帰路
「ふふふ…それでね、ティムは言ったのよ『俺の仲間に手を出すなっ!』ってね」
「ほほ〜う、それでミオはティムに惚れてしまったのだな?」
「バカ言ってんじゃないわよ! なんで私がこんなガキを好きにならなきゃいけないのよ!」
「ほほ〜う」
「セキ! 殴るわよ!」
声が聞こえる。
夢の中の続きのような、夢と現実の境目を突き抜けてくるような、そんな不思議な聞こえ方だ。
ティムは現実に誘うその声に身を任せて意識を覚醒させていく。楽しそうな笑い声に目を向けると、まだ寝ぼけている瞳がボンヤリとした視界を送ってくる。その眼もだんだんと明瞭さを取り戻すと、そこには金色の長髪を一つ括りにした少女の笑顔があった。
「…ミオ?」
「おお! ティムが起きたぞ! ほらっミオ、愛しの旦那を抱き締めても良いぞ!」
ガンッと鈍い音を立て、セキに拳が振り落とされた。セキは両手で頭を抑えてうずくまっている。
「俺は…ゴブリンキングはどうなった!?」
俺の頭は混乱していた。ゴブリンキングが現れてからの記憶を良く覚えていない。
「皆は無事か!? リオンは? アルバート…はっ…」
皆を心配して洞窟内を見回した。
ミオとセキが戦闘など無かったように、俺の側で談笑を楽しんでいる。リオンを探すと、いつものように1人で周囲を警戒していたようで、入口近くの壁に背を預けていた。それなりに安全は確保されているのか、リオンは地面に座っている。
そこで、最後にアルバートの姿を探すと、ミオとセキの後ろに隠れるように鎮座していた。
両腕を失ったアルバート、その姿を見た瞬間に、意識を失う直前の記憶が蘇ってくる。
「おっ…俺は…ミオはっ!? 無事か? 無事なんだな? ゴブリンキングは…」
「はぁ〜…私は無事よ。ゴブリンキングはアンタが真っ二つにしちゃったでしょ? まだ寝ぼけてんの?」
面倒くさそうな物言いだが、ミオの表情にはどこか安心したような笑みが浮かんでいた。
俺はその笑みの前に頭を下げた。俺はミオを切ろうとしたのだ。それが自分の意志では無かったにしても、俺の身体がしたことが許される筈もない。
「すまんっ! 俺は…」
「良いのよ! 私逹はみんな無事、アンタも無事、それで良いじゃない! ねぇ?」
ミオは即座に許してくれた。ただ機嫌が悪くて怒鳴ってしまった時のように、何でもないことだから気にしなくて良いと言ってくる。
「…ん? 何故ティムはミオに謝っているんだ?」
「セキは気にしなくて良いの! ちょっとティムが調子にのっただけよ」
「そうなのか?」
しかも、俺がやってしまった事は誰にも言ってないようだった。セキにも何でも無いと手を振っている。
「アンタはあのゴブリンキングを倒したのよ! いつもみたいに胸張って、誇ってなさいよ!」
それでも俺は許されるべきじゃない、そう思ってどんな対応をすれば良いのかと戸惑っていると、ミオが冗談めかして言ってくる。
ミオが指差した方向には、2つに裂けたゴブリンキングの屍体があって、その周囲の壁や地面には巨大な亀裂が入っていた。
「アレは…俺…が?」
そう言いながら思い出す。
意識を失う直前、俺の身体が放とうとしていた技は、親父が昔使っていた技だ…
「いつの間にあんな技を使えるようになったのよ! アンタやるじゃない!」
「本当に凄いよね、あのゴブリンキングが真っ二つだよ」
「そうよ! これでアンタのお父さんの気持ちも少しは晴れたんじゃない?」
いつの間にかリオンもこっちに来て会話に参加していた。
「俺が…」
「そうよ、アンタがやったのよ?」
俺は自分の手のひらを握り締めた。確かに俺の身体が放った技の結果、ゴブリンキングは倒れたのだろう。いつか必ず倒すとの誓いを果たしたのだ。
それでも、俺自身にはその実感が湧かなかった。あの時は自分の意志とは無関係に動いていたのだから。
「アンタ頭大丈夫?」
俯く俺をミオが下から覗き込んでくる。俺はミオの視線から逃げるように顔を背けた。
