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勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第1章 旅の準備
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今から始まる物語


【風の樹海】


高い場所ーー例えば山の頂きからここを望めば緑の海としか表現が出来ないのではないだろうか。ナーゼ大陸の北西端、視界を埋め尽くすこの樹海は風の樹海と呼ばれている。


風の樹海には全長10メートルを遥かに超え、樹齢100年を超える大樹が当たり前のように植生している。20メートル級の大樹などはむしろ若木と呼ばれるほどで、最大級の樹にもなれば30メートルすらはるかに超える。10階建てのマンションぐらいだと言えばわかりやすいであろうか。何百年かそれ以上か、人間の記憶では紡ぐことの出来ない程の年月がこの樹海を作ったのだ。


樹海に踏み入る者は、中に広がる神秘的な空間に驚くことになる。巨大化した樹木は、陽光のほとんどを遮るように青葉で頭上を埋め尽くしているが、互いが陽光を得る邪魔にならないようにと、距離を空けて自生していた。その為、風の樹海は樹海の中にも関わらず大聖堂のような広い空間が広がっていた。

青葉の隙間から差し込む僅かな陽光や、湿度の高い土地柄から生まれる霧が、樹海の神秘的な雰囲気を強く彩る。“慈愛神の隠れ場所”ーー数千年前に姿を消したと言われている神がこの樹海に隠れているのではないかと思うヒトがいてもおかしくはない。


もちろん、信仰高く勇きある者達は、突然姿を消した自らの神を求めて風の樹海へと踏み入った。

しかし、そんな勇猛な信者達は志半ばで自らの生を手放すことになる。


巨大な樹々が生み出す食物や安全な隠れ場所はモンスター達にとって格好の住処となっていたのだ。

永久の年月はそこに住まうモンスター達をも進化させていた。樹木の大きさに合わせるよう巨大に、あるいは強力になったモンスター達を前に、普通のモンスターしか相手にしたことのない者達が敵う筈もななかった。


常識外の生態系に抗うことの出来なかった勇者達は、まだ見ぬ神の姿を夢見ながらそっと目を閉じるのだった。




ーーー



「ミオ! しばらく引きつけてくれ!」


前人未到の風の樹海、その深部に3つの影があった。1つの影は途轍もない大きさで、残りの2つはヒトのように見える。


「樹の精霊ドライアドさんお願い、あの子を縛り付けてあげて」


少年の声に応えて、金糸のような長い髪を一つ括りにした少女の声が透き通るように願いを告げた。

細い目に、色白の肌、ピンと尖った耳が少女の種族を教えてくれる。生まれた時から精霊との親和性が高く、その氏族全ての者が精霊魔法を扱えると言われているエルフ族だ。


精霊は少女の願いにすぐさま応える。


樹海の中では文字通り世界を形作っている大樹達が、身を震わせて自身に巻き付いているつるを伸ばす。高さだけでも3メートルはあろうかという岩亀が大樹の蔓に縛られて歩みを止めた。

岩亀もただ大人しく捕まったわけではない。背負った巨岩の表面に着いた苔を削り落としながら、束縛から逃れようと試みるが、人間の脚よりも太い樹の蔓が何十本も絡みつき、動くほどに余計に締め付けてくる為、抗うことが出来なかっただけだ。


「良くやった!!」

「偉そうにっ。あんまり長持ちしないわよ。ティムは自分の仕事をこなして、さっさと片付けなさい!」

「へーへー」


短髪に揃えた茶褐色の髪を掻きながら、ティムと呼ばれた少年は自分の身の丈程もある大剣を鞘に収めて、手頃な大樹に飛び付いた。そのまま、よじよじと上に登っていく。


「グギャ〜!!」


大樹にしがみつきジリジリと進んで行くティムの耳に岩亀の悲鳴が聞こえてくる。ミオが精霊魔法でナイフのような木の葉を操り、巨岩甲羅で隠し切れない尻尾や手足を切りつけているのだ。


「リオン…頼むから死ぬなよ」


下を覗きながら樹を登り続けるティムが呟いた。

よく見ると、いつの間にか影が1つ増えている。

その影は岩亀の眼前に立ち小剣や自らの拳や脚をその顔面に叩き込んでいるようだ。


「ギャオ〜スッ」


岩亀の眼前で目にかかるぐらいの黒髪を振り乱しいる少年は、小さな体躯で巨大な岩亀に攻撃を繰り返していた。その小柄な体格を補う為だろう、黒髪の少年から繰り出される一撃一撃は、全体重を上乗せするように、全身をバネのように用いて繰り出されている。


