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勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第3章 脈動
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狂気との対話



「…もう少しだったのによ」


俺は地面に付いた顔を引き剥がす為に両手に力を込めた。親父が使ってた技…名前は“ゴメスラッシュ”にでもしとくか。それを使おうと思うといつもこうなる。


ゴブリンキングでの戦いでは無自覚に使えたのに、今の俺が使おうとすると、簡単に意識を失ってしまう。


それもこれも、全部あの声の所為だ。


「…もう一回やるか」


俺は右手に大剣をぶら下げて、一番楽な姿勢で立つ。そこで呼吸を整える為に深呼吸をするのだ。親父が剣を練習していた時にはいつもこうしていた。


「剣の魔力に取り憑かれるな、自分の心さえシッカリしてりゃぁ、そんなもんには負けないからよ。だからシッカリ自分を保てよ」


親父の言葉を思い出す。

あの時は意味が分からなかったが、今なら分かる。親父もあの声と戦っていたんだろう。


深呼吸のおかげで心を落ち着けた俺は、まずは両手に魔力を込める。目を開けずとも、手のひらから白い光がほとぼり出しているのが分かった。


俺はゴブリンキングとの戦いで自分の身体に起こった変化を思い出す。自分の身体に得体の知れない力が漲る感覚、そう、ちょうどこの両手にある魔力が身体中を駆け巡るような感覚だ。


俺は両手に集めた光をもう一度体内に戻す。光はスッと溶け込んで血流に乗って全身を駆け巡る。ここで俺の身体が一瞬軽くなったような気がするのだ。何でも出来るような感覚、俺に出来ない事は無いというような感覚が俺を包む。するといつもの声が聞こえてくる。


《またか…また殺すのか…私の大切な×××をお前達はまた奪うのか!!》


最初はこの声を聞くと、頭に穴を開けられたように痛んだが、ここ数日、毎日この声を聞いていれば慣れも出てくる。

俺はもう一度深呼吸をした。


《奪おうというのか…ならば妾が先に奪ってやる》


深呼吸の途中で声が大きくなる。俺の身体と頭が分離して勝手に動こうとし始める。俺はそれに抗いながら深呼吸を続ける。

すると、俺の身体の主導権が俺に戻ってくるのだ。俺は軽く大剣を振る。この状態だと通常時を遥かに超えた身体能力が身に付いているのが分かる。俺の身長程もある大剣を片手で軽く振れる。右手といわず、その気になれば2本の指先だけで、思い通りに振り回せるだろう。身体のキレもすこぶる良くなる。

最初は唐突に身体の動きが変わって躊躇いが生じたが、慣れればリオンさえも遅く見える程の素早さが身に付く。


「でも…これじゃぁダメなんだよ」


俺はもう一度立ち止まり、深呼吸を始める。身体は思うように動いても、頭の中で見知らぬ狂気女がずっと叫んでいるのを止めさせる為だ。このままの状態でゴメスラッシュを放とうとすれば、狂気女の叫びに意識を失う。


《奪ってやる…殺してやる…》

(何を?)

《妾の大切な夫を奪ったお前らをだ!!》


俺は深呼吸しながら話をする。

自分の頭の中で叫ぶ狂気女と話をするだなんて、俺も大概狂ってるよな。


(俺は殺してないぞ)

《殺した…殺した!! お前らはいつも嘘を吐く! 体面だけ取り繕って妾を思い通りに操ろうとするのだ!!》

(知らねぇよ! 俺は俺の生きたいように生きるんだ! お前の事なんか知らねぇんだよ! 俺の頭からさっさと出て行け!)

《知らぬという…分からぬという…妾の子で在りながら、妾の意志を…》

(俺はゴメスとサフレの息子だ!)

《違うっ!!》

(違わねぇ!)


ダメだ、これじゃダメなんだよな。こんな言い合いをしていても、この狂気女は狂ったままなんだよ。違うんだ、コイツを落ち着かせなきゃいけねぇんだよ。


《憎い…憎いぞ! お前達が憎い!》

(そうかよ…俺は白服の奴が憎いよ)

《そうだ! 憎いのだ! 妾の大切な××××を奪った奴らが憎い!》


馬鹿馬鹿しい。このご時世に死んだ殺されたなんてよくある話だ。お前も何か大切なヒトを殺されたのかも知れねぇが、俺だって奪われたんだよ。俺には関係ねぇんだから、いちいち俺に突っかかってくんじゃねぇよ。

俺の本心をそのまま言ってしまえば狂気女は狂い出す。そして俺は簡単に意識を刈り取られてしまう。だからここでそれを言っちゃいけねぇ。俺はそんなの苦手だが…リオンだ…リオンなら何と言うのかを考えりゃ良い。