「…まぁ、あの技を出す度に気絶されても困るからね、本当に危ない時以外は使っちゃダメだよ?」
リオンの言葉が胸に刺さった。
また今回のような危機に陥った時には俺に期待が集まるだろう。俺はその期待に応えることが出来るのだろうか。
最後の一撃をもう一度やれと言われても、到底使える気がしないのだ。
「俺は…」
「…守ってよね? 私達の事」
ミオが真剣な眼差しを向けてきた。俺は涙がこぼれ落ちそうになるのを堪える。
斬りかかってきたことは忘れてあげる。だから、アンタは私達を守る為に全力を尽くしなさい。
ミオがそう言っているように感じた。
「俺が守る! 俺は…絶対に仲間を死なせない!」
だから、俺はみんなの前で誓った。2度と仲間に斬りかかるような真似はしないと。
「だからって、私達をお荷物扱いしないでよ?」
「あぁ、わかってるさ」
「はは、いつも通りだね。じゃぁ、僕もティムを死なせないように頑張るよ」
「あぁ…頼む。…いつも通りだな」
ミオとリオンの笑顔が眩しい。2人とも俺の様子が変な事には気付いているだろうに、いつも通りに振舞ってくれている。
「さてとそれじゃ、さっさとこんな洞窟からは出ましょう」
「やっとか! 全く、ティムが気絶していたせいで半日は足止めされていたぞ」
「魔法陣を動かせなかったアンタが言って良いセリフじゃないわよ」
「なっ…それはだな、高度な魔法技術の解析には時間が…」
「セキ止めなさい。あの時、すぐに魔法陣の発動方法を解析出来ていれば、どうなったかはわかるでしょう」
「…はい」
皆、準備は出来ていたのだろう。
俺が最後の保存食を腹に入れている間に、一箇所に纏められた荷物を担いで移動の準備を整えている。アルバートはセキに助けてもらいながら大きな荷物を担いでいた。セキが荷物を持っていないところを見ると、腕を亡くしたアルバートが荷運びを行い、戦闘以外の所でサポートするといった所か…既にそういう話し合いも行われていたんだな。
皆に遅れないよう、俺も急いで準備する。誰かが纏めてくれていた荷物と親父の遺した大剣を背負い、入口付近で待ってくれていた皆の元に追い付いた。
モンスターのいなくなった洞窟内を談笑しながら進む中、俺は考えていた。
ーーあの技を使えるようになってやる、自分の意志で。親父が使っていたあの技を…自分の意思で。
洞窟から外に出ると見慣れない風景がそこにはあった。見慣れないといっても、巨木が立ち並ぶ樹海の中なのは間違いがない。ただ、俺たちがきた事の無い場所なだけだ。
洞窟を見つければ、ゴブリン達が繁殖していないか確かめるのが俺たちのやり方だ。その俺たちが見たことのない洞窟だったのだから、来た事がない地域だというのは当たり前だった。
「あそこが風竜の山だから…」
リオンが指標になる山を見つけて、大まかな位置を確認している。
「うん大丈夫、3週間もかからずに村に帰れるよ」
「本当っ!? 良かった!」
やがて、リオンが今の位置から村への帰路を導き出した。俺たちはその後ろに付いていく。
リオンを信じて、ただ付いていくだけの皆の後ろ姿を見ながら、俺は眉を寄せていた。
本当に何も変わらずに進んでいく時間が何故かとてつもなく苦しかった。
帰路では、セキとアルバートが樹海のモンスターに出会う度に、その強さに驚いていたり生態系の異常さがどうのこうのと議論していた。渓谷に沿って樹海を進んでいた師弟は、それ程多くのモンスターには出会わなかったらしい。
「セキもう止めて! いちいち森を燃やさないでよ!」
帰路では、火を嫌うミオがセキの魔法に何度も腹を立てていた。
セキは両腕がなくなったアルバートの代わりにと、奮闘しているようだったが、大抵のモンスターを一撃で倒してしまうセキの魔法は強力過ぎて周囲の緑にまで被害を及ぼした。森を愛するミオはそれに耐え切れずに、何度もセキを叱っていた。
