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勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第3章 脈動
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決めた事だから



「いけません」

「いえ、行きます」

「許しません」

「いえ、行きます」


こんなセリフを何度繰り返しただろうか。ティム達に付いて旅立つと決めたセキは、アルバートに真っ向から反対されていた。


「貴女は彼等の目的を知っているでしょう? 彼等が悪人だというわけではありませんが、復讐なんかに関わって何があるというのですか」

「確かに師匠の言う通り、復讐は何も生まないかも知れません。しかし、白服の男がこのコムル村に行った事を聞いた時、私は思いました」


アルバートは、聞き分けのないセキを見つめる。セキは自分の意思を曲げるつもりなどない瞳でアルバートを見つめ返していた。アルバートは、最近こんな事ばかりのような気がした。

今までずっと素直だったセキが、自分に反抗するようになったのはいつからだっただろうか。考えるまでもない。ティム達に出逢ってからだ。もう少し細かく言えば、セキがティム達に心を許してからだ。

何がそうさせたのか…。

セキの頑固な瞳を見ながら、アルバートはそんな事を考えていた。


「彼等がしたいのは復讐ではなく、白服の男がもたらす不幸の連鎖を断ち切る行為なのだと。それは、何も生まない行為ではありません。襲われるかも知れない未来の子ども達を救う行為です。

私は旅に出たい!

私自身の魔術向上は元より、師匠と同じく歴史の解明を生業にしたいのです。しかし、その為にはこのコムル村にい続ける訳にはいきません」


意思、だろうか。ティム達の…特にティムの持っている強い意思に煽られて、セキ自身も自分の想いに沿って動いてみたいと思ったのだろうか。


「私が1人で旅立つことが、どれ程愚かな行為かというのは重々承知しています。しかし、彼等がーーティム達が居れば、旅は続けられます。唯一の懸念であるティム達の旅の目的ですら、その行為の正当性は保たれていると私は確信しています。ならば、彼等と旅立つ事に躊躇も疑問も挟む余地はありません」


アルバートは、反抗感の消えない瞳から目を逸らした。そうして生まれた弁術の空白に目を閉じる。やがてゆっくりとまぶたを上げたアルバートは、1つ大きな溜め息を吐き出した。


「私が付いていけない事は理解しているようですね?」

「はい。日常生活においては、師匠の魔法研鑽により、あまり不便を感じておられないでしょうが、何が起こるか分からない旅路には、その両腕では………すみません」

「謝って欲しい訳ではありません。ただ…それでも貴女は彼等に付いて行こうと言うのですか?」

「………はい」

「何故?」

「……私の魔術師としての技能は、全て師匠から受け継いだモノです。そのおかげで、王都の学院の者の前に立っても恥ずかしくない魔術師として成長出来たと自負しております。それらは全て師匠より受け継いだ力であり、その功績は師匠のものであると考えています。…しかし、そんな師匠ですら未だ、この世の真理を解き明かすことは出来ていません」


ここまでベタ褒めされてもアルバートは嬉しさを感じなかった。いや、成長を支えた者とセキに認識してもらっている事には親として喜びを感じている。

しかし、その功績は、アルバートの教えに背かず付いてきたセキのものであり、学院出身者の前でも恥ずかしくない実力を手に入れたのもセキの努力の成果である。

そんな風に色々と思う事はあっても、アルバートは会話の途中に否定を挟む事をしない。アルバートが求めているのは、そんな事実に対する原因究明でらないからだ。

アルバートはセキの心が知りたかった。何故、自分と同じく歴史の真理を求める者が、自分から離れて行こうとするのかを。


「…それで?」

「…それで、私は…………師匠からすれば、私の知識など塵芥にも等しいかも知れません。しかし、私は知りたいのです。師匠からの助言がない状態で、歴史の片鱗に触れた時、私がどう考え、どう行動するのかを」

「…つまり?」

「つまり……私は………私自身が何者で、何をすべきなのかを知りたいのです!」


大人、なのかも知れない。自分の眼前で不安気に自分の意思を伝える少女は、大人に成ろうとしているのかも知れない。もちろん、齢は10を迎える頃であり、成人と呼ばれる15には時期早々である。しかし、少女は自分の存在意義を知り、自己判断の重要性に気付いて、それを求めている。