(そうか…奪われたのか、そりゃ辛かっただろうな)

《そうだ! 憎い…殺してやる!》

(分かるよ、俺も奪われたんだよ。憎いんだよ)

《お前もか!? あの時のエルフか!? それとも優男か!? 魔術師か!? 魔術師だな!? 妾が代わりに殺してやる! さぁ身体を明け渡すが良い!》


ここで、俺の身体が何かに引っ張られる気がする。それに抗う事だけに集中しなけりゃ簡単に乗っ取られちまう。そしたら身体が勝手に暴れて…気を失うんだよな。


(違うっ! ミオじゃねぇ! リオンでもねぇ! そんな訳があるかよ!? アイツらは俺と一緒に闘ってくれるんだ、俺が心を許せる唯一の仲間なんだよ! お前にはそんな奴がいなかったのか!?)


ミオやリオンを憎もうとする狂気女に一括くれてやる。リオン曰く、怒る時はタイミングと言葉が大事だそうだ。そのタイミングや言葉がズレていたら相手の怒りに油を注ぐようなものらしいが…コイツにはコレで良かったらしい。

ははっ…俺も少しはリオンみたいに心が強くなれたのかもな。


《居る…居た…妾には、妾の命よりも大切なモノが居たのだ》


ここで狂気女が落ち着き始める。俺の身体に自由が戻り、晴れ晴れしい気持ちが浮かんでくる。この時に調子に乗ってゴメスラッシュを放とうとすると、攻撃の瞬間に狂気女が狂っちまって…俺は意識を失った。もう少しなんだよ…もう少しで狂気女をなんとか出来る筈なんだよな。


俺は身体を動かそうとするのをジッと堪えて、もう少しこの狂気女と会話を続ける。だが何と言えば良いんだ?

リオンなら何と言う?

分からねぇ…リオンがそんな話を始めた時は、俺はいつもその場から離れてた。リオンは落ち着き始めた奴に、何と言って締め括ってたんだ?


《どうした? 殺そうじゃないか! 妾の力を貸してやるぞ! だから共に憎き相手を殺そうじゃないか!》


俺が言葉に迷っていると、狂気女が狂気を取り戻してきた。また、俺の身体を乗っ取ろうとしてくる。


(違う…違うんだよ)

《何が違う!? 奪われる前に奪わねば。貴様は悲劇を繰り返したいのか!?》


何が違うんだ?

分からねぇ。何かが違う事は分かるんだが、何が違うのかが分からねぇ。だから言葉に出来ねぇ…。このままじゃまた俺の身体はこの狂気女に乗っ取られちまう。


ーー親父…助けてくれよ。


(…そうだよ! 殺してぇんだよ!)

《良く言った! ならば明け渡せ、お前の身体を! 妾が殺してやる!》

(違う…)

《何も違わぬ! 全て殺してまたゼロから始めるのだ! 全ての生命を根こそぎ滅し、この別れた世界を1つに戻すのだ!》

(違うんだよ!!)


親父は何がしたかった?

ゴメスラッシュを放つ時、親父は何がしたかったんだ?

敵を殺したかったんだ!

そうだ…でも…そうじゃないんだよ!


《何も迷わずとも良いのだ。我が子よ…迷うならば妾が手を差し伸べようぞ。其方は妾の手を取るだけで良いのだ。さすれば、其方は英雄と成る。あのガルドのように…》

(…ガルド?)


俺はガルドの名前に心惹かれた。英雄ガルドのように強くなれば、憎い白服を簡単に殺せるだろう。ゴブリンの集団が村を襲っても、ドラゴンすら打ち倒すガルドならば、にべもなくゴブリンを蹂躙出来るだろう。迷う俺に狂気女が甘言を垂らす。


《さぁ、妾の手を取るのだ。それだけで良い。其方は強く成る。それだけで強く成れるのだ》

(俺は…)


俺は手を取らなかった。

迷いながらも、俺の身体を乗っ取ろうとする狂気女に抗い続けた。


ーーでも、否定も出来なかった


強く成りたいという気持ちと何かが違うという気持ちがせめぎ合い、俺は何の言葉も行動も取れなかった。


《ふふふ…良い。またいずれ…妾は其方と共にいる。必要ならば呼ぶが良い…妾は妾に従う我が子は見捨てない。いつでも其方のそばに居る》


狂気女の声が遠ざかって行った。

俺はその場に崩れ落ちる。

乱れる息の中で、汗だくの自分に気が付いた。


…俺は何がしたいのだろうか。俺は強く…ただ強く…





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