「しかし…私は火系統の魔法以外は苦手で…それ程の威力が出せず…その…魔力の調整というのも難しく…」
その度に言い訳じみた言葉を発するものだから、セキは何度もミオに殴られていた。
ミオの気持ちも分かる。森が焼かれるのを見ていると、俺やリオンも嫌な過去を思い出す。
2度と…村が火に包まれるような事を起こす訳にはいかないから。
「全く、アルバートさんはセキに何を教えていたのよ!?」
「なっ、師匠は悪くないぞ!」
「なら、アンタが悪いのね!」
「いや…それは…だな」
「まぁ、このご時世ですから魔力が強くて困ることはありません。普通は少ない魔力で魔法を形作る為に魔力制御の方法を教えるのですが、セキにはその必要がありませんでしたしね」
「…全く、親バカなんだから!」
「なっ!? 親だと? …その通りだ、師匠は私の…」
「アンタはどこに食いついてんのよ! 良いわ、私が魔力制御の仕方を教えてあげるわ! 霊力とは多少の違いがあるでしょうけど、なんかの役にはたつでしょう」
「よろしいのですか!? まさかっ、妖精族の中で秘匿された精霊魔法に触れる事が出来るとは!」
「…私はセキに教えるのよ!」
「はいっ! もちろんですとも、それを私が横から聞いていても…」
「良いわよ…はぁ、全く」
そんな感じで、帰路は進んだ。
ミオの言うように、魔力と霊力の制御方法が同じなのかどうかは疑問だったが、どうやら大差ないらしく、セキはメキメキと魔力の制御方法を取得して行った。
ミオの魔力制御講義が一週間も続くとセキの成長が目で見て分かるようになってくる。アルバートは手放しで喜び、ミオもその成果で森の延焼が防げた事に安堵していた。
主に、加減の仕方を覚えていったセキだったが、本人曰く…
「凄いぞ! 魔力を制御すると威力を上げることも容易に出来るようになるのだな! 同じ威力の魔法を作るにしても、消費魔力がすこぶる減少しているのがわかる!」
「その通りですよ、今迄、形を作っていただけの魔法が精錬して行くのが目に見えてわかります。成長してくれて私は嬉しい」
「…私が教えたのよ」
俺は…俺もミオの講義を盗み聞いていた。
あの技を使った時に感じた身体の内から力が練られ、それを大剣に乗せて放つ感覚。それが魔法に似ていると思ったからだ。もしかしたら何の役にも経たないかも知れないが、俺は熱心に話を聞いて、その技術を身に納めようとしていた。
「…コレが魔力なのか?」
俺は、初歩中の初歩と言われている制御訓練を隠れて行っている。
別に隠れてやる必要も無いのだが、何となく皆には知られたく無かった。俺は夜の闇に紛れて、1人で練習していた。
手の平に意識を集中させて、そこに体内から霊力…俺の場合は魔力を集める感じらしいが…それを行うと俺の手の平に白い光がボンヤリと浮かんだ。
「ミオは青色だったし、セキは赤かったよな…?」
セキ達の訓練を覗いていた時に見た光の色とは違う色だったことから、俺は不安にかられていた。
「普通は白色ですよ」
急に後ろから声を掛けられて俺はビクリと振り返る。笑みを浮かべたアルバートと、その背後には心配そうに覗くリオンがいた。
「ごめん。ティムは1人で練習したかったんだろうけど…」
「いや、良いよ」
どうやら、リオンに余計な心配を掛けてしまっていたようだ。そりゃそうだな、隠れているつもりでもリオンの目だけは誤魔化せ無い。多分、洞窟で俺の様子が変だった事も心配させた原因なんだろう。
「いや全く、リオンさんからティムさんが夜な夜な1人で頭を悩ませていると聞いた時は驚きましたよ。もしかして、青年期に有りがちな男の子の嗜みを隠れて行っているのでは無いかと思って、放っておいても良かったんですけどね。どうも、そうでは無いようなので来てみれば…1人で魔法の特訓なんて水臭いじゃありませんか! 私が居るんですから、遠慮なく聞いて下さいよ!」
男の子の嗜み?