どれだけ足掻こうと、少女はまだ幼い。

ならば、自己判断を求めてみても、間違いは犯すし、他人からの影響も大きく受ける事だろう。


しかしーー


「それも…経験ですか」


セキには聞き取れなかった独り言。アルバートが漏らした声は、自分自身を納得させる為の音だった。

少女が大きく成長して、自立を求める力が備わったのは遠に理解していたからだ。あとは、アルバート自身の内にある気持ちを整理するだけだった。


「貴女の気持ちは分かりました。それでは私に、いくつか最後の教授を取らせて頂けませんか?」

「最後…ですか?」

「…貴女はまだ私に甘えたいのですか?」

「いえっ! そういう訳ではありません!」

「そうですよね。それではーーー






ーーー


「母さん、私が居なくなっても………心配要らないわよね? 母さんには、ハンスさんがいるんだから」

「いきなり何を言い出すの? 母さんは、亡くなった父さん一筋よ?」


ミオは旅立ちを前に、独り残すことになる母の心配をしていた。父を亡くした母が、私まで居なくなっても大丈夫だろうか。

しかし、すぐにそんな憂いは晴れてしまう。


あのコムル村の惨劇を境に、ミレーヌにとって子どもと呼べる存在は私だけではなくなった。両親を失った多くの子ども達、それはミオにとって妹や弟になり、ミレーヌにとっては子どもになったのだ。そしてハンスの存在がある。


「ふふ、別に良いわよ、隠さなくても。私だってもう子どもじゃ無いんだから。私も父さんの事は大好きだけど、母さんにも幸せになって欲しいしね。それに、父さんも許してくれるんじゃない? だって、ハンスさんって、とっても良いヒトなんだもん」


ミレーヌと共に遺された子ども達の成長を見守って来たハンスは、子ども達にとって強い父親であった。そして、それはミレーヌにとっても同じであった。


物資も人足も失い、何よりかけがえの無い愛するヒトを失い、苦行とも呼べる生活を送った2人の大人は、互いに手を取り合って、心を交わし合って生きてきた。そんな2人が恋におちることは、ごくごく自然な事だとミオには理解出来ていた。


「だから、貴女はいきなり何を!」

「母さん、顔、赤いよ?」

「……もぉ、母さんをからかうもんじゃありません!!」


ミレーヌは、隠し切れ無い恋慕の欠片でその頬を染めていた。実子を想ってひた隠しにしてきた想いも、既に知られてしまっているのであれば、隠す事は必要ない。そんな喜びが見え隠れする笑みを浮かべていた。


「…母さん」

「なに?」

「私ね…旅立つわよ」

「…………母さんに許しを求めているのなら…私はそれを許す事はありません」

「ううん違うわ。許可を求めている訳じゃない。ただ、もうすぐだから…だからちゃんと言っておかなくちゃって……そう思って…」

「良え、そうでしょうね」


ミオは照れているのか、別れを惜しんでいるのか、後ろめたいのか、母親の顔を直視出来ないでいた。それなのにミレーヌは全てを分かっていたように、それを受け止める。ミオはいっそう縮こまっていた。


ミレーヌはそんなミオを優しく抱き締めた。


「母さんの事は気にしないで行って来なさい。ミオが言ったのよ? 母さんにはハンスさんが居るんだから」

「…うん」

「大丈夫、私の…私と父さんの子どもはミオ、貴女だけよ」

「うん」

「母さんね、強いから。ミオがどれだけ強いモンスターと戦っているのかは知らないけれど、母さんはミオなんかより、もっともっと強いんだからね」

「……うん」

「母さんは許さないけど、ミオの事だから彼に付いて行きたいんでしょ? だから、気にせず行って来ない」

「…………うん」

「もぉ! 泣かないの! ミオはお姉さんでしょ? 彼もそんな泣き虫なミオを見てたら嫌いになっちゃうかも知れないわよ?」

「…うん」


ミレーヌの言葉を聞きながらミオは頷く。抑えきれない涙をミレーヌの胸に顔を埋めて隠していたのに、それもすっかりバレている。ミオは余計に涙が溢れた。


「ねぇ、母さん」

「なぁ〜に?」


ミオの涙が止まるまで、黙って抱き締めていたミレーヌは、いつもと変わらない様子で返す。


「私達エルフは……長く生きるーー」


そこまで聞けばミレーヌには十分だった。娘が何を思っているのか、全てを理解して応える。


「そうね、でも、好きになっちゃったんだからしょうがないじゃない。そのヒトを看取るまでの短い時間。そんな大切な時間を愛で溢れさせていたい。そう母さんは思っているわよ」

「…うん。母さんは強いね」

「あら、やっと分かったの?」

「…うん」



ーーー


「リオン、たまにはこっちに来ないか?」


父と子がたった2人で同じ空間にいる時間、こんな時間は滅多に訪れない。そんな時はすぐにリオンが何処かに行ってしまうからだ。そうでなくともハンスは、自分が息子に避けられているのは理解している。その理由も理解している。実際、幼い頃のリオンに何故母を殺したのかと、こっ酷く責められた時もあった。

