民家
「さっさと地上に戻るぞ、もうこんな地底とはおさらばだ」
霊石の部屋に戻ったティム達は、出口へ続いているであろう、もう1つの仕掛けを動かそうとしていた。
リオンは地下で見つけた卵を食べることもせずにセッセと磨いている。
「ちょっ…ちょっと待て!」
「なんだよ?」
「霊石を持てるだけ持って行きたいんです!」
「アンタ達ね…」
師弟はセッセと霊石を鞄の中へと入れていた。
そんな姿を見たミオは、また学者の虫が疼き出したのかと、ジト目を向けている。
「ち…違うぞ! この霊石のおかげであの卵を手に入れられたのだ、この先も、この霊石が無ければ開かない扉があるかも知れないだろう!?」
ミオのジト目に恐怖を覚えたのか、セキは必死に言い訳を募る。
「いやっ…まぁ確かに余った霊石で研究が出来るかも…といった淡い期待を抱いていますが。それは本当に二次目的であってですね…」
セキの言葉を聞いてもジト目を止めないミオに、アルバートも一緒に言い訳を始めた。
「…ふ…ふふふふ」
そんな2人を見ていたミオは自然と笑みが浮かんできた。必死の形相で自分に言い訳をする2人に、真剣に怒る気力が削がれていった。
「良いわよ! 確かにこれだけの霊力が込められているんですもの、今後の役に立つかも知れないわね!」
そう言うと、ミオは自ら腰を屈めて霊石を集め始めた。師弟が驚きで動きを止める中、セッセセッセと鞄に詰め込む。
「ほらっ! アンタも拾いなさいよ」
「俺達もか?」
「当たり前でしょ!」
早く先に進みたくてウズウズしていたティムは、面倒くさそうな表情を浮かべて拒否するが、ミオに睨まれてはそんな態度も長くは続かない。
「こんな石ころが何の役に立つってんだ?」
「ちょっと! 精霊の力を侮らないでよね、この世界を形創っているのは精霊なんですからね!」
「ふ〜ん、世界ねぇ…」
世界を形創っていると言われても、そんな感覚はティムには分からない。ただ、このまま手伝わなければ、ミオにドヤされるだろう事だけは分かる為、渋々と鞄を開いて霊石を集める。
「あ〜ぁ、食糧が足りねぇってのになんだってこんな石ころを集めなきゃいけねぇんだろうな…」
「うっさい! さっさと働きなさい!」
「へーへー」
グチグチと言いながら手早く霊石を片付けていくティムは、チラリとリオンの姿を捉えた。
(リオンだけサボッてやがらぁ)
リオンはリオンで忙しいようで、霊石拾いに参加せずにセッセと卵を磨き続けている。表面に付いていた緑の液体を綺麗に拭き取ると、卵は白銀色の煌めきを放つ。惚けるような表情でその煌めきを堪能したリオンは、卵をギュッと抱きしめて、綺麗な布に包み込み、割れないようにそっと鞄の中にしまった。
卵を満足いくまで、磨いたリオンが顔を上げると、そこには汗を垂らして恨めしそうに睨みつけてくるティムの顔があった。
リオンは、ティムの目の前で首を傾げる。その頭に向かってティムの拳が振り下ろされた。
「っ!?」
「1人だけ楽しやがって!」
リオンが何かを口にする前に、ティムはトコトコと最後の仕掛けへと歩いていった。何だか分からないままのリオンは、首を傾げたまま頭をさすっていた。
そうしてやっと最後の扉が開かれる。その先に何があるのかと思えば、また部屋だった。全員が中に入ると扉がまた隠される。今度は本棚が動いて扉を隠した。
しかし、誰もそれを気にしない。今度は既に違う出口が見えているからだ。
「普通の部屋ね」
「普通の部屋だな」
ただ本棚が沢山あるだけの普通の部屋。
なんの変哲もない壁に変わった部屋はミオの目にも、ティムの目にも、そう見えた。こんな遺跡の中がいきなり普通の石造の民家の内装になったことに違和感は感じる。が、古代のヒトとてヒトである、そうである限りこういった住居が必要なのは間違いないのであろう。
そんな変わり栄えのない部屋ではあるが…
「古代の書物がこんなにも…」
「す…素晴らしい…」
もちろんこの2人から見れば宝の山だ。現存する数千年前の書物など、1枚だけ破り取られた紙クズみたいな状態が多く、文字が書いてあるのかどうかすら分からないような中身だ。それでもそこに書いてある一文節を読み解く毎に新たな発見があるのだから、古代の文明が現在とどれほどかけ離れたモノだったのかが分かるだろう。
ここの本棚に並ぶ書物は、全てが本の原型を留めている。2人にとっては宝の山以外には見えなかった。
「ダメよ」
目を輝かす2人に、ミオがそう言うまでは。
「…ぅ…ぅぅ」
「…くそっ…」
師弟は揃って涙を流した。
目の前に宝の山があるのにそれを手にする事すら叶わぬのだから。
涙を流す師弟を無視してティム逹は歩き出す。
「せめてこれだけでも…」
書庫を素通りしていくティム達はセキの行動に気付いていなかった。
一目で異彩を放つ1冊の本。1つだけポツンと机の上に置かれていたその本は、異様に高い魔力を放っていた。セキはその本をそっと鞄の中に入れたのだ。
横に並ぶアルバートすらも気付かぬほどに、セキは自然にそう動いた。
いやはや、知的好奇心というのは空恐ろしいものである。
