まだ足りないのかな
「…可愛いな」
僕の目の前でローザコロコロと転がっている。
最近ではズルズルと地面を這いずるように移動出来るようになってきたが、まだ生まれたばかりで上手く歩けないローザは僕の手でコロコロと転がされてキュッキュッと鳴いている。
ご飯も少しずつ固形を混ぜても大丈夫なようになってきた。まだ硬いものは食べられないけど、それももうすぐだろう。
ローザの成長が嬉しい。
「兄ちゃん…」
「リオン兄ちゃんってば!!」
「あっ! ゴメン」
ローザとの楽しい時間は刻を忘れさせてくれた。今もフモール達との訓練中だったのに、休憩時間はとっくに終わっていたようだ。
「じゃぁ、再開しよう」
「待ちくたびれたぜ?」
僕はローザを安全な所に連れて行くと、刃引きの小剣を握る。フモール達が手にしているのは刃引きではない実戦用の武器だけど、それは関係ない。彼らとの間にはまだまだ埋めがたい実力差があるからだ。
まずはホッブズ達のパーティーを相手取る。巨大な斧槍を持ったホッブズと、盾と短槍を持ったステフ、盾と剣を持ったジャム、力押しが得意なパーティーだ。僕もティムも盾を使った事はないから、それを教える事は出来なかった。というより、基本的にどの武器も教えている訳じゃない。皆が実戦形式の訓練で覚えていくように鍛えてきたつもりだ。それぞれで使い方を覚えて、互いの使用方法の違いを教え合っている。そうして皆で成長していっているんだ。
「今度こそ兄ちゃんを負かしてやるぞ!」
「当たり前だ、全員覚悟決めろよ!」
「頑張りなさいね」
ホッブズ達が意気込み、観戦しているフモール達が声援を送る。フモール達もただ眺めている訳じゃなく、この戦いでホッブズ達の改善点や僕の立ち回りを見ているのだ。
盾を持つステフとジャムが僕からホッブズを護るように立ち塞がる。2人がジリジリと近付いてくる中、僕も小剣を握り直して待ち受ける。
2人の盾術もなかなか様になってきた。
最初は、盾のないホッブズを最優先で無力化して、2人を各個撃破出来たものだが、今はそれも難しい。僕が2人の横を通り過ぎようとすると、盾ごと体当たりを仕掛けてきて壁役の任をこなすのだ。
ステフとジャムは、重量武器のホッブズの一撃を活かす為に2人で僕の隙を作ろうと連携してくる。片側から回り込もうとしても、連携を保ったまま追い込んでくるし、下手すれば、ホッブズの一撃に誘い込まれる。なかなか侮れない。
盾の衝撃で、体を崩した僕目掛けて2人が同時に細かな攻撃を仕掛けてきた。
ここで大振りになると、僕に反撃を喰らうか、そのまま通り過ぎてしまうのを学習した2人は、牽制を主とした動きで僕をその場に縫い付ける。2人共盾を持っているおかげで、攻撃時にどちらかが体勢を崩しても残っている方がカバーに動く。僕でもこの2人の壁はなかなか超えられそうにない。
それでも、彼らはまだ実戦経験が圧倒的に少ない。時間が経つと疲れも出てくるし、僕が彼らの盾の隙間から予想外の攻撃を繰り出すと、体勢を崩す。
僕はそれを利用して2人の間に分け入った。すると、2人は手数が少なくなる。僕が攻撃を避ければ、味方に当たってしまうかもしれないからだ。今回もそのまま、2人を各個撃破してから、ホッブズへと向かう。
まだまだだなと思っていたその時、斧槍の巨大な刃が僕に向けて振り下ろされた。
危なかった。
子ども達が持っているのは、刃が付いた実戦用の武器だ。彼らは、僕の強さを信じて本気で打ち込んでくる。今のタイミングは本当に危なかった。
僕がいったん距離を置くと、ホッブズ達は元の体勢で僕を待ち受ける。
「やるね」
僕の賛辞にホッブズ達はニヤリと笑う。それでも隙を見出せない。本当に成長したな。
でも…まだまだだ。
僕は一足飛びでジャムに近付くと、構えた盾を思いっきり蹴飛ばした。これでステフの体勢が…アレ?