そんなリオンの眉がピクリと動く。

同時に岩亀は人間を丸呑み出来そうな口を開き、大きく息を吸い込んだ。


身動きの取れなくなった岩亀が出来ることは限られている。岩亀が攻撃体制に入ったことを瞬時に察したリオンが身をよじらせて攻撃を避ける。

先程まで立っていた場所を黒い液体が通り過ぎていった。


岩亀の口から吐き出された黒い液体はそのまま後方にある樹木の幹に命中する。猛毒と強溶解性の黒い液体は20メートル級の大樹の幹をやすやす溶かす。ギシギシと大きな音を立てて大樹が倒れ、鳥が獣がその音に驚き遠くで騒いでいた。


「…ふぅ…リオンったら無茶ばっかりするんだから」


あわやのタイミングで黒い液体を躱す姿を見ていたミオは、悲痛な未来を想像したのだろう。

その顔は、無事な姿で攻撃を再開するリオンを見るまで、今にも泣き出しそうに歪められていた。


「後で殴ってやるわ」


リオンも…そしてティムも、モンスターを倒す為には自分の生命を賭けることすら躊躇わない。そのおかげで何度も命を救われてきたミオだが、それを許せるかどうかと言えば話は違った。

目の前で大切な人間に死なれるぐらいなら、傷付きながらでも逃げるほうがマシだと考えているからだ。

2人は拳で殴るぐらいの事をしなければ、そんなことすら理解出来ない。だから力強くでも理解させなければならなかった。


「リオン大丈夫か!?」


掠っただけでも生命を奪う岩亀の黒毒酸、樹を登り続けるティムの位置からはリオンの姿を確認できずに心配するのも当然だ。しかし、ティムの呼び掛けがリオンに聞こえる筈もなく、当然返事はない。

代わりに岩亀の悲鳴が轟いた。


「無事か…」


ティムは安堵の溜息を吐き出して、再度登り始めた。






リオンは黒毒酸を避けた後、再度岩亀の顔面に攻撃を叩き込んでいた。

その攻撃は舞う様でありながら、その実とてもえげつない。岩亀が身動ぎ出来ないことを良いことに、同じ所を集中して狙い、全力の攻撃を繰り返している。何度も切り付けられて、殴られた口の付け根からは、赤い血液がドロドロと流れ出していた。

それでもリオンの攻撃はまだ止まない。

岩亀と呼ばれるだけあって、岩のように硬い皮膚を持っていても、関節などの比較的弱い部分を連続して攻撃されれば耐え切れるものではなく、ついには骨が砕ける音が周囲に響く。


リオンはそのまま小剣を傷口に差し込むと、顎の筋肉を切り裂いた。


「ギュヤァァァ!」


岩亀が大口を開けて苦痛な叫びをあげる。

リオンは、そんなものは意にも介せず、両手を突き出して大口の中へと足を踏み入れる。


招かれざる侵入者が土足で口内に入って来ても、筋肉を全て切り裂かれた顎は意思通りには動かない。


リオンは、無力な岩亀の口内を分け進み、喉の奥にある突起物を掴んで力任せに引っ張った。ブチブチと肉が千切れるような音が聞こえ、黒毒酸がタップリ詰まった毒袋が岩亀と別れを告げる。

渾身の力で引っ張っていたベクトルがいきなり解放されて、リオンは毒袋を抱えたまま口内から転がり出た。


「てぇあぁぁ〜!!」


滝のように吐血しながら、泣き叫ぶ岩亀に空から追撃が降り注ぐ。全身を岩で覆っているため、下手をすればこちらの剣が折れるような岩亀だが、背負った巨岩の中心点、その要石だけは柔らかい。

大樹から大剣を振り上げ、飛び降りたティムは狙い違わず要石を打ち砕いた。未だ蔓の鎖に縛られている岩亀は、怒涛の加撃に悲痛な叫びを響かせる。


ティムは要石を砕いて生じた亀裂に追撃を加えて穴を広げる。巨岩で護られていた内臓が穴の中に姿を見せた。ティムはその内臓にむかって、思いっきり大剣を突き立てる。

鮮血が舞い飛び、ティムの軽革鎧を赤く染める。

それでもまだ叫び声をあげていた岩亀は、再度口内に進入したリオンによって脳みそを突き刺されてーー絶命した。


「やったわ!! 2人ともお疲れ様!」

「今回は最期の足掻きに黒毒酸を吐きまくられずに済んだな」

「本当にお手柄よ、リオン! でも、あんまり無理しちゃだめじゃない!」

「…うん」


リオンは一言だけ頷いた。

そんないつも通りの様子に満足するティムと、殴るつもりだった気力が失われていくミオ。戦闘が終われば、リオンの顔にはいつも反省の色が見える。それを見たミオは、いつも怒る気を削がれてしまうのだ。


