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勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第1章 旅の準備
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自力を信じる



翌日、7人の子どもを連れたティム達の姿が樹海の中にあった。


昨日いきなり危険な樹海の中に入るということになり、ミレーヌやハンスに泣き付いた子どももいたのだが、それは逆に条件付きの了承を得てしまう結果に終わっていた。

ハンス達にしてみれば、ティム達が見守っている中で樹海の浅い所に棲息しているモンスターが相手ならば、モンスターとの戦闘を経験しておくことは望ましい。むしろ、いつか自分がやるべきだった役目をティム達が担ってくれるというのだから喜びこそすれ…という考えであった。


「ティム兄ちゃん! あんまり森の奥には行くなってハンスさんが行ってたよ!」

「バカねビリー、まだ1時間も経ってないじゃない。こんな所でモンスターが出て来たら、村に住んでることも出来ないわよ。行き先は兄ちゃん達に任せといて、私達は出て来たモンスターを叩き潰してやれば良いのよ」

「でっ…でも」

「どうでも良いから、さっさと済まそうぜ。面倒くさい」

「いきなり樹海のモンスターだなんて…」

「あぅぅ、めっ、慈愛神様の御心のままに」


今はまだ森の中に入ったばかりだというのに、後ろに村が見えなくなった途端、子ども達は怯えて震えだした。そんな中、フモールは自分の実力を確かめられる機会に身を振るわせて喜んでいる。


そんな集団の先頭を歩くティムは、怯える子ども達に隊列を組ませて森の中を進んで行く。何年も腕を磨き、慣れ親しんだ森の中だが、いつもより大所帯で騒がしい面々の為に、ティムの顔には若干の緊張が染み出していた。ミオも同様に何か問題を起こしては不味いと、気を引き締めて殿しんがりから背後の奇襲を警戒してる。


「ミオ姉ちゃん、これが終わったらさ、今度こそ魔法を教えてくれよな!」


鋭い目付きで周囲を警戒しているミオに、バミルが話しかける。両手を頭の後ろで組みながら隊列の最後尾でミオに話しかける姿は、いかにも面倒くさそうな雰囲気だった。


「何度も言うけど、バミルに精霊魔法は扱えないわよ」


警戒を怠らないように会話を端的に終わらせるミオは、目の前のバミルを少し見直していた。勇んでいるような雰囲気はなく、怯えているような気配もない。子ども達の中では1番自然体に近い状態を保てているようだったからだ。


「精霊魔法じゃなくったっていいんだよ。俺には剣を振り回すより、古代魔法でフォローする方が性にあってんの」

「だから、私は古代魔法は扱えないってば」

「ケチだなぁ、なんなら神聖魔法でもいいんだぜ?」


バミルは魔法がどんなものかもよく分かっていない。だから魔法が覚えられるのであれば、何でも良いとでも言うように告げる。性に合っているとか何とか言っているが、結局は、剣を握って汗水垂らすよりも、噂に聞いている強力な魔法の方が、樹海のモンスターと戦えるであろうという考えなのだ。


しかし、バミルがどれほど魔法を求めようとも、ミオが魔法を教えたいと思っても、精霊魔法とは違い、魔術理論で成り立つ古代魔法の理論など知りもせず、慈愛神を信仰していない為に神聖魔法も使えないミオには存外無理な話だった。唯一扱える精霊魔法にしてみても、精霊との親和性の低いヒト族には扱えなかった。


「いいからバミルも敵がいないか警戒してなさい」

「わかりましたよっ、と」


そんなバミルとミオの会話をオドオドとした様子で伺っていた者がいた。昨日リオンに頭を撫でられていたビリーだ。


「ミオ姉ちゃん…」

「…なぁ〜に?」


周囲の警戒に集中していたいミオだったが、恐怖で縮こまっている子ども達を勇気付けるというのもミオの仕事だ。そのままの状態で戦ってしまうと、実力の半分も発揮出来ずに怪我や、悪くすれば死んでしまうこともある為に、怯えているような者の不安は和らげてあげようと会話に応じる。


