、声を聞くとまたティムの頭の中に不安が過ぎる。

声と闘う、その闘い方は結局分からないままだ。だから、また飲み込まれるかも知れない。この全身から溢れ出した瘴気に当てられて、また身体を乗っ取られるかも知れない。


その瞳にリオンが映る。リオンは小剣を構えて、ただティムを見ていた。


(そんな力はいらねぇよ。俺は、俺が必要な力で強く成る。そこにお前は必要ない。今の俺はリオンに本気を見せてやらなきゃならねぇんだよ。だから引っ込んでろ)


ティムは全身に魔力を巡らした。

同時に噴出する多量の瘴気にミオから心配そうな声が放たれる。どうやら、ミオにも気付かれていたようだとティムは苦笑した。


大分魔力を高めたが、ティムはまだ瘴気に飲み込まれれてはいなかった。ティムは少しだけ安堵する。そして、リオンに向かって駆け出した。


「その調子」


まるでフモール達に稽古を付けるような調子で、リオンが言った。ティムが魔力で身体能力を向上させても、リオンは軽々攻撃を避けたのだ。


ティムは嬉しくなって追撃を繰り出した。

そう、リオンと同様、魔力で身体能力を向上させれば、リオンの姿を追うことも出来たのだ。


「でもまだ本気じゃないよね? まだ怖い?」


ティムは、リオンの言葉に首を振る。


「俺が本気になってもリオンなら対等に戦えるよな?」

「当たり前でしょ? それ以上だよ」


リオンの言葉がくすぐったい。自分が本気を出しても勝てると宣言されているのに、ティムにはその言葉が嬉しくって仕方なかった。


ティムは、より魔力を高めた。


《そうだ、そうやって妾の力を求めるが良い。その力を手に全てを壊してしまうが良い》


ティムには頭の中で聞こえる声が、なんだかバカらしく聞こえた。力を求めるだとか、全てを壊するだとか、何でそんなものに執着しているんだろうか。そして、そんな声に惑わされていた自分が情けなく感じていた。


「良いね、本気になってきたじゃないか」

「うるせぇ、余裕ぶっこいてんのも今の内だからな! 俺はまだ魔力が有り余ってんだぜ」

「ははは、良いね」


2人は笑いながら闘っていた。

そんな2人を見ていたミオは、呆れたように呟いた。


「バカみたい、私は本当に心配してたのに」


ミオの目にはティムとリオンの動きは、ほとんど見えていない。見えているのは、ティムの身体から噴き出している瘴気の揺らめきだけだ。それでも長い付き合いの2人だ、漏れ聞こえる2人の声を聞けば、その表情まで手に取るように分かってしまう。


「何だ? どうしたのだ? 何故2人は笑っている? あれはミオが言っていた瘴気ではないのか? ティムはまた暴れ出すんじゃないのか?」


セキだけが、状況が理解出来ずに取り残されていた。危険な瘴気を噴き出すティムを目の前に、戦闘を止めるべきだと思っているのだが、ミオの顔を見て正解が分からなくなっているようだ。


「セキは心配しなくても良いわよ。もし、ティムが暴れても、私とリオンで叱ってやるから」

「叱れるのか?」


ティムが暴れ出す時、自分も変な感情に成っていただけに、さも、子どものイタズラのように言うミオがセキには信じられなかった。


「心配しないで良いわよ。知らない歌は歌えないけど、想いをのせた歌を歌う事は出来るんだから」

「歌?」


余計に頭を悩ませるセキの前で、ミオは気持ちを固めていた。

あの儀式の日から、ティムを止めようと準備していたのはリオンだけじゃない。ミオも母親に歌の情報を聞き出そうとしていた。歌自体が分からずとも、どんなものなのかだけでも知りたいのだと問い詰めると、母親も微かな記憶を頼りに1つだけ教えてくれた。

昔は精霊魔法の詠唱は歌われていたそうだ。精霊との親和性が高いエルフといっても、今のように語りかけるだけで精霊に想いが伝わらなかった時代があったらしく、精霊に想いを伝える為に歌に感情をのせていたのだとか。そして、鎮魂歌と呼ばれる歌はその時代に作られたのだと言う。

ならば、歌によって落ち着きを取り戻すヒト族の病は精霊の影響なのかとも思ったが、それはミレーヌにも分からなかった。ただ、ミレーヌはヒト族の精神に影響を与える精霊もいるということだけ教えてくれた。


何にせよ、想いを込めた歌ならば今のミオにも歌える。そして、儀式の日には、その歌の影響で瘴気を抑えられたのだと確信していた。

あとは、どんな想いをのせて歌えば良いのかだが、それもミオには当てがあった。


弓と歌、ここ最近はこの訓練しかしていない。ティムがおかしくなったらすぐに歌う。そう出来るようにミオは感情を高めていった。


「あっ終わったのか?」


2人は動きを止めていた。ティムの上に跨るリオンの姿がどちらが勝者なのかを教えてくれる。


「まだよ」


ミオは言い切る。

まだ終わらない確信があるのだ。


リオンのやり方は知っている。誰かが鬱憤とした感情に振り回されている時は、その全てを吐き出させようとするのだ。だから、今回もリオンはティムに全てを吐き出させようとするだろう。多分、ティムが暴れ出すまで、この特訓を続ける筈だ。


そして、やはり再度闘いが始まった。


「…いつまで続けるつもりだ?」


そんなセキの声と共に、ティムから多くの瘴気が噴き出した。そしてティムの口から奇声が漏れ出す。


「ミオ!!」


セキもティムが危険だと理解したのだろう。慌ててミオを見やるが、ミオの口から返答はない。代わりに空に溶け込むような声で、旋律が紡がれた。



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