「かぁ〜、これで俺達はまた強くなった!」

「あんたは樹登りしてただけでしょ?」

「何だよそれ、リオンと対応が違わないか!?」

「うっさいわね。あんたは褒めても心配しても調子に乗るからこうなったんでしょ? 自業自得よ! まだ今回は無茶なことはやってないだけ、おバカなアンタにしてはマシかも知れないけどね」


そんなミオも、ティムに対しては強気でいられる。何があっても楽天的なティムに言いたい事を言う事で、自分の意思を伝えているのだ。


「あ〜そうかよ! いいよ、いいよ。今に俺がガルドに成ってやるからな! そん時まで我慢しといてやる!」

「意味わかんないんだけど?」

「英雄に成った時には褒めろってことだよ!」

「あぁ〜…はいはい。そん時ぐらいは褒めてあげるわよ。英雄ガルド、ドラゴンキラーガルド、無敵のガルド、ガルドはすっごぉ〜い」

「お前、バカにしてるだろっ!!」


2人のやり取りを微笑みながら見ているのが、リオンの日常だ。2人もチラチラとリオンの顔を伺いながら話しているのだから、これが3人のコミュニケーション方法なのだろう。


3人は岩亀の肉や素材を持ち運べる量だけ切り取り、談笑しながら自分達の生まれ育った村へと帰っていく。




3人が住むコムル村は風の樹海の中でも最西端に位置する外絶された秘境なのだった。









「戻ったぜぇ、ミレーヌさんお土産」


岩亀を倒した後、数日かけて村に帰って来たティム達は、自分達を迎えくれる温かい家の中へと入っていった。


「ティムさんお帰りなさい。お肉ですね、ありがとうございます。でも何のお肉なんでしょう?」

「亀よ、お母さんただいま」

「お帰り。リオンさんもお帰りなさい」

「うん」


家の中で出迎えてくれたのは、ミオの母であるミレーヌだった。ミレーヌは、お土産といって差し出された大量の肉を見て驚きを浮かべる。


「亀って、こんなに大量に狩ってきたのですか?」

「違うさ! しょぼっちぃ亀を大量に狩ったわけじゃねぇよ。あの巨大な岩亀の肉だ! 今回で2匹目だぜ。この前のは毒まみれで食えそうになかったけど、今回はリオンのおかげで大丈夫だ!」