書庫から出たティムは、周囲を見渡して呟いた。
「…どうなんだろうな」
やはり、書庫を出ても民家のような内装が続く。遺跡といえば、男の子なら誰もが期待に胸を膨らませる大冒険が待っているものだが、この遺跡はモンスターの姿もないし、宝箱のような存在もない。先の魔法陣や、リオンが愛でている卵よりも、強靭なモンスターとの闘いを期待していたティムとしては物足りなさを感じていたのだ。
「…とりあえず、出口を探さなきゃいけねぇよな」
何も無さ過ぎる事に呆気に取られていたティムは、当初の目的を思い出して出口を探し始める。
廊下の至る所にある扉は、施錠もされておらず簡単に開いた。食堂らしき場所や、入浴所、居間のような部屋を覗いては、出口が無さそうだと次に進む。
ちなみに、食堂らしき場所では古代魔法で保存されている食糧を探してみたが、食べられそうなものは残っていなかった。
「…くぅぅ」
各部屋の中には、多数の古代の生活必需品があった。それには師弟が見た事もない魔道具や魔術知識が詰め込まれていた。それを調査出来ない悔しさからアルバートが呻くが、ティム達は気にせず先に進む。
「…ちょっとだけ惜しかったわね」
ミオはまだ動きそうな入浴設備に未練を感じているようだ。だが師弟の手前、出口よりも入浴を優先させることは憚られた。名残おしそうな視線だけ残して次に進む。
「また魔法陣だよ」
古代民家の探索も進み、最後に残された一部屋でリオンが魔法陣を発見する。石造の壁が年月による劣化で崩れたのか、石材に半分埋まった魔法陣がそこにはあった。用途が分からない魔法陣ではあるが、これまでの部屋で出口が見つからなかった以上、ここが出口でなければティム達は立ち往生になってしまう。
「調べて…よろしいですか?」
アルバートは、遠慮がちにミオへ問う。
ミオは出口かも知れないのは、ここだけなのだから当たり前だと頷いた。
アルバートは嬉々とした笑顔を浮かべて、魔法陣へと走り寄る。やっと、好奇心を満足させられるモノに触れられるからだ。
「それで、調査にどれぐらいの時間が掛かりそうなの?」
古代の魔法陣に触れて笑みを浮かべるアルバートに、妙にソワソワしだしたミオが問いかけた。
「2時間…いや、1時間で終わらせます!」
ミオから急かされていると感じたアルバートは、自身の限界ギリギリの時間を答える。回答を聞いたミオは思考を逡巡させるように眉を寄せると…
「そう…ならいけるわね…」
「はい?」
「ううん、何でもないわ! それより、調査はセキも必要?」
「えっ? いや…私だけでも問題ありませんが、それだと少し時間が掛かってしまいますよ?」
「そう! ならゆっくりで良いわよ! セキには別のモノを調べて欲しいから!」
「なに? 私もこの魔法陣を調べたいぞ」
「いいから来なさい!」
当然アルバートと一緒に魔法陣を調査するものだと思っていたセキは、ミオに引き連れられて別の部屋へと行ってしまった。
「…なんだぁ?」
「さぁ?」
「何でしょうね…」
残された3人は、不可解な行動に首を傾げてミオが出て行った入り口を見つめる。
「まっ…まぁ、手早く調査を済ませてしまいましょうか…ね」
「そうだな!」
「手伝いは要りますか?」
「お願いします、魔法陣を覆っている石材を…」
男3人は、戻って来たミオの怒りを買わないようにと、協力して魔法陣を調査し始める。といっても、知識のないティムとリオンに出来ることは石材を退かせるぐらいしかないのだが…。
「やはり転移陣の類ですね。何度かコレと同じような転移魔法陣を調べた事がありますが、まだ稼働可能な状態のモノは初めて見ました。恐らくこの転移陣で外部と行き来していたのでしょう」
「動かせるのか?」
「もちろんですとも! 少しの魔力を注ぐだけで、この魔法陣は動きます。何年経っているのかは分かりませんが、これほどまでに機能維持を続ける魔法陣など聞いたことがありません。私の見解では、この遺跡の周囲の魔力を…」
「あぁ、そういうのはもういい!」
「…そうですか」
「それより、何処につながってるのかは分かるのかよ?」
「それは、申し訳ないですが…」
「そっか。まぁ、何とでもなんだろ」
調査は終わった。
どうやらこの魔法陣は求めていた出口らしく、何処かに転移させるモノらしい。動作方法もアルバートには分かるようで、後はミオ達が戻って来るのを待つだけなのだが…
「ホントに何やってんだ?」
「さぁ…」
出て行ってから1時間が経過しても、ミオ達は戻って来なかった。
「何かあったかな?」
「まぁ、モンスターもいないし大丈夫だろうよ」
「それなら良いのですが…」
「心配しててもしょうがねぇさ。何かあったなら悲鳴なりなんなりあるだろうさ」
ティムの言葉にリオンが頷いた。
リオンがそれを聞き取っていないということは、悲鳴や争いの音を聞いていないということだ。
それを見れば、少し不安を感じていたティムも、内心で安堵出来る。
「今日は、ずっと休憩無しでここまで来たからな、とりあえず休んどけよ」
「まぁ…そうですね」
男達は、一時の休息を堪能する事にしたのだった。




