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勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第3章 脈動
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僕には許せない



「早く生まれておいで」


僕は古代遺跡から持って帰って来た卵を丹念に磨く。コムル村に帰って数日、これが僕の日課になっていた。

それが終わると広間で伸びをしているライに挨拶して外に出る。そして、僕達がいない間も畑仕事の合間に剣を振っているフモール達に剣の稽古を付けるのだ。


「見せて」


彼等には新しい武器を渡してある。それは訓練用の刃引きの剣ではなく、彼らのパーティー特性に合うだろうと思って渡した戦闘用の武器だ。樹海に入った経験を持つフモール達ならその使用方法を間違えないだろうと、ミレーヌさん達に許可を貰って渡したものだ。


「せいっ!!」

「たぁぁ!」

「でぇやぁぁ!!」


僕達が古代遺跡を彷徨っている間に、相当鍛錬したのだろう。慣れない武器を渡された者達も、かなり形になってきている。予想外だったのは密かにパーティーでの訓練もしていたようで、それぞれが連携のとれた動きを見せた事だった。


「大丈夫だね」


もう、この子達を子ども扱い出来ないな。僕はそう感じた。


その後の模擬戦闘の訓練は、フモール達のパーティーとホッブズ達のパーティーの2つに分けて行った。

樹海での経験は相当彼等の意識に影響を与えたようで、一気に7人を相手にしていた頃には感じた事の無い気迫が彼等を包んでいた。

まだまだ彼等の攻撃が僕に当たる事は無いが、本気で取り組まないと、もうすぐ負けてしまいそうだ。


「くっそ!! 今なら勝てると思ってたのによ!」

「ホッブズはまだまだ身体に力が入り過ぎているのよ」

「フモールだって当てられてないくせに、偉そうにすんなよ!」

「まぁまぁ、実際僕達は強くなってると思うよ。それこそ樹海に入る前と比べたら段違いじゃないか。もう少しでリオン兄ちゃんに攻撃が当たりそうな気がするよ」

「それだけじゃ、勝てねぇじゃねぇかよ!」

「ホントうっさいわね」


それぞれの模擬戦闘が終わるとフモール達が、自主的に集まってあーだこーだと訓練結果を話合う。2つのパーティーに分けたから、訓練に参加していない方のパーティーから助言を貰っているようだ。


これは、思ってなかった良い効果だ。


「でも…リオン兄様の動きもとても早くなっているように感じました」

「確かにそうね、それもかなり急激に強くなったような感じがしたわ…」


ふとそんな事を言い出したフモール達。自覚のない僕は首を傾げるだけだ。


「そりゃ、樹海で実戦を重ねてんだから、兄ちゃん達はもっともっと強くなるさ、俺達がそのスピードに追い付けてないだけだろ」

「まぁ、苦い敗北が続くのも俺が古代魔法を使えるようになるまでだよ。俺がフモール達を支援すればリオン兄ちゃんにも負けないさ」

「俺も古代魔法を覚えているからな、フモール達には負けないぞ。絶対に俺達のパーティーが先にリオン兄ちゃんに勝つんだ」


バミルとジャムはアルバート達がもたらした新しい戦術に魅入られていた。実際この2人はなかなか魔法の才能があったようで、アルバートから褒められる姿を度々見受けた。


「僕も負けないよ」


最後にもう一度模擬戦闘を行った後、今日の訓練は終わりにした。確かに、彼らが言うように身体が軽くなった気がする。でも、その分疲労も溜まる気もする。


僕が家の中に戻ると、セキとアルバートさんが机の上に置いてある本を睨んで難しい顔をしていた。


「あぁ、リオンさん。訓練は終わったのですか?」


僕に気付いたアルバートさんが顔を上げると、そこにそっとミレーヌさんがお茶を出して、頭を下げていた。本当に溶け込んでくれたようで良かった。


「リオンは優しい顔をしているくせに、やる事が鬼畜だな。あんな幼子達に戦闘を強要するとは…」

「セキ…樹海の端に住んでいるのですから、外敵に対する備えとしては当然ですよ?」


フモール達よりも幼いセキがそんな事を言っていた。僕はセキにバレないように、クスクスと忍び笑いをした。


「あぁ…この本ですか?」


僕が卓上の本に気を取られていると、アルバートさんが説明してくれる。


「いや、どうやらセキがあの古代遺跡にあった書庫から1冊拝借していたようなのですが、魔法で封印されているようで、開け方がわからないのですよ」

「つまりは、重要な事が書かれているという事だ!」


セキは頬を赤らめて興奮していた。書庫の中でセキが何かしているとは思ったけど、まさか、あの状況で本を持ってくるなんてね。ミオにバレたら怒られるんじゃないかな。


「まだ何が書いてあるかは分かりませんけどね、誰にでも簡単に教えられるようなモノではないから封印しているのでしょう。出来れば私達が求めていた歴史が書かれていれば良いのですが」