何の事かと頭をひねってみたが、よくわからなかった。何にせよ、1人で特訓するのも限界があるのは知っている。元々理由があって隠れて特訓しているわけでは無いので、アルバートの申し出を快く受けた。
若干テンションが高いのが気になるが、ミオに自分の存在価値を奪われそうで焦っていたのなら、その理由も納得出来る。
愛弟子のセキがミオの言葉に耳を傾けるようになって寂しいのだろう。
「それじゃぁ、さっそく始めましょうか。それにしてもせめてリオンさんには説明していても良かったでしょうに…」
「いや、まぁ、それは置いといて、それではまずは魔力についてですが、魔力自体を集めただけではたいした魔法は使えません。古代の魔術師はその白い魔力を始まりの魔力、あるいは無属性の魔力と呼び、各種生活魔法に使っていたようですが…」
「つまり、魔力自体に色を付ける事によってイメージの具現化を強調するわけですね。そう、セキで言えば赤い魔力で火系統魔法のように」
「生来的に特性のある者は、固有の色が魔力に染み付いていると言われますが、セキの赤い魔力もそうでしょうね。その代わり他の色を魔力に…」
俺はアルバートの長ったらしい講釈でも、話の途中で寝なかった。自分の魔力を制御すれば、あの技が使えるようになるかも知れない。その一心でほとんど意味のわからないアルバートの話を食い入るように聞いたのだ。
話を聞きながらも、手の平に魔力を集める事を止めはしない。一刻も早く制御出来るようになる為、俺は訓練していた。横のリオンを見ると、リオンは両の手の平から白い光を表出させていた。器用なリオンが羨ましかった。
「アルバートさん、魔力って手の平にしか集められないんですか?」
講義進む中、リオンが唐突に質問していた。
「手の平以外に…ですか?」
「はい。手の平以外からも魔力が出せたら便利だと思うんですけど」
その質問にアルバートは思考を巡らせているようだ。予想外の質問だったのだろう。
俺には何故頭を悩ませているのかが分からなかった。
「…聞いたことはありませんが」
「やってたじゃねぇかよ? アルバートも水の魔法か? それを地面から噴き出させてたじゃねぇか」
「ん? …確かに」
実際に自分でやった事なのに、理解していなかったのか? 俺の言葉を聞いたアルバートは自分の中でその仕組みを考えているのだろう。何だか難しい理屈をボソボソと呟き出した。
「出来るかも…知れませんね」
最後に出した結論はそれだった。何とも頼りない事だ。こんな奴に教わっていて良いのだろうか。
「そうであれば、私もまた魔法が使えるように…」
アルバートは俺達のことを無視して、自分の訓練を始めてしまった。どうやら、両腕を無くした事で使えなくなった魔法を、もう一度使えるようになるかも知れないと考えたようだ。
「出来そうだ…しかしその為には更なる練習が必要に…まずは自身の内にある固定概念を破壊しなくては…」
なんて事を呟きながら、1人で黙々と訓練し始めた。結局、それ以上の解答は得られず、この夜から男3人の秘密特訓が始まった。
「師匠!」
「ははは、また魔法が使えました! 使えるんだ!」
程なくして、師匠は簡単な魔法を詠唱してモンスターを倒した。セキは感激に打ちひしがれて師匠に抱きついていた。
元々出来た事なのに、何がそんなに嬉しいのやら…
やっとコムル村に帰って来た時には、俺も簡単に手の平に魔力を集めれるようになっていた。色を付ける事は出来ないが、何となくそれで十分な気がした。後は、アルバートに聞かずとも俺だけで何とか出来るような…。おかしな話だ、アルバート曰く、魔力制御が出来ても色を付ける事が出来なければ古代魔法は使え無いとの事なのに、どこから自信が溢れてくるんだろうか。
リオンも色までは付けられてい無いが、ずいぶんと魔力を制御出来るようになっていた。その元来の器用さを発揮して、足先やらヘソの前やらに光を出現させていた。
コムル村に着いてすぐ、ハンスさん達にアルバート達の事を説明すると快く迎え入れてくれた。
腕を無くして旅を続ける事は難しいだろうから、いつまででも村に居ても良いとの事だ。
豊富な知識を持っているアルバート達なら、このコムル村で大いに貢献することだろう。バミルなど、さっそくとばかりにアルバートに古代魔法を教えてもらおうと懇願している。
何にしても、2人が受け入れられたようで良かった。
…まぁ俺達は、また危険な事をしたとミレーヌに大目玉を貰ったのだが




