表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第3章 脈動
30/49

ツイテイク



「ヒト族は潜在的に病んでいる…エルフの里ではそう伝えられているの」


私は帰ってすぐに黒い煙の事を母さんに聞いてみた。私だけでは答えが分からないし、母さんなら何かを知っているような気がしたから。

私が黒い煙について質問した時、驚いたような顔をした母さんは、それには準備があるからといって、説明をしてくれなかった。

全く話をするだけなのに、何の準備が必要だっていうのよ?


でも、今日はちゃんと教えてくれるみたいだから、それは良いんだけどね。


「そうなの…それで?」

「その病が何なのか、そもそも病なのかどうかも分からないけど、それが発症した者は皆一様に声を聞くそうね」

「声?」

「女性の声だそうで、懐かしい気はしても聞き覚えのない声だそうよ」

「ふ〜ん…」


女性の声…ね、ティムはそんなのを聞いてるんだ。

ふ〜ん。

私は何だか苛立つのを感じていた。


「それで、貴方が聞きたがった黒い煙との関係だけど」

「そうそれよ! 何なのアレは?」


やっと確信だ。

母さんは前振りが長いのよ、潜在的な病だとか魔族の呪いだとかなんて話はどうでも良いの、ティムに問題がなければそれで良いのよ!


大体魔族なんて、伝承だけで伝えられてる存在自体が不確かな生物でしょ? そんなの聞いても意味ないわ。


「発症した者の中でも一部の者だけが身体から黒い煙を発するそうで、それは瘴気と呼ばれているの。その状態のヒト族は自分の意志で動く事が出来なくなってしまうそうよ。それでいて、普段では考えられないような強さを手に入れるんだって言われてるわ」

「自分の意志では…そっか…」


良かった。

自分の意志じゃない…私に攻撃してきたのはティムの意志じゃなかったのね。

母さんの言葉で、胸の中に残っていた小さなシコリが溶けていった。


結局、黒い煙ーー瘴気? が何故あんなにも恐怖心を煽るものなのかも、その対処方法もまだ分からないけど、少しだけ安心したのは確かだった。


「それで、どうやったら治せるの?」

「分からないわ」

「分からないってどういう事よ!?」


肝心な所が抜けてるんだから、分からないって何? 何の為の準備期間だったの?


「でも…」

「でも何よ!」

「私もウロ覚えなんだけど」

「良いから教えてよ!? 治せるの? 治せないの?」


言い淀む母さんに私は怒鳴った。事の重大さを母さんは理解してない。母さんにティムの事は話してないけど、ヒト族が潜在的に抱いている問題ならハンスさんにだって関係があるもの!

母さんが、ハンスさんに惹かれている事だって、私は知ってるんだからね。


「鎮魂歌…それを歌うとヒト族の病を抑えられるって聞いた事があるの」

「鎮魂歌? 何よそれ?」


歌? 歌でアレがどうにかなるの?

私には信じられなかった。私が見たアレはそんな生易しいモノじゃない。アレはもっとこう…危険なモノよ。


「その歌の事を調べてみたんだけど…ね、昔の家の書庫はもう燃えてしまったから」


何よ…分からない事ばかりじゃない! せっかく、母さんの怠慢を許してあげだのに、何なのよ!


「そう…まぁ良いわ。とりあえず、その歌を歌えば病ってのが抑えられるのね?」

「まぁ…そうよ」


でも、母さんがそう言うのだから何かしらの効果はあるのでしょう。そうでなければ困るんだから、それに縋るしかないんだけどね。


「どこに行けばその歌が分かるの?」


私はその歌を知らなければいけない。それでティムが救えるのなら。


「どこと言われても…エルフの秘歌とも言われている歌だそうだし…」

「なら、母さんが育ったエルフの里?」

「そうね…そこなら分かると思うけど」

「なら教えてよ! エルフの里にはどうすればいけるの?」

「もう無理よ」

「どういう事?」

「エルフの里につながる道は、ヒト族に見つからないように隠されているわ。それを見つける精霊魔法の道具は…」

「…燃えたのね」

「ええ」

「……ふんっ、それでも良いわ。鎮魂歌…それを見つければ良いのよ。そうよただそれだけよ」


私は決めた、鎮魂歌とかいう歌を必ず見つけ出してやるって。


私は母さんにお礼を言って、部屋を出て行く。大広間で何かの本を目の前に、あーだこーだと話しているアルバートとセキの隣を素通りしてまっすぐに外へと向かった。


「ティム…どこに行ったの?」


私は、母さんの話をすぐにティムに伝えたかった。ティムはああ見えて以外と頭を悩ませることが多い。だから、アンタが心配している事は私が全部解決してあげる、って伝えたかった。


けど、広場には訓練を続けるフモール達がいるだけで…?