「絶対に書いてありますよ!」


何のことかは分からないけど、この師弟の話は大抵分からない事の方が多い。何が書いてあるか分かったら教えてね、とだけ伝えて、僕は自分の部屋へと帰っていく。


また卵を磨いてあげようと思って、扉を開くと…


「キュィィ!!」


部屋の中には、割れた卵の破片にまみれて、真っ白の生き物が居た。

綺麗な白い鱗に包まれた、ずんぐりとした生き物はまだ生まれた直後なのだろう。閉ざされた瞳をなんとかこじ開けようとジタバタと動いている。関節を動かすことに慣れていないのか、筋肉の動きが制御出来ないのか、たどたどしい動きでジタバタと…。



「…お帰り」


そんな小さな生命を見た僕はそう言葉を発していた。

永い年月ずっと封印されていて、やっとこの世界に帰ってこれたのだ。僕は愛おしいその存在をギュッと抱きしめる。力を込め過ぎると簡単に潰れてしまいそうなこの子は、やっと開いた瞳で僕を見つめる。背中に生やした一対の羽をバタつかせて喜んでいるように見えた。





その日の晩、生まれたばかりの赤子を潰してはいけないと、ベッドの隣に毛布を置いて優しく寝かし付けた後、僕は眠りについた。





ーーー




「母さんっ!」


小さな男の子が泣いている。

空は紅く燃え、村のそこかしこから悲鳴が聞こえてくる。家を形造る木々の焦げた臭いと、動物の焼ける臭い、錆びた鉄のような臭いが男の子の心を揺さぶっていた。


突如現れたゴブリンの集団、その中でも一際大きな体躯を持つ凶悪な化物が男の子の目の前にいた。


「母さん!!」


化物の視線から男の子を隠すように、母親が立ち塞がる。


「リオン逃げなさい!」

「いっ…嫌だ!」


男の子は首を振る。

僕も戦える、皆んなを守るんだ!

父さんみたいに!


男の子の瞳はそう告げていた。


男の子の父親と相棒のウィンドウ・ハウンドは村の危機を悟って、警戒に行ってしまった。その直後燃え上がる家々、飛び交う悲鳴、近付いてくるゴブリン達。


父親から男の子を託された母親は、その約束を果たす為に怪物の前に立ち塞がった。


「逃げなさい!」

「嫌だ!」


男の子を必死に逃がそうとしていた母親は、怪物から目を離す。


「母さん!!」


怪物が放った拳の一撃で、母親が嘘のように飛んで行く。男の子が逃げる事をためらった為に、母親はその攻撃を避けられず、家の壁へと叩き付けられて苦痛の呻きを上げていた。


「お、お前ぇぇぇ!!」


男の子は走った、自衛の為にと渡されていた小剣を握り締めて。相手と自分の力量にどれ程差があるのかも分からずに。


「でぇあぁぁぁ!!」


逆手に持った小剣が怪物に当たると同時に砕け散った。怪物は蚊に刺されたように、小剣が当たった脚をボリボリと掻いている。


怪物がふと見下げると、そこには矮小な生き物がいる。何事かを叫びながら必死に脚を殴り付けていた。

怪物にとっては、痛くも痒くもないその攻撃だったが、少し煩わしかったのだろう。この村を蹂躙しろと命令されていた事もあるかも知れない。普段なら適当に無視しただろうその生き物目掛けて、怪物は拳を振り下ろした。