崩れない。
逆に押し返された。
今度は僕が追い込まれる。僕はまた距離を取る。凄い、技だけじゃなく、相手の攻撃を予測しているし、ちゃんと身体も鍛えているようだ。本当に成長している…僕ももっと本気にならないと。
ならば…
僕はまたジャムに向かって走り出す。ジャムは衝撃に耐えようと足を踏ん張って盾を構える。僕はその盾を足場にして2人の背後に跳ぶ。衝撃に耐えようと踏ん張ってくれたおかげで、安定した足場になってくれた。
上から突破されるとは思ってなかったのか、ホッブズ達は驚愕に包まれた。
面食らって動きを止めたステフに背後から攻撃、武器を蹴落とし、頭を鷲掴みにする。そのまま、自らが持つ盾に頭をぶつけて、数巡の時間稼ぎ。
慌ててフォローに動き出したジャムの出足を払って地面に転がす。ステフを力任せに蹴飛ばして戦線離脱させる。
地面に転がるジャムが邪魔で僕に攻撃出来ないホッブズに小剣を投げて牽制すると、ジャムを無力化する。
残ったのは、元気なホッブズと無手の僕。
武器を持たない僕を相手に、ホッブズはジリジリと後ずさる。一対一なら武器が無くとも僕は負ける気がしない。
迫る僕をホッブズが斧槍で突いてくる。距離を取られると長柄の斧槍には敵わないが、ホッブズはまだ斧槍の重さを持て余している感がある。同じ重量武器を扱うティムとの戦闘に慣れた僕が、ホッブズの懐に入り込むなど造作もない。
ホッブズは慌てて突きから横薙ぎに変化させるが、それを手甲で受け流し、鳩尾に一発。呼吸を乱したホッブズの斧槍を蹴飛ばして、追撃の一発。
「待った、負けだ!!」
ホッブズの宣言、これで終わりだ。
後には乱れた呼吸を整える3人が地面に転がっている。
けど、僕も疲れたな…。
「ふふふ、それじゃ次は私達の番ね!」
フモールのパーティーが一斉に立ち上がった。最初に僕に勝つのがどっちのパーティーかで、勝負しているようだ。僕がホッブズ達に勝ったのを嬉しそうにしている。
「ん…ちゃんとさっきの反省点を教えてあげなよ」
僕は、冷や冷やしながらそう言った。いつもなら連戦するのだが、今回はダメだ。疲れたままフモール達と戦えば、簡単に負けてしまうかも知れない。ホッブズ達だけが成長しているなんて、考えはおかしいからね。
フモール達はいつもと違う僕の言葉を気にせずにホッブズ達のもとへ行く。そのまま、子ども同士の反省会が行われた。
ふーっ、なんとか誤魔化せた。
今のうちに呼吸を整えないと。
それにしても、子ども達は急激に強くなっている気がする。確かに僕らが遺跡から帰って来た頃には連携の取れた戦いが念頭に置かれていたが、筋力もこんなにあっただろうか?
戻って来てからの短期間でここまで筋力増加が出来る筈も無いのだから、あったんだろうな…。
本当に僕が明らかに優っているのは速度と経験だけになってきた。不意打ち狙いの攻撃なんて初見殺しなだけで、そう何度も効果はない。
「厳しいな…」
すぐに負ける事はないかも知れない。でも次に樹海に入って戻ってくれば、彼らはもっと成長している事だろう。
彼らは物凄い速度で成長している。
僕は…何をしていたのかな…。
反省会も終わり、フモール達との訓練になる。
フモール達は、一撃の破壊力はホッブズ達のパーティーには及ばないが、その連携はホッブズ達より遥かに上だった。単純に人数が多い事もあるが、バミルの状況判断は子ども達の中でも突出していた。フモールの長剣やビリーの小剣と盾の連携をやり過ごし、マメルのメイスを掻い潜っても眼前に迫るバミルの槍が僕を掠めて冷や汗をかかせる。長柄の槍がわざわざ最後尾に位置しているのは、パーティー全体をフォローする為なのだろう。
一歩距離を置いて的確な指示を出すバミルの意識を刈り取るまで、僕は気を抜く事が出来なかった。あんな感覚は人狼の群れに囲まれた時以来かも知れない。
「バミルは古代魔法を教わっているんだったよね?」
「はぁはぁはぁ…俺だけじゃないぜ! ホッブズ達も含めてここにいる全員が魔法を教わってるんだ!」
意識を取り戻したバミルは、僕の質問に息を乱したまま応えた。次は絶対に僕に勝つと宣言しながら。
全員…全員が魔法を教わっているのか。
今ですらギリギリなのに、全員が魔法を使えるようになったら…。
本当に僕は何をしているのだろう…
訓練が終わっても、僕の足は家には向かわなかった。何かに急かされるような焦燥感が僕を包んでいた。
その気持ちに促されるままに、僕の足は樹海へと向かう。早足になっていく僕の肩には、必死にしがみつくローザがいた。まだ筋肉を上手く使えないローザは今にも振り落とされそうになっていた。
「…ゴメンね」
一度立ち止まり、ローザの頭をひと撫でした僕は焦燥感を無理やり押さえ付ける。焦る気持ちだけで行動しても大した効果は得られない。まずは、僕がやらなきゃいけない事を考えないと…。
僕は樹海の中で座り込んで考え出した。
ーーどうやったらもっと強くなれる?
どうやったら今の僕を超えられる?
何が足りない?
答えの見つからない思考の海の中に浸っていると、違う考えが浮かんでくる。
ーー必要なのかな?
