まだ強くなれる
僕が意識を失ったティムを担いで帰って2日が過ぎた。
家に帰ると、気を失ったままのティムを見たミレーヌさんに何があったのかと問い詰められた。後ろめたさに僕達が黙り込んでいると、セキがミレーヌさんの正面にたちはだかって正直に理由を話してくれた。空を破るようなミレーヌさんの説教の前に立ち向かえたセキは本当に勇気があると思う。でも、それで説教が早く終わるわけでもなく、僕達は空が明らみ始めるまで、床板の上にずっと正座で座らされていた。僕達の脚は、しばらくの間まともに動かなかった。
セキはそのまま、アルバートさんに連れられて行った。聞こえ漏れる声を聞けば、セキだけ追加で説教を受けているようだった。
数々の説教を乗り切っても、僕達はまだ気が置けない。ティムがまだ意識を失ったままだからだ。
ミオはティムの部屋に入り浸り、甲斐甲斐しく看病している。今回だけは、ミレーヌさん達の説教は必要なかったのかも知れない。
「おはよう」
「…リオンか、おはよう」
あれから2日目の朝だというのに、セキはまだアルバートさんから怒られているという。今は課題という名の報告書を書かされているのだそうだ。お題は“魔送抗増の秘儀の実施時の注意事項について”というモノらしい。今後の為に、秘儀の本質理解を深めるとかどうとか…そこまでいくと僕にも良くわからなかったが、セキが大変そうだというのは分かった。
「大変そうだね」
「まぁな…だが、強大な力を誇る魔術師はその力を軽々しく用いてはならぬのだ。罰をレポート提出で押し留めてくれた師匠には感謝している」
「…そう、なんだ」
ならば、いつもの罰はどんな事をさせられていたんだろうか。アルバートさんに付き従うセキの様子は、こういった所から生まれているのかも知れない。
「そういえば、その左肩の奴は…何と言ったかな?」
「ローザだよ」
「あぁ、そのローザはこの樹海特有のモンスターなのか?」
セキは左肩で眠そうにしているローザを指差してそう聞いた。ローザの種族が何なのか気になるのだろう。トカゲのような見た目だけど、愛らしくズングリムックリしてて長い尻尾と羽の生えたローザは……可愛い。
「僕は樹海の中で見たことないよ」
「そうか…もしかするとソイツは…」
「セキ、課題は進んでいますか?」
会話は遮られ、アルバートさんがセキの進捗を確かめにやってきた。セキは慌てたように、脇目もふらず課題に取り組んでいましたという体を取り繕う。
僕は邪魔しちゃ悪いと思って外に出た。でも、ローザの種族か…一体何だろう?
樹海の中で戦闘を続けて、見た事の無いモンスターはかなり減ったと思う。それなのに僕はローザのようなモンスターを見たことがなかった。近い姿を持つモンスターには大蜥蜴とか、二足蜥蜴とか、蜥蜴系のモンスターがいるけど…どれも羽はないんだよね。
まぁ、幼体と成体で容貌が大きく変わるモンスターも多いから、成長したら分かるかも知れないな。可愛い羽が消えちゃうのはちょっと嫌だけど、ローザが僕の知らないモンスターだとしたら、もしかしたら、その羽根で僕を大空に連れて行ってくれるかも知れない。
…そうなるといいな。
「キュィィ?」
僕が空を見上げて、立ち止まっているのが不思議だったんだろう。眠気に逆らい切れないローザが僕を見て首を傾げる。
「ふふふ、その時はよろしくね」
「キュイ!!」
良く分かっていないだろうに、ローザは元気な返事をくれた。僕にはこれで満足だ。僕はローザが何者であろうと構わない。僕はローザと出逢うべくして出逢った、そう感じているから。
僕は村の広場へと向かう。子ども達の戦闘訓練の時間が近付いてきていたからだ。
彼等は既に広場に集まっていて、僕が来るまでにパーティー対抗戦をしていたみたいだ。人数はフモールのパーティーの方が1人多くて有利だが、1撃の重さが足りない為にホッブズのパーティーの盾役2人を掻い潜れないでいる。どちらも護るに重きを置いた戦い方をしているせいか、戦闘は長引きそうだ。
「やっぱり、皆凄く成長してるな」
そんな子ども達のせめぎ合いを眺めながら、僕はしみじみそう思う。皆、どんどんと戦闘方法を吸収していく。今もフモールは僕がやったように飛び上がって盾役2人をすり抜けようとしていた。
「あぁ…高いなぁ…それじゃぁ、着地する前に体勢を整えられちゃうよ」
高く飛び上がったフモールを見た僕は、まだまだだなと少し微笑んだ。あれは、盾役の背後を素早く取る為に跳躍を調整しなきゃいけないんだ。あんな風に3メートルも、4メートルも上に跳んだら…。
「えっ?」
高過ぎない?
