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勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第3章 脈動
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知らない歌は歌えない



「生きてる」


炎の中から飛び出したティムを見て、私の心は踊った。これまでに何度も見てきたセキの魔法は、相手を簡単に焼き殺してしまうと思っていた。


それなのに、生きているティムを見ても、手放しに喜べなかった。

私は止めるべきだったのだ。こんな得体も知れない儀式なんて。ティムが強さを求めているからこそ、今ある命の大切さを説くべきだったのだ。


炎から飛び出したティムが、奇声をあげながらセキに切り掛かった。

その身体には今も瘴気が纏わり付いている。ティムがどれだけ激しく動こうとも、煙のような見た目の瘴気は粘液のようにまとわりついて離れない。


私は見た。

そんな瘴気がティムの身体を癒しているのを。


コムル村での過去を想起してしまう程の圧倒的な熱量を誇るセキの魔法を直接浴びて、ティムの身体が無事である筈がない。それなのに、ティムは元気に動いている。

ティムの身体に残っていた火傷からジュワジュワと黒い泡が沸き起こり、やがて黒い煙を吐き出す。泡の全てが瘴気に変わると、そこにあった筈の傷は綺麗さっぱり無くなっていた。そして、ティムの身体に張り付くのだ。


「何やってるんだよ!!」


ティムからセキを隠すようにリオンが立ち塞がっている。今のティムは普通じゃない。この前、私が隠れ見た時のように、その身に瘴気を纏って大剣を振るっている。


「邪魔だ、退いてくれ!」


普通じゃないのはティムだけじゃなかった。セキの様子もどこかおかしい。まるでティムに斬り殺されたいかのように、その場に留まり、リオンを邪険にあしらおうとしている。


「ヒト族は病んでいる…」


私は自然と母さんの言葉を思い出した。


仲間のセキを殺そうとしているティムと、その凶刃を受け入れようとしているセキ。そんな2人に邪険に扱われながらも、必死にティムを止めようとしているリオン。常軌を逸したこの場では、リオンの方がおかしな行動をしているようにも見える。


私はそんな凄惨な状況を打開する手段を知らない。もしかしたらいつかこうなるかも知れない。それを食い止める為に知識を求めていたのに…今の私はまだそれを知らない。


「ティム! 止めろよ! 何がしたいんだ!?」


ティムを傷付けないように、その大剣を捌き続けるリオンは、焦った表情で叫んでいた。


そうなるのも当たり前だった。

私が断崖で覗いていたティムは、リオンのその速度を超えるような動きを見せていた。力でもティムに勝てないリオンが、そんな攻撃を捌き続ける事なんて出来ないのだから。


でも、なら何故今のリオンはティムの攻撃を捌けているの?


確かに少しづつリオンに焦りは浮かんでいるけど、ティムの動きはリオンを軽く超えている筈。なのに、何故?


そう思って初めて気が付いた。

リオンも…私が知っているリオンの動きではなかった。私が知っているリオンは、あんなに早く動けない。今のティムの攻撃をあんなにいなせるはずがない。

ティムとリオンが模擬戦闘を行えば、リオンは必ずティムの虚を付き、隙を狙う。互いの剣を交わらせることを好まない。だって、ティムの攻撃を何度も受けられるほど、リオンの力は強くないもの。そんな事をすれば、リオンの腕が痺れて動きを鈍らせるか、リオンの小剣が砕けてしまっていた。


じゃぁ、今目の前で起きている事は何?

なんで、出来る筈もない事をリオンはしているの?


「グァァァ!!」


現状を冷静に見れば見る程大きくなっていく私の混乱を、ティムの咆哮が掻き消した。


その咆哮にはティムの殺気が乗っていた。普段はモンスターにのみ向けられる筈のティムの殺気が、私に向かって…いいえ、目の前のリオンとセキに向かって注がれていた。


「ダメよ!!」


私は叫んだ。

瘴気がヒト族を蝕んでいるのか、病んだヒト族が瘴気を発するのか、それは私には分からない。けれど、私はこんなティムでも護りたいと思った筈だ。この後、落ち込んで…父親のお墓の前でひっそりと咽び泣くティムを見たくないと。


私は自分がやらなきゃいけない事を思い出す。母さんの言葉を思い出す。


「…歌は…知らない」


母さんが言っていた“鎮魂歌”を私は知らない。私はそれを求めてエルフの里を訪れたかった。でも、そこを訪れる方法も知らない。

それに…


「歌が…今、必要なのに…私は何をしていたの…」


私の中に無力感が湧き上がる。

恥辱の渦が巻き起こる。

ティムを救いたいという思いで…ティムは私が救ってあげるわって、胸を張って伝えようとして…その後、ティムを探した私は最初の目的を忘れてしまっていた事に気付いた。


私はティムに置いていかれたくないから、強くなろうと思った。私の想像を遥かに超えるスピードで強くなっていくティムを見て、私ももっと強くならなきゃいけないと思って弓を取った。


でも…


今、必要なのは弓じゃない。

今ティムに必要なのは、隣に立ってモンスターを倒す私じゃない。

ティムが瘴気に取り憑かれた時に心を癒す鎮魂歌だ。


いつの間にか目的がすり替わっていた事に気が付いた。ヒト族を襲う瘴気の病からティムを護ろうとしていたのに、ただ戦闘の役に立とうとしてしまっていた。


そうなった理由は自分でも分かる。ただ置いて行かれたくなかったのだ。


ティムの事を本当に想うなら、やるべきことは違っていたのに。私は…ティムの求める私の姿を勝手に描いて、勝手に追い求めた。


そんな私は、今、無力だ。


「グァァァ!!!」


ティムが大剣を大きく振りかぶった。リオンの顔には焦燥が見える。今は必死に抗えているが、もう限界が近いのだろう。モンスターが相手ならば、リオンは大きく振りかぶった今の隙を見逃さない。その懐に潜り込み、その命ごと動きを止める。でも相手がティムなら…ティムだから…リオンに出来ることはない。