「アォォォン!!」


その時だ、父親の相棒であるウィンドウ・ハウンドが男の子の窮地を救った。怪物の拳が振り下ろされる前に、男の子の首根っこを咥えて救ったのだった。


「ライ!! …父さんは!?」


男の子は歓喜した。

ライがココにいるなら父親もココにいる。

あの強い父親が居てくれるならば、この怪物も倒してくれると。


「父さん!」

「良いから逃げるんだ!」


見ると、父親は既に怪物と戦っていた。思っていたよりも怪物が強いのか、父親の顔には苦渋が浮かんでいる。


「ライ!」


苦戦を証明するかのように、父親は相棒へと助けを求める。呼び声に答えて、一声鳴いたウィンドウ・ハウンドが父親の隣に並び立つ。


男の子は自分にも出来る事は無いかと、荒らされた部屋の中を見回した。


「あそこだ!」


そこは武器庫、普段は決して立ち入る事が許されない、父親の控えの武器が保管されている場所。男の子は砕けた小剣の代わりを求めて武器庫に入る。

代わりはすぐに見つかった。

男の子は変に手に馴染む2つの小剣を両手に1つずつ握る。


「これで僕も手伝える」


武器を手にした男の子は、嬉々として父親の隣に並び立った。


「なっ…!? 何をしている? 早く逃げなさい!!」

「僕も戦う!」


父親の制止を振り切り、男の子は怪物に斬りかかった。今度の小剣は簡単に砕けたりしない。むしろ、怪物に薄い切り傷を付けていた。


「ほらね、戦えるでしょ?」


父親に褒めて欲しくて、少年は振り返る。

男の子の背後では、怪物の拳が迫っていた。


矮小な生き物の中でもさらに矮小な子どもに傷を付けられたのが気に食わなかったのか、怪物は男の子に怒りの眼差しを向けて吼えていた。


「リオン!」

「うわっ!!」


男の子は突き飛ばされたと理解した。相当な力で飛ばされたのだろう、脇腹が痛む。誰がこんな事をするんだ! と男の子が振り返ると…


「母さん!!」


怪物に片足を掴まれて、逆さまにぶら下がっている母親の姿があった。


怪物に握られた母親の脚は、潰れてしまっているのだろう。怪物の手から多量の血が流れ落ちている。


「か…母さん!?」

「リオン…逃げなさい!」


母親は悲鳴もあげずに男の子を見つめた。その生存だけを願っているというように、潤んだ瞳で、ただ逃げろと繰り返す。


「母さん! 母さん! 母さん!」


男の子は逃げる事など出来なかった。ただ悲痛な姿の母を呼び、怪物の手の中から逃げ出してくれる事だけを願った。


「アゴォォォォン」


怪物は、煩い男の子に狙いを定めていた。空いている方の手を握り締めて振りかぶっている。


「母さん! 母さん! 母さん!」


それでも男の子は逃げる事なく母を呼んだ。そんな男の子の視線を遮るように、父親が差し向けたのだろう相棒のウィンドウ・ハウンドが立ち塞がった。


男の子はウィンドウ・ハウンドの背中を避けて母親を見つめる。ウィンドウ・ハウンドは男の子が前に出ないように、ブロックする。


そんなやりとりの間に、母親の脚がボキリと音を立ててがれた。

男の子の顔が苦痛に歪んだ。


片方の脚を無くした母親は、それでも自由になった事を機に、怪物の顔に取り付いた。


母親が父親の顔を見て何かを叫んでいる。


「リ……を…って!!」

「母さん! 母さん! 母さん!」


ーーあの時、母さんが何を言っていたのか、僕には聞こえなかった。ただ必死に母さんを呼んでいたから。

でも、聞こえていなくとも分かることはある。

母さんは僕を護ろうとしてくれたんだ。



母さんの必死の訴えに、父さんが頷いた。


父さんの身体に力が集まっていくのを僕は感じていた。でも、僕はそれが怖かった。だって、怪物の顔には母さんが張り付いていたんだから。


父さんが放った一撃は見た事もない威力を持っていた。突き出された小剣の先から見えない力が放出されているのがわかった。それが怪物の上半身を全て吹き飛ばし…母さんも吹き飛ばした。


 血だらけになって動か無い母さんにすがりながら、何度も母さんを呼んでいたのを覚えている。頬を流れていく大粒の涙を、ライがその舌で拭ってくれた。

幼い僕は母さんの死を受け止められずに、かすかな記憶を必死に思い出しながら、動かぬ母の唇に息を吹き込んでいた。


必死に空気を送り込み、口を離す。

ゴォォという音が返ってきた。


内臓に込められた空気が外へ出ていくような無機質な音が、ただ漏れ出してきた。


それでも、何度も何度も息を吹き込んだけど、結果も同じことを繰り返してきた。

冷たくなっていく母さんの手が残酷な現実を僕に理解させた。


僕はライに咥えられて避難場所の洞窟に連れられて行った。

僕は、逆方向に離れていく父さんの背中に向かって叫んだんだ。


「母さんを…母さんを殺したなぁぁぁぁ!」


それから、僕は父さんと話をしなくなった。


…今では父さんの行動も理解が出来る。でも、許す事は出来ない、出来る筈が無いよ。

だって父さんは母さんを…










「大丈夫。 これからは僕が一緒だよ」


記憶にない声が僕に何かを囁いた。

夢の中にいる僕は、薄れゆく景色の中でもう一度聞こえた声を必死に思い出そうとした。

自分が覚醒していくのが分かる。覚醒していく中で、夢の中の記憶は揺らいでいく。もはや、声の主が何を言っていたのかもわからない。




ーーー




「………久しぶりに見たな」


自分の叫び声で目覚めた僕は、先ほどまで見ていた遠い記憶をもう一度噛み締めていた。


母さんが世界樹の根元に旅立ってから数年。

だんだんと薄れていく思い出たちが恋しかった僕は、辛い記憶の中ですら母さんの姿を見れたことに喜びに似た切ない感情を噛み締めていた。


ベッドに突っ伏したままの僕は、自然と涙を零す。一条の光沢を頬に残して、僕は涙を流した。その軌跡に、そっと柔らかい舌が沿う。


「…ライ?」


僕はその舌の感触がライのモノだと思った。何故僕の部屋の中にライがいるのか、訝しがりながら顔を上げると


「キュィィ?」


生まれたばかりの僕の相棒がそこにいた。




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