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勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第2章 古代遺跡
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憎らしい、殺したい。

アイツの姿を見た瞬間に、心の奥底から黒い感情が湧き出て来るのを感じた。


リオンが必死に俺を止めているのに、俺にはそのお節介が鬱陶しかった。心配してくれているリオンの拘束が緩んだ瞬間、やっと俺の自由が生まれたと喜んだ。


俺は怒りに任せてゴブリンキングに斬りかかる。

頭じゃリオンの言葉を理解しているのに、身体が言うことを聞いてくれない。ただ、ゴブリンキングを殺したい、その衝動で動いてしまう。


リオンと散々練習していた連携も、何も無く、俺はただゴブリンキングを斬りつけた。力の限りで大剣を振るっても、皮膚を撫でたような傷跡しか付かなくて俺は苛立った。激昂は俺の磨いてきた技すらも忘れさせて、力任せな攻撃だけを繰り返させた。

それでも、結果は変わらない…当たり前だ。


何のために磨いてきた剣技だったのだろうか。

何のために鍛えてきた肉体だったのだろうか。

簡単に感情の渦に飲み込まれてしまう自身の弱い心に絶望した。

俺はコイツを…村を襲った奴らを滅ぼさなきゃならないのに。


その時だ


フッと身体が軽くなって、剣の鋭さが増した気がした。今なら俺の思い通りに身体が動いてくれるかも知れない。

そう思った時、目の前にゴブリンキングの手があった。俺は、握りの要となる小指を狙って剣を振り下ろした。


でもやっぱり思い通りには動かなくて、技では無く、力で振り抜いていた。


だから不思議だったんだ、何故そんな太刀筋でゴブリンキングの小指が飛んで行くのかが。

何故か剣の鋭さが増していたのが。


ゴブリンキングの大声で鼓膜が破れて血が流れるのを感じた。それなのに、痛みは感じず、ただ呆然と飛んで行く指を見ていた。




そんな隙をゴブリンキングが見逃す筈も無く、俺は殴り飛ばされる。




骨が砕ける音が聞こえた。

内臓が潰れる音が聞こえた。


洞窟の中を飛ばされる中、俺は意識を手放した。







《またか…また殺すのか…私の大切な×××をお前達はまた奪うのか!!》







誰だ?

誰の声だ?


俺は湧き上がる哀しみで目を覚ました。


俺が気が付いた時、頭の中で女の声が響いていた。聞き覚えがない悲痛な叫びだった。


俺が自分の知らない哀しみに目を開くと、目の前にはミオがいた。何故か俺を見て恐怖に怯えている。

ーー何故だ?


そういえば、身体が軽い。

骨が折れ、内臓が潰れた筈なのに痛みが無い。

身体を見ても殴られた跡など何処にも無い。

ーーミオが治してくれたのか?


「ティム…その黒い煙…」


ミオが何かを呟いて、俺から後ずさっている。

ーー俺、何かしたか?


ミオを引き止めようと右手を差し出すが、俺は大剣を握ったままだと気付いた。

ーーこれじゃ、ミオに触れられないな。


俺は慣れ親しんだ大剣を両手で握った。

ーーそういえば、ゴブリンキングの攻撃でも大剣は無事だったみたいだな、良かった。


俺はゆっくり大剣を持ち上げて、振り下ろす。


ミオに向けて…







「いやぁぁ!! ティム、止めて! 来ないで!」

「ぅぅぅガァ」

「私よ! 分からないの!?」

「ぐがぁぁアアァァ」

「止めてぇ! ティム! 黒い煙に惑わされないで!」


俺はミオに斬りかかる俺の姿を見ていた。俺が2人いるような、身体と頭が分離したような不思議な感覚だった。

ミオを襲おうとする俺の身体は、俺が止めようとしても止まらない。俺にもミオにも幸いだったのは、俺の身体の動きが鈍かったことだろう。樹海のモンスターと戦ってきたミオにとっては今の俺の身体が放つ斬撃を避けることは容易い筈だ。


「何で…何でなのよ!」


次の一撃を見舞おうと、大剣を持ち上げているとミオが眉をしかめて叫んでいた。

…そういえば鼓膜も破れたと思ったんだがな。


「アンタはそんなモノに操られるようなヒトじゃないでしょ!?」


何でだろう、必死に叫ぶそのミオを見ていると…身体中から憎々しさが湧いてくる。

ーー何故? 何故、俺がミオを憎く思わなければならないんだ?





