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勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第3章 脈動
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子離れ



これから、魔術書の封印を解くと豪語したセキは、本の上に手を置いたままピクリとも動かない。


「まだかよ〜、さっさと始めろよ〜」

「良いからアンタは大人しくしてなさい」

「…けっ」


面白いモノを期待しているティムは、動かないセキを眺めているのに飽きてきたようだった。


「魔力の流れを見てみたら?」

「あん?」


暇な時間を持て余し、ミオに体重を預けつつ、今日の夕飯に思いを馳せていたティムはリオンの言葉に首を傾げながらも、その魔力へと注視する。


「何でアイツはあんなにコロコロと属性変化させてんだ?」

「さぁ…」


ティムの単純な疑問は、リオンにも答えられなかった。ただ、魔術書に触れた手の魔力を属性変化させて何かをしているという事しか分からないようだ。


「あぁやって、自分の魔力と魔術書の魔力を同調させて、そのまま魔術書に込められている膨大な魔力を吸収しようとしているんですよ」


ティム達の話を聞いていたアルバートが、セキの行動を説明する。今からセキがやろうとしている事は、魔術史に名を残すような偉業の為か、セキを見守る瞳には熱いモノが宿っていた。


それは、セキがレポートに書いていた内容の応用だった。

『酷似した魔力はそれ自体が互いに引き合う力を有し、一方のみの意思ではその流れを断ち切る事は出来ない』とする理論が正しいならば、魔術書封印の為に魔術書自体に内包されている魔力と酷似した魔力を造り出し、魔術書の魔力を吸い上げてしまえば良いという事である。


「これが成功すればセキの組み立てた理論は正しかったのだと証明できます。少なくとも、ある側面においては、ですけどね」

「…ふ〜ん」

「つまり、あの儀式の逆をやろうとしているのね」


説明を聞いても分かってなさそうなティムを見かねて、ミオがティムにも分かりそうな言葉で説明を追加する。


「…ふ〜ん」


が、すでに思考を放棄しているティムに理解させるのは土台無理な話だった。


「あっ、似てきたかな?」


ティムのバカさ加減にため息を吐いたミオの横で、セキの動向を見守り続けていたリオンは、事態が動き出そうとしているのに気付いた。


「そうですね、セキの予想ではここから魔力の綱引きが始まります。見所ですよ」


何だかアルバートの熱が増して来たように思う。

綱引きとは何だろうか? と思っていたリオンは、瞬時にその答えを知る。


セキが、魔術書に酷似した魔力を造り出した瞬間、互いが接している場所ーーセキが魔術書に触れている所ーーから大きな衝撃波が巻き起こったのだ。衝撃波自体はアルバートが事前に用意していた魔方陣によって打ち消されたが、それが巻き起こした余波の風がティム達の髪を逆立てた。


『酷似した魔力はそれ自体が互い(・・・)に引き合う力を有する』つまり、どちらもが魔力を吸収しようとすれば、その反発が起こる、それがセキの予想した内容だった。


「さて…第1関門ですね」

「おいっ! 何で魔法を唱えてんだよ!」


アルバートは熱した瞳を細めて、緊急事態に対する為の準備を始めていた。


『一方のみの意思ではその流れを断ち切る事は出来ない』この魔力の争奪合戦にセキが負けた瞬間、セキの魔力は魔術書に奪われる事になるのだ。普段、無意識の内に自己統制された状態で魔力を使用する時は、気を失う程度までしか魔力を使う事が出来ない。しかし、それを無視して限界以上の魔力を失えば…


「死に至ります」


そんなアルバートの説明を聞いたティムは顔色を変えてセキを見る。キーキーと甲高い音を発生させて不動の綱引きを続けるセキの額には、大粒の汗が流れていた。


「おいっ、セキが死んじまうのか? 止めないのかよ!?」

「そうさせない為に、私が居るんです」


アルバートは唱えた魔法をその身体の前に浮遊させたまま固定させ、有事に備えていた。事前に約束した通り、セキに危険が迫った時にはあの貴重な魔術書を消滅させるつもりなのだ。