何かしら、リオンを相手に訓練をしているはずなのに、むしろリオンを囲んで笑っている?

私がその輪を覗き込むと羽を生やした大きな白トカゲを抱いて顔を崩しているリオンがいた。そんなリオンの様子をフモール達が取り囲んでいたのだ。

…気楽なものね。


ヒト族の危機を知らずに気楽なリオンを怒鳴ってやろうかと思ったけど…リオンの表情を見た私は何も言わずに立ち去ることにした。こんなにも分かりやすいリオンの笑顔なんて久しぶりに見たから。

次はと、鍛冶場を探してもティムの姿は見当たらなかった。

家の中にもいなかったし、私の思い付く限りでティムの居場所を割り出そうと躍起になっていると…ティムは墓場に居た。


「くそっ!」


声を掛けようとした私は、ティムの吐き出した言葉を聞いて踏み止まる。


「親父…どうすりゃ良いんだよ? 俺は………わっかんねぇよ!」


ティムはゴメスさんのお墓の前で涙を流していた。私達の前でも流さなくなった涙を流し、心の内を吐露するティムはとても声のかけられる雰囲気ではなかった。


「聞こえるんだよ…親父と同じ技を使おうとしたらよ…気が触れた女の声が聞こえてくるんだよ!」


気が触れた声…私は少しだけ胸が軽くなった気がした。しかし、同時に不安が確信に変わる。女の声が聞こえるとは、やはり母さんがいっていた病にティムも罹っているということなのだから。


「俺は憎いさ! 白服が憎い、ゴブリン共が憎い……けど…けどよぉ、ミオやリオンが憎い訳無いじゃねぇかよ! なのに…」


私が憎い訳がない。

盗み聞いて…しかも悩んでいるヒトの言葉を聞いて、不謹慎かも知れないけどその言葉が嬉しかった。自然と漏れ出す笑顔を止める事が出来なかった。


「どうすりゃ良いんだよ…親父はどうやってあの技を覚えたんだよ…」


私が喜んでいるのとは逆にティムは落ち込んでいった。詳しい理由は分からないけれど、ティムが落ち込んでいる大きな理由は病のことなのだろう。

そう思うと、私の中で病に対して…聞こえてくるという女の声に対して…憎い心が湧き上がってきた。


「えっ? どこ行くのよ…」


心の中に揺れる炎に気を取られていると、ティムはおもむろに大剣を掴んで歩き始めた。

私はそっと後を付いて行く。戦闘に関してだけは、感覚の鋭いティムにも気付かれないように風の精霊に気配を絶ってもらいながら。


ティムは1人で切り立った断崖にやってきた。風の樹海の全ての風がここから吹いているんじゃないかと言うぐらい、強い風が吹き荒れる岸だ。


「スーッ」


ティムは断崖の上に立っていた。私には、ティムが目を瞑って、ただ立っているだけのように見えたけど…そこで息を長く吐き出していた。


何をするでも無く、ただ深く呼吸しているだけのティムを見ているのも飽きてきた頃、私は気付いたの、ティムの両手がボンヤリと光っている事に。


(魔力? …いつの間に?)


ティムの手の光を見つけた私は、良くわからない感情が湧いていたわ。


(ティムも魔法を使えるようになったの…凄い…けど…)


その続きは考えたくなかったわ。もしかしたら…なんて考えたくないの。


「ティ…」


つい声を掛けようとした時、私はそれ以上の言葉を出せなくなった。ティムの身体から瘴気が出てきたから。私はあの時の恐怖心を思い出して、動くことが出来なかった。


(病…)


私の存在に気付かれてしまえば、自分の意思とは別に動くティムが襲ってくるかも知れない。私はシルフにもう一度お願いして、気配を入念に消してもらった。


「…ぐっ…ぅぅっ…」


瘴気に包まれたティムは…大剣を握りしめた。

いつもの流れるような動作ではなく、全身筋肉痛の中で、痛みに耐えながら無理矢理身体を動かすような動きだった。


(止めなきゃ…鎮魂歌を歌わなきゃ!)


病に苦しむティムを見た私は、無力な焦りだけが膨らんでいった。このままじゃティムは病でどうにかなっちゃう。そんな確信に似た思いがあるのに、鎮魂歌を知らない私には何も出来なかった。


(…何かに抗ってるの?)