「古代魔法でも、ミオ姉ちゃんの魔法みたいに怪我を治すことって出来るの?」

「ん〜…ごめんね、わからないわ。私は本当に精霊魔法以外の魔法を知らないのよ。ビリーも剣を振るうより古代魔法を覚えたいの?」


ビリーは真剣な表情を浮かべて考え込んだ。

ビリーとしては、単純に疑問に思ったことを聞いただけなので返答に悩んでしまったのだ。


「ううん、僕は剣を振ってる時の方が落ち着くから魔法は別にいい。ただ、皆んなが怪我した時に治してあげることが出来たらいいのになぁ〜って」

「…そうね」


ビリーの答えを聞いたミオは、逆に考えさせられることとなる。

ミオがティム達と共に旅立ったとしても、ミオの母であり、精霊魔法の師匠でもあるミレーヌならば、たいていの怪我はすぐに治してしまうだろう。しかし、樹海でモンスターに襲われる時に、ミレーヌが側にいるとは限らない。そういう意味では、子ども達だけで樹海に入るのはとても危険に思える。


「ビリー! 何でアンタはそんな弱気な考え方しか出来ないの? 怪我なんてしなければ良いのよ!」


そんなミオの心配を他所に、聞こえてきたビリーの弱気な発言に我慢ならなくなったのだろう。フモールがビリーを怒鳴り付けた。


「ぼっ…僕はフモールが一番心配なんだよ」

「なっ!? アンタに心配される程、私は弱くないわよ! アンタの事も私が守ってあげるから、ちょっとは勇気出して戦いなさいよね!」


フモールは、苛立たしそうにビリーを怒鳴った。気弱なビリーに心配されるなんて、フモールの中ではあってはならない事らしい。むしろ、守られる立場なのはビリーの方だと言い放つ。


「それに、神聖魔法ってのは慈愛神への信仰心があったら使えるんでしょ? それなら心配しなくてもマメルがいつか使えるようになるわよ」

「うぅ…親愛なる慈愛神へ我が敬愛を捧げます」


突然フモールに背中を押されたマメルは話がわからず、女神への祈りを呟いていた。


ミオ達の今回の目的は子ども達だけでもモンスターと戦える自信を身に付けさせることにある。

しかし、自信を付けても回復魔法が使えない状態では危険なのではないだろうか…。

ミオは自分だけでは解決できそうにないような心配で胸を曇らせていた。


「でも、フモールはすぐに感情的になるから…」

「うるさい! ビリーは黙りなさい!」

「まぁ確かにフモールが一番怪我しそうだよなぁ」

「バミル!!」

「うぅ…樹海の中でも手を取り合えない、私達をお赦しください」


しかし、そんなミオを放っておいて、子ども達はなんだかんだと大いに騒いでいる。

そんな様子を見ていると、なんとなく大丈夫な気がしてくるのだった。


「まぁ、回復魔法が使えても、危険な事は沢山あるわ。回復薬は十分持って来ているし、一番大事な事はアンタ達が協力して危険を回避、あるいは撃退する事よ。実戦でそれを学びなさい」


ミオは自分の中でそう結論付けた。

そんな前向きなミオの言葉にフモールは目を輝かせ、小声で何度も先の言葉を繰り返している。


どうやらフモールはミオに対して憧れの様なものを抱いているようだ。村の中で1番の戦力とも言える女性がミオなのだから、強さを求めるフモールが憧れを抱くのも当然かもしれない。


