歴史の欠片・前編
説明回です。
長いです。
3時に後編を投稿します。
魔術書の封印が解けた後、表紙を開いたセキはいきなり倒れた。思っていたよりも疲労が大きかったのだろう。そんなセキをリオンがベッドに運んで、その場はお開きとなった。もうそろそろ近付いても大丈夫そうだと集まっていたフモール達は、神秘的な現象に興奮しながらも、進展が見られないことを残念がっていた。
ベッドで寝入るセキの枕元で、アルバートは自分で抱いて運べないことを悔やんでいた。が、精魂尽き果てるまで死力を尽くしたセキの寝顔を見て、自慢気に撫でていた。
翌日の朝にはいつも通りにセキが目を覚ます。目を覚ました後は、大広間の机上で開かれた魔術書を挟み、内容を読み解く師弟の姿が見られた。
その間、リオンは子ども達との訓練で、ミオとティムはそれぞれ1人で樹海に籠って、その力を磨いていた。
数日後、ティム達は師弟に呼び出される。魔術書の事で話しておきたい事があるのだそうだ。
「んで、その汚い魔術書は読めたのかよ?」
セキがその意識を失ってまでの努力をして、封印を解いた魔術書だったが、その文書は時間の経過と共に破れたり、文字が擦れたりと、ティムが汚いと評するのも納得出来る程に散々な様子だった。
「汚いとはなんだ! この書物は今の歴史を覆す程の内容が書いてあるんだぞ!」
「なんだ、読めたか。そりゃ良かったな」
開口一番に魔術書を貶されて、セキは憤った。そんな興奮状態のセキを軽く流して、ティムが席に着く。
「へぇ〜、セキが熱くなるくらい凄い事が書かれてたのね」
ミオの一言のおかげか、セキの怒りは薄らぎ、ミオにそうなのだ!と胸を張る。そんなやり取りの間にリオンが無言で席に着いて、やっと全員が集まった。
「まぁ確かに文字は擦れ、破れて読めない所も多いが、推論や知識で前後を補い、やっと分かった事があるのだ」
セキは全員が席に着くと同時に話し出した。ティムに煽られて少し感情的になったが、早く内容を話しかったらしい。
「今、解読出来たのはほんの一部ですが、その内容を皆さんにも聞いてもらって、どう思うのか聞いてみたいのです」
アルバートは、感情に流されず、ちゃんと話し始めたセキの様子に笑みを向ける。ティム達と出会った頃なら、ミオの言葉があったとしても怒りをあらわにしたまま、口喧嘩を始めていただろう。その変化が、精神の成長にしろ、自分以外の者に心を開いたにしろ、良い変化だったからだ。
「それで、読み解いた結果、書き出しの文章は大体読み解けた」
そう口にしたセキはそのまま、推測を元に補った文章を朗読していく。
『心道調和を修めし者よ。
強靭な意思、膨大な魔力、研鑽の叡智を備えし者よ。
そなたが善なる者である事を願う。
そなたが慈悲深き者である事を願う。
ここには失われ逝く歴史とともに我が願いを記す。
世界を滅亡から救って欲しい。
このマナの失われた世界をーー解き放ち、ーーを救って欲しい。
魔術書の封印を解いた名も知らぬ者にいくばくか、我が想いが届くことを切に願う。
ジャック・ーー』
セキの朗読が終わるとティムがポカンと口を開く。
「何でそんなに分かるんだよ?」
穴だらけの文章が何でそんなに分かるのか疑問に思ったらしい。ティムの癖になかなか考えているようだ。
「それは、師匠と私が天才だからだ!」
「そうなのか」
「違うでしょ! いえ、そうかも知れないけど答えになってないわよ。ティムもそんなので納得しないでよ」
天才の一言で納得してしまったティムを尻目に、ミオはもう少し細かい説明を求めてアルバートを見た。アルバートは、セキの言葉に苦笑いを浮かべながらミオに頷く。
「天才ではなく…」
「違うのか!?」
「ティムは黙ってなさい。ごめんなさい、説明を続けて」
この時点で、ちょいちょい茶々を挟むティムを黙らさせる事がミオの仕事になる。
アルバートの説明では、1つの文献を見ているだけではその文献の失われた文章を補う事は出来ないそうだ。しかし、文献が書かれた時の時代背景や他の文献に書かれた内容を照らし合せたり、文脈から未知の単語の意味を推測する事で文章を解読する事が出来るらしい。つまりそれだけの事が出来る程の知識を有しているという意味では“天才”という説明も分からないでもない。
「ん? マナって何だ?」
ミオに邪険にされて不貞腐れていたティムは、アルバートの説明も聞かずにセキが朗読していた解読文書を読んでいた。ちなみに、魔術書は古代語で書かれている為、ティムには読めない。
「マナってのは…良く分らない所もあるのだが、おそらく魔力の根源であると思う」
「そうなのか?」
セキは魔術書に興味をもってくれたティムに、笑顔を見せて丁寧に説明しだした。今回は文書の解読が進んでいる為、ミオもティムの言葉を邪険に中断させたりしない。
「その他にも霊力の根源といて用いられていたりと、他の…」
「ん? それじゃぁ魔力って失われたのか?」
「アンタは…遮らずに聞きなさいよね」
「あん? 別に良いだろ、マナは魔力の事だろう? ちゃんと理解してるぜ?」
「はぁ…まぁティムにしたら上出来ね」
セキの説明は続いていたようだが、ティムは新たに湧いた疑問を口にする。セキは一瞬ムッとした表情を見せるが、ミオと同様諦めているのだろう。ティムの疑問に答え始めた。