「でもよ…」


セキと魔術書の綱引きは、まだ拮抗状態にあった。キーキー音がどんどんと大きくなってティムの不安を掻き立てる。


「あら、ティムにもやっと私達の気持ちが分かったのね? これからは、無茶な事ばっかりするんじゃないわよ?」


冗談めかしてティムに説教するミオも、セキに向けている瞳には不安の影がある。ティムよりも強気な振りが出来るのは、ティムの無茶を見慣れているからだろう。


「クァァァ!!」


突如、ティム達の不安に彩られた瞳に見守られながら、セキが奇声を発した。

同時に、一際大きな甲高い音が破裂する。ティム達に冷たい汗が流れた。セキと魔術書を取り囲む魔方陣の中へと、アルバートの足が差し出される。


アルバートが魔術書に目標を定めて、備えていた魔法を作動させようとした時、その場に沈黙が訪れた。

突如生まれた静寂に躊躇い、足をこまねくアルバートの元にまた衝撃波が訪れる。セキと魔術書が爆発したような衝撃波はアルバートの身を刻みながら、その身体を魔方陣の外へと追いやった。飛ばされた衝撃でアルバートの魔法は掻き消される。


「セキ!!」


ミオが傷を癒そうと近寄るのを遮って、起き上がったアルバートはセキの名を叫ぶ。

セキは変わらず魔術書の前に座って居た。セキが爆発した訳ではなかった。


「大丈夫みたいですよ」


それでも安心し切れないアルバートに、リオンが声をかける。いつの間にか魔方陣の中へと入って、セキの様子を伺っていたリオンが、そっと魔方陣から出てきたのだ。

アルバートは、魔術書からセキに流れ込み始めた魔力を読み取って、その言葉の意味を悟った。


「…第1関門は突破ですね」

「良かったわね」

「本当に…あの子は成長しました」


大人しく傷の治療を受けるアルバートは、嬉しそうに笑った。ここまでセキの予想通りに事が運んでいる…その聡明さに。何よりも、セキが無事でいる事に。


「次は…もう私の出番はありません後はリオンさん、よろしくお願いします」

「はい、任せて下さい」


アルバートは諦めたような、雛鳥の旅立ちを喜ぶような、どっちともつかない表情をしていた事だろう。その言葉通り、この後に何かが起こっても、アルバートが出来ることは少ない。


この後は、セキが自らその役目を任せたリオンに意思を伝えるのみだ。


「ご覧の通り、魔術書の魔力はセキに流れ込んでいます。あの魔術書が秘めている膨大な魔力を吸い出せば、無事に封印は解けるはずです」


リオンの役目とは何なのか、実はまだ説明されていなかった。役目も知らずに任せて欲しいと返答したリオンを適当と思うかどうかは、その人次第と言ったところか。


「えっ!? 魔力を限界以上に注がれ過ぎても…」

「ミオさんの仰る通りです。セキもその危険性を考慮していました。その為、セキは古代遺跡で手に入れた霊石を準備したのです」


ミオは魔送抗増の秘儀の時にセキの口から聞いた言葉を思い出していた。魔力は奪われ過ぎても死に至るが、与えられ過ぎても死に至るのだ。


セキはその対抗策として、霊石を準備していたのだとアルバートが語る。まだ何の霊力も込められていない空の霊石に、過剰な魔力を移そうというのだ。霊石に魔力も宿す事が出来るかどうかの実験は、すでにセキが立証していた。

空の霊石は100個近くある。それ1つで嵐のような霊力を備えられる霊石がそれだけあれば、魔術書の膨大な魔力にも対応出来るだろう。ミオの不安は消え去り、同時にセキの頭の良さに感心していた。