「フモール…あの…協力っていうのは、1人で突っ込んでいくのとは違うからね?」


ビリーはそんなフモールの様子に不安を抱いたのだろう。

皆んなのことを考えているとは言っても結果、独りよがりな発言が多いフモールがやる気を出しても碌なことが無いと思えた。


「何よ? もちろん分かってるわよ」

「分かってないだろ?」

「バミル!?」

「うぅ慈愛神様…」


そんな感じで賑やかに樹海を進んでいくと、子ども達の緊張感も少しづつ解かれていく。


樹海の中でもモンスターが頻繁に出てくるという訳でもないということを体感出来たのかもしれない。







場違いに騒がしく進む中ティムがそろそろ休憩でも挟もうかと考えていた頃、前方の藪がカサカサと動いた。


「ティム兄ちゃん!」

「敵ね!」

「面倒くさい…」

「じ…慈愛神様〜!!」


何かしらの生き物の気配を感じた子ども達は安心し始めていたからこそ、その動揺は大きかった。

その騒がしさが近付いて来るとともに、それぞれが引きつった顔を貼り付ける。


そんな子ども達の中でも、咄嗟に動ける者もいた。刃引きの剣とは違う、鋭く尖った剣を抜き放ちどうやって動けば良いのかと、ティムに指示を仰ぐフモール。面倒くさいモンスター退治などさっさと終わらせて村に帰りたいというバミル。動揺し、叫び声を上げながらも、ビリーやマメルもいつでも動けるように体勢を整えていたのだ。


「落ち着けよ、剣はしまっとけ。まだ使わねぇから」


そんな様子を眺めて不安やら期待やらを抱きながら、ティムはなんでもないように子ども達を落ち着かせようとする。とはいっても、モンスターらしき存在が目前でガサガサと迫っていては、騒がしい様子はなかなか治らない。

フモールも訝しそうな視線を向けながら、ティムの顔を見ていた。


「はぁ…モンスターじゃねぇよ」


ティムの言葉を肯定するように、前方の藪から、その生き物が姿を現す。

リオンだった。


リオンの姿を見た子ども達は、やっと落ち着きを取り戻していく。


リオンは他人よりも鋭い感覚の持ち主で、索敵や隠密行動に長けている。その為、集団から1人離れて斥候として行動していたのだ。


「で、モンスターが見つかったのか?」


自分の言葉だけで落ち着かせることが出来ずに、本当にモンスターと出会った場面を想定したティムは深い溜息を吐いた。

リオンはそんな様子に苦笑を浮かべながら、森の奥を指差す。


「どんな奴だった?」


モンスターがいるのだろう方向を見ながら、ティムは先を促す。


「戦闘蜂」

「ちょうど良いな」

「そうね」


モンスターの名を聞いたティムは初めてには手頃なモンスターだと笑顔を浮かべた。ミオも同感だというように似たような笑顔を浮かべていた。






ーーー



「集団で固まるなっ! さっき見せたように、1匹づつ確実に仕留めていけば問題ないんだ!」


自分に近付いてくるヒトの頭ほどの大きさの蜂を一刀で切り捨てながら、ティムが叫ぶ。

あたりには子ども達の悲鳴やらなんやらが響きわたっていた。


戦闘蜂との戦闘経験を得させようと考えたティムは、見本と称して斥候の戦闘蜂を倒した。瞬間、近くの巣から大量の戦闘蜂が飛び出してきた。ティムの見本を食い入るように見ていた子ども達は、突如大群に襲来されて動揺する。

剣も抜かぬままに逃げ回ったり、誰かに何とかしてもらおうと後方で見守っていたミオやリオンの陰に隠れたりしているのだ。


戦闘蜂との経験が豊富で、斥候の蜂を殺せばどうなるのかなど知っているはずのティムの姿をミオが見る。逃げ惑う子どもの姿をどこか面白そうな顔で見ながら怒声をあげるその姿に溜め息を吐いた。