何であんなに高く跳べるんだ?
僕が困惑に駆られていると、フモールは盾役2人を飛び越して、さらには最後尾のホッブズすら飛び越して、その背後に着地した。まさかそんな所まで飛び越えてくると思っていなかったホッブズは、フモールに簡単に押し倒されて敗北を宣言していた。
「やったわ! 成功よ!!」
「良くやったぞ、やっと魔力が馴染んできたみたいだな!」
「くそっ…俺達も予想出来た筈なのに…」
戦闘が終わり、三者三様の感想が聞こえてくる。
コレは何だろう?
僕は何を見せられたんだろうか?
あんな身体能力がフモールにあったなんて…。
「あっ、リオン兄ちゃん!!」
そこで皆が僕の存在に気付いて近付いてくる。今度は僕が彼等の相手をするのだ。だってそういう訓練だから。僕の背中に冷たい汗が流れていた。
「さっ! 私達が勝ったんだから、最初は私達からよ!」
「分かってるよ! ちぇっ…俺達が最初に兄ちゃんに勝つ筈だったのによ」
「私達よりも弱かったんだから、諦めなさい」
「ちぇっ…」
さっきの跳躍は何だ?
全員があんな身体能力に成長しているのか?
いつの間に?
ダメだ、まだ頭が混乱している。
「さっ、リオン兄ちゃん最初は私達だからね! 早く始めましょう!」
大変だ…勝てる自信が、ない。
気持ちを落ち着かせようと、準備に時間を掛けて、ローザを預けて、心の乱れがバレないように深呼吸をして…それでもやはり時間は過ぎて行く。最初よりは若干落ち着いたけど、まだ困惑が続く中、僕はフモール達の前に立っていた。
「それじゃ、行くぞ?」
「良いわよ、早く始めなさい」
ホッブズが初めの合図を出すのをこんなに躊躇った時があっただろうか…いやない。不敵な笑みを浮かべるフモール達がこんなにも恐ろしく見えた事も無いだろう。だって、彼らが持っている武器は刃引きされていない戦闘用のモノなんだから。
戦闘訓練で生命の危機を感じたのは初めてだった。
時間を掛けて落ち着き始めていた頭の中が、また真っ白になっていった。
額を伝って汗が流れていくのを感じた。
「それじゃ、“始め”!!」
混乱の中、ホッブズの手が振り下ろされる。同時に駆け寄るフモールとビリー、僕は必死で逃げに徹した。ビリーの小剣が横薙ぎに振るわれる、と同時にフモールの長剣が僕の逃げ場を制限させる。
速いっ…フモールだけでなく、ビリーの太刀筋も速度が尋常じゃない。もしかしたら、2人とも好調時の僕と同じぐらいの速さかも知れない。
僕の耳元をビュッと風切り音が通り過ぎた。コレは…アレだ、速さだけじゃないっていうアピールだ。
俺達の剣はリオン兄ちゃんを殺すだけの威力が込められているんだぜ、って語り掛けてくる。
「くっ…」
僕は堪らず距離を取った。
僕は、こんなところで死ぬ訳にはいかないからだ。
僕が背後に飛び去る中、笑みを浮かべたフモールが目に入った、いつもは大人しいビリーまでニヤリと笑みを浮かべている。
僕は背筋に冷たいモノを感じて、その場から更に飛び去った。
「ちっ!! マメル、そっちに行ったぞ!!」
危なかった…フモール達に気を取られてバミル達の存在が頭から抜けていた。マメルのメイスを捌きながら周囲に目を向けると、フモール達がいつの間にか僕を取り囲むように陣形を形作っている。
そうだ、普通は多数で1人を追い詰める時はこの陣形を取る。今までそう出来なかったのは、フモール達では1人の力で僕を抑える事が出来なかったからだ。力のない状態でこんな陣形を取れば、各個撃破して下さいと言っているようなものなのだ。
それが…今は出来る。
フモール達はそう思っている。
そして、それは正しい。
彼らの身体能力は僕の予想を大きく裏切って成長していた。僕と並ぶ程に。彼らはそれを正確に測っていたのだ。そしてこの陣形を選んだ。
「…っ」
追い詰められた獣の気持ちだ。
どちらに行こうとも、誰かが僕の前に立ち塞がって、その道を通してはくれないだろう。誰かに向かって行ったとしても、モタついている間に取り囲まれてしまうだろう。
“敗北”そんな二文字が脳裏を掠める。
そうなる事を知っているかのように、笑みを浮かべたフモール達がジリジリと躙り寄ってくる。
勝利を渇望するヒトの顔とはこんなにも醜いモノなのか…。僕はそんな、ある意味見当違いな感想を抱いていた。
強さが…こんな理不尽な逆境にも屈しない強さが欲しい。
僕は久しぶりに心の奥底からそんな事を思った。
「全員で行くなよ、慎重にだ! まずはフモールとビリーからだぞ!」
千載一遇のチャンス。待ちに待った僕からの勝利をもぎ取るチャンスなのに、バミルは警戒を怠らない。…何でこんなに優秀に育っているんだ。
本来なら喜ばしい筈の成長が、今の僕には恨めしかった。
どうすれば良い…どうすれば勝てる?