《許さない、決して許さない。たとえ…であろうとも》






また、俺の頭に聞きなれない声が響いた。俺の身体はその声に同調していく。


「あぅぅぁぁ(止めろっ!! 止めてくれ!!)」


俺の声は意味を成さない怪音となって口から出て行く。自分の身体を必死に食い止めようとする俺を無視して、俺の身体が大剣を振り上げる。


その時、それは起こった。


洞窟の中で巨大な火柱が立ち上り、洞窟内の温度を高めたかと思った瞬間、俺の身体が不意にそちらへと向き直る。

くすぶる炎を全身に纏ったままのゴブリンキングが、右手の戦鎚で何かを潰した所だった。


「師匠!!」


セキの悲鳴が木霊した。どうやら今の魔法はセキが放ったようだ。






《その程度…その程度の魔法で…》






また、頭の中に声が響く。


この声の主がどんな女なのかは分からないが、この女は魔法の事をとても憎んでいるようだ。魔法の残骸を身に纏ったゴブリンキングを憎々しげに見つめていた。


(そいつなら良い)


俺の身体が敵対相手をミオからゴブリンキングに変更したのを悟った俺は、それまで抵抗していた意識を弱めた。


その瞬間だ。


今まで鈍かった身体が瞬時に移動する。俺が気付いた時には、俺の身体はゴブリンキングの背後に在った。


俺が背後に来たことにゴブリンキングが気づいたのだろうか。ゴブリンキングがこちらに向き直る。先のセキの魔法の効果だろう、その手には溶解しかけの戦槌を持っていた。

俺の体は目の前にいるゴブリンキングにニヤリと笑いかける。

俺の笑みを見たゴブリンキングは、つい後ろへと下がったように見えた。


俺の身体は、空に突き立てるように大剣を持ち上げると、全身の力を集めて大剣へと注ぎ込んだ。


「アガァァぁ!!!(避けろぉぉぉ!!!)」


俺は叫んだ。

俺の身体が次に放つ攻撃が、とてつもない力を秘めている。その技を見た事がある俺には分かった。そう、見た事があるのだ。

少しづつ掠れていく記憶の中で、怯えて縮こまりそうな記憶の中で、たった1つの安心感のある背中。あの時親父が使った技だったからだ。


ゴブリンキングだけなら良い、だが、近くにはリオンやセキやアルバートがいる。仲間を巻き込むわけにはいかなかった。


だから叫んだのだ。


俺の意味を成さない声を聞いたリオンは突然近くに現れた俺の姿に驚いていた。しかし、切羽詰まった声に焦りを感じてくれたのだろう、表情を引き締めて即座に動いてくれる。

発狂したようなセキ、潰された両腕でセキを守ろうと腕を伸ばすアルバート、そんな2人を抱えたリオンがその場を離れていく。


俺はゴブリンキングめがけて真っ直ぐに大剣を振り下ろした。俺の大剣から光る斬撃が飛び出してゴブリンキングを通過した。

ゴブリンキングはその斬撃に切られたというのに痛みを感じていないようだった。何事もなかったかのように、俺に怯えて後ずさる。

1歩、2歩、3歩…3歩目が地面に触れた瞬間、ゴブリンキングは左右に裂けた。


それを見届けた俺は、また意識を失った。


…………

………

……








「師匠、師匠、本当にすみません…本当に…本当に…」

「セキ、落ち着きなさい、アルバートさんの腕の治療を続けさせて」

「しかし、師匠の…う、腕が…ミオ!?」

「…何度も言うけど私にはどうしようもないの…ごめんなさい」