ただ不安に胸を震わせながら見守る事しか出来ない私は、今のティムの動きに見覚えがある気がした。


(私を護ろうとしてくれていたのね…)


私は自然とそう思えた。

あの時、私に大剣を向けてきたティムは意思に反して動く身体に抗っていたんだ、と。


「えっ?」


途端に生まれた温かい気持ちに包まれていると、いきなり動き始めたティムを見て思わず声を漏らしてしまった。迂闊な行動に私はサッと繁みに隠れる。恐る恐る顔をあげたけど、ティムに気付かれた様子はないみたい。


(リオンよりも疾い…?)


力に勝るティムと、疾さに勝るリオン、どちらも一長一短あってお互いの足りないところを補い合っている。それなのに、今のティムはリオンのお株を奪う動きで大剣を振り回していた。


(さっきまでは動くのもやっとだったのに…)


私の中で不安が大きくなっていく。まだティムの身体を覆っている瘴気にもそうだが、ティムがリオンよりも素早い動きが出来るのなら…


私がそんな不安を抱いている間に、ティムは唐突に動くのを止めて、深い呼吸へと戻った。さっきと違うのは、瘴気が全身から噴き出していることぐらい。それ以外は普段となんら変わらない。


(何がどうなっているの?)


瘴気の色が少しずつ変わっていく。ティムが深い呼吸をする度に、瘴気が神々しい白い光に変わっていった。

ティムはそのまま、大剣を構えて力を溜め始めた。この姿は見たことがある。ゴブリンキングを仕留めた時の技を使おうとしている…のよね?


私は、余計に不安が大きくなった。


ティムは構えた剣を振りかぶる。それに伴って白い光の力が増しているように感じた。ティムは気合いの発声と共に剣を振り抜く…が、


「たぁぁぁぁぁ…ァァァァガァァ!!」


剣を振り抜く前に、白い光が瘴気へと一瞬にして姿を変えた。同時にティムの声が苦痛なモノへと変貌する。


「っ…!?」


ティムはそのまま、地面に倒れてしまった。気を失ったのだろう、動かないティムを見た私は安心してしまった。


ーー良かった、これで私はまだ隣に居られる。ティムは私を置き去りにして1人で旅立ったり出来ない。


そう思ってしまったの…今のティム姿を見れば、ティムが望んでいる成りたい姿と違うのは一目瞭然なのに、それを喜んでいたの。

…1人で樹海に潜って強くなろうとしていた幼い頃のティムと、今のティムの姿が被っているんだと思う。


「…っぅぅう」


ティムの部様な姿に安心感を抱いてしまい、罪悪感に苛まされていた私はティムが自力で目覚めるまで近付くことが出来なかった。ティムか目覚めても…気付かれないようにサッと身を翻して、村に帰っていった。








「お帰りなさい。…ミオ? どうかした?」


家に帰ってくると、母さんが心配そうな表情で覗き込んできた。


「…何でもない!」


私は母さんを邪険にあしらって広間に逃げ込んだ。そこには、本と睨めっこする師弟と、白トカゲと戯れるリオンが居たわ。


「ローザ、美味しい?」


リオンは卵から孵った生き物にローザと名前を付けていた。確かリオンのお母さんの名前だったはず…そんなリオンの姿に私は苛立った。


「アンタねぇ! 必死に努力して強くならなきゃいけない時に何やってんのよ! そんなのに構ってる暇があったら剣でも振ってなさいよ!!」


ただの八つ当たりだ…自分でもバカだと思う。

それをしなきゃいけないのは私なんだもの。私がティムに置いて行かれたくないなら、必死で食い付いて行かなきゃいけない。


ティムは…1人で生きていけるから…


驚いた顔で見つめてくるリオンを放って、私は自分の部屋に戻っていった。苛立ち任せにドアをバタンと閉めた私は、ベッドの側の棚を漁り始めた。回復魔法の重要性に気付いてから使わなくなった武器を探すためだ。


私は、随分使っていなかった弓を取り出して状態を確かめた。長期間使っていなかった為に、弦を変える必要はあるだろうけど…刻が経ち緩んでいた弦を張ると、矢を番えて窓の外に狙いを定めた。昔の力じゃ最後まで引くことの出来なかった弓が、軋みながら弧を描く。十分に引き絞るった矢から指を離すと、ヒュッという音を立てて飛んでいった矢が狙っていた木に刺さった。同時に脆くなっていた弦が切れた。


戦闘ではもっと精密な射撃を求められる…課題に身を引き締めながらも、まだまだ実用的に扱えることに安堵していた。


「弦を張り替えなくちゃ…ね」


久しぶりの行使に耐え切れず、切れてしまった弦を新しい弦に張り替えながら、私は決意を胸にした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