僕はまだ強くならなきゃいけないのかな?
何の為に強くなるのか。そんな事を考え始めた。すると、そんな自分を否定する言葉が浮かんでくる。
ーー馬鹿げてる。
強くなる目的なんて、昔から決まっているじゃないか。
白服を倒す為でしょ?
でも、それすら否定する自分がいた。
ーー復讐して何になる?
死んだ母さんは戻って来るのか?
コムル村から離れてどうする?
護りたい者はすでにここに居るじゃないか。
僕は…
答えが見つからない。
僕はどうすれば良いんだろう…
僕は何をしたいんだろう…
そんな僕の頬に温かい温もりが感じられる。ローザが僕に擦り寄ってきていた。僕が迷っている事を感じたのだろうか? ローザは僕を慰めるように甘い声で鳴いていた。
「大丈夫だよ。ありがとう」
愛おしいその存在をギュっと抱き締める。優しく、包み込むように抱き締める。嬉しそうなローザの声が漏れてきた。
僕は1人じゃない。
そんな僕の耳に何かの音が聞こえてきた。何かが近くにいる、それもここから近い。いつもなら、会話をしながらでも聞き取れるような距離だ。どうやら僕はこんな事にも気付けないぐらいに、思考に捕らわれていたようだ。
「…誰だろう?」
モンスターだろうか?
まだ浅い樹海の中でモンスターが出れば…まぁ、今のフモール達なら何とか出来るだろうな。でも、見に行かなくちゃ。
僕は気配を消して音のする方へと進んでいく。僕を真似て息を潜めたローザに笑みを浮かべながら、そっと藪の中を進んで行った。
カン
カン
カン
音の正体はまだ分からないけど、金属が何かにぶつかる音が聞こえてくる。戦闘音にしては、おかしい。単一の音が流れているだけだからだ。戦闘中なら、激しくぶつかり合ういつくもの音が聞こえてくる筈だ。
モンスターの行軍音でもない。コムル村を、あるいは別のモンスターやヒトを襲おうと考えているモンスターならば、金属音など奏でずにひっそりと迫っているだろうから。
僕は音の発生源に首を傾げながら、進んで行った。離れた場所に生き物の存在を目視し、そっと覗く。
「弓…?」
そこにはミオの姿があった。
ミオは淡々と弓を引き絞り、それを放っていた。弧を描かず地面と水平に飛んでいく矢は、ミオの狙い通りの場所に刺さっているようだ。
大樹に描かれた目標の円の中に数十本もの矢が刺さっている。
「今更…何で?」
ミオは昔、弓を使うのを止めた筈だ。僕やティムの剣術よりも威力は低いし、精霊魔法の練度が増したミオにとって、弓は不要の長物と化していたからだ。
僕は不思議に思い、ミオの顔を見た。
ミオは憎い白服と対峙したような表情で弓を引いていた。
「あぁぁぁぁ!!!」
声にならない奇声を発して、その矢を放つ。矢は寸分の狂いなく、見事目標に刺さった。
「あぁぁぁぁ! あぁぁぁぁ!! あぁぁぁぁ!!!」
それなのに、ミオは悔しげな表情で膝に手を付き地面と向き合う。その目からは涙が溢れ落ちていた。
「もっと…もっと…」
僕は、ミオから漏れ出した声に耳を傾ける。
「もっと強く引かなきゃ。もっと疾く打たなきゃ。もっと強く…強く」
何がミオをそうさせるのか……“誰が”…なら分かる気がする。ミオの姿は昔の記憶を揺り動かした。
「…ティム」
僕とティムが強くなる為に無茶をして、ティムが大怪我をした時のミオだ。ミオはそれで精霊魔法を必死に習得した。もっと疾く霊力を練らなければ…、もっと強力な回復魔法を使えなければ…。
あの頃のミオは何かに取り憑かれたように、そう口ずさんでいたのだ。
「ぅう…ティム…」
ミオは涙を拭って、再度弓を構えていた。
鬼気迫る顔で力任せに弓を引く。これでもかと引いた後、それでもさらに弓を引く。弓から軋む音が聞こえてくる。弓の耐久限界が近いのだろう。それにも関わらず弓を引いて、ミオは矢を放った。放たれた矢はこれまでよりも、速度を増していた。僕でも目で追うのがやっとな速度で、目標へと突き刺さる。それまでに刺さっていた矢を押し退けて、飛び散らして、矢は深々と大樹に刺さった。
アレなら、強固なモンスターの皮膚にも突き刺ささる事が出来るだろう。
「だから…」
ミオの指から血が流れていた。
強く引き絞った時に矢羽に食い込む指、弓を固定する為に浮き出る筋肉、放たれた矢羽がミオの指を掠めて出来た傷。
ミオは必死だった。
「強くなるんだから…」
僕はそっとその場を離れた。