「何故だ!? 何故出来ないのだ!?」

「…私にだって…出来ないことがあるのよ!!」

「良いんだよミオさん、私は生きているだけでも十分だ」

「し、しかし!!」

「セキも私も…誰1人欠けることなく生きている。それで良いんだ」

「しかし!」

「セキッ!! いい加減にミオさんを困らせるんじゃない!!」

「…っ」


師匠に一括されて若干の落ち着きを取り戻したセキは、ミオに治療を任せる為にゆっくりと師匠から離れていく。

腕の治療といっても、ミオには跡形もなく粉砕された腕をもう一度使えるようにすることは出来ない。ただ、これ以上の流血を防ぎ、そこから残った部分も腐ってしまわないようにしているだけだ。

ミオの治療魔法ならばと淡い期待を抱いていたセキは、思っていたような効果がないと知ると期待していただけに大きく取り乱した。もともと、自分が油断した所為で師匠の両腕が潰されたと感じていたセキは、自分の責任をさらに強く意識した。一時はミオの力不足を攻めることもしたが、やはり最後には師匠に自分の非を詫び続けたのだった。


セキがやっとアルバートから離れていくのを見たミオはようやくアルバートの治療を再開する。

淡い光が傷口を覆うと、溢れ出ていた血液が止まり、傷口の表面に薄く新しい皮膚が出来る。まるで、元々ここまでしか腕がなかったかのように皮膚が張られるとセキは声をあげて涙を流した。肘までしかない師匠の姿が痛々しかった。


「大丈夫だから、私はまだ生きているし…ほら、こうやってセキを抱くことも出来る」


治療が終わったアルバートは、控えめに残った腕でセキを抱きしめる。先がない腕で、嗚咽を漏らすセキの背中をポンポンと叩いた。

いままでの抱きしめられ方と違うそれを感じたセキの嗚咽はさらに大きなものとなった。


「大丈夫だから」


それでも、アルバートは優しく背中を叩き、擦る。それをずっと続ける。

他の者が立ち入れない様子の師弟を残して、ミオはティムの方へと近寄っていく。見たこともない技でゴブリンキングを真っ二つにしたティムは、昏々と眠り続けるように意識を失っていた。寝入るティムの額を撫でながら、ミオはティムの身体を見ていた。


「骨も、肉も、どこにも傷がない…のよね」


ティムはゴブリンキングに殴られて洞窟の中を壮大に飛んだ。そんな状態なのに、今のティムにはかすり傷1つ見当たらないのだ。不思議な現象に頭を悩ませていたミオは、ふと黒い煙のことを思い出す。ティムから発せられていた黒い煙は、ゴブリンリーダーの部屋でバミルが発していたものと同じものだった。それに強い恐怖心を抱いていたミオはティムにも同様の恐怖を、いや、バミルの数倍もの恐怖を抱いたことを思い出した。


「でも、それでも…良かった」


黒い煙がティムの傷を癒したのだと仮定するミオはそう思った。

ティムが無事に生きていてくれるのはありがたい。かけがえのない仲間を失うよりは相当良い状況であろう。

しかし、黒い煙についてそのままにしておくことはミオには出来ない。


根拠のない恐怖心を抱いているということだけでそうは思わない。事実、ティムはミオを襲おうとしていたのだ。あの時は、いつものティムと違って一刀一刀が躊躇うようにゆっくりと放たれていたため避ける事が出来たが…そこまで思い出したミオは、恐怖で身を震わせた。