「片方の手で魔術書の魔力を吸収しながら、もう片方で霊石に魔力を込める。それは確かに高度な技術ですが…今のセキなら大丈夫でしょうね」


誇らしそうに笑顔で語るアルバートは、周りにいるティム達を和やかにさせた。


「でも、そうなると…」


リオンはそれでも不安が尽きないと顔色を青ざめさせていた。その目はチラチラとティムに向けられている。


「はい。リオンさんと同じようにセキもそれを恐れていました。ミオさんが瘴気と呼ぶ黒い霧がなぜ出て来たのか不明である限り、ティムさんと同じように敵の区別が付かなくなってしまうかも知れないと。それをリオンさんに防いで欲しいのです。セキは言ってました。ティムから守ってくれるリオンさんの背中はそれはそれは逞しく見えたそうですよ」


アルバートの口から語られる先日の暴挙を耳にして、ティムは静かに俯いた。そんなティムの様子をリオンが見て、何かを伝えようと口を開くがーー


「それでもリオンさんは任されてくださいますか?」


そう問われたリオンは、力強く返答する。


「もちろんです。誰がどうなっても僕が抑えます。そのヒトが正気に戻るまで」


リオンはアルバートではなく、俯くティムを見てそう答えた。それなのに、アルバートは満足そうに頷いている。「親友っていうやつですね」アルバートが呟いた言葉にミオは堪えきれない笑みを浮かべて、2人の親友を見比べていた。




しばらくの時間が経った。

セキの手元から、透明だった霊石が虹色に彩られてコロコロと転がっていく。そんな風に魔術書の魔力に彩られた霊石は既に10を超えていた。

セキの隣にはリオンが立ち、空いた手に空の霊石を受け渡す作業をこなしている。


「ヒマね」


懸念していたセキの暴走も起こらず、魔方陣の外からそんな作業風景を眺めるティム達にやる事はない。アルバートが真剣に見守る隣で、重苦しい雰囲気に耐えかね、退屈さを滲み出したミオが呟いた言葉に返答はない。

いつもなら真っ先にその言葉を口にするティムは、顔を俯かせたまま、物思いにふけっているようだった。


ミオはそんなティムを心配そうに見つめると、ティムの体重を支える腕にギュッと力を込めた。


「おや」


セキを見守り続けていたアルバートが、ふと声を出した。どこか、軽い雰囲気を伴ったその声と共に、魔方陣の中が煌々と輝き出す。


「あら、綺麗ね」

「…そうだな」


昼間に輝く星々のような煌めきに、ティムの重たい顔も上がっていた。ミオの素直な感想に相槌を打つ。


「…拍子抜けだな」

「良いじゃない、何も無かったんだから。セキが無事なのが一番良いことよ」

「仰る通りです」


どこか不機嫌そうなティムとは真逆な笑顔で、アルバートとミオは笑っていた。セキを中心に取り巻く光が収まると同時に、アルバートは魔方陣の中へと入っていく。ティムを支えるミオも遅れて続いた。


「師匠、やりました」


セキは近付いてくるアルバートに向かって、誇らしげに胸を張った。高度な魔力操作に気疲れしたのか、その声に力強さは感じられない。しかし、その表情は達成感に満ちていた。


座位のまま師匠に抱き締められたセキは、その胸の中で笑っていた。腕先を亡くした筈なのに、強く、強く抱き締められたセキは…笑いながら泣いていた。



ーーー


『心道調和ーー修めー者よ。

強ー意ー、ーーな魔ー、ーーー智を備ーーーよ。

ーーーー善ーー者ーーーをーー。

そーたが慈悲深ーーーーーー願う。


ここには失ーれ逝く歴史とーーに我が願ーーーす。


ーーー、世ーー滅亡ーー救ーー欲ーー。

ーーマナー失ーー世界をーー解き放ち、ーー同時に救ってーー。


名も知ーぬーーいくばくかー我が想いがーーーを切に願う。


ジャック・ーーール』




セキが開いた本の書き出しには、そんな筆者の願いが書かれていた。


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