「魔力は失われたとされている。何せ、一度は魔法の存在自体が文献から消え去っているのだ。今も魔法を使える者は師匠や私を含めてほんの一握りしかいないのだからな」
「その言い方だと、昔は皆が魔法を使えたみたいに聞こえるね」
「まさにその通りです。遺された過去の文献をあたると、実際にそういった記述が多々見られます。魔法は日常生活には欠かせなかったようで、掃除や洗濯、食物採取にすら魔法を用いていたようですね」
「へぇ〜スゲェんだな」
「今の貴方みたいね」
昔は全員が魔術師だったと聞いたティムは素直に感心していた。セキやアルバートのように強力な魔法を使えるのならば、戦闘には大きな力となるだろう。
ミオは、当たり前のように風の魔法でペラペラと魔術書をめくるアルバートに感心している。私などまだまだですと謙遜するアルバートだが、そんな事が出来るのは魔力操作にかなり優れている者だけだと理解している為だ。ミオは、昔はもっと手足のように魔法を使えたのでしょうと語るアルバートをもう一度敬おうかと悩み始めていた。
「じゃぁ、今は魔力は復活してんだな」
ティムの発言に驚いたのはセキだけではない。表情を出さないリオンまでもがティムを驚愕の表情で見ていた。
ティムがちゃんと話を聞いて、理解しようとしていたのだから。
「そうだ! その通りなのだ。まぁ、古代と比べればまだまだ世界の魔力は回復していないようなのだが、一部の才在る者が魔法を使えるぐらいには回復しているのだ。ティムは意外と頭が良かったんだな」
「へへへ、まぁな」
「…一応言っとくけど、あんまり褒められてないわよ?」
「それで? それっていつごろの話なの?」
「それとは?」
「魔力が失われた時代のことよ」
「あぁ…細かい年代はわからんのだが、ーーー
セキが言うには。魔力が失われた時代に文明が一度滅びているような痕跡があるそうだ。生活に必要不可欠だった魔力の枯渇により、今までの文明を存続出来なくなったらしい。同時にその時代を描く歴史書も姿を消したそうだ。それだけ世界に混乱が巻き起こっていたのだろう。
そしてセキの説明は続く。
「推測なのだが…」と前置きして当時の生活がどれほど混乱していたのかを語りだす。
当時は魔力枯渇の影響により天災が引き起こされたのでは無いかと言われている。地上に残っている遺跡群を調査すると、およそヒトの力では成し得ないような破壊の跡が残っているのだ。
しかも、天災だけでは飽き足らず、ドラゴンの襲撃もあったと言われている。近所の風竜が姿を消したティム達には想像出来ない事だが、今でも大陸の南東には火竜の住まう火山帯があり、火竜が暴れると近隣に甚大な被害があるのだという。
「しかし、こうして私達が存在しているという事は、生き残った少数のヒト族がいたという証でもありますね」
当時の高度な魔術文明は失われたが、ヒト族は生き残った。ヒト族が生き残り、世界の魔力が回復しつつあるのであれば、また当時のように高度な魔術文明の再建も可能であろう。アルバートはそう語った。
「ふ〜ん、良く分んねぇな」
しかし、ティムには効果がなかった。
ティムも頭自体は悪くないのだが、難しい話が続くと聞き流してしまう悪い癖がある。それが、彼なりの取捨選択なのであろうが、果たして本当にそれで良いものなのか…。
「まぁ、俺には分らねぇがミオとリオンは分ったんだろ?」
「良えまぁ、一応はね」
「たぶん」
「なら良いさ」
良いらしい。
「それで? 俺達は何から世界を救えば良いんだ? どうすれば英雄に成れる?」
ここまで、小難しい話が続いてもティムが席を離れなかったのには理由があった。それは今の言葉に全て描かれているだろう。セキ達の推測を含んではいるが、冒頭の書き出しには筆者の願いとして世界を何かから救って欲しいと書いてあったのだ。
英雄志願を座右の銘にしているようなティムにとっては、捨てて置けない話題であった。
熱くなったティムの言葉に、全く理解していないと感じたセキは長々とため息を吐き出した。
「あのな、まず第1に筆者が願っているのが世界を救って欲しいとは明言されていない。確かに世界を救う…というよりマナの失われた世界に生きるヒト族の未来を憂いている節は文書のそこかしこに見受けられるが…。名言されているのは、マナの失われた世界で何かを救って欲しいという事だけだ!」
「分かった分かった、世界も含めて全部俺が救ってやるよ。で、何をすれば良いんだ?」
「だからっ!! その何かをボヤかしたのにはちゃんと意味があってだな!」
「もう諦めなさいよ。ティムには無理よ。それより、文書の内容はそれだけじゃないんでしょう? 先に進みましょう。そしたら、ティムの求めている答えも見つかるかも知れないしね」
セキとティムのすれ違いを見兼ねたミオの仲裁が間に入る。セキはこめかみを押さえて…感情も抑えて、呼吸を整える。「本当に成長しましたね…」と呟くアルバートは、どこか感慨に耽っていた。
「それでだ、分かった内容だけ伝える。何度も言うが、これは推測も多く入っているからな。それを踏まえて聞いておけ」
抑えきれなかった苛立ちを滲ませたセキが、やっと続きを話し始めた。