樹海の中で強敵に出会った時、僕はどうしていた。僕は…必死に目を凝らした。眼前の敵に対して隙が無いかどうかを伺った。どこから攻撃を仕掛けてくるのか、どんな攻撃を仕掛けて来るのか、必死に目を凝らして感じようとした。
目だけじゃダメだ。
四方を囲まれている今、目だけじゃ情報を捉えきれない。耳も鼻も皮膚を伝わる感触も…それ以外の何でも用いて感じ取らなければ。
子ども相手に本気になるなんて…そんなティムの嘲笑が聞こえてくる。それでも何かのキッカケを掴もうと感覚を鋭敏にしていると、僕はある事に気付いた。彼等は皆…
「リオン兄ちゃん、ゴメンね!!」
「フモール! 寸止めだからね!」
ビリーが気遣わしげにフモールに叫んだ。フモールはビリーを見もせずに、分かってるわよと顔を歪めて長剣を踊らせる。ビリーは左手の盾に隠れながら、フモールに次いで連撃を加えようと小剣を構える。そんな2人の逆側ではバミルとマメルが颯爽と位置どりを変えている。僕がフモール達の攻撃を避けた時の対処としては満点だ。
そんな4人の動向を伺いながら、僕は…笑みがこぼれた。
僕はフモールの長剣に合わせて小剣を踊らせ、その尽くを打ち伏せる。フモールの瞳が驚きに染まる。
次いでビリーが繰り出す小剣を避け、その突き出された右腕を掴む。そのまま、ビリーの身体を振り回してフモールへと飛ばす。2人はもつれて地面へと転がった。
予想外の惨劇にマメルが躊躇い連携に穴を作る。冷静さを保ち、連携を続けようとしていたバミルだが、追い詰められて、結局1人で僕に向かって来る。僕は、迫り来るバミルの背後に回り込むと脚を掛け、バミルを地面に転ばせた。
最後に残ったマメルが、憂いを振り切りメイスを持ち上げて迫ってくる。僕はその両手にそっと手を添えて、メイスごとマメルを持ち上げた。
そしてそっと地面に戻す。
それだけでマメルは力無く崩れ落ちた。
「「……」」
繰り広げられた戦闘が終わると、広場に一旦静寂が生まれる。目の前で起きた状況を噛み締めるかのように、フモール達もホッブズ達も悠然と立ち誇る僕を見つめていた。
「「うわぁぁぁ〜!!!」」
「スッゲェ〜!!」
「お前見えたか?」
「見えないよ! あんなの!!」
「リオン兄ちゃんスッゲェ!!」
僕はそんな声援の中、額を流れる冷たい汗を拭っていた。
「兄ちゃんも知ってたんだな!」
「ズルいよ! 知ってたなら教えてくれれば良かったのに!」
「きっと私達にはまだ時期尚早と思われていたんですね」
「くそぉぉぉ…まだまだ勝てないじゃないかよぉ」
いや、知らなかったよ。
僕は心の中で呟いた。
まさか、魔力を身体に巡らせるだけで身体能力が跳ね上がるなんて…皆を見ていて始めて知ったんだから。本当に危なかった、それに気付けなければ僕は負けていただろう。もしかしたら、本当に死んでいたかも知れない。
「皆、強くなったね」
「えへへ」
「うんっ!!」
「素直に喜べねぇよ…」
「やっぱ、兄ちゃんはスゲェなぁ…」
戦闘の余韻に浸りながら、子ども達が僕の強さを褒め称え、悔しがっていた。僕はふと、2日前の事を思い出す。そういえば、あの時のティムもいつも以上の身体能力を発揮していたんだ。そしてティムを必死で押し留めようとしていた僕も、自然と魔力を身体に巡らせていた。
あの時聞こえた不思議な女性の声は、今回は聞こえなかったけど…。
そうか…子ども達の急激な成長にはこんな秘密があったんだな。全員が、アルバートさんに魔法を教えてもらってるって言ってたもんな。
僕は…嬉しかった。自分がまだ強く成れる事を実感して…。