私達はこのまま死ぬのだろうか、愛するティムに殺されて…


「…歌…鎮魂歌…鎮魂歌って…」


私は…

私は…

今の私に出来る事は…






『宵闇に 沈みゆく 貴女を私は知っている

貴女は私を知っているだろうか

私は貴女をずっと見ている

貴女の涙も微笑みも 私はずっと見守っている


朝は来ず 夜も来ず ただ虚空だけが続いていく

貴女はそう感じている事だろう

貴女はその日を受け入れ難い事だろう

それでも私は貴女を見ている

世界樹の元で見つめている


あの日歩いたあの丘を 貴女は覚えているだろうか

あの日見せてくれた眩しい笑顔を私はずっと覚えている

貴女がそのまま生きられるように

ずっと側に居たかった

貴女の裾野に居たかった


貴女の愛は山を超え

貴女の哀しみは海より深い

貴女の愛は大地に宿り

貴女の想いは空を彩る


私は貴女を感じている

貴女を想って生きている


どうか忘れないで欲しい

私と過ごした刻の事を

どうか続いていて欲しい

貴女が愛したこの世界を


貴女の涙も微笑みも 私はずっと見守っている』






私の口から歌が溢れる。

この歌は死んだ者を慰める鎮魂歌なんかじゃない。知らない歌を歌えない。この歌は…愛する女性を想って戦争へと向かった騎士の歌。死別を覚悟しながらも愛する想いと、遺される女性の幸せを歌った恋の歌。


鎮魂歌に変わる唄を求めて、私が口ずさんだ歌は、死者を悼む鎮魂歌からは程遠い。

これは生者を想った歌だから。

それでも、今の私の心にはこの歌がふさわしかった。死しても愛する女性を護りたいという、この歌が、私がティムに伝えたいことだった。


私はそっと目を閉じた。


多分ティムは私を殺すだろう。

リオンを斬り、セキを斬り、最後に私を斬り捨てるだろう。


その後のティムはどうなるのだろうか。瘴気に侵されたティムは、私達を殺した後どうするのだろう。

あの時のように意識を失い、全てが終わったと気付いた時に自分を取り戻すのだろうか?

そして、呵責の念に苛まれて自分自身を怨むのだろうか。それとも、瘴気に苛まれたまま命尽きるまで暴れ続けるのだろうか。


どちらも、そうあって欲しくない。

この歌を歌った騎士がそうであるように、私はティムの幸せを願っている。


…そろそろ私の番がくる。

私は、私の命を狙った大剣を想起しながら、スッと目を開けた。


そんな私の眼前では予想外の状況が繰り広げられていた。


「ティム止めるのだ! リオンを切って何になる! 一体どしたと言うんだ!?」


セキが…様子のおかしかったセキが、ティムの狂乱を止めようと言葉を掛けていた。


「セキ、下がって!!」


前に出ようとするセキをリオンが、力付くで下がらせていた。


私に大剣が向けられるどころか、リオンもセキもまだ生きていて、ティムは大剣を振りかぶったままの姿勢で呆然と立ち尽くしていた。


「ぅぅぅぅ…ぐぅ」


ティムは激痛を堪えるような苦痛の声を漏らして、その場に留まっている。


「ティム!! 聞こえていないのか!?」

「良いから、セキは下がるんだ」


リオンがやっている事はさっきと然程変わらないけど、セキの変化を知ったリオンの顔には僅かな安堵が見られた。


私が目を閉じている間に何かが変わった。

何故?


「…………歌」


私は目を見開いた。

先ほどよりも力強く、想いを込めて歌を歌う。愛しい女性を憂う騎士のーー『約束の丘』ーーを私は歌う。


「ぐぅぅぅぅゥゥゥウ!!」


思い付きで歌の力に頼ったが、本当にこれで良いのだろうか。

私が一節一節を唱じる度に、ティムが苦痛の声を漏らす。堪えきれない熱にその身を焼かれるように、身体を捩らせる。遂に地面へと膝を着いて崩れ落ちた。


ティムを殺してしまうかもしれない。

私はその一瞬で恐怖を抱き、声から力が抜けていく。


「続けて! 彼女はその歌を望んでる!」


私の泳いでいた目が周囲を巡ると、リオンの眼差しに縫いとめられた。リオンは大丈夫だからと、私に勇気を与えてくれる。


私は湧き出る全ての感情を込めて『約束の丘』を歌った。


「ウガァァ!!」


苦痛に呻くティムが大剣を携えて、私の方へと近付いてくる。大剣を振り上げるティムと私の目線が交差した。

ティムは…そっと微笑んだ。


「ぐぅぅぅぅあぁぁぁぁ!!!!!」


歌が終わると同時にティムは大剣を取り落とす。そのまま一際大きな奇声を上げて地面へと倒れた。


ティムは気を失ったのだ。


リオンがティムに駆け寄った。

私もティムに駆け寄った。

セキも恐る恐る近付いてくる。


「大丈夫、生きてるよ」


良かった。

何がどうなったのかはわからないけど、ティムは生きてる。それが良かった。


私の目から安堵の涙が流れていた。


私の隣ではティムがおかしくなった原因は何だったのかと、セキがブツブツと呟いている。ティムが安静に眠れるように、リオンがティムの体勢を整えている。


私は…ただ泣いていた。

ティムを護れた事が嬉しくて…本当に嬉しくて。


ただ泣いていた。


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