それを思い出す度、心を痛めてきたハンスは、息子との仲は2度と元に戻らないだろうと思っている。それが仕方のないことなのだと思っている。


それでも声を掛けずにはいられない。我が子なのだから。


「リオンはもうすぐ旅立つんだろう?」


だから、いつも通り立ち去ろうとする息子を、いつもより強い口調で呼び止める。


「………だったら何?」

「いや…」


自分の声に振り向いた息子に1番驚いたのはハンスだった。結局、何も話が出来ずに息子は旅立つ、心の中でそう思っていたからだ。


「…………用がないならーー」

「待て! …待ってくれ」


驚きで、言い淀んだ口のせいで、せっかくの機会を失うわけには行かなかった。ハンスは慌てて話しだす。


「仕方なかったんだ! …いや、仕方無いなんて言葉で片付けられるほど、父さんも強くはない。ただ、母さんを…ローザを失うことになってしまったのは…」

「失うことになった!? 違う! 父さんが殺したんじゃないか!!」


言い訳は過敏に拾われてしまう。

誰がそんな事を望んでいると言うのだろうか。愛する母を殺した言い訳を、誰が聞きたいと思うだろうか。


「だが……ならどうすれば良かったと言うんだ!?」


どうすれば、許して貰えるのだろうか。どうすれば、息子との時間を元に戻せるのだろうか。答えなど見つからないハンスは、溢れた感情を声に乗せてしまう。

それはリオンにも痛い程伝わっていた。


「………あの時……きっと……」


「僕も同じ事をしただろう」この言葉は音にならない。今までずっと悩んでいたのはハンスだけてばない。リオンも何度も記憶を反芻して、自分に出来る事を探していたのだ。結果辿り着いた答えは父と同じものだった。


だが、そう思っていても口には出来ない。母親を殺す何て事を言えるはずがない。


ハンス自身も妻を殺したくて殺した訳じゃない。そんな想いはリオンも知っている。父親がした事は、息子である自分の命を守る為…母親が切望していた事なのだ。そんな事は知っている。

それでもーー


「僕は父さんを一生許すつもりはないよ」

「ぅっ…」


それは、ハンスが最も聞きたくなかった言葉だった。ハンスとて、大人とて、独りで生きていける程強くないのだ。同じように愛したヒトを、同じように失ったヒトと共に…哀しみを分かち合いたかった。


「でも……………父さんは気に病まなくても良い。母さんはきっと満足だっただろうから」

「いや…私は!!」


何より、遺された2人で、これからの人生を笑い合いたかった。


「僕の事は忘れた方が父さんの為だよ。僕は僕のしたい事をする。父さんもそうすれば良い」


リオンが言い放った言葉は、この久しぶりに訪れた親子の会話に終わりを告げる。


ツンとした息子が足早に去り、残された父親は、机の上にあったコップを倒して、力無く突っ伏した。



ーーー


「ほら、コレがそれだよ。コムル村は凄いだろ? 親父や母ちゃんが護った村は、これからもずっと続いてくからな」


ティムは両親の墓参りに来ていた。旅立てばしばらく来れなくなるだろうから。

その手には、最近になってようやくコムル村で作ることが出来た酒瓶が握られている。両親に、コムル村の復興を伝える為に供えるのだ。


「だからよ、安心してくれよ」


その瓶の蓋を豪快に開けたティムは、ドボドボと墓石に注ぐ。酒好きの両親が愛した昔のコムル村の地酒とは違うかも知れない。それでも、命を賭けて護った村で、造った酒を味わって欲しかった。


「俺はさ、強くなるよ。親父達には隠せないだろうから言うけどさ………やっぱまだ親父の技は使えねぇや。セキにも協力してもらって魔力も増えた筈なんだけどな…」


思い返せば、両親が他界してからも心配させた事しかない。墓の前ではいつでも自分の相談ばかり。自分が弱い、強くなりたい、そんな事ばかり話していた。


そんな事を思い出したティムは、また同じ事を繰り返している自分に苦笑した。


「まっ、成るように成るよな。大丈夫、絶対に仇は取ってやるからよ。ついでに国でも救って英雄に成ってやるさ。ガルドみたいに世界中に聞こえてくるような英雄にだぜ?」


愚痴を言うのは止めだ。旅立ち前に両親を心配させる訳にはいかない。昔みたいに、バカ野郎!! って怒鳴られるような…そんなバカな事を言ってやれば良い。


「そしたらさ…親父達にも聞こえるよな? 世界樹の麓にも伝わるよな!?」


何も…誰からも声は返って来ない。その筈なのにティムには声が聞こえた。


《ならば、妾の力を求めるが良い》


ティムは舌を打つ。親子水入らずの状況でも聞こえてくるこの声に。

最近は、魔力を使おうとしなくてもこの声が聞こえてくるようになった。事あるごとにティムの頭の中で、力を求めろと迫ってくるのだ。


「まっ…俺は何処に行っても元気でやるさ」


その声を意図的に無視してティムは両親の前で繕った笑顔を見せる。


「なんてったって、俺はバカ野郎だからな!!」


ティムは精一杯の強がりとともに立ち上がる。自分が抱えたままの不安を最後に見せるわけにはいかなかったから。


旅立ちを踏まえた最後の別れ、まだ伝えたい事があっただろうに、ティムは両親の墓石から早足に立ち去った。



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