「岩亀っ!? 貴方達、また危ない戦闘をして来たんですか? そんなことはしてはいけませんと、何回言ったらわかるのですか」


ティム達が戦って来た相手が巨大な岩亀と聞いたミレーヌは今度は血相を変えて怒鳴り始めた。岩亀と言えば、ヒト族すらも食糧としている危険なモンスターだったからだ。


「大丈夫だって、見てよミレーヌさん。俺達どこもケガしてないだろ。だから危ない戦闘じゃないんだよ。ちゃんと約束は守ってるさ」

「そうよお母さん。私達はこの樹海の中でなら大分戦えるようになったわ。外の世界はもっと危険だそうだから、もっともっと強くなるからね」

「そうだぜ。俺達があの白服の奴を殺して、皆の仇を打ってくるからな。任せといてくれよ!」


“白服”その言葉を聞いた時、ミレーヌの表情に陰りが映る。目の前にいる3人の子どもが何を生きる目的にしているか分かってしまうからだ。


「駄目です! 誰もそんなお願いはしていないでしょう? 3人とも復讐なんて考えずに、ハンスさんと一緒に村の皆を助けてあげなきゃいけないんですよ」

「…いくらミレーヌさんの頼みでも…白服だけは許さない」

「ティムさん…リオンさんも何とか言って下さい。この中では唯一の成人ではないですか。あれ? …リオンさん!?」


いつもの会話が始まって、行き着く先もいつも同じ。リオンは早々に奥の部屋へと逃げていた。


「あっ! リオンずり〜ぞ! 俺も腹減った! ミレーヌさん、今日の晩御飯は何?」

「あっ、いけません! 2人共、話は終わってませんよ! ミオ待ちなさい!!」


目くじらを立てるミレーヌをいつもの様にスルーして、ティムとミオも奥へと向かう。

玄関からすぐの奥の部屋は大広間となっており、コムル村の生き残り全員がここで暮らしていた。大広間で遊んでいた子ども達が、ティム達の顔を見て喜色を浮かべる。


自分達の中で最年長の3人が危険な樹海から帰ってくれば、美味しいお肉が食べれる事を知っているのだ。








風の樹海が、未踏の樹海となる前ーーそれこそ、神が姿を消してしまう前ーーから外界と絶縁し風の大精霊を祀って暮らしていたコムル村は、5年前に突如現れた未知のモンスター集団に壊滅させられた。ティムの両親も、ミオの父もリオンの母もそこで生命を落としたのだ。残った大人はリオンの父であるハンスとミレーヌだけだった。


襲撃の夜、ティム達が避難場所から静かになった村の様子を伺いに出た時には、生きている者はいなかった。

避難前に見た白服のヒト族、モンスター集団の中で特異なその存在はモンスターを率いているようにも見えた。ティム達は白服に復讐を果たすために、日々樹海に潜り、外界に出るための力を蓄えているのだ。


ちなみに、長い年月樹海で孤立していた事や、襲撃時に見た未知のモンスターの為に、コムル村の人々は外界のモンスターは樹海のモノより強力だと思い込んでいる。実際は逆なのだが、そんなことを知りもしないティム達は一端の冒険者よりもはるかに強く、モンスターの生態を物凄い早さで覚えていっているのだった。








「リオンお帰り」

「…」


大広間には、まだ幼い13人の子ども達と1匹のモンスター、その飼い主でありリオンの実父であるハンスが居た。


ハンスはモンスターと意思を通わせることの出来る魔物使い(ビーストテイマー)であり、コムル村でも1、2を競う戦士だった。競う相手はティムの父親であるゴメスで、ゴメスは外界から樹海を踏破してコムル村まで来たある種の偉人である。

世界を知ろうと夫婦で旅をしていたが、コムル村でティムを授かり居座ることになったのだ。


「ハンスさん戻ったぜ! 今日は岩亀を倒してきたんだ。凄いだろ?」

「やぁティム、岩亀とはまた物騒な相手と戦ったものだね。それを無傷で倒すとは本当に凄いよ。ゴメスも世界樹の根元で喜んで居るだろうね」


「そんなわけねぇよ。親父は…俺が復讐を果たした後に、やっと笑顔になるんだ」

「またそんなことを。ゴメスはそんなことを望みはしない。ティム達が生きていくことが望みなんだ。強くなることは止めないが、復讐なんて不毛なことはやめて…」

「ハンスさん!! いつもありがてぇけど、これだけは駄目なんだよ、わりぃな。…ライ!! 元気かぁ〜、今日は岩亀倒して来たぜぇ。お前よか弱かったけど、俺もまぁまぁやるだろ?」


いつものようにハンスの言葉を遮ったティムは、話が続かないように、大広間の真ん中で丸くなっているモンスター、ウィンドウ・ハウンドに話しかける。その背中に大人をのせても問題ない程の巨体なのに、ティムが撫でてくるのを大人しく受けとめて目を細めて喜んでいるライ。

ウィンドウの名に恥じない素早さと2メートルの巨体が繰り出す攻撃を武器に他のモンスターを圧倒する。野生のハウンド種は5匹以上の群れで行動するのが基本である為、樹海の中では最強種族の一角であろう。


「ハンスさん、私達は旅立つわよ。リオンも一緒に。それがいつになるかはわからないけど、もうすぐよ。十分な強さを確信して旅立つからそれだけは安心してね」


心配そうにティムや息子を見つめるハンスにミオが声をかける。


そんな姿にハンスは深い溜息を吐き出した。

ミレーヌとともに何年もかけて説得しているが、3人の心は変わらない。それどころか、本当に樹海に君臨しそうなほどの力を身に付けていっている。

すでにハンスもライなしでは3人には敵わないのだ。


せめて旅立つ3人が無事に生き続けてくれますように。ハンスは幼子を優しくあやす息子の後ろ姿に願いをかけた。





子ども達に囲まれながら本日のティム様英雄譚を話して聞かせるティム。

料理の手伝いに行くミオ。

幼子と戯れるリオン。



彼らはもうすぐ旅立つことになる。


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