「何であっても…ティムは私が守るわ」


ミオは決心したように呟いた。











「まだ起きないの?」


それから数時間経ってもティムは目覚めなかった。

他にもモンスターがいないかと洞窟内の探索から帰って来たリオンは、意識を失ったままのティムを心配そうに見ている。


「うん…でも、どこも悪いところはないのよね」

「回復魔法を掛けてみたら?」

「ダメよ!!」


ミオはリオンの提案を一蹴する。元気な時に回復魔法を掛けてしまう弊害は、蟻の巣の時に嫌というほど学んだ。あの時はアルバートに助けられたが、自分の手でティムを殺すところだったのだ。それをもう一度繰り返すことはしたくない。


「それで、他にもゴブリンキングはいたの?」


ミオは話題を切り替えるように、リオンに尋ねる。あの時のミオの失敗をリオンは知らず、それをわざわざ教えたくはなかった。

リオンもミオが何かを隠しているような雰囲気は感じ取ったが、ティムを助けたい気持ちはミオとて変わらない。そのミオが回復魔法を使わないというのならば、それなりの理由があるのだろうと、そっとしておいてくれた。


「モンスターは他にはいないみたいだったよ。今は、だけどね」

「そうね、ここを住処としていたなら、外に出てたモンスターが帰ってくるかもしれないものね」


「外に…出られるのか!?」


アルバートによって、落ち着きを取り戻していたセキが、2人の会話から聞こえてくる”外”という単語に反応した。


「あら、泣き止んでたのね」

「う、うるさい!! それより外には出られるのか? どうなんだ!?」

「アンタ達があの魔方陣を動かしたら出られるんじゃない?」


ミオは意地悪な笑みを浮かべて、魔法陣を指差す。


「あ…あれは、もう動かすことは出来ないのだ!! 見ればわかるだろう!」

「あら、そうなの…残念ね」


魔方陣はもう二度と動くことはないだろう、それはミオも知っていた。ティムがゴブリンキングを切り裂いたときに放った技、その技の余波がゴブリンキングの後ろにあった魔方陣までも切り裂いていたのだ。魔方陣だけでなく、この洞窟自体に大きな亀裂が刻まれている。巨大な包丁で切れ込みを入れたような裂け目が、大剣の軌跡を辿って残っているのだ。


ミオの言葉は、ただ、今のセキはからかい甲斐があると楽しんだだけだった。もしくは、回復魔法の無力さを責められた意趣返しも若干含まれているかも知れない。


「…なっ、何なんだ、その言い方は」

「まぁまぁ、そんなことで腹を立ててはいけませんよ」


怒って、立ち上がろうとしたセキをアルバートが諌める。それでも、無意味な挑発をしてくるミオへの怒りを消し去れないセキだったが、振り返ったアルバートの姿を見て、途端におとなしくなる。元々そうであったが、今まで以上にセキはアルバートに反発は出来なくなるだろう。


「言い過ぎたわゴメン…それで、本当にどうなの? 出口はあるの? この洞窟はどこにあるの?」


アルバートを見て落ち込んだセキに気が咎めたミオは、自分の矮小さに嫌気がさした。調子にのった事を謝り、リオンへと向き直る。


本当に出口があるのかどうか…最悪なのはこの洞窟に出口がなく、魔方陣も壊れてしまった今、どこにも移動できなくなっていることだ。出口があったとしても、モンスターが強すぎたり、場所が分からなかったりで、コムル村に帰れないのも辛い。


「出口はあるよ、でも、外には出てないからここがどこからは分からない」


リオンの返答は、ミオの心配を半分解決してくれる。


「じゃぁ、どうするの?」

「とりあえず、ティムが目を覚ますのを待とうよ」

「…そうね」


差し迫っての危機がない今、ティムという戦力が目を覚ます前に外に出てもいいことなど何もない。むしろ、ティムを担いで移動することを考えれば、今はじっとしているのが吉であろう。リオンはそう伝えていた。


ミオ達は、最後の保存食で腹を満たしながら、ティムの意識が戻るのを待つことになる。




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