「皆んな大丈夫よ。リオン兄ちゃんほど動きは早くないわ! よく見て捌けば何とかなるわよ!」


そんな中でもフモールは怯むことなく戦闘蜂に立ち向かっていた。

最初は緊張していたのだろうが、身体を強張らせながらも放った1撃で戦闘蜂を仕留められたことがフモールの自信を裏付けした。最初の緊張で強張った剣筋とは違う、フモールの生き生きとした剣筋が何匹もの戦闘蜂を切り捨てていき、1人で全てを切り捨ててやろうとばかりに最前線で剣を振るっている。

その少し後ろには、面倒くさそうに突っ立ったまま、自分に敵意を向けて近付いてくる戦闘蜂だけを切っているバミルの姿もあった。


そんな2人の姿が、別の子ども達に行動を起こさせる。


「だっ、だから、1人で突っ込んじゃダメだって言ったじゃないか!!」


慌てたようなビリーがフモールの隣に走る。

さっき忠告したばかりなのに、いきなり1人で最前線に突き出たフモールへの小言を叫びながら。


「1人じゃないわよ! ビリーが来てくれたじゃない」


フモールの声でビリーの頬に赤みがさした。

ビリーは、真っ直ぐ前方しか見えていないフモールの視界外、背後や横から迫ってくる戦闘蜂を相手取り剣を振るった、フモールが行きたい場所に行けるように、フモールに迫る危険を排除するように。


まだ怯えの残るビリーが動けたのは…まぁ、推して知るべしだろう。


「慈愛神様は仰いました! 決して我が子らを見捨てることはない、と!」


マメルもやって来た。恐る恐るフモール達のいる最前線に肩を並べる。慈愛神の教えを叫びながらフモールはメイスを振るう。切り裂くよりも圧し潰すことを目的としたメイスの一撃は、戦闘蜂の血花を地面に咲かせていく。


「お前ら…ティム兄ちゃんも言ってたけど、針についた神経毒には気を付けろよ」


バミルが忠告を口にしながら、面倒くさそうに最前線に加わった。最前線に4人で集まったフモール達は勢い付く。


予想し難い立体駆動の素早い動き、見る者に恐怖を抱かせるような太い針、そこに塗られた神経毒。戦闘蜂は決して弱い相手ではない。むしろ、巣の前で躍起になった戦闘蜂が集団でいるなら、手強い部類に入るだろう。


それでもフモール達は戦えていた。

戦闘不能者を出すこともなく、ティム達の助力を得る事もなく、大きな蜂の巣を目の前にして、そこから出てくる戦闘蜂をドンドンと片付けていった。


あわや、という場面がなかった訳ではない。

初めての戦闘を全く危なげなく終わらせることが出来る筈がない。

誰かが傷付けば、回復薬を片手にマメルが走る。治療中を襲われないように、残りのメンバーがフォローに入る。


途切れる事なく姿を見せる多量の戦闘蜂との戦いで、そんな場面が何度も何度も繰り返された。その度に4人の仲間は視線を交わらせる。剣が舞い、メイスが舞い、血が舞うような戦闘の中で、4人の顔には微笑が浮かんでいた。


「「…」」


3人の子どもがミオやリオンの陰に隠れながらフモール達の善戦を眺めている。言葉を発する事も出来ずに、年の変わらない仲間の活躍をただただ見守っていた。


「アンタ達はどうするの? 怖くて戦えないなら、村にでも帰る?」


ワザとだろう。

自ずから戦闘に参加することのない3人をミオが挑発する。


「「…」」


返事はなかった。


「…好きにしなさい」


羨むような視線、後ろめたいような視線、怯えたような視線、3人はそんな視線を送ることしか出来なかった。

3人を気にする事もなく振り返らないフモール達を眺めて、心に暗い感情を抱くことしか出来なかった。


やがて巣から出てくる戦闘蜂の勢いが減衰する。足元に散らばった数百の屍…流れた血で地面が滑るであろうに、フモール達は地に足を付けしっかりと立っていた。


最後の1匹をフモールが切り裂く。


3人は何も言わずにずっと見ていた。


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