卵
「こっちにもあったぞ」
ティムは壁際に巧妙に隠されていたスイッチを見つけて、リオンを呼ぶ。その際、部屋の中央で正座したまま涙を流す2人を見たが、ティムは気のせいだと思う事にした。
「2つ目だね」
呼ばれたリオンはすぐさま、スイッチの仕掛けを調べ始める。
「どうだ?」
「今度は壁が動くと思う」
「そうか、ならこっちが出口だろうな」
「そうだと思うよ」
ティムが2つ目のスイッチを発見する前に、リオンはもう1つのスイッチを見つけていた。そちらは、床が動くような仕掛けになっていたのだ。
地下から更に地下へと続く道よりも、今回見つけた仕掛けの方が、出口に向いている可能性が高いだろう。リオンはティムの意見に素直に同意した。
「で、どうする?」
「言わなきゃね」
2人は気が乗らないように呟いた。
「リオンが行くか?」
「…嫌だよ」
そう返されるとはわかっていても、微かな希望を込めてティムは聞いていた。
「あそこに…近付くのか」
ティムは、全身から熱気を放って憤怒しているミオを見ると、行きたくなさそうに溜め息を吐いた。
「変な飛び火がなきゃ良いんだが…な」
「頑張って」
リオンに励まされながら、ティムは重たい足を進める。
感情的なヒトが、その感情を昂ぶらせている時に近付くなんてのは自殺行為だ。腹を空かせたドラゴンに会いに行くのと変わらない。
しかし、この報告をしなければ怒れるミオは更に憤怒の炎をたぎらせる事だろう。それを知っているティムは嫌々ながら足を運んだ。
「だから? アンタ達の好奇心なんて知った事じゃ無いのよ!」
近付くにつれ、ドラゴンの吐息が漏れ聞こえ、ティムの足が余計に遅くなる。
「だからバカだ、って言ってるのよ! そんな判断も出来ないから学院の講師を止めさせられたんじゃないの? 教会の教えに背いたってのは、ただの言い訳にしか聞こえないわよ!」
「…おい」
あぁ駄目だ、ミオの悪い癖が出ている。
余波を恐れて躊躇いがちに呼び掛けるティムは聞こえてくる声でそう判断した。
激情したミオは相手の存在意義にまで言及してくる。それが事実を含んでいるからこそ、簡単に心を傷付ける。樹海のモンスターなど相手にならない程の回数、ミオに心を圧し折られたティムは打ち拉がれるアルバートを見つめて、自分の事のように気落ちした。
齢50を越えているアルバートは、その3分の1も生きていない少女の前で涙を流している。
「能無しって言葉知ってる? 知識があってもそれを活用出来ないような奴の事よ! つまりアンタ逹の事よ!」
駄目だ。
今のミオの言葉を聞いたティムは怒りが湧いてくるのを感じた。すでにミオの言葉は相手を貶すだけのモノになっている。これは説教ですらなかった。
「良い加減にしろっ!!」
ティムはミオに負けないぐらいの大声で怒鳴った。それに気付いたミオが、何の用だとティムを振り返る。
浴びせられる罵詈雑言が止んだ瞬間、アルバートは地面に崩れ落ちた。
「…いい大人がだらし無いわね」
セキに背中をさすられながら、嗚咽を漏らすアルバートを見てミオがそう呟く。
「ミオ」
「なによ?」
ミオは悪ぶれた様子も見せずにティムを睨んだ。ティムはそのまま怒りに任せてミオを怒鳴り付けようとして…止めた。
今のミオに自分の怒りをぶつけても、口論になるだけで良いことなど何もないと経験で知っていたからだ。
特に、ミオの怒りの内容がーー食糧が乏しい状態で出口を早く見つけなければならない事、師弟がそれを優先しなかった事ーー正しい所からスタートしている為、ティムの口では納得させられないのだ。
ただ単にミオと自分の間にも不穏な空気を生むだけで終わるだろう。ティムはそう確信していた。
「その2人が使い物にならなくなったらお前の責任だからな!」
ティムはそれだけを告げて去って行く。
「何よ!? 私が悪いって言うの? アンタ今の状況分かってんの!?」
自分が正しい事をしていると確信しているミオは、去っていくティムに罵詈雑言を投げ付ける。
ティムは背中で受け流しつつ、溜め息を吐きながらリオンの元へと返ってきた。
「後は頼んだ」
「…ふぅー」
ティムは手を差し出して、リオンにタッチする。厄介な仕事を任されたリオンは長い息を吐き出して気を引き締めると、入れ代わるようにミオの元へと近付いた。
「リオン! アイツも連れて来なさいよ! 私が間違ってないって事をあのバカに教えてやるんだから!」
熱を上げているミオを見たリオンは、もう一度長い息を吐き出す。そして、ミオの目の前で立ち止まり、ゆっくりと告げた。
「出口を見つけたよ…たぶん」
最後の“たぶん”はか細い声で呟かれた。今のミオには伝えない。熱量の上がったミオにそれを告げると、怒りが飛び火してくるからだ。今はただ、ミオの気を反らしたかった。
「えっ?」
それは成功する。
出口の発見は、ミオ自身の中でも最重要事項なのだから。ミオは、何を言われたか分からないかのように一瞬戸惑い、もう一度聞き返した。
「出口ね! 出口を見つけたのね! 流石リオンだわ、ここで頼りになるのは貴方だけね!」
まだ、ミオの怒りが消え去った訳では無いことは、見ればわかる。しかし、今のでリオンの言葉に耳を傾けだしたのだ。
「たぶん…出口だと思うよ」
「たぶん…なの?」
そこでリオンは、ワザと不安を煽るような言葉を告げた。つい先ほどは言えなかった言葉だが、耳を傾け始めたミオには効果的なモノとなる。
次に何を言うのだろうと、リオンの言葉に心を傾けるのだ。
「隠し扉を見つけたんだ…ただ…」
ここで一度言葉を溜める。
ミオは余計に続きが気になる。
「その先がどんな所なのかは…」
「そっ…そんなのはリオンが気にしなくても大丈夫よ!」
先に進める。
その後の事はリオンの責任ではない。
この気持ちがミオに芽生えた時点でリオンは勝ったも同然だった。
「でも、扉の向こうはまた蟻の巣に繋がっているかも知れないよ? それにまた、魔力で閉じられた扉があるかも知れない」
「…そうかも知れないわね……でも…ぁっ…」
ミオは自分で気付いたようだ。
リオンが、チラリと項垂れている師弟の方を見た事もその判断を手伝ったことだろう。
ミオは気まずそうに眉を寄せた。
蟻の集団に囲まれた時に師弟がいなければ困るでしょ?
扉の封印を解く時に師弟がいなければ困るでしょ?
誰に言われるまでもなく、この気持ちをミオ自身が自分で抱いたのだ。
ここまでくれば、リオンの仕事は8割方終わったようなものだった。
「気を遣わせてゴメンね…」
ミオはリオンに謝った。
そのまま、嗚咽を漏らすアルバートの元へと近付いていく。自分で生み出したこの状況に戸惑いながら、気まずそうに師弟へと声を掛ける。
言い過ぎた事を謝罪して、師弟の力が必要な事を熱弁する。後はそれをアルバート達が受け入れてくれるかどうかだが…
「いえ…私にも至ら無い部分がありました。それを真正面から指摘されて少し落ち込みましたが、自らの役割は果たしますよ」
アルバートは大人だった。
ミオの謝罪を受け入れて、素直に自分の非を認める。若干、納得していない様子のセキも、アルバートがミオに悪感情を抱かないように納得させくれた。
“落ち込んだ”という言葉でミオが気まずそうにしているのも、良い傾向であろう。リオンが直接口にしなくとも、自分の言動を反省させる方法はあるのだ。
これで自分の仕事は終わったと、リオンは安堵する。
「よしっ! じゃぁ出口だな!」
そんなリオンの苦労を労うように背中がポンと叩かれた。いつの間にか隣に立っていたティムが、これからの行動を仕切り始める。
「まずは床下に向かうぞ。そっちに出口は無いだろうが、もしかしたら食糧があるかも知れねぇからな!」
冷蔵庫といった食糧を保存する方法が無かった時代、食糧は冷暗所に保管されていた。
海で地面に埋められた時の事を思い出して欲しい。地面の中は表面とは異なり薄暗く、温度変化が少ない為にヒンヤリとした冷たさを保っている。ティム達にとって、食糧が床下に保存されているというのは常識だった。
食糧が乏しい状態で、先の通路のような場所に行きたくないアルバート達は有無を言わずに頷く。
少ししおらしくなったミオも今更になって場を仕切り始めたティムに反論する事なく追従した。
「よしっ、じゃぁ動かすぞ!」
皆んなの同意を得たティムは、隠しスイッチを押した。同時に床の一部が音も無く動き出す。
「なるほど…魔力の介在を感じませんね」
「霊力も同様です」
なんとか、ミオ説教の呪縛から解き放たれた師弟は、自分達がなぜ仕掛けの存在に気付けなかったのかを考察している。そんな師弟の囁きを他所に床はすっかり開かれて、大人1人がギリギリ通れる程の小さな階段が姿を現した。
5人は暗い階段をティムを先頭に降りていった。
階段の先には、5人で入ると手狭になるぐらいの小さな部屋があった。魔法陣の部屋と同様に薄暗く、色とりどりの光が煌めいているその部屋。部屋の中央に台座が置かれているのも同じで、違うのは台座の上に緑色の液体で満たされた大きな容器がある事だろう。
「食糧は…無いな」
見渡す必要もないほどの小さな部屋で、目的の食糧が無いと判断したティムは、すぐさま階段へと戻る。
緑の液体で満たされた容器に知的好奇心を刺激されていた師弟も、先の失敗を繰り返す訳にはいかず、ティムの後へ続いた。
「リオン…どうしたの?」
皆に続こうとしたミオは、1人動こうとしないリオンに気付いた。熱心に容器を見つめるリオンに怪訝な顔で呼び掛ける。
「どうした、何かあったか?」
ミオ達が付いて来ないことに気付いたティムが、戻ってくる。その後ろでは怪訝な顔をした師弟がリオンを覗いていた。
「…卵」
「何っ、食糧か!?」
リオンが呟いた“卵”の声に、ティムは食糧の姿を探した。が、やはりこの部屋の中にはそんなモノは見当たらない。
訝しげにリオンが見ている容器に目を移すと、濁った緑色の液体の中にプカプカと浮かぶ卵があった。
「不味そうだな…」
ひと目でその卵の味が期待できないと感じたティムは、残念そうに首を振った。
「リオン、たぶん腐ってるぞソレ」
「古代魔法で保存されてはいるのだろうが…生モノは止めておいた方が良いぞ」
ティムの判断を補完するかのように、セキがそう告げる。
下手すれば、何千年もの時を隔てている卵などセキも食べたくはないようだ。
「…生きてる」
「えっ?」
「この卵は、生きてるんだよ!!」
話は終わりだと、階段へ向かったティムは、戸惑うように足を止める。
リオンが誰にでもわかるような感情を見せたからだ。容器の中の卵が生きている! リオンはただそう言った。
「そんなに…食べたいのか」
一緒リオンの剣幕にたじろいだティムは、その必死な瞳を見つめて諦めたように呟いた。リオンは卵の事を何とかしない限り、頑として動かないだろう。変な所で意固地な親友に、ティムは温かい視線を送る。
「でも蓋はねぇしな…」
容器にはツギハギや蓋のようなモノが見当たらない。どうやってその中に入れたのかはわからないが、蓋が無ければ取り出すことも出来ない。
それでも何とかしなくちゃならないと、ティムは背中の大剣を鞘ごと外して容器を叩き壊そうと振りかぶった…
「ダメだよ!! 卵も壊れちゃうじゃないか!」
必死な形相でリオンに止められては、大剣を置かずにいれない。
「誰か?」
「私も無理よ?」
しかし、ティムには力任せ以外の方法で蓋のない容器を開ける手立ては思い付かなかった。助けを求めてミオを見るが、ミオは両手を上げて匙を投げる。
「師匠!」
「私達の出番ですね!」
汚名挽回の機会が来た。手立ての無くなったティム達に喜色をはらんだ声が響く。
貴重な古代文明の遺跡が調査できる事も嬉しいのだろう。師弟は緩んだ頬で諸手を挙げて、躍り出た。
「ほほ〜う、この台座に刻まれている魔術様式は確かに古代のモノですね」
「当たり前だろうがよ」
古代遺跡の中にあるのだから、それは当たり前だろう。ティムはさきほど好奇心だけで失敗した2人の師弟を心配そうに見ている。
「この台座も動力として霊力が代用されているようです」
ティムと同じ視線で師弟を見つめるミオは、今度は何も言わずにただ見守っていた。
師弟が丹念に台座を調べるなか、リオンは取り憑かれたように、緑色の液体の中でプカプカと浮かぶ卵を見つめ続けていた。
何がそれほどにリオンを魅了しているのか、それはティム逹には分からないが、リオンが望んでいるのならばその願いは叶えたい。
ティムは絶対に成功しろよ! と意思を込めて師弟を睨みつけた。
「やはり、台座は霊力によって護られているようですね」
「はいっ! 止めどなく流れる霊力が容器を完全に覆っています」
「後はこの4つの穴ですね…」
「この穴を基点に霊力の流れが4種に分断されているのはわかるのですが…」
「4種に分断…ですか?」
「はい」
「なるほど…それにこの穴の大きさは」
「っ!」
台座に空いた4つの穴を見ていた師弟は、同時に何かに気付いた。2人は鞄の中からいくつかの霊石を取り出すと、壁にもたれていたミオを見る。
「ミオさん手伝って下さい!」
「えっ? 私? 無理よ!」
突然呼ばれたミオは、魔術理論など知らないからと、必死に頭を横に振る。
「この4つの穴を調べて欲しいんです」
「いやいやいや、私にはそんな事分からないわよ」
「そうじゃなくて、この4つの穴にどの精霊が関わっているのかを教えて下さい」
「私達では色によって視覚化されていない限り、どの霊力が関わっているのかが分からないのだ」
「あっ、そうね…それなら私にも出来るわね!」
「「お願いします(頼む)」」
「任せときなさい!」
精霊のことならエルフに聞け。霊力感知に優れたミオが躍り出る。
それからは早かった。
4つの穴から、火・水・地・風の霊力を感知したミオは、同種の霊石を穴にはめていく。
「これが最後の1つね!」
霊石を穴にはめていく毎に、4つに分断されていた霊力が交わって大きな波のうねりへと変容していく。そして、ミオが最後の1つを穴に入れると、今迄周囲で煌めいていた光が台座の周りで円を描いて回転し始める。
「台座が周囲の霊力を集めているのだなっ!?」
「…素晴らしい」
「綺麗ね」
一瞬の闇。
部屋に漂っていた全ての煌めきが台座の中に吸い込まれていくと、部屋の中に闇が生まれた。音も無く、光も無く、沈黙だけが部屋を満たす。これから何が起きるのか、それともこれで終わりなのか、ティム達が固唾を飲んで見守っていた。
「きゃあぁぁぁ!」
「なんだ!?」
すると突然、台座から強烈な白い光が放たれる。台座を直視していた面々は、その強烈さに目が眩み、一時的に視力を失う。
「何があったのですか?」
「皆、大丈夫か?」
「…リオン?」
ティム達の視界が元に戻った時に見たものは、足元を濡らす緑色の液体の中で、手の平にスッポリと収まる卵を大事そうに抱えるリオンの姿だった。
「お帰り…」
何千年の刻を越えて容器から放たれた卵、リオンはその卵を愛おしそうに